噂のこととか、

昨日のこととか、

聞きたいこと、話したいことはいっぱいあった。

だけど、こちらから切り出す勇気は出てこなくて。

―――泣き出しそうになるのを、堪えるのに必死で。



Act.25 有の証の、いたいけな気持ち



沈黙。

車の中では、ただその一言に尽きた。
景吾は何も、話さない。
だからと言って、私から話しかけることも出来なかった。

何も会話はなかったけれど、景吾は絶対に繋いだ手は離さなかった。きゅ、と握られたままの手だけが、異様に熱くて。
振りほどくことも出来ないまま―――かといって、握り返すことも出来ないまま、長すぎる帰路はようやくの終着点を迎えた。

「おかえりなさいませ、景吾様。……様」

少しほっとしたように出迎えてくれた宮田さんに、ペコリ、と頭を下げる。

「心配掛けて……ごめんなさい」

「……ご無事でようございました」

柔らかな笑顔に、申し訳なさが募る。
……せめて、お屋敷には連絡を入れるべきだった。そこまで気が回らないほど、精神が参っていたということだろうか。

ぐい、と手を引かれた。

ハッ、として前を見るけど、手を握っている景吾はこちらを振り返りもせず、ただ強引に前へと進んでいた。
景吾の背中だけを見て、なされるがままに歩く。
そのまま連れてこられたのは―――景吾の部屋。

少し俯き加減で部屋のドアをくぐる。
目線を下に落として歩みを進めると、すぐに、トン、と何かにぶつかった。

ふ、と見上げれば、至近距離で見える景吾。

ぶつかったのは景吾だ、なんて、どうでもいいことをぼんやりと思っていると。
ぎゅっと抱きしめられて髪を撫でられ―――唇が、触れ合った。






言いたいことは、たくさんあった。
昨日帰れなかった理由、そもそもそうなった原因、ちゃんと周りの誤解を解いたこと、そして―――他に目移りなんかしない、俺はだけを愛している、ということ。それこそ、昨日話せなかった分まで、話したいことは山ほどあった。

だが、どれを言っても、今は空虚な単語の羅列になるような気がして。

結局、が逃げないように、俺の前から消えないように―――手を、握り続けることしか出来なかった。
の手を握りながら、自分自身に少し驚く。
自分にこんな余裕がないとは思ってもいなかったからだ。

―――だから。

言葉より早く、腕が動いていた。

部屋に入ったとたん、を抱きしめて、髪の毛を梳いて、唇を奪って、舌を吸って―――が、苦しげに息をついて、俺の腕の中に倒れこむまで、続けた。倒れこんでも、抱きしめることはやめなかったけれども。

「……

小さく目を開けて、見上げる
もう1度キスをしようとしたが、の手が、ゆるゆると俺を離す。

俺を見る、不安げに揺れる瞳。

ちゃん……貰うで』

不意に、忍足の声が頭に響いた。

離す気は無い。誰が何を言おうと、何をしようと、俺は絶対にを離す気はない。が他人のものになるなんて耐えられやしない。

俯いたを、再度、抱きしめた。……力の限り。

「ッ……イタっ……」

が小さく声を上げ、腕の中で身じろぐ。
だが、絶対に離さなかった。

離すつもりは無い。

誰にも渡しやしない―――アイツにも。

「……景、吾……?」

名前を呼ばれる行為だけで、愛しさが込み上げる。
そんな風に思える人間は、この世界にどれだけいることだろう。

は俺のもの。

そして俺は―――。

「……

俺の呼びかけに、は再びうつむいて答える。

「…………うん?」



半ば強引に、顔を上げさせた。
目と目がぶつかり合う。の目が、不安そうに潤んでいた。

その目を隠したくて、少しキツめのキスを送る。

「……っ…………」

息を呑むの声を聞きながら、顔を離し、そっと呟いた。

「お前は、俺のものだ」

「………………………………はい?」

たっぷり間をあけて、が答える。
俺の発言に驚いているのか、不安げな瞳は、きょとん、としたものに変わっていた。
その綺麗な瞳を覗き込んで。

「そして―――俺は、お前のものだ」

今度は、穏やかな、キスを。
柔らかな唇をゆっくりと啄ばんで、身を離す。

お互いがお互いだけを見つめている、静かな時間。
言葉はなにもなく、先ほどの『沈黙の時間』と同じようだが……明らかに違う。
2人の間の距離感が、決定的に。

は惚けたようにこちらを見て―――ふう、と息を吐いた。

「…………教えて。何が、あったのか」

「…………あぁ」

小さく頷いて、俺は再度キスをし、をベッドへ連れて行く。
そこでようやく。
昨日の千間寺のパーティーのこと、話していたのはほとんど運動会関係だったということ、携帯の電池が切れて連絡が取れなくなったこと―――そして、何もなかった、という全てのことを話した。
は途中、目を大きく見開いたり、不思議そうな顔をしたりと百面相だったが、それでも最後まで黙ってと聞いて。
ぽつん、と一言呟いた。

『ごめん』と。

「なんでお前が謝るんだ」

「……わかってたんだよ。ただの噂だって。景吾のこと、信じてればいいんだって。……だけど、ちょっと不安になって―――お屋敷にも連絡入れないで迷惑かけちゃったし。ごめんなさ―――」

「……お前が謝ることじゃない。不安にさせるようなことをしたのは、俺だ」

「でも―――」

「でももなにもねぇよ」

ともすれば、色々と謝罪の言葉があふれ出てきそうなの口を、己のもので塞ぐ。
勢い余って倒れこんだの後頭部をしっかりガードして、覆いかぶさった。

しばらくキスを繰り返してから―――ふと、あることに気が付いた。

唇を離して、の顔をマジマジと見つめる。

「……?…………何?」

「…………いや、考えてみたら……初めてだよな」

「え?何が?」

「お前に、あからさまに嫉妬されるなんて」

俺の言葉に、はしばらくぽかーん、と俺を見て……そしてすぐに、顔を真っ赤にさせた。

「え……エェエエエェェ!?」

「つまりはそういうことだろ?」

「つまりはって……そんなことな……っ」

「嘘つけ」

自覚なかったのか?
そう呟いても、は顔を赤らめたまま、混乱顔だ。

「千間寺に、嫉妬した。……そうだろ?」

「いや、えーっと、その……!」

「……認めちまえよ、

「!!」

さらにの顔が赤くなった。

「景吾はまた……っ、エロい声でそーゆーことをサラサラと……!」

もごもごと口の中で何かを言うを、心底愛しいと思った。

「お前不安にさせといて不謹慎だが……」

ぎゅっ、との頭を抱えて、耳元で囁く。

「偶には……嫉妬されるのも、気分がいいもんだ」

「!!!!!!」

ビク、と大きく反応したの顔を近づけ。
今日、何度目になるかわからないくらいのキスを送った。





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