シングルス3、侑士vs桃ちゃん。 開始当初から、桃ちゃんは侑士の心を読むかのごとく、次々に先手を打ってきた。 それに対抗し、心を閉ざした侑士を見て、がっくんがぽつりと言った。 「……侑士が心を閉ざすようになったのって、絶対、跡部とのことがキッカケだよなー……」 そんなバカな! まるで心の中を覗いているかのように、鋭い読みで攻めてきた桃ちゃんに対して、侑士は『心を閉ざす』ことによって、対抗した。 『心を閉ざす』って言っても、完璧なポーカーフェイス、感情を殺すってことだけど。 侑士は元々、同じショット体勢から両サイドへ打ち分けることが出来るし、性格から言っても、『ポーカーフェイス』なんかは得意な部類。侑士はわりとクールな性格だ……時々壊れるけど(汗) テニスに関しては、わりと飄々としている侑士だけど……決して『熱くない』わけじゃない。 心の中に、テニスの情熱を持ってる。 試合の途中、勢い余って頭から柱へ激突した桃ちゃんの怪我は、見ているこっちも痛くなるほどだった。 一応血はぬぐっていたけれど、後から後から血は溢れてきている。処置をしようとしたみたいだけど、桃ちゃんがすぐさまコートに戻ってしまったので、救急箱を持った大石くんたちも立ち尽くしたままだ。 「続けてくださいよ、忍足さん」 「…………ほな、全力で仕留めるで!」 信じられないことに、試合は再開した。 「……桃城の傷は思ってるより深い」 景吾が左手を顔に掲げながら、そう呟いた。 その言葉は暗に、『持久戦で行け』と言うこと。 ちらっ、と侑士がこちらを見て、景吾の意図を確認した。 だけど侑士は。 「……せやっ!!」 その意図をわかりながらも、敢えて勝負を決めに行った。 桃ちゃんが全力でやれる、そのうちに。 「…………バカが……熱くなりやがって」 景吾の声には。 諦めたような……わかっていたような。 複雑な感情が、混ざり合っていた。 今まさに戦っている侑士が決めたこと。私たちがとやかく言う問題じゃない。 だから。 「……頑張れ、侑士……!!」 私たちに出来ることは、力の限り、応援すること。 「ゲームセット!ウォンバイ忍足!」 審判の声を聞いて、ようやく、ぱんぱんに張り詰めていた気持ちを少しだけ緩めた。 ……まずは、第1試合を物にした。 これで流れは氷帝にいく。 このまま流れを止めずに、一気に勝負を決めてしまいたいところ。 カリカリ……とスコアに結果を記入した。 本当ならタオルやドリンクを持って行きたいところなんだけど……今日はそれすらも景吾に止められてるので、座ったまま侑士をお出迎えだ。 「お疲れ、侑士!やったね!」 「ありがとさん。……ちゃんの声援があったからやわ」 1年生からボトルやタオルを受け取った侑士がこちらへやってきて、すぐ近くに腰掛けた。 座ってもまだ整っていない、侑士の呼吸が、試合の過酷さを物語っている。 …………んだけど。 その乱れた呼吸が、半端なくエロいんだよね……! 「……ホンマ、おおきに……な」 ちょっ……なんとかならないんでしょーか!?(泣) いつも吐息交じりだけど、今日はさらにそれが乱れてて、半端ない エ ロ さ … ! 本人は無意識なんだろーけど、これ、犯罪的……! 赤面しそうになった(いや、もうしてたかもしれない)私を救ってくれたのは、入念にストレッチをしていた、がっくんと若だった。 「」 「先輩」 「がっくん、若!(ありがとう〜〜〜!)」 「?……、そろそろ俺ら、行ってくるな」 「ちゃんと見ててくださいよ。今日は……すぐに終わらせてしまいますから」 そうだ……今度は2人の試合。 気持ち、引き締めなきゃ。 「うん。……2人の持ち味、最大限に引き出して頑張れ!」 去っていく2人の後姿は、関東大会の時なんかより、ずっとずっと大きく感じた。 大きな決意を胸にしても、最大限の力を出しても。 勝たせてくれないのが、青学だった。 ダブルス2は、後1歩まで追い詰めながらも、惜敗。 疲れ果て、無言で帰ってきたがっくんと若を、みんなで迎えた。 