バスケコートのフェンスに、赤い頭が張り付いていた。

偶然通りかかった清田信長は、(あれは……)と、音を立てないように近寄って、その物体を見て吹き出した。

「なにやってんだ!?赤毛ザル!フェンスの跡がついてるぞ!ギャハハハ!」

「ぬぅ……うるせーぞ野ザル!……あぁ!サン!今、オレが助けに行きますからね!」

ダッシュでこの場を立ち去る桜木。

「なんだよ、赤毛ザルのやつ……」

後に残された清田がフェンス越しに見たのは、ガラの悪そうな不良に立ち向かっている、一人の少女の姿だった。

「……すげー、かわいい……」

……感想だそうだ。





唯我独尊男のパス






「……なによ!こっちが早く来てたんだからね!横取りしないでよ!」

は、自分よりも背の高い男達を見上げた。

とて、バスケをやる身である。

それなりに背は高い。

高いが……

前の男達は、それよりも高かった。……180cmくらいだろうか。顔1個分、とまではいかないが、それでも上目遣いで見上げる事となる。

「あぁん?お前、1人だろうが。このコートは2人以上でやらなきゃいけないんだよ」

「そんなこといつ誰が決めたぁぁぁ!?」

その中の1人が口笛を吹きながら答える。

「俺たちが、今さっき決めたの♪……もしかして、俺たちと一緒にやりたいのか?」

にやにやと腕を掴もうとしてくる男を振り払う。

「……だから、さっきから言ってるでしょう!一緒にやるのはかまわないけど、1グループで2コートを使わないで!他の人が使えなくなるでしょ!そんなこともわからないの、このウスラ馬鹿!」

「言わせておけば……!」

だんだんと男達の顔が赤くなってくる。

「あぁ!サン!」

桜木の声が遠くでした。まだ、距離があるらしい。

やば、との顔に汗が吹き出るが、開き直って仁王立ちをする。

「本当の事でしょう!?……頭使いなさいよね!それとも、使う頭すらないの!?」

「このアマッ……!」

男の腕が飛んできた。

(殴られる……っ!)

ぎゅっと目を閉じ、精一杯腕をクロスして防御の体制に入る。

ぱんっと音がなった。

拳は体に届いていない。

拳を止めたその腕は自分のものではなく。

ましてや、遠くにいる桜木のものでもない。

フェンス越しにのぞいている清田のものでもなかった。

「おい。人の女に何してやがる……」

ぎりぎり、と止めた拳を握り締める。

あひゃっ、と男達が情けない声を出した。

それはそうだろう。

今まで見下ろしていたので、威圧感を感じていたのはのほうだったが、今度は自分達が見下ろされている。

しかも。

得体の知れない、男から見てもかなりかっこいい奴にだ。

握られた手から想像できるは、かなりの力の持ち主だという事。

そして、公然と人間を『人の女』と呼ぶからには、その人物に対して多大な愛情をを持っていることは間違いない。

おそらく、がなにか言えば男達に危害が加えられる事は、100%間違いないだろう。

「……な、なななな、なんでもないです……そ、それでは……」

そそくさと退場。

固まっていたも動き出した。

「……カエ、ありがと……」

更に上目遣いで助けてくれた相手にお礼を言う。

そう。

まぎれもなくを男達から守ったのは、湘北高校エースの流川楓。……別名、天上天下唯我独尊男だ。

ごつっと流川がの額を小突く。

「どあほう。男に向かってあんなケンカ売るような言葉を吐くやつがいるか」

「むっ……だって、ひどいんだよ!カエ待ってる間、ずっとシュート練してたの。そしたら、いきなり入ってきて、『どけ』だよ?いくら温厚なさんだって、怒るよ!」

「どこが、温厚だ。どこが……フゥ〜……」

「何よぉ〜!バカエデ!」

「……さぁ〜ん!大丈夫ですか!?」

「あ、花……」

「なんでてめぇがここにいる」

の言葉は流川にかき消された。

「何だとルカワ!お前、サンがピンチの時にいなかったくせに!……ささ、サン、こんなやつはほっといて、オレと愛の庶民シュートをしませんか?または、俺と恋のジャンプシュートを……それとも、ありったけの心をこめて、スラムダンクを……」

