いよいよ、全国大会が開幕した。 2回戦からの出場である青学、立海とは違って、うちの学校は1回戦からの出場。 1回戦の椿川学園は、5−0で撃破。 関東大会とは違って、うちの学校が持っているものは何もない。 意地も、プライドも―――全て捨てて、ここまでやってきた。 たとえ格下だとわかっていても、決して手は抜かない。 それが、この勝負の結果だった。 1回戦を楽に通過したことで、全国大会でもやれる『実力』を他の学校に見せ付けられた。 うちが5−0で試合を決めたときに、会場を包んだざわめきは、驚愕と言うよりも『やはり』という納得のもの。 『どーだ、見たか!』と、思わずにやけてしまったのは、ここだけの話。 そして、休む間もなく試合は行われる。 来たる2回戦は、九州の強豪、獅子楽中との対決。 青学なんかと同じく、獅子楽も2回戦からの出場だから、コンディションは最高だろう。 対してうちは、すでに1試合終えてるわけだから、多少なりとも疲れがある。 試合と試合の合間にある長いインターバルは、休憩が取れるのはいいのだけれど、下手したら無駄に疲労が溜まってしまう時間でもある。データ男・乾の言葉を借りれば、乳酸が溜まる?ってヤツ(あやふや) 最低限でも、クールダウンと着替えくらいは行わないと。出来たらマッサージをして……それに、昼食も早めに取らせなきゃ。 「クールダウン終わったら、サクッと着替えてね〜」 レギュラーたちにタオルを配りながら、私は頭の中で2回戦までの時間配分を考えた。 「先輩、何かすることありませんか?」 「あ、ちょーどよかった!横断幕がまだ出しっぱなしだと思うから、回収して来てくれるかな」 「はい!」 1年生の子に指示を出してから、他にやることもなく話している平部員の子達をみて、あ、と気付く。 「景吾、お昼、もう取るよね?」 「あぁ、着替え終わったら、すぐ食う」 「じゃ、1年生たちはもう食べさせちゃっていいかな?」 「構わねぇよ」 「みんな〜、お昼食べていいよ〜」 はーい、と言う返事を聞いてから、私はレギュラーに向き直る。 「こっちは、いつもよりゆっくり、そんでもってじっくり噛んで食べてよ〜」 「おー!」 「わかった。……あ、、ボトル無くなった」 「はいはーい。あ、他に無くなったボトルある?」 亮からボトルを受け取りながら聞くと、がっくん、ジローちゃん、チョタの手が挙がる。 3人からもボトルを貰って、籠に入れた。 …………やっぱり、汗で水分出ちゃうし、喉渇くんだろうな。 「ほんじゃ、ちょっと行ってくるね」 「、知らないヤツに声かけられてもついてくなよ。何か巻き込まれそうになったら、他人はどうでもいいから逃げて来いよ。っていうか、すぐに帰って来い」 「……景吾さん、私を何歳だと思ってるのよ……ちゃんとすぐに帰ってきますって!あ、ご飯先食べてていいからね〜。んじゃ、行ってきまっす!」 水場へ向けてレッツゴー。 歩き出した私の背後で、景吾がため息とともに呟いた言葉は、私の耳に入らなかった。 「…………んなこと言って、お前、いっつも厄介ごとに巻き込まれるだろうが……」 ……うん、聞こえなかったんだよ(泣) 「…ってぇなぁ?あにすんだよ!?」 そして気が付いたら、厄介ごとに巻き込まれてました(汗) いや、私はただ、普通に歩いてただけだったのよ。 もう1度言うけど。 普通に歩いてただけだった!!!(鼻息) そりゃね、人よりワンサイズ大きいから歩いてるだけで障害なんだよ、とか言われたらどうしようもないけど! でも誰が思う!?ただ単に広い道を歩いてて、人とぶつかるなんて! しかも、こっちはちゃんと前を見てて、『あー、ぶつかるなー』と思ってよけようとしたのに、よけようとしたその場所に、前を見てなかったヤツが移動してぶつかったっていう……。 …………どう考えても、私悪くないじゃん……? なのに。 …………どーして絡まれてるの―――!!!(絶叫) 「え、や……すみません……?」 「んで疑問系なんだよ!?あぁ!?」 だって私悪くないのに、なんで謝らなくちゃいけないのさ!? そこんとこの問いかけから来る、疑問系だよ! 「……おっと、なんだ……見覚えあるジャージ着てんな、と思ったら、氷帝ジャージじゃねぇか。次、当たるんじゃね?」 …………? あぁ……どっかで見たことあるジャージだと思ったら、九州の強豪、獅子楽中じゃないですか。