「す、まねぇ……」 絞り出すような声を出したがっくん。 若は悔しさを押し込めるかのように、唇をかみ締めていた。 ―――そんな2人を、責める人間なんて、どこにいるのだろう。 「……全力で勝ちに行った結果だ」 「お疲れさん。えぇ試合やったで」 景吾と侑士の言葉に、がっくんたちの表情が、少しだけ、歪んだ。 「がっくん、若、お疲れ!後は、気合い入れて応援だよ!」 「そうだぜ?団体戦なんだからな、コイツは。俺らの試合もまだあるし、みっともねー顔見せてんじゃねぇよ、激ダサだぜ」 「……っ……うっせー宍戸!テメェなんか応援してやんねぇぞー!」 「言ったな、コラ!」 「はいはいはーい、そこまで!次は樺地くんでしょ!みんな応援!」 ほっといたら『表出ろやァ!』『上等ォ!』な感じになってしまいかねないので、ここらでストップをかけとかないと! 亮とがっくんが顔を見合わせて、ふっと笑った。 「「……おーっす」」 これは、団体戦。 1人1人の力じゃなくて。 チームの力だ。 1人が負けても、他の人が頑張ればいい。 負けた分は、メンバーが頑張れるように応援すればいい。 「うっしゃ!樺地、頼んだぞ!」 「ウス」 「河村をシングルス2に入れてくることはねぇ。だとすると、越前か不二か……パワーじゃお前が有利だ、アウトになってもいい、全力で打てよ!」 「ウス」 「しかし、シングルス2はどちらで来るんでしょうかね……俺はチビ助だと読んでるんですが」 「不二じゃねぇかな〜。立海ん時の試合見てても思ったけど、不二はやっぱりシングルス向きだと思うC〜!」 「いや…………」 ざわっ……と場内が異様なざわめきに包まれた。 青学ベンチから立ち上がったのは……リョーマでも不二くんでもない。 「手塚……!?」 青学部長、手塚くんだった。 「どー言うことだ……?」 亮をはじめ、場内の誰もが予想なんてしてなかった。手塚くんがシングルス2で来るなんてことを。 「……やはり、シングルス2で来たか……」 …………ここにいる、1人を除いて。 「景吾の……言ったとおりだったね……」 「フン……アイツらの考えそうなことなんて、俺様にはお見通しなんだよ」 景吾が自信満々に言ってのけた。 だけど、氷帝ベンチはいきなりの手塚くんの登場に、驚きを隠せていない。 「シングルス2で手塚かよ……」 「ここで取られたら、マズイ、よな……」 だんだんと弱気モードになっていくみんな。 そんな中で、やっぱりいつもと変わらないのは、景吾だった。 「バーカ。テメェら、樺地の能力を忘れたのか?」 いつもと変わらないどころか……いつもより、自信がみなぎっている。 そんな景吾を、みんなは不思議そうに見た。 「アイツの能力は、相手の技を吸収する……だろ?……もちろん、樺地にも限界はある。海堂の底なしの『スタミナ』みてぇに、直接自分の体に関わることとか、特別な身体能力が関わるもの……岳人のムーンサルトなんてのはコピーできねぇ。もちろん、俺様の眼力なんかもな。あいつが吸収出来るのは、『技術』なんかに限られる。……だが、考えて見ろ、手塚の技の特徴を」 「……あっ!!」 「手塚の技は……」 「技術中心だ!」 「そう、元々手塚は特出した身体能力を使っての技を使用する、っていうタイプじゃねぇ。正確なショット、多彩なスピン、巧みな打ち分け―――それらを駆使して試合をする。零式ドロップ……手塚ゾーンだって、それらの集合体だ。樺地にコピーできないことはない」 「それなら……」 「この試合、いける!」 「……というわけだ。……樺地、遠慮はいらねぇ。行ってこい」 「ウス」 この中で1番いつもどおりなのが樺地くんなのかもしれない。 景吾の言葉に1つ頷き、コート中心へ向かって歩いていく。 1勝1敗で迎えたシングルス2。 樺地くんの能力をフルに生かせれば、引き分けはあっても『負け』はない。 「これよりシングルス2の試合を始めます!」 審判の声が響き渡った後、ふと空を見上げた。 試合開始時と変わらず、青い空に太陽。 だけど。 少しだけ雲が、多くなってきていた。 NEXT |