Act.23 越しに、伝わる気配



片っぱしから、電話を掛けた。

が寄り道するとすれば、きっと仲が良いテニス部員が関わっているに違いない。レギュラーのヤツはもちろん、同じ学年のヤツにも何人か掛けた。
誰かと一緒に、どこかへ行っているなら別にいい。

だが、そのうちの誰もがと一緒にはいなかった。
一応全員に、『何かあったら連絡しろ』とだけ言っておいたが……誰からも、情報はない。

……もう、じっとしていられなかった。

痺れを切らして腰を浮かしたとき。
今までずっとおとなしかった携帯が、ようやくその存在をけたたましく主張した。
か?と期待したが―――発信元は鳳。

それでも、何か手がかりが見つかったのかもしれない。
浮き上がった腰を1度落ち着かせて、通話ボタンを押した。

『あ、跡部さん。さんのことなんですが……』

「あぁ、何かわかったか?」

「実は、さんが下校したとき、俺のクラスで見ていた人がいて―――』

その後に続いた鳳の言葉に、俺は再度腰を浮かせた。






「もう、もっさいんやから、いー加減髪切りやー、って言うとるんやけどね」

「もっさい言うなや」

「事実もっさいやろ。男の子やったら、スパッと短髪にしぃや」

「男女差別や。訴えて勝つで、おかん!」

「短髪侑士かぁ〜……想像つかないなぁ……けど、ちょっと見てみたい気もする!」

「お、もっと言うてやり。ちゃんが言うたら、ゆーも、切るんちゃう?あ、なんなら、オカン、今切ったろか?」

「ちょお待ちや!」

今にもはさみを取りに行こうとするオカンを、なんとか押しとどめる。
まったく……とため息をついたら、腹かかえて笑っとるちゃんと目が合った。

俺は、ちゃんが笑ってる姿が好きや。
初めて会ったときから―――ちゃんを女の子として好きやと認識する前から。
周りの人間、全てを幸せに巻き込んでくれるような笑顔が好きや。

…………せやけど。

屋上で、俺だけに涙を見せてくれたのも、実はかなり嬉しかった。

前は、俺ではダメやった。
最初、体育倉庫に閉じ込められた時。
……俺には涙を見せずに、無理してでも笑って、涙を決して見せてくれはしなかった。
なのに、跡部が現れたとたん。

貼り付けたような笑顔が消え、泣き出したちゃんを見て―――どうしようもなく、悔しかったのだけは、覚えとる。

せやからさっき、ちゃんが俺の前で、素直に泣いてくれたことが嬉しかった。
俺だけの前で、泣いてくれたのが、嬉しかった。

「…………最低、やな」

俺がぽそりと呟いた言葉を聞き取った2人が、顔を見合わせる。

「ゆーし?」

「なんやねん、ゆー。そない短髪が気に入らへんの?」

「……ちゃうわ」

1つ頭を振って、誤魔化す。
きょとん、と俺を見ているちゃんを、再度、見た。

何度、思ったやろ。

何度、何度―――心の中で、頭の中で。

『俺にしときや』

その言葉を、言うたやろ。

抱きしめて。
跡部のことなんか、欠片も思い出せないくらい、強く抱きしめて。

『俺にしとき』

そう、伝えたいと思ったことが、何度あったやろ。

けど、それはいつも、ちゃんの笑顔に阻まれとった。
跡部の隣にいるちゃんは、いつも幸せそうに笑っとったから―――。

「侑士〜?ごめんごめん、もう言わないよ〜。もっさり侑士でいて〜」

微かに笑いながら、そう言うちゃんは、

跡部の隣にいるときと同じくらい、楽しそうやろか?

幸せそうやろか?

俺には―――わからへんかった。

「…………えぇよえぇよ。ちゃんがそーゆーなら、俺はスキンにでもしたるわ」

「え、ちょ、スキンはちょっ……そ、それはそれで面白いかもしれないけど……!」

「えぇやないの、スキン!洗う手間も省けるし!」

「どっちかでえぇから、止めてくれや……」

あはは、とまたそこで笑いが起こる。
今はまだ、わからんから―――本気で、ちゃんが心から『笑ってる』のかわからんから。

俺は、まだ、動けない。





そのまましばらく談笑していると、

ピンポーン。

ふいに、呼び鈴が鳴った。

「あら。宅配かしら?」

立ち上がろうとするおかんを制し、代わりに立ち上がる。

「……俺が出るわ。おかんはちゃんと話続けときや」

「あら、珍しい。ちゃんにえーとこ見せたいんか?」

「……そんなんちゃうわ、アホ」

言い捨てて、玄関に向かう。

「新聞勧誘やったら、『うちは新聞取る金もあらへん』ちゅーて、即行断って戻ってくるんやで〜」

そんなオカンの、のん気な声を背に受けて、ゆっくりと歩いた。
徐々に近づく玄関。

…………やっと、か。

それは、なんともいえない感覚。
勘とでも言うんやろか。明らかに人間の持つ五感以外での反応。

『跡部が来た』

そう、直感した。

空気が、ピリピリとした緊張感を含んでいるように思えるのは、俺の考えからか。
―――それとも現実に、扉の向こうにいる人間が、放っている殺気か。

1つ息を吐いて、玄関の扉を開けた。




「………………よぉ、忍足」




そこにいたのは―――俺の想像通りの人間やった。





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