「さて、本番まで残り1週間となった」

バン、と亮が教卓を叩く。
今日集まっているのは、応援団の面々。ここ数週間で一気に仲良くなり、団結力が深まった。
―――なんかもう、色々な辛さを乗り越えてきた仲間だ。

あぁ……思い出す。
亮の『違―――うッッッ!!』という叫び声と、意味のわからない過酷な筋トレ、それに汗まみれで臭い自分を。
亮の頭に角が生えてるっていう幻覚に襲われ、しばらく悪夢にもうなされたなぁ……(遠い目)

「一応、今日リハーサルも終えて、援団としては残すところ本番だけ、というわけだが―――重大な問題が発覚した」

そこで1度、亮が言葉を切った。
重大な問題―――今日のリハーサルで発覚したのだろう。はたして、何を言われるのかと、みんながゴクリと唾を飲み込む。

神妙な面持ちで亮が呟いた一言は―――。

「……学ランが足りねぇ」

…………その一言だった。



Act.26 意するものは、きちんと確認



「……っ……なんだよ、宍戸ー……驚かせんなよなー……」

誰かの言葉と共に、どっ、とみんなが息を吐いた。
同じく私も大きく息を吐き出す。

ホント、何を言うのかと思えば……!

リハーサルが終わってからずーっと暗い顔してるし、何度聞いても『……後で話す』の一点張りで何も話してくれなかったから、もっと重要なことかと思えば……。

「なんや、そないなことだったんか……」

「そんな簡単に片付けんじゃねぇ!」

くわっ、と目を見開いた亮は……かなり、怖い。
みんなもビビって1歩引き気味だった。

「いーか、これは重大問題だ……!……お前ら考えてみろ!」

バンッ、と再度亮が机をたたく。

「今日やったリハーサルでは、かなりのレベルだったと思う。正直、今の段階ではうちの組がトップだ。だが!」

熱の入った亮の声に、私たちは知らず知らずのうちに引き込まれている。

「折角ここまで仕上げたのに、本番、援団が学ランとTシャツのヤツが入り混じってたりしてみろ……!」

みんなでその光景を想像してみる。
学ランでビシリッ、と決まっている団員……の影にいるTシャツの団員。

……………………。

「た、確かにマズイかもしれない……!」

ぼそり、と私が呟くと、みんなも想像したらしく、

「うわっ、確かにありえねぇぇええ!!」

「今までの苦労が報われねぇ―――!!」

「カッコ悪すぎる―――!!!」

と大騒ぎになった。
援団はキッチリ統制の取れた動きが魅力。なのに、衣裳がそもそも統制が取れてなかったら……!!あぁぁ、恐ろしい!ただのお間抜けお遊戯会だよ!!!

「重大問題なのはわかった……で?何枚足らんのや」

「……3枚ってとこだな。どーがんばってもそれだけは集まんなかった」

「3枚くらいだったら、結構すぐ集まるんじゃねぇのか?」

「一応色々聞いてみたんだがよ……本番は土曜日だろ?結構部活とかで学校行ってるヤツ多くて、中々貸して貰えねぇんだよな……」

ぽんぽん、と声が飛び交うのを、ぼんやりと聞いていた。
大変だな〜、と、ほとんど他人事のような感覚。
あいにく私に学ランを貸してくれるような知り合いは思い浮かばないし…………

思い、浮かばない……し…………?

ぽんっ、と頭に浮かんだのは、

『油断せずに行こう』

のあの方。

「……………………」

……イヤイヤイヤイヤ!
ちょっと、待て私!

先日の一件もあったし、しばらくおとなし〜く平穏な日々を過ごしたい。というか、常にそうありたい(希望)
立海の時のあの騒ぎを思い出す。景吾のあのお仕置きを!!!

………………もう、思い出したくもない(涙)

立海でさえあれだったんだ……特別視してる手塚くんと関わったら、それはそれで、これまた目の保養……じゃない、大変なことになる!

ちらっ、と亮たちを見てみる。

「俺も兄貴とか兄貴のダチとかに聞いてみてんだけどよ……」

「この辺で学ランの学校ってあんまねぇからなぁ……」

「ってか、残り1週間しかねぇのに、大丈夫なのかよ?」

「大丈夫にするしかねぇだろ!」

………………大変、とか言ってる場合でもないのね。
というかむしろ、学ランない方が、大変なのですヨネ…………。

「あ、のー…………」

そろりそろり、と手を挙げる。
ん?と亮がこちらを向いた。

「…………学ラン、調達できるかも、しれない……です」

え、とみんなの動きが止まった。

「いや、でもお前、学ランの学校の知り合いなんて…………って、もしかして……!」

亮は思い当たったようだ。
うん、と1つ頷く。

「青学、学ランじゃん?3年生だったら、部活もないだろうし、きっと「ちゃん、早まったらあかん!

