2月13日(金) 晴れ  レギュラーのみ自主練


跡部景吾  左ふくらはぎに違和感?

忍足侑士  問題なし

向日岳人  右膝に違和感(おそらく疲れによるもの)

…………………………………。

2月……13日?

「あぁぁぁぁぁぁっ!」




Act.13  れるなんて、乙女失格



「どうした!?」

バンッとドアを開けて入ってきたのは、隣の部屋にいたはずの景吾。

「わぁっ!?ちょ、景吾、水滴落ちてるから!」

お風呂後だったのか、髪から水滴が滴り落ちている。
慌ててタオルを持っていく。

「……、今、叫ばなかったか?」

「あ、いや……えっと…………ちょっと、忘れてたことを思い出してね……ほら、ちゃんと拭いて〜」

「……が拭け。……心配して損したぜ、ったく」

むすっとして、景吾は中に入り、ドアを閉める。
どうやら、私の叫び声を聞いて、部屋から飛んできてくれたらしい。
それは確かに……申し訳ないことをした。

今まで私が座っていた椅子にドカッと座る景吾。
こりゃ、拭かない限りは動かないな……仕方ないから、私は後ろから髪の毛を拭いてあげた。
……うぁー……髪の毛柔らかいしー……なんで毎日太陽浴びて紫外線たっぷり受けてるのに、こんなに肌とか髪の毛とかきれいなんだろ……若いからかな?……あ、でも私も今は一応同級生か……。

「…………、コレ、いつ気がついた?」

しばらくワシャワシャと拭いていると、景吾がポツリと聞いてきた。
コレ、と指差しているのは、部活ノートの1行。

跡部景吾  左ふくらはぎに違和感?

のところだ。

「えーっと……景吾、最後の方で侑士とゲームしてたでしょ?……それの……えっと、多分6ゲーム目くらいかな。言おうかと思ったんだけど、景吾、なんともないような顔でゲーム続けて侑士に勝っちゃうから……一応、ハテナつけてたんだけど…………」

「………………よくわかったな」

「あ、やっぱりそうだったんだ…………大丈夫?」

「あぁ。一瞬軽く攣っただけだ」

「そっか……寒いから、ストレッチ十分やってね?続くようだったら、言ってくれる?」

「わかった。…………もういい」

景吾が私の手を止める。ずっと景吾の髪を拭き続けてたんだよね、私……。

「明日は部活もないし……どこか出かけるか?」

「へっ?」

座れ、と景吾がもう1つの椅子を指差す。
この椅子、いつの間にか増えていた。景吾がよく私の部屋に来るから、宮田さんが持ってきてくれたらしい。……それと同時に、景吾の部屋にも2つ椅子がある。これも、いつの間にか増えていた。

「お前、学校とデパートくらいしか行ったことねぇだろ?たまには出かけようぜ、あーん?」

「えっ……で、出かけるってドコに?」

「お前が行きたい場所」

「い、行きたい場所…………い、行きたい場所〜?」

行きたい場所って言っても、私、この辺の地理はまったく知らないし……。
景吾も一緒に行くとなると……カラオケとかじゃダメだしな……私的には、ものすごくカラオケに行って、その素敵なエロヴォイスで歌ってほしいんだけど……うーん…………。

「なんだ、遠慮しなくていいぞ?」

「……うーん………普通のお出かけなら、どこでもいいんだけど………………」

「はぁ?……お前、どこそこのレストランに行きたいとか、あのコンサートに行きたいとかないのか?」

「あっ、そういうのか…………んー、でも、それだったら街中ブラブラしたい。なんだかんだ言って、登下校ずっと車だから、私、この近所でさえ歩いたことないんだよね」

「…………欲のないヤツだな」

「えっ?結構贅沢してると思うけど……明日景吾独り占めだし」

そう、明日は2月14日。乙女の祝日。聖バレンタインデー。
そんな日に景吾を独り占めとかって…………ホントに女子生徒に知られたら、その場で殺されるな(汗)

