『未来を担う、若き天才 跡部財閥の御曹司、跡部景吾くん(氷帝学園中)が某国大使館のパーティーで溢れる才能の片鱗を披露した。跡部くんと言えば、全国でも有名なテニスの強豪である氷帝学園中のテニス部部長として有名だが、彼の才能はテニスにとどまらない。大使館のパーティーでは、英語、ドイツ語をたくみに操り、各界の大物たちと大人顔負けの会話をし、次代の可能性を予感させた。パーティーの終盤には、大使の強い要望に答え、全国のコンテストでも上位に食い込むレベルである、ピアノの腕前を披露する場面も見られ―――』 「……くそ……っ……」 生気に満ち溢れている、強い笑顔の写真が載っている新聞を、ぐしゃり、と握り締めた。 端正だ、といわれている顔が、握りつぶしたことによって歪んだことに少しだけ満足する。 「……跡部め……!」 いつもいつも人の一歩先を行く、人間。 格別努力している様子はない。なのに、こうして血の滲むような努力をしている人間の上を、軽々と歩くヤツ。 アイツがいるおかげで、僕は―――。 皺くちゃになった新聞をもう1度見る。 笑顔のヤツの隣に寄り添う人間……本当に小さくだが、確かにそこに写っている人物。 「……今に見てろよ…………!」 なにやら漂う、不穏な空気。 「……なー、跡部ー」 ベンチに座ってドリンクを飲んでいた忍足が、ぽつりと俺を呼んだ。 その前に立って、後輩たちの試合を見ていた俺は、背を向けたままで答える。 「なんだ、妄想伊達眼鏡」 「……自分、イチイチ余計な一言が多いねん……」 「あーん?……用がないんだったら話しかけんな」 「用があるから話しかけとんねん!自分が余計な一言言うから話が止まってもうたんやろ!」 「うるせぇな、テメェはイチイチ……」 「うるさいのはどっちやねん。……まぁえぇ……で?気づいとるか、自分」 途中から1トーン低くなった声を聞いて、ようやく俺は振り返る。 俺が振り返ったのを確認した忍足が、ドリンクを飲むそぶりを見せながら、ちら、と横目でコートの外を見た。 視線の先に潜む、人影。 俺もそちらの方は見ないで、黙って忍足の横に座った。 こちらも声を少し落とし、部活中であるざわめきに紛れるようにする。 「…………ほぉ……貴様も気付いてたのか」 「この学校、SP連れてるヤツは少なくない……でも、それにしたって怪しいやろ。2日間連続で、うさんくさいヤツが目に入ったら、気になってしゃーないわ。しかも、自分といるときだけや。……自分はいつ気ィついたん?」 「4日前だな。だが、貴様が気付いたみてぇに、昨日から急に動きが派手になった」 「……そない前からかい……あれやろ?D組の……」 「……だな。何人か見たことあるSPがいる。……ったく、面が割れてるヤツを配置するなんて、甘ぇんだよ」 「……自分だけやん?そんなん覚えとるの。……ちなみにどれくらいや?」 忍足の言葉に、すばやく視線を外に走らせる。 「コート脇に4人、フェンス外に2人。さっき見たトコだと、部室付近に3人、校門、裏門にそれぞれ2人ずつ……ってところか」 「……また、ぎょーさん配置しとるな……」 フン、と鼻で笑い、立ち上がり、数歩歩く。 視界の端に移る影は、動かない。 「……まぁ、向こうも様子を伺ってるだけみたいだから、放っておいてるが」 「……なにやったん?跡部」 「知るか。アイツはいっつも意味のわからねぇ難癖つけてくんだろ。……だが、この俺様をどうにかしようなんて、甘ぇぜ」 「……あー、そうやなー(棒読み)けごたん、強いもんなー」 「……死ね、馬鹿眼鏡」 ドカッ、と忍足を1回蹴って、俺はまたコート内に意識を集中させた。 異変に気付いたのは、練習を終えるために集合したときだった。 続々と部員がコート中央に集まってきていたが―――その中に、の姿が見えない。 今までも時々、倒れた部員の介抱や、雑用なんかで遅れてくることはあったから、あまり気にせずに練習後の話を進めていたんだが……結局、集合が終わってもは現れなかった。 一応部活を終わらせて、部員を解散させる。その後で、レギュラーを別に集めた。 「おい、お前ら、どこに行ったか知ってるか?」 「?……そーいや、いねぇな。この暑さだし、病人も多かったからな。そいつらの付き添いじゃねぇの?」 「にしても、遅すぎるだろ」 「あ、俺、さっき、タンク抱えて走ってくの見ましたよ。俺が見たのはそれが最後でしたけど……」 鳳の証言に、俺は頭の中に記憶を呼び起こす。 確かに俺もタンクを抱えて走っていくの姿を見た。……果たして、それが最後に見た姿だっただろうか? 少しばかり考えて―――記憶が、鳳の証言と一致する。 「…………確かに、俺が見たのもそれっきりだ。ってことは、水場か?」 「見に行って見ますか。この暑さだし、倒れてたりしたら大変です」 日吉の言葉に頷いて、レギュラー全員でコート外に歩き出す。 ふと、俺は更なる異変に気付いた。 コート脇に2人、フェンス外に1人―――? スッ……と頭が冷える。 「…………忍足」 「ん?」 「…………人数が、減ってる」 「は?なんのや……って、もしかして……」 「……やられた!」 「え、あ、ちょっ……跡部!?」 岳人たちの声を無視して、俺はすばやくコートから飛び出た。 そのまま部室棟近くの水場までダッシュする。無駄に離れている距離が、今はとてつもなく腹立たしかった。 体育館を通り過ぎて、バッと部室棟入り口の方を向く。 部室棟の入り口には、水場が設置されている。