夏の快晴というものは、時にテニスの敵となる。

コート上が、とんでもなく暑くなるのはもちろん、それ以外にも。

そう、たとえば日本の夏の風物詩。

夕立、だ。





全国大会初日まで、残すところ後3日。
今日も暑い1日だ。
ピカーン!と言う効果音が最適、といえるくらいに、太陽はこれでもかと輝いていた。
そして、これまた真っ青な空に、もくもくと姿を現している入道雲は、夏の暑さを強調している。

「あっついね〜……」

額に浮き出た汗をぬぐいながら、私はタンクをゴトン、と地面に下ろした。
時刻は4時。峠は越えたけれども、まだまだ気温も太陽も高い。ただでさえ高い温度は、コート上ともなれば、軽く40℃は超える。

ー……ポカリー……」

「はいはい、がっくんはこっちね。でも、甘いのばっか飲んでると、余計に喉が渇くから、適度に水も飲んでよ?」

「おー、さんきゅー」

、俺にもアクエリくれ」

「はーい。亮は、これね」

「サンキュ。……しっかし、ヤな雲出てきたな〜」

「え?……雲って、あれのこと?」

先ほどより、少し形を変えている入道雲を指差した。
それを見た亮が、あぁ、と1つ頷く。

「空気も湿ってるし……こりゃ、一雨来るかな」

「えー……晴れてるよ?」

「晴れてるが、カラッとした快晴じゃねぇだろ?そーゆー日は危ねぇんだ」

「ふーん……」

「おっと……次、俺の番か」

「あ、行ってらっしゃい!」

ヒラヒラと手を振って亮を送りだし、私はまた雑用に戻る。
夏の暑い時期はね……色々とやることがあるのよ……。

センパーイ!1年が倒れたー!」

「はいはーい!」

こんな風に。
だから、気にしてる余裕はなかったのよ……!






ポツ、と頭に衝撃を受けて、上を見上げた。
そこで初めて、先ほどまでは青空の見えていた位置まで雲が来て―――いや、すでに頭上をほとんど覆っていることを知る。

「うわっ……」

呟いたとたんに、いきなり勢いを増す雨。
夕立とは、えてして大粒なことが多いわけで。

あっと言う間に、ボタボタボタッ!と、痛いくらいの勢いで降ってきた。本当にバケツをひっくり返したような感じだ。

「ちっ……1年!ネット片付けろ!各自、周りに落ちてるボール拾って、雨宿りだ!」

景吾が素早く指示を出すと、1年生が一斉にネットを外し始める。
今は1年も2年もない、自分の周辺に落ちているボールを手当たり次第に拾い上げる。水に濡れると、ボールが痛むからだ。

ちゃん、はよ屋根の下に……!」

「タンクとか、出しっぱなしだから取ってくるね!」

侑士が手当たりしだいにラケットを持って移動している脇を突っ切って、私は放置されっぱなしのタンクを持ち上げ、ついでに救急箱を上に乗せた。
そのままダッシュで、雨がしのげる場所へ。

どうやら、私が1番最後だったらしい。雨がしのげる場所には、部員がぎっしり詰まっていた。……すし詰め状態ってヤツですね……。

……」

奥のほうから、呼ぶ声が聞こえた。
タンクを下ろすスペースもないので、ガッチリ抱えたまま、奥へ向かう。

部員たちが右へ左へ寄ってくれる間を潜り抜けると、その先に景吾たちがいた。

、こっち空いてるぜ」

レギュラーたちの周りは、みんな1歩引いたように、確かに空いていた。
……まぁ、ね……近づき難いよね……!気持ちはよくわかる(キッパリ)
それでも、『慣れ』というものは恐ろしいもので。

こーんな輝かしい人たちの周りにいるのにも、大分慣れましたよ、私は……!だって、自分は自分のこと見れないもーん。美しい人たちの周りに私がいて、いくら醜かろうと、私はその姿見れないもーん。……ということにしておく(泣)

「おいでおいで」

「ん、ありがとー。……はー、ビックリしたー、いきなり降って来るんだもん」

タンクを持ったままそちらへ向かい―――ようやく、タンクを置くことにする。
はぁ、肩こった……。

トントン、と肩を拳で叩こうとしたら。

私の方を向いていた景吾や侑士たちの目が、ぐわっと大きくなった。

「え、なに……っ!?」

あかーん!!!!

