屋敷の門の前で車を止めさせ、俺たちは車から降りた。 バタン、とわざと大きな音を立てて、ドアを閉める。 俺たちが歩き出すと、屋敷周辺にいたSPたちが連絡を取り始めた。 屋敷に近づくにつれて、SPたちの警戒の目が強くなっていく。 ―――さぁ、宣戦布告だ。 俺たちの宝物を奪った罪、思い知らせてやろうじゃねぇか。 有野田邸の玄関には物々しい雰囲気のSPが鎮座していた。 SPという存在自体に慣れていない岳人やジローが、目を見開いて周りを見回している。 「あ、跡部……最初っから、すげーの玄関にいんだけど……」 「あーん?……そんなのは、いないもんだと思え」 「そりゃ無理だろ……」 「ごちゃごちゃ言ってねぇで、行くぞ」 「あ、おい、跡部!待てよー!」 岳人の声を無視したついでに、精一杯威圧感を出しているつもりなのであろうSPも無視する。俺にとってその程度の威圧感など、なんてことはない。 当たり前のように側を通り抜けようとすれば、行動を想定してなかったのか、少し慌てたように、SPの手が目の前に伸ばされた。 俺は足を止めて、チラ、とSPたちに視線を飛ばす。 「……お前ら、俺様が誰かわかってて、止めてんのか?」 「…………跡部家のご子息なのは存じておりますが、ここは有野田の―――」 「あぁん?うるせェよ。……ここ?……ここにがいんだろ?勝手に人のモン奪っといて、テメェらに止める権利なんざねぇだろうが」 ぐっ、と軽く息を飲むSP。 …………どうやら自分たちがやっていることは、ちゃんとわかっているようだな。 何も言えなくなったSPたち。 そして俺は、扉の方へと目を向け―――『それに』と続けた。 「……俺様が来るのなんて、わかってんだろ?……なァ、有野田!」 バンッ、と玄関の扉を開け放つ。 その先には、待ち構えていたように、腕組みをして立つ、事の元凶―――有野田グループ子息の、有野田正志がいた。 「やぁ、跡部……久しぶりだね」 「つい2週間前、学校で会っただろうが。そんなことも忘れるくらい、記憶力が低下したか?あーん?」 「…………そして、相変わらずだね。……さて。テニス部も引き連れて、どうしたんだい?」 俺様がここにやってきたわけなんてのは、わかりきっているだろう。 まぁ、いずれ俺がここにやってくる……なんてのは想像していただろうが、この早さは想定外だったはず。予想外の出来事に、内心はそれほど余裕ではないくせに、表面上だけでもこれだけの装いをするとは……さすがというべきだろうか。 今にも胸倉を掴み上げたいくらいの波立つ感情を抑えて、こちらも冷静に応対する。 「俺様を目の前にしらばっくれるなんて、いい度胸じゃねぇか。なァ、有野田よ?」 「跡部に褒められるなんて、光栄だな」 「心にもねぇことをベラベラと……」 そこまで言って、言葉を切った。 ……無駄な話をしに来たわけじゃねぇ。 「、いるんだろ?……どこだ」 少し低くなった俺の声に、有野田がほんの少し面白そうに眉を上げた。 「……さんは確かに、うちに招待している。ま、しばらくうちに滞在すると思うよ。さんのご家族に、よろしく伝えてもらえるかな?」 「……何寝ぼけたこと言ってやがる。寝言は寝て言え」 「大丈夫、僕は起きてるよ。芥川くんとは違ってね」 「むっ……俺だって、今は起きてるCー!」 「おや、それは失礼」 のらりくらりと会話をかわす有野田は。 忍足、そして立海部長のそれに似た、読めない笑みを浮かべていた。 ……まぁ、前の2人の方が、コイツより大分タチが悪いが。 「お前、何したかわかってんのか!?立派な誘拐だぞ!?」 「宍戸くん、僕は、学校の友達を家に招いただけだよ。……ま、少々やり方は強引だったかもしれないけれど、ね」 「クソクソッ、返せー!」 「彼女が部屋から出ないのは、彼女自身の選択だよ。もっとも、彼女が何を考えて、そう選択したのかは、わからないけどね」 余裕気な表情を浮かべて受け答えするコイツを、殴り飛ばして、のいる部屋を吐かせたい衝動に駆られた。それでもぐっと我慢する。 ……周りは、SPが取り囲んでいる。こいつに手を出したら、俺たちはともかく、離れたところにいるにも危険が及ぶかもしれない。 俺が何も言わないので、有野田は調子に乗ったのか。 さらに、余計なことをしゃべりだした。 「……彼女、面白いよね……気に入ったよ」 「あぁん?」 「しばらく、僕の側に置いてもいいかな、と思ってね」 「アイツはテメェにゃ勿体ねぇよ」 「そうだそうだー!お前になんて、勿体なさすぎるぜ!」 やんややんやと騒ぐ、後ろのヤツらは……緊張感があるのかないのかわからねぇ。 『黙れ』という意味を込めて、ちら、と後ろに目線を向けると、騒いでいた岳人たちがピタリと静かになった。 それを確認してから、もう1度有野田に向き直る。 「もう1度聞く。……は、どこだ」 ―――俺の言葉を聞いてから、たっぷり3秒。 くす、と鼻に指を持っていき、微かに笑う仕草が、やけに癪に障る。 「……さぁ?ものすごい元気ではいるけど」 「お前―――ッ」 『いい加減にしろよ』、と俺が言いかけたとき、プルルルル、と携帯の着信音が鳴った。 音が発している場所は―――有野田のポケット。 笑みを浮かべ、失礼、と小さく言って、有野田が電話に出る。 ……いっそ、電話に出ている間に、家中探してやろうか―――。 そんなことを思い、記憶を掘り起こして、頭に屋敷の見取り図を思い浮かべた。 「……あぁ、なんだ?ちゃんと見張って―――何?急に倒れ『景吾!?』 有野田の言葉をさえぎって、受話器越しだがの声が聞こえた。 見取り図を考えて、がいそうな部屋を頭の中で探っていた俺は、すぐさま意識を戻す。 「!?」 『景吾、ごめん!すぐに―――わぁっ!?ちょっ、やっ―――っ!?けーごっ、この部屋たぶん……ッ』 ブツッ。 ツー……ツー……という音が、俺にも聞こえた。 しばしの静寂。 有野田が、コホン、と小さく咳払いをして、携帯をポケットにしまった。 「……まったく、元気なお姫様だな……まぁ、だからこそ服従させがいがあるってものだが」 その言葉に……先ほど、通話が切れた音と同じような音が。 ―――俺の頭の中で、鳴り響いた。 NEXT |