怪我した手塚くんをイジめて楽しんでた。 ふぅ……試合会場に行く度に、色々と素敵な人たちに出会えるのは嬉しいけど、獅子楽は予想外だったなぁ……四天宝寺とか沖縄比嘉中とかを希望したかったんだけど、な……! 「氷帝は勝ったのかァ?推薦枠なんてタルい出場の仕方で、ちゃんと試合出来たのかよ?」 …………カチコーン(頭の中で鳴った音) 「おかげさまで、無事5−0のストレート勝ちで2回戦出場決めさせていただきました(ニッコリ)」 「…………へェ、そりゃオメデトウゴザイマス、とでも言った方がいいのか?ひゃはははっ!」 「ま、どーせ次に俺らと当たったら、終わりだろ?それだったら、ゴシューショーサマって言った方がいいんじゃねぇのか?」 「ホント、わざわざ負けに出て来てくれて、ありがとよ!関東1回戦で負けた学校が全国だなんて、舐めてんにも程があるぜ」 思わず、口と手と足とが出てしまいそうになったけど……すんでのところで、とどめた。 ……1回深呼吸をして、内に溜め込んだものを外に出す。 ……箕輪台の時と比べて、ずいぶんと我慢強くなったよね、私……! 「……言いたいことはそれだけ?それじゃ、失礼します」 ペコ、と頭を下げて、側を素通り……しようとしたら。 脇を通る間際に、聞こえる嘲笑。 「……図星すぎて言うこともねぇか!はははっ!氷帝も落ちたもんだな!」 ぶち。 「……手塚くん1人にやられたくせに、ずいぶんと大きなこと言うじゃないの」 前言撤回。 …………我慢強くなった、撤回! 自分の心に素直に生きる女、です! 横を向き、1人1人の顔を睨みつけながらそういうと、獅子楽の面々の顔色が変わった。 「なんでお前がそれを……!」 「そんなことはどーでもいいっての。うちにはね、本調子じゃないとはいえ、その手塚くんに勝った選手がいるのよ」 言葉を発しないのは、その事実を知っているからだろう。 「…………あんまりうちを甘く見ると、後悔するよ」 誰にでもわかるような挑発。宣戦布告と言ってもいいかもしれない。 それでも、こうやって自信を持って言えるくらい、ここ1週間でがむしゃらに練習するみんなの姿を、私はずっと見てきた。 ―――負けるはずがない。 「……それじゃ、また試合のときに」 ペコ、と下げたくもない頭を、形だけ下げて今度こそ横を通り抜ける。 「……ッ……たかがマネがデカい口叩いてんじゃねェよ!」 足を下ろそうと思っていた地点に、突如異物を発見する。 ひゅっと出された足。それを目で認識はしたものの、回避するには、脳の処理と運動神経への伝達がコンマ何秒遅かった。 ガッ……。 ものの見事に足に引っかかり、体勢が崩れる。 ボトルの籠もあるし、なんとか堪えようと無理やり足を地面につけたら―――。 ぐりっ。 「……―――っ……」 これまた、ものの見事に足があらぬ方向へ回転。 瞬間、壮絶な痛みが足首から膝くらいまでを駆け巡った。 …………でも、転ぶのだけは堪えて、なんとか体勢を保つ。 すごくスローモーションみたいだったけど、実際は数秒の出来事。 痛がるのが悔しくて、痛みを悟られないようにすぐに表情を整えた。 …………強がりだって、たまには役に立つ……! 「テニスのなんたるかもわかってねぇクセによ!後で後悔するのはテメェだぜ!」 ギャハハハッ、と品のない笑い声をたてながら、去っていく獅子楽メンバーたち。 その後姿に、ボトルを投げつけたくなったけど―――なんとか我慢した。 そんなことをしたら、頑張ってきたみんなの心をふいにしてしまう。 「…………っ…………!」 ギッと怨念をぶち込めてもう1度睨み、あいつらに背を向けて、1歩足を踏み出す。 ズキッ、と痛みが走ったけど―――思ったよりも、酷くはないみたいだ。 大丈夫、これなら歩ける。 …………大丈夫、これなら景吾たちに悟られないでいける……!(気にするトコ違) 籠を持ち直して、ゆっくりと前へ進んだ。 「…………後でシップでもはっとこ」 みんなに気付かれないところで。 怪我に気付かれたら、芋づる式に小競り合いのことを言わなきゃいけない。……こんな侮辱の言葉を、みんなに伝えるのはイヤだ。 私が心の中で燃やし尽くしてしまおうじゃないの……! 見てろよ、獅子楽―――!!!! どっかで聞いたようなセリフ……あぁ、音が似てるのか? とにもかくにも、心に活を入れ、痛む足を悟られないような足取りで前へ進んだ。 NEXT |