揉めてた分、かなり時間を使ってしまった。
手早くドリンクを作り、少しだけ痛みが増した足を引きずりながら元の場所へ戻る。
もちろん、戻る前には、歩き方がいつもと変わらないように意識して歩くのを忘れずに。

後は。

…………ゆ、油断せずに行こう……!






そう意気込んでいたんだけど、いざみんながいる場所に戻って見ると、そこにレギュラーたちの姿はなくてちょっと拍子抜けしてしまった。
きょろきょろとあたりを見回して、お昼を食べていた1年生に聞いてみることにする。

「ねぇ、景吾たちどこ行ったのか知ってる?」

「あ、跡部部長たちなら、青学戦がやってるってことで見に行きましたよ。でも、先輩が行った直後に見に行ったから……もうすぐ帰ってくると思いま……あ、帰ってきたみたいですね」

「ん?……あ、ホントだ。ごめんね、ありがと」

いえ、と頭を下げた1年生から離れると同じくらいに、景吾たちが近くまでやってきていた。
……少しだけ気合を入れて、足の怪我がバレないようにする。

、戻ってきてたのか」

「うん。……青学戦、見てきたんだって?」

「あぁ」

1番先頭の景吾は、心持ち興奮しているような顔。
後ろにいるみんなは……心持ちどころじゃない。『興奮』ということを前面に押し出した表情だ。

……こりゃ、ワクワクって言う言葉が背後に浮かんでそうだな……あぁ、ジロちゃんは自分で言っちゃってるよ、『ワクワクするー!』って。

でも……ラッキー。興奮してるから、私の足の怪我には誰も気付いてない……よし、いける!(何)

「…………聞くまでもないと思うんだけど……結果は、いかがだったのでしょう……?」

「青学が5−0で圧勝だったぜ!」

「マジマジすげかった!」

「…………やっぱし」

「沖縄もおもろいテニスしとったで。……まぁ、最後のあれはいただけんけど」

「それだけ青学のヤツらが、また強くなったってことだろ。……おもしれぇ」

みんな……顔つきが全然違う……。
椿川学園に勝った時だって、そんな嬉しそうな顔しなかったくせに……まったくもう(苦笑)

「今から、青学とやるのが楽しみだな……!」

「この間のカリは、絶対に返しますよ」

そして気が早い!
みんな、獅子楽なんてアウトオブ眼中だー……。青学めがけてまっしぐら、って感じだね。

「おいおい、そういうことは俺たちを倒してから言えよ、あぁ?」

……おっと、噂をすればなんとやら。
前方に見える軍団。獅子楽中のお出ましだ。
…………さっき私に足を引っ掛けたやつまでいる。

「獅子楽……大丸か……」

「氷帝は、今年はもう会えないかと思ってたんだけどな」

「救われたな、開催地に」

あー…………ホント、バカな人たちだな……。
今、ここに現れなかったら、あのときの暴言は私が心の中で噛み砕いて黙っていてあげようと思ってたのに……。

「なんだとー!?」

あー……ほら、がっくんとかが反応しちゃうじゃーん。

「獅子楽だって、かろうじて滑り込んだんだろ!?九州地区は沖縄が「やめておけ」

がっくんたちの声をさえぎったのは、他の誰でもない、景吾だった。

「言いたいやつには言わせとけ。……後で、思い知らせてやればいい」

チラ、と景吾が獅子楽に視線を向ける。
獅子楽メンバーが、ぐっと詰まった。
彼らだって本当は、景吾たちの強さをわかっているのだ。だから、あえて挑発してたのかもしれない。