私の疑問の声を、侑士の声がかき消した。
えっ、えっ、と思っている間に、わたわたとがっくんやジローちゃんが近寄ってくる。
侑士は、部員たちに向かって、あかんあかんってずっと言っている。

「あかーん!あかん!自分ら、見んなー!!」

「ゆ、侑士!?どうしたの……!?」

っ」

「はいっ、なんでしょう!?なにが起こってんの……!?」

ススス、とジローちゃんが、密着するように前に立つ。……え。何?くっついてくれるのはうれしいけど(コラ)、一体何……?

……透けてる……っ」

ちょっと目を逸らしながら、がっくんも傍に……え?

透 け て る … ?

その言葉で、私は自分の姿を省みた。
さっきの雨を全身に浴びて、全身ぐっしょり。
氷帝ポロシャツは、ほとんどが白だから……濡れたら、その中の物が透けるというわけで。
ついでに、タンクも抱えてたから……ぴったりシャツが体に張り付いていまして……。

「………っ……うわー!!!!(絶叫)」

「人に言われて、やっと騒ぐな!」

怒鳴り声を共に、バサッ、と頭にかかったのは、見覚えのある派手なタオル。
慌てて、受け取ったそれを肩にかけて、体に巻きつけた。このやたらと派手で、嗅ぎなれた香水の香りがするこれは―――景吾のタオルだ。

「それ、かけてろ!……ったく、タンクなんか後にして、さっさと入ってりゃ良かったものを……!」

「あぁぁ……お、お見苦しいものをお見せいたしてすみません……!」

土下座して謝りたい気分。わ、わいせつ物陳列罪で捕まっちゃう……! (泣)

「…………先輩、青か……」

っていうか、結構細いな……」

ピクリ。

なんでだかいきなり景吾さんと侑士が反応して、ズンズンと部員が密集している地帯へ行ってしまわれた。……なんで、ドカ、とか、バキ、とか言う音がするの……?

「……ちっ……今日はもうダメだな。すぐに雨は上がるだろうが、どうせ後30分で終わりだし、コート、乾かねぇだろ。……今日はこれで引き上げるとするか」

「あ、じゃあみんな、体冷やさないようによく拭いてね」

「お前がな」

わしゃわしゃっ、と景吾の手が伸びて、タオルで頭やら何やらを拭かれる。
タオルのせいと、景吾が前にいるせいで、ろくに周りが見えないけど、景吾が手を動かしている間に怒鳴った。

「クールダウンもろくにしてねぇからな。きっちり自分の体は自分でケアしろよ!」

景吾の声に、はい、と揃った声。
タオルに阻まれてよく見えないけど、ざわめきから察するに、みんな解散の方向で動き出したらしい。

「あ、雨止んできたみてぇだぜ」

「そんじゃ、今のうちに部室まで戻るかー」

続々と解散していく部員たち。
景吾がようやく、頭を拭くのを止めたので、私はようやく周りの状況を把握することが出来た。

「あ、ホントだー、雨止んできてる」

「……ったく、呑気なもんだぜ……人の気も知らねぇで」

景吾が何かをぼそりと呟いたけど、部員たちの騒ぎ声で、何を言ったのかあまり聞こえなかった。
再度聞くのもちょっと怖い感じがしたので(本能)、小雨になってきている空を見上げると。

「あっ、向こうは青空じゃん!」

雲が途切れて、青空が見えていた。
景吾がなぜか、諦めたように、1つため息をついて、同じように空を見る。

「これだとすぐに晴れるな。……虹が見れるかもしれねぇぜ」

「虹!?」

「夕立の後は、虹が見えやすいっていうからな」

「うわー、ホント!?見たい見たい〜!!!」

「その前にお前は着替えだ。……ほら、さっさと部室行くぞ」

「はーい」





帰宅途中に見上げた空には。
きれいな虹が、空に架かっていた。

「景吾、虹綺麗だねぇ」

「あぁ、そうだな」

「…………明日の抽選会、いいことあるといいね。……間違っても、青がつく学校名のとこなんて、引いてこないでよ。後、立がつくところもイヤ」

「…………どーせ全部倒すんだから、一緒だけどな」

景吾と一緒に見た虹は、長いこと空に残っていた。

その綺麗さに。

これからの全国大会に、一筋の希望を抱いた。





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