『青学』

その学校は、私たち氷帝にとって、他のどの学校よりも、特別な学校。

ライバル……そんな簡単な言葉じゃ表現しきれないかもしれない。

でも、そうやって競い合える学校があるのは、喜ばしいこと。

お互いが凌ぎを削って、高めあえる存在なんて、中々出会えない。

だけど、その学校とこうしてまた。

対峙することになるとは、ね―――。





太陽が半端ない輝きを見せている。
ぽつりぽつりと浮かぶ雲をのぞけば、その太陽が浮かんでいるのは、澄み渡った青空だ。

この青空に、一瞬、今日が何の日か忘れそうになる。

だけど、忘れられるはずもない。

……今日は、大事な、大事な日。

そう、やってきたんだ。

因縁とも呼べる、対青学戦が。


コートに向かう間、誰も一言もしゃべらなかった。
ただ無言でコートまで歩いていく。心持ち、早足で。
でも、その無言が緊張から来るものなのか、と言えば、そういうことでもない。

みんなの顔からは、『楽しみ』以外の何かを感じ取ることなんて、出来なかった。
まるで今から、長年会ってなかった友達に会いに行くような―――そんな感じ。

だから、足取りも速いんだろう。

はやる気持ちと、同調してるんだ。

歩調の速さに、私はついていくので息を切らしそうだった。
昨日痛めた足は、景吾の過剰反応で包帯ぐるぐる巻きとなってたから、大分歩きづらかったし。
まぁ……景吾が手助けしてくれてたけど、それでも早い!

そんなわけで、あっという間に、コートについてしまった。

「うわ……」

すでに青学は、コートの周辺に集まっていた。
私たちがコートに近づくと、バッと集中する視線。……あ、1年トリオと目が合った。

大量の視線を浴びると、落ち着かないのは人間の習性だと思う。私を含め、大多数の部員はソワソワとあたりを見回した。
だけど、そんな視線なんかものともせずにベンチ入りできるのが、うちのレギュラーだ。……ある意味、注目しなれてるからかもしれない。

そして、動じていないのは、青学レギュラーも同じだった。

ごくごく近い場所にいるというのに、お互いがいないかのように振舞っている、その微妙な空気に……私は全速力で逃げ出したい衝動に駆られた。
ヒィィ……怖すぎるよ……!!

、行くぞ」

サクッと言ってくださる景吾様。
鋼のハートをお持ちの両校のレギュラーに、一般Peopleはついていけませんから……!

あくまで一般Peopleの私は、ビクビクしながら青学の方をチラ見していた。
……うおー……青学も相変わらず美形ばっか……!しかも、みんな男前っぷりがUPしてる……ちょっと見ない間に、男の子ってすぐに成長するのね……!(おばさん思考)

ふっ、と英二と目が合った。
にゃは、と満面の笑みを浮かべてくれた英二は、ぶんぶんと手を振ってくる。うひゃぁ〜……可愛い!けど、お姉さん、そんな満面の笑みで返せない、よ……!
ちょこっとだけ手を振り返すと、英二の目がひょいっと私の足元に移る。すると、満面の笑みが一気に曇った。

ちゃん!?どうしたのかにゃ、その足ー!包帯、ぐっるぐる!」

英二のでっかい声に、ドバッと一気に青学メンバーの視線が集まる集まる……!ウヒィイ……!だから私のハートの許容量を大幅にオーバーしてますって……!

「ちょっと捻っただけだよ!これは景吾たちが大げさに……!」

「ちょっとじゃねぇだろ。医者に1週間は安静だって言われただろうが」

強制的にSit Down!ちょうど照明のところで、周辺より少しだけ高くなってるから、椅子代わりになってしまった。
でも、座ってなんていられませんよ……!色々やることがありますもの!
そんなわけだから、すぐに立ち上がろうと思ったら、ビシィッ!と鋭い景吾や侑士たちの視線。
…………ハイ、おとなしく座っております……すみませんでしたー!(泣)