とにかく、景吾の一言で空気が変わった。
激昂していたがっくんたちも、冷静さを取り戻している。

「……だな」

「あぁ。……行こうぜ」

「せやな。あ、ちゃん、荷物持ったるで」

侑士に言われて初めて、手にドリンクを持ったままだと言うことに気付く。

「へ?いやいや、いーっていーって。そーだ、ドリンク飲む?」

「あー、飲む飲む!さんきゅ、!」

みんな、獅子楽は総無視な方向でまとまったらしいので、私も便乗しておく(笑)
ドリンクを渡しつつ、コートに向かって歩き出す。獅子楽メンバーの横を、スルーしながら。

「…………っ、健気なことだなっ!」

ドンッ、と肩に衝撃。
すぐ脇をスルーしようとしてたところで、ぶつかった獅子楽メンバーの肩。
よろけた拍子に、痛めた足で体重を支えてしまった。

「……つっ………」

「バレてねぇとでも思ってたのかよ、ぎゃはははっ!……行こうぜ!」

負け惜しみも大概にしなよ……!(怒)
まじめにドリンク投げつけてやろうかと、ドリンクを手に取ったとき。

「…………?」

……至極、感情を押し殺した声が聞こえました。
ドリンクを元の位置に戻して、恐る恐る振り返って見ると、景吾さんが無表情でこちらを見ていた。……うぉ、怖い……!

「お前……足、どうした」

…………疑問系じゃないところが、さらに怖さを増している。

「え、や……あはははは」

「笑って誤魔化すな」

ぴしゃり、と言われてしまったら、黙るしかない。
…………そもそも、どうやって説明したらいいかわからないし。

悶々と考えている間に、景吾さんがズズイ、と距離を詰めてくる。
……逃げようにも、足が痛い上に、侑士やがっくんたちが同じような表情で取り囲んでいるので、逃げ場なし……!大ピンチ!(汗)

「…………あいつらに、何かされたのか」

「えーっと……ちょっと、ね……」

「そのせいで、足、痛めたのか」

「……えー……うん、まぁ……」

パチン。

景吾さんの指が、華麗に鳴った。

「テメェら、わかってんだろうな!?」

「ウス」

「再起不能になるまで、たたき潰すぜ!」

「女性に乱暴なんて……許せませんね」

「激ダサにもほどがあるぜ、アイツら……!」

「み、みみみみみみなさん、落ち着いてー!!」

ちゃん怪我させられて、落ち着いていられるわけないやろ?」

「そうだよー!許さないCー!」

「下克上の前に、下々の者を叩きのめしておきますか……」

ぎゃー!みなさん、真っ黒くろすけじゃないですかー!
ちょっ……いや、そりゃ私だって獅子楽はぎったんぎったんにして欲しいとは思ってたけど……みんなの今の表情見てると、テニスじゃなくて、ケンカしに行くような表情だよ!そんなの、お姉さん心配だよ!

「「「「「「「完膚無きまでに、叩きのめす!!!」」」」」」」

それ、テニスでですよね!?
ケンカじゃないですよね!?

思わず聞いてしまいたいくらい、みんなの瞳には炎がちらついていました。

Oh〜……さっきまでの、獅子楽アウトオブ眼中はどこに行ってしまわれたのか……。







ってなわけで、みなさんのハッスル具合はやたらとすごかった。

「もう終わり?つまんないなぁ……もっと楽Cかと思ってたのに」

シングルス3、ジローちゃんの圧勝。

「まだ椿川の方が骨があったぜ。ほら、もっと跳んでみそ」

「アホやなぁ……自分ら、それで勝とう思てたん?アホとちゃうか?いっぺん出直して来ぃや」

ダブルス2、ストレート勝ち。

「演舞テニスを出すまでもないですね」

…………シングルス2、若。演舞テニスを出すことなく、試合終了。

「けっ……んな球も取れねぇ癖して、デカい口叩いてたのかよ。激ダサ、だな」

「ホント、こんな程度の人たちにさんが傷つけられたかと思うと、腹が立ちますね……」

ダブルス1、15分での圧勝。

そして―――。

「ザ・ベスト・オブ・ワンセットマッチ!氷帝 跡部、トゥ サーブ!」

すでに、3回戦進出が決まっているため、シングルス1は完全な消化試合。
それでも―――景吾の目は、怖かった。

「…………ワリィな、手加減しねぇぜ」

ドシュッ!

