昼休みも間近に控えた、競技と競技の間の短い休息。 色んな種目に引っ張りだこの、侑士と亮。そして、彼らには及ばないものの、結構な数の種目に出ていて、すでにヘロヘロな私の3人は、顔を寄せ合って話し合いを設けていた。 「まさか岳人とジローが、玉入れなんつー団体競技で点取りに来るとは思わなかったぜ……!」 「チョタと樺地くんは、予想通り棒上旗取りで点取ってるし」 「俺ら白は、競技ごとの2位でなんとか食らいついとるけど……結構厳しそうやな」 「「「……やっぱり勝負所は応援団か」」」 Act.30 例年通りで、お願いしたい 「予想外に、黒のスタートダッシュがすごかったんだよな」 黒組は、午前中のメイン種目である短距離で、かなりの得点を稼いでいた。 がっくんと若は自他とも認める短期決戦型。短距離はかなり速い。100m走、200m走をはじめとして、障害物競争なども含めた結構な数の勝利をもぎ取っていた。 ここまでは予想の範囲内。だけど、私たちの予想に反して、一般生徒が流れやすい、玉入れなどの団体競技に、がっくんとジローちゃんが出てきた。 がっくんはムーンサルト殺法で、籠のごく近くまでジャンプして。 ジローちゃんはあのマジックボレーを生み出す、柔らかい手首のスナップで。 ぽんぽん、と玉を入れていって、玉入れをトップで取られた。このあたりの、速さと器用さを求められる団体競技の得点が、黒のスタートダッシュの一因だ。 「せやけど、赤はこれからの団体競技、強くなってくると思うで」 赤組のチョタ、樺地くんには、棒上旗取りで案の定さっくりトップをもぎ取られたし。あんな体格いいのが2人もいたら、取れるわけないじゃん!(泣) 午前から午後にかけて行われる、幅広い団体競技。これから行われる綱引きや騎馬戦なんかでは、さらに活躍する事だろう。 それに加え、景吾の得点力だ。団体競技こそ出ないものの、400mリレーに始まり、私たちの予想を裏切る種目での出場で、出場する競技を片っ端から制覇していた。ここでもキング跡部景吾は健在です……! 「俺らは、ほとんどお前や忍足の個人得点、それに団体競技では2位でもらえるおこぼれ得点でなんとか繋いでる、って感じだな」 私たち白組はトップをなかなか奪えないながらも、団体競技の2位に滑り込んだりして地道に得点を重ねているという状況だ。 「まぁ、午後に長距離走があるとは言っても……」 長距離走になれば、亮や侑士が得点をまた稼いできてくれるだろう。黒には長距離でそんなにめぼしい人がいなかったはずだし……恐れるべきは、オールラウンダーのキング跡部様だけど、いくらなんでも長距離走を1人で複数出場、なんてことはないはずだ。 この計算で行けば、最後にうちが得点をとれる算段。 それまでは我慢に我慢を重ねて、離されないようにしなければ。 となればやっぱり、 「午前最後の競技、応援団で大量得点が取れれば、グッと楽やんな」 侑士の言葉に、うんと頷く。 応援団の優勝チームに入る得点は、私たちが今背負っているビハインドを補うには十分。それに長距離走の得点が加われば……頭1つ、白組が飛びぬけるはずだ。 「よっしゃ、気合い入った!」 パンッ、と亮が両