「………………お前は、時々不意打ちでとんでもないことを言うな」

「え?……ってか、景吾気づいてないね……」

「何か言ったか?」

「あっ、イヤイヤ、別に!」

「どこか行きたい場所もないのか?」

「…………んー、なにがあるかさっぱりわからないしね…………景吾にお任せします。あっ、でもオペラとかクラシックコンサート貸切とかやめてね!?普通にね、普通に!」

「(ちっ……)わかった、考えとく。……じゃ、湯冷めしねぇうちにとっとと寝ろよ?明日起きて、風邪引いてたりしたら、お前乗っけてエリザベート(愛馬)で登下校するぞ」

「なにそれッ!?……わかりましたー、早く寝ますー」

「あぁ、じゃあな。……おやすみ」

「おやすみー……」

パタン。
ドアが閉められて数秒経ってから。
そうっとドアを開けた。

キョロキョロと廊下に顔だけ出して、景吾がいないことを確認。
なるべく音を立てないように、ゆっくりドアを閉めて、これまた音を立てないように、廊下をダッシュ。

階段を降りて、厨房へ急いだ。

厨房には、明日の仕込をしているドイツ人シェフのハンスがいた。

「は、ハンス!」

「ん?……どうしたの?」

ハンスは日本在住12年の日本語ペラペラドイツ人で、私のドイツ語のレッスンにも付き合ってくれてる。
時々お菓子を作って持ってきたりしてくれる、優しい人だ。

「お、お願い!今からでもできる、チョコのお菓子、教えて!?」

そういうと、ハンスはピンと来たのか、はっはぁ〜、と笑った。

「景吾サマにかい?……明日は、バレンタインデーだ」

「そ、そう……実は、今の今まで忘れてて。……明日、景吾と出かける約束しちゃったから、明日は作れないし……お願いッ!」

「いいよ。……んー、簡単で見栄えがいいから……トリュフではどうだい?」

「うん!ちょっと、さすがにケーキとかは無理だと思うから……」

「ちょっと待ってて……うん、材料はあるね。にチョコケーキ作ってあげようと思って、チョコ買ってきておいてよかったよ」

「ハンス、ありがとうっ!」

ニッコリ笑って、ハンスはトリュフの作り方を教えてくれた。
手早くガナッシュを作り(適度に甘さ控えめで洋酒も入れた)……冷やしながら丸く形を整える。
一旦固まらせて、ココアパウダーやパウダーシュガーを振り掛けて、完成。

もう12時を回っていた。

「ありがと、ハンス!」

きれいにラッピングされた(ラッピングの材料もハンスが提供してくれた)トリュフを持って、階段へ。
1段1段、ゆっくり慎重に上る。ここでこけたらシャレにならない。

それにしても、よかった……なんとか渡せそうだ。
しかし、私もスゴイよな……女の子の重大記念日のバレンタインデーを忘れてたんだから……それだけ部活で急がしかったってことか……。

あっ、もしかして今日、景吾たちがやたら荷物持ってたのも、明日渡せない女の子たちからもらったから!?……うーわー、どこまで鈍いんだ私。女の子失格だよ……!

「おい」

ビックゥゥゥ!

突如掛けられた声。
……もちろん声の主は、跡部景吾様で。
私と同じ黒のパジャマに、クリーム色のカーディガンを肩に引っ掛けて、廊下に背を預けて腕組みをして立っておられました。……たかが立っているだけなのに、どうしてそんなに様になるのでしょう?

「け、景吾……ね、寝たんじゃ……」

「誰かさんが部屋を抜け出していくのを、ちらっと見てな……気になって寝れるわけねぇだろうが、あーん?」

み、見られてた……?もしかして、ダッシュで廊下を駆け抜けてたとき……!?
景吾が近寄ってきて、さりげなく肩に自分が羽織っていたカーディガンを掛けてくれる。
…………こーゆーところが、女心をぐっと掴むんだよね……。

「俺様にバレないように部屋抜け出して……一体何してたんだ?」

「あー……えーっと…………」

言うべきか、言わざるべきか……。
本来なら、明日渡すものだし…………。
…………ん?明日?

!!!!!

もう14日じゃん!!12時過ぎてるじゃん!!(アホ)

「…………俺様に言えないことか?あーん?」

これでもかと顔を近づけられる。
ヒィ、端整なお顔が眩しすぎますッ!

バッと視線を落として、持っていたチョコを差し出す。

「こ、これ作ってました!……え、えと……う、受け取って……ください……?」

なんとなく自信がなくなってきて、語尾が尻すぼみに。
…………そういえば、景吾はたくさんチョコをもらっていたはず……!今更いらないか、私のヘボトリュフ……!
きっと景吾がもらったチョコは、ゴディバとかなんだよ……!5000円とかするんだよ……!
あぁ、どうしよう、それなのに私、急いで作ったヘボトリュフだよ……!まだチロルチョコの方がおいしいかもしれないよ……!

「…………俺に?」

「え、と…………明日、というか……今日、は……バレンタインデー、なので……あっ、い、いらなかったら無理して食べなくてもいいからねっ?いざとなったら、がっくんとかに食べてもら……」

ガサッ……ガサガサ。

えっ……ラッピング開けるの早――――――ッ!!!
そのラッピングも、ハンスに手伝ってもらいながら、30分くらいかけてやったんですけど……!

ひょい、ぱくっ。

「あっ……」

もぐ…………。
ヘボトリュフを口に入れてしまった景吾を、私はただ見ることしか出来ない。
ゴクン、と飲み込んだ景吾は、ポソ、と呟いた。

「………………甘」

「えっ?甘さ控えめにしたつもりなんだけど…………」

「…………お前の気持ちが甘いんだ、バーカ」

!!!!!!!

な、なんって恥ずかしいセリフを吐くんだ、跡部景吾――――――!!!

「なっ…そっ……」

「……サンキュ、今までで1番美味い」

「えっ?う、あ…………うん……」

恥ずかしすぎて、顔が灼熱地獄だよ……ッ。
ポン、と景吾の手が頭に乗っかる。

「…………仕方ねぇから、明日は少しだけ寝坊を認めてやる」

「………………ありがたき幸せにございます」

「今度こそ、寝ろよ?」

「…………はい。……おやすみなさい、景吾さん」

「あぁ、おやすみ、

ちゅっ。

頬にありえないくらい柔らかいものを感じて、目がテン。
思わず手を頬にやって景吾を見れば……見たことないくらい綺麗に微笑んだ景吾がいて、トリュフを持ったまま、後ろ手にヒラヒラと手を振って……部屋へ入っていった。



…………………その微笑みは、反則ですよ、景吾さん…………。


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