「ヒィッ!」

景吾が放ったサーブは……ツイストサーブ。
リョーマのそれに勝るとも劣らないくらいの角度で曲がったソレは、相手の顔面めがけて飛んでいった。

「……これくらいでビビってもらっちゃ困るぜ?俺様にとっちゃ、ツイストぐれぇたいしたことじゃねぇんだよ。……行くぜ!」

シングルス1、あっという間の完勝。





終わってみれば、ありえないくらいのスピード試合で決着がついていた。
挨拶をしにいったみんな。
ドリンクに……それからタオルも用意しなきゃ。
今まで書いていたスコアを横に置き、スッと立ち上がったら。

!」

「うぉぁ!ハイ!」

挨拶を終えた景吾さんたちが、ものすごい勢いでこちらに走りよってきた。

「うわっ、何!?なんかした、私!?」

「立つな!座ってろ!」

「え、ちょっ……でもドリンクとか、が……」

「1年!雑用は誰の仕事だ!?」

どでかい亮の声に、はいっと1年生が怯えた返事をして、ドリンクやらタオルやらを一目散に持って、レギュラーたちに配る。
ストン、と肩を押さえつけられ、またも私は座ることになってしまった。

景吾がすぐさま私の靴を脱がしにかかった。
その体勢はつまり。

景吾が私の前に跪いているということで。

「ちょっ、景吾!」

うぎゃー!周りの人の視線がイ タ イ … !

「黙ってろ」

「黙ってられませんって!……つっ……」

鋭く走った痛みに顔をしかめ、思わず動きを止める。
その間に、景吾に靴下まで脱がされた。

「…………ちっ、大分腫れてんじゃねぇか……しかも、処置は湿布だけって、お前……」

「で、でもそんな痛くない……」

「バカ野郎、痛くないやつが触られたくらいでうめき声出すか。……お前、こんな足で歩いてたのかよ……」

ちゃん……また無理しよって……」

「うわ、痛そー……」

ジロちゃんが呟いたので、改めて自分の足を見ていた。
……ぷっくりと膨れたくるぶしは、典型的な『捻挫』を物語ってる。確かに……痛そうかもしれない(汗)

「テーピングしてやる。オイ、テーピング持って来い!」

「へっ?いや、自分で出来ますから!」

景吾の声にビックリして、1年生がテーピングを取りに走っている。あぁぁ、それくらい私、自分で出来るのに……!
すごく申し訳なくて、思わず立ち上がりかけたところで、

「〜〜〜いいから、大人しくしてろ!」

景吾さんに目で制された(泣)
ものすごい勢いで1年生が持ってきたテーピングを、景吾がビーっと大きく伸ばす。
周りからの視線の強さは、時間を追うごとに強くなっていた。
まず、選手じゃなくてマネージャーがテーピングされてるってのがおかしいし、なにより。

跡部景吾が跪いてるのが、おかしいよね……!

人目がビシバシ。囁き声もビシバシ。っていうか、囁いてない!(泣)

『どうして跡部様が跪いてるのよ!』

氷帝サイドからも声が聞こえてきそうだ……というか、実際聞こえる(涙)

足よりもむしろ心が痛むよ……的なことをぼんやりと思いながら、何時間かと思うくらい長く感じたその時間は、テーピングが終わったことで、ようやく終止符を告げた。ようやく景吾が立ち上がったのだ。
とにかく、『跡部景吾が跪く』という、全女子生徒……いやいや、全世界の女性の皆様ごめんなさい、な状況から脱出できたので、ホッと一息。

「忍足、後は頼んだ。コイツ、先に車乗せてくる」

「わかった。ほな、部員は着替えさせてコートサイドに集合させとくわ」

「あぁ。……帰るぞ。病院行って、ちゃんと診てもらうからな」

……一息つく間もなく、景吾が肩を抱き寄せて立ち上がらせてきた!!!
再び降り注ぐ、刃の視線!!

「け、景吾さん!私1人で歩ける……!っていうか、病院なんていらな……」

「ダメだ。捻挫を甘く見るな。それはお前が1番よくわかってることだろ?……オイ樺地、荷物持って来い」

「ウス」

「ああぁ…………」

こうして、迎えに来ている車のところまで、私は地獄の拷問に耐えることになったのでした……。

心の痛みで、足の痛みなんて忘れちゃうほどに……しんどかった(泣)





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