バ―――ンッッッ!と侑士が机を叩く。
衝撃で、机の上のノートやペンが垂直跳びした。

「あいつらと接点持ったら、ここぞとばかりにつけこまれるで!あいつらに貸し作ったが最後、ちゃんが断れないのをいいことに、あ〜んなことやこ〜んなこと……アァァァァ!!」

なにやら叫んで遠い世界へ行ってしまわれた侑士を、ぐぐい、と亮が押しのけて、前のめりで迫ってきた。全ての私情を抜きにした、真剣な表情。

「…………ことは緊急を要する、仕方ねぇ。…………、連絡手段はあるか?」

「それなら大丈夫。前に手塚くんの連絡先教えてもらってる」

ちゃっかりしてんな、アイツ…………」

「へ?」

「独り言だ、気にすんな。……じゃ、すぐ連絡取れんな」

「うん。…………なんなら、今、電話してみよっか。多分学校も終わってるだろうし……」

「出来るか?なるべく早い方がいいしな」

「おっけ」

バッグから携帯を取り出し、ポチポチッ、とメモリを呼び出す。
手塚くんだったら、自分が出られないときは電源をオフにしているだろう。そのアナウンスさえ流れなければ、きっと出てくれるはず。
そんな風に思いながら、じっと無音の状態で待ってみる。
しばらくしてコール音が聞こえた。きっかり3コール後に途絶える。

『……もしもし、手塚だが』

あまりにも手塚くんすぎる応答に、思わず口元が緩む。

「あ、もしもし。氷帝テニス部マネのですけども」

『あぁ、着信でわかった。久しぶりだな』

「うん。久しぶり〜。今、ちょっと大丈夫?」

『あぁ、問題ない』

傍で聞き耳を立ててる亮が、先を促すように頷く。
…………いつの間にか復活した侑士も、傍で聞き耳を立てていた。

「実はさ……急なお願いで申し訳ないんだけど……」

そう前置きをおいてから、私は事情を説明する。
すると、アッサリと承諾の返事が来た。

『制服だな?別に構わない。渡すのはどうしても金曜の夜になってしまうが……』

「全っっっ然問題ないです!金曜まで着てるもんね!こちらが無理を言ってるので、貸してもらえるだけでありがたいです!えーっと、青学まで取りに行けばいいかな?」

『いや、青春台駅まで来てもらえれば十分だ。俺も駅を利用するからな』

「了解です。じゃ、駅でよろしくお願いします」

『あぁ。……希望のサイズがあれば、こちらで揃えるが』

「ほ、ホントですか!あーりーがーとー!ちょっと待ってね。…………亮、今足りない衣装のサイズ、わかる?」

通話口を押さえながら、傍で聞いていた亮に尋ねる。
が、亮はフルフルと首を振った。

「いや、まだ単純な枚数だけでサイズの確認はしてねぇから、悪いがちょっとわかんねぇな」

「わかった。…………あ、もしもし?えーっとね、ごめん。ちょっとまだ足りない枚数分のサイズがわからなくて……」

『ならば、また改めてメールでもいいからもらえるか?』

「うん。えーっと、前に青学行ったときに教えてもらったアドレスでいい?」

『あぁ、変更はしていないから大丈夫だ』

「了解!……ホントにホントにありがとうございます!よろしくお願いします!」

『あぁ。ではまたな』

「はーい。じゃあね〜」

プツッ…………。

私は、無言で亮にグッ……と親指を突き出した。
うしっ、と亮が気合いを入れて、満面の笑みを浮かべてくれた。爽やか過ぎる笑顔に、一瞬クラリと眩暈がする。
だけど、その笑顔がすぐに真面目な顔になった。

「……

そして、コソリ、と亮が顔を寄せてくる。

「…………青学行くこと、跡部には内緒な」

周りには聞こえないように、ごくごく小さな内緒話。

「……問題は、未然に防ぐ方向で行こうぜ」

「……合点です、組長」

お互い、景吾さんの怖さはよ〜〜〜くわかってるつもり。
私は、きっとレギュラー内で一番同じ価値観を持つ亮と、ガッチリ握手を交わした。

「制服受け取りに行くときは、跡部には物品買出しだとかなんとか言っとけ。俺も出来たら一緒に行くからよ」

「あ、亮も一緒に行ってくれんの?さんきゅー!」

「さすがに、お前1人行かせるのは心配だしな。……特に青学のヤツらに会わせるのは」

俺も行くで

亮と私の間に、ズドン、と顔を出したのは侑士。
目が据わってて……正直、『どうしちゃったの??』といいたくなるくらい、コワイ。

「ゆ、侑士…………目が据わってる……」

「宍戸……さっきは、ぎょうさん無視してくれはってありがとさんなぁ?」

「忍足……お、落ち着け……お前が行ったら、さらに面倒なことになる……」

バンッ、と侑士が机を叩く。
その衝撃音で、教室内のメンバー全員がこちらを向いた。

「俺は行くで!誰がなんと言おうと、ちゃんを魔の手から守る!」

「お、落ち着け、忍足!な!?」

「連れてかんと……泣いて喚いて跡部んトコ言いつけに行ったるで!」

「だ―――!!!!わかった、わかった!連れてきゃいいんだろ連れてきゃ!ガキかお前は!!」

「最初からそー言うときや」

「……くそっ、激ダサだぜ…………つーわけだ……もう一度言うが……問題は、未然に防ぐ方向で、行こうぜ…………」

「………………合点だ、組長」

先ほどよりも大分テンションが落ちた亮の手を、色んな願いと望みを乗せて、固く握り締めた。

どうか、何事もなく制服が借りられますように!
大きな事件もなく、本番が迎えられますように!
………………景吾さんが不機嫌モードになりませんように!!!


本番まで、後1週間。





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