いつもは、そこでタンクを作っていた。がタンクを作りに来たのだとしたら、そこにいるはず。 だが―――。 「……ちっ…………」 水場に、の姿はなかった。 荒い息を吐いてさらに近寄ると、水道の近くにどでかいタンクが無造作に転がっていた。 濡れていたために砂がついているタンク。結構な量の水がこぼれて、水溜りを作っていた。 「跡部ッ!!!」 追いついてきた忍足たちが、現場を見て立ち止まった。 無造作に転がったタンク。砂に塗れたそれを見れば、何か異変が起こったことを察するに値する。 「なんだよ、これ!」 「おい、跡部!、いったいどーしたんだよ!」 部室の周りにいたSP3人は、全員いない。 ここ数日間、俺たちが帰るまでビッチリと見張っていたというのに、『今』いないということは、関与していると明言しているも同然だ。 ―――なんだって、こうやって厄介ごとばかりが舞い込んできやがるんだ―――。 頭に、軽い痛みが伴う。 「跡部!ちゃんは……!?あぁぁ、ちゃーん!」 「ウルセェ、黙れ。……ちっ……いろいろ根回しするよりも先に、あいつの家に行ったほうが早ぇか……」 の安全のこともある。 ……多分、アイツの狙いは俺だ。自身にその狙いは向けられてはいないはずだが―――それでも、危険性は高い。 早めにこちらからアプローチを仕掛けて、俺たちがそっちの動きを知っていることを明かさなければ。こちらが気付いていると知らなければ、相手は計画を着実に進めるだろう。だが、こちらが気付いている、ということをアピールすれば、対処法などを考えることによって、計画に若干の乱れが出る。その間に、俺が対策を立てればいい。 携帯を取り出し、まずは屋敷へ。 「……あぁ、宮田か、俺だ。……実は―――」 端的にがさらわれた(らしい)ということ、これからそいつの家に向かうということを伝える。 そして最後に、ヤツの家の情報収集も忘れずにするように、と。根回しは宮田たちで十分に勤まる。 次に、運転手にコールをした。 「……あぁ、俺だ。すぐに校門に車を回せ。すぐに、だ」 それだけを言って通話を切り、部室棟の隣に隣接している、レギュラーの部室へ向かう。 着替えをしてる時間はない。 入ってすぐに、ラケットバッグを掴んだ。ラケットはコートに置いたままだが、帰りがてら、回収すればいい。 「おい、跡部!」 慌ててついてきたレギュラーも一緒に部室に入ってきていた。 「跡部!どこ行くんだよ!?の居場所、もう知ってんのか!?」 「あぁ。見当はついてる。……というか、十中八九そこだ。ちょっと行ってくるぜ……自分のやったことをわからせるために、な……」 あの男、どうしてくれようか―――と思って、制裁の内容を考えて、笑みを零した。 俺は相当の顔をしていたのだろう、岳人たちが固まる。 「……ま、終わったら報告するぜ。……おい、樺地。校門までついて来い」 「……ウス」 樺地にラケットバッグを渡し、部室から出ようとすると――― ガシッ。 様々な方向から手が伸ばされ、俺は行動を制限された。 「……なんだ?事情が事情だ。早く行きたいんだが」 「俺たちも行く!」 岳人たちの口から飛び出た言葉に、一瞬目を見開いた。 「………………は?」 「が大変なんだろ!?なら、俺たちも行くぜ!」 「跡部1人に、いいカッコはさせんで……!」 「ってか、今の状態の跡部を放り出したら、確実に命が1つ奪われるからな……」 「誰か止める人が必要ですよね……」 「とにかく、俺たちも、助けに行くCー!」 ぎゃいぎゃいと騒ぎ出し、挙句の果てには全員が荷物をまとめ、行く気満々。 二言三言、俺の問題であるということと、場合によっては危険が伴う―――ということを伝えたが、聞く耳を持ってはいなかった。頑として『行く』と言い張るメンバーに、息を1つ吐いて―――諦めた。 「………………わかった。だが、2年はやめておけ。……万が一騒ぎになったときは、面倒くせぇからな。次の大会が出場停止とかになったら、馬鹿らしいにも程があんだろ」 「そんな……!俺たちだって、さんのことが心配です!」 「まぁ、心配すんな、長太郎。結果はちゃんと報告すっから」 「ただし、ついて来る3年。邪魔だけは済んじゃねぇぞ」 俺が言いたいことをきちんと理解してるのかどうなのか―――それでも、しっかりと頷いたやつら。 「……跡部さん、絶対に結果は報告してくださいよ」 少しだけ恨みがましい視線を送ってきた日吉だが、大分『上に立つ人間』としての自覚が備わってきたのか―――部活のことを思って、引く態度を取った。 それに頷きを返し、すぐに行動に移る。 結局くっついてきたのは、3年全員。 すでに校門には車が準備されていて、俺が近づくとドアが開けられた。 まずは俺が乗り込み、続くメンバー。 全員乗ったところで、俺は運転手に告げた。 「……有野田の本邸へ、向かえ」 有野田グループ。 跡部と並ぶ、日本有数のグループだ。創始時代から跡部とも交流があって、何度か家にも訪問したことがある。 おそらくは、そこのバカ息子の仕業。 昔から何かと因縁をつけてくる相手だ。 ……俺様が完璧なのが、相当気に食わないらしい。 今までも何度か、意味のわからない難癖をつけては来たことがある。 そのたびに、一蹴してきたんだが―――まさか、に手を出すとは。 …………身の程知らずも、いいとこだぜ。 「…………いい機会だ。痛い目見せてやるぜ」 ギリギリと拳を握り締めた。 NEXT |