「うるせぇ……お前、今日あいつら(桜木軍団のこと)となんかあるんだろ。とっとと行きやがれ」

あぁっ!と、桜木が時計を見た。

バックランで走り出す。

「くそぅ〜!ルカワ、お前サンになんかしてみろ!オレがなぐってやるからなぁ〜!」

あっという間に桜木は消えた。

「……おい、清田。お前はここで何やってる」

流川は後ろを向いたままフェンス越しに固まっている清田に声をかけた。

はっと、清田が覚醒する。

「……くっ……バスケしにきたんだよ!俺も、入れやがれ!」

よじよじとフェンスを登る。

「……カエ、知り合い?」

「……サルの仲間だ」

「やい、流川!どーゆー意味だ!」

清田が、びしっと指を突きつける。

は、そんな2人を引き裂くようにして笑顔で清田に話し掛けた。

「……清田君っていうの?はじめまして。です。湘北高校1年で、バスケ部員!そんでもって、流川楓の幼なじみなの。よろしくね!」

「……おい」

流川の声を無視し、清田はの声と笑顔に顔を赤らめる。

「……えっと、その……俺、清田信長って言って、海南高校のスーパーエースで……とにかく!よろしく!」

「うん!」

がしゃっとフェンスがなる。

「……おい、てめーら……」

先ほどの、男達だった。人数がかなり増え、10人ほどになっていた。

「……なんだ、まだなんか用か」

流川の声に、うっと男達がつまるが、ふっとリーダー格の男が笑う。

「今度は、ジュン君がいるからな!……なぁ、ジュン君!」

後ろを見れば。

なるほど、男よりも更に背の高いサングラスの大男が、ぬっと立っていた。

「……おい。どうやら、俺の下を随分可愛がってくれたようだな……」

落ち着いた声音だった。男達が出す怒りのオーラ中で、そこだけ冷たい水で一線を引いたかのように。

が、うっと詰まる。

強気な彼女も、大男のオーラに恐怖を感じたらしい。流川の服をぎゅっと握り締めた。流川が、そんなをちら、と見てから前に立つ。

「……やるんなら、バスケでやれ。ここはバスケコートだ」

ぼそっと一言。

その一言が、男達の怒りを爆発させた。

「あんだと、このガキ!バスケなんかで勝負するか、バーカッッッ!」

清田も、の前に立った。

「つまり、おめーらは俺たちにバスケで勝てるわけはない、と……カーカッカッカ!弱虫だな、お前ら!」

「んだと……っ!」

が、二人の間から顔を出す。

「勝負は、3ON3!明日の日曜日、AM10:00から!私たちのチームは、カエと私と信長君!……まさか、ここまで来て、断るなんてことは、言わないよね!?」

ぐっと、男達は言葉に詰まった。

「……いいだろう……明日、ここにもう一度来てやる。首根っこ洗って、待っていろ」

捨て台詞をはいて、男達は去っていった。……まだ何か言いたそうな男も中にはいたが、大男―――ジュンに睨まれて、しぶしぶ立ち去っていった。

ふっと、の体の力が抜ける。だが、握っていた服はそのままだった。

「……

声をかけられて、気づく。

「あ、ごめん……服、皺になっちゃった……」

よっぽど強く握り締めていたのか。握っていたシャツの端は、見事に皺になった。

「イヤ……で。どうするんだ、どあほうが」

「どあほうって言うなー!勝負は明日でしょ?湘北エースと海南のスーパールーキーがいれば、勝てるって!……どうせなら、花道たちに応援に来てもらう?」

「ヤメロ、どあほう」

、ちゃんもバスケ部員なんだろ?全然勝てるって!あ、今から1勝負しねぇ?……ま、男子と女子だから、多少のハンデはあるけどサ」

いいところを見せようとしているのがバレバレである。

「……こいつは、甘く見ない方がいい……」

「あぁ!?うるせぇよ!……な?ちゃん」

「う〜ん……いいけど……」

困ったような笑みを浮かべる。

「よぅし……そんじゃ、オフェンスはちゃんからだ!」

「……フゥ〜……やれやれ」

流川が溜め息をつくのにも動じない。

「んじゃ、行くよ!」

ぽんっとボールを宙にあげ、ふっと足を動かした。

すばらしいボールハンドリングで、くるくるとドリブルをつきながら動く。

あまりにもそのすばやさに、清田の足が止まりかけてきた。

(うっそだろ……こんなに早ぇのか!?)