「クソクソッ、獅子楽のヤツら……!やっぱりボールの1つや2つ当てとけばよかった……!」

「え、向日さん、当てなかったんですか?俺は偶然を装って、3回は当てましたよ(ニッコリ)」

「長太郎……お前にしちゃ珍しいな、と思ったら……」

「俺も、ボレーで1回当てといた!」

「俺もF・A・Sで2回やった。ま、それなりのことはせんとな」

「でも1番すごかったのは跡部部長でしょう。最初のツイストも含めて……何回狙ったんですか」

「あーん?数えてねぇよ、そんなもん」

…………おーい。
ずいぶんと物騒なお話じゃないですかー……。当てたって……狙ったって……テニスは、紳士のスポーツですよー……。

「獅子楽と……何かあったのか?」

この話に食いついてきたのは、意外なところで手塚くんだった。
……いや、そうでもないか、手塚くんは獅子楽とひと悶着あったんだった。

「まぁな」

「……何があった?」

「……コイツが怪我させられた」

「なっ!?そんなん、許せねーな、許せねーよ!大丈夫ッスか、先輩!」

「獅子楽……今年はあまり良い噂を聞いてなかったけど、そんなまさか……!」

「いや……実際、千歳がいなくなってからの獅子楽の評判はかなり悪い。今までは、千歳が生活面、プレイ面の両方でまとめていたようだが……千歳転校後はそれも崩れ、大丸らの悪行が目に余る。データから推測するに、が怪我をさせられたということは真実だろう」

ちゃん、かわいそうだにゃ〜……獅子楽のヤツら、許せない!」

「そうだね。…………で?もちろん、それなりの報復はしたんだよね、跡部?」

…………ひゅぉおおぉ〜……。

ぎゃー!ニッコリ笑顔の不二先輩が怖すぎです……!

「当然だろ。完膚なきまでに叩きのめしてきた」

「ふむ……5試合すべてが、20分以内のスピード試合だったようだな」

「そうだったのか?あんまりにも早かったんで、覚えちゃいねぇな」

私は覚えてるよ……みんなの気迫ったら半端なかったもの……!
景吾さんに至っては確か、15分切ってたと思うの……うん、覚えてるよ……。

「……そんなわけだ。…………もう『氷帝』は、今までの『氷帝』じゃねぇ。……覚悟しとけよ、あーん?」

「……あぁ。いい試合をしよう」

両校の部長の会話に。
今の今まで和やかだったムードが、キリ……と、引き締まった。

「準々決勝をはじめます。青春学園、氷帝学園の選手は、コートに整列してください」

タイミングを見計らったかのように会場に流れたアナウンスに、ドキリ、と心臓が跳ねた。
ドックドックと鼓動を打つ心臓は、昨日よりも早い。

「…………行くぞ」

景吾が静かに促した。
座ってストレッチをしていた若たちも、立ち上がる。

私は、きゅっと拳を握った。

…………ここから先のコートは、選手たちだけのもの。
私が一緒に戦える場所は、コート外だけだ。

マネージャーの私は、ただここで見ていることしか出来ない。

1度スコアに目を落とす。

…………昨日作った、対青学用オーダー。
大丈夫。
……万全の準備で、ここまで来た。

後は、みんなを、信じるだけ。

「みんな、頑張っ―――」

顔を上げて、コートの中心へ向かっているだろうみんなの背中に届くように、声を掛けようと思ったら。

みんなが、目の前に並んでいた。

「……みん、な……?どしたの、早く整列に行かなきゃ……」

「その前に……言いてぇことがあるんだってよ」

景吾がふっ、と笑って。
くい、と後ろを促す。
後ろにいたのは、侑士。ニコ、と笑みを浮かべた。

ちゃん、ちゃんと見といてぇな」

「俺たちが、どれだけ成長したかってことを、さ」

「お前はプレイヤーじゃねぇけど……」

「一緒にやってきた、仲間だCー!」

「そう、ここまで来れたのは、さんがいたからです」

先輩も、立派な『氷帝テニス部』のレギュラーですよ」

先輩……勝つのは、氷帝、です……」

………………う、わ…………。

じわー、っと熱いものが胸に、そして目に浮かぶのがわかった。
ツーン、とした刺激が鼻の奥から頭に移動していく。

「……試合前から……泣かせるようなことしないで、よ……!」

知ってるよ。
みんなが、頑張ってきたこと。

テニスが大好きなこと。
勝つのが大好きなこと。

―――だから、関東で負けたとき、ものすごく悔しかったことも。

「……泣くのはまだ早いだろーが」

景吾がくしゃ、と髪の毛を撫でてきた。

「……ほら、。ここで見せるのは?」

落ちそうになる涙を、瞬きで誤魔化した。

うん。

わかってるよ。

「…………勝つのは、氷帝だから、ね……!」

笑顔。
見送るときは、笑顔、だ。

前を向いて、みんなに笑顔を向けて、拳を突き出した。

ゴツ、ゴツ……と触れる、みんなの拳。

「…………よし。……行くぞ!」

氷帝対青学。

全国大会準々決勝の幕が、今、上がった。




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