清田の考えをよそに、の動きはとまることはない。

一気にゴール下へと攻め込んだと思えば、巧みにボールを操って、後ろへ戻りシュート体勢に入った。

(まじかよ……!)

「……やれやれ……中学MVPのに勝負を挑むとは……どあほうめ……」

流川の言葉が合図になったかのように、はボールを放った。

放たれたボールは美しい弧を描いて、吸い込まれるようにリングに落ちた。

「……はは……うそだろ……」

放心状態の清田信長。

「どあほう……」

清田が、我に返った。

「……すげーな、ちゃん……」

息を切らせて、は笑った。

「信長君だって、すごいよ。きっと、長い時間だったら歯が立たないと思うよ」

「サンキュ」

「カエもやろーよぉ!」

「……やれやれ……」

流川が悠々と歩いてくる。

清田の側を通る時に、ぼそっと流川が耳元で呟く。

「……おい、アイツをとろうなんて、考えんじゃねぇぞ」

そして、何事もなかったかのように、に近づく。

「んなっ……」

のはしゃぎ声に清田の声はあっさりと消された。

「カエッ!ダンクして、ダンクッ!」

「フゥ〜……やれやれ……」

が、ぽんっとリングに向かってボールを投げると、流川はそれに合わせて飛び、ガンッとそのままダンクを決めた。

アリウープだ。

にっこりとが笑う。

「カエってば、やっぱり1mくらい飛んでるよ!すご〜い!」

「……お前も、そんくらい飛べるだろ……」

「私は、カエみたいな化け物じゃありませんっ」

ちゃん!そんぐらい俺にもできるゼ!……見てろよぉ〜……」

タンッとボールを大きくバウンドさせる。そのまま、ボールを空中で掴んで、リングに叩き込んだ。

が歓声をあげる。

「すご〜い!その身長で!?すご〜い!」

「……目立ちたがりめが……」

「私はねぇ〜……ダブルクラッチぐらいしかできないよ……」

悲しそうな目をする。

「イヤ、それでも十分すごいと思うよ……」

「鈍感め……」

男達の呟きを、は聞いちゃいなかった。





「……、そろそろ帰るぞ」

「はぁ〜い!……んじゃ、信長。また明日ね!遅れないでよ!」

短時間で打ち解けたは、すでに清田の事を『信長』と呼ぶまでにいたっていた。

「おう、また明日な!ちゃん!流川!ちゃんのこと、ちゃんと送ってけよ!」

「お前に言われるまでもない……どあほうが」

「カエってば!」

こんっと小突く。

「……。今日、家来い」

「いいけど……なんで?」

流川が一瞬止まる。

「……明日の作戦……それと、メシ……そんで泊まれ」

「命令かい」

「お前がいないと、明日起きれねー……」

やれやれ、とが息をついた。そして、片方のヘッドホンを流川の耳からとって、自分の耳につけた。

「……ネリーだ!この曲、私の好きなヤツじゃん!」

うきうきとはヘッドホンを引っ張る。流川の肩が下がった。

「……、小せぇ……腰が疲れる」

「このジジイ……背伸びするからそれで我慢してよ」

「……んじゃ、俺がかがんでやる」

「よしvv」

仲睦まじいようで……

……」

「うん?」

曲を口ずさんでいる彼女に流川は、掠めるようなキスをする。

ヘッドホンが外れる。

「……カエッ!公衆の面前で……っ!」

「俺がしたかったんだからいい」

「〜〜〜〜〜!……馬鹿!ご飯作んないで帰るよ!」

「む……それは困る」

「でしょ?だから、こーゆーことは……」

「する」

そして、頬にキス。

は、ばっと頬を抑えた。みるみる顔が紅潮するのがわかる。

「……馬鹿ぁぁぁぁぁ!」

はたして、こんな状態で明日の試合は大丈夫なのだろうか!?





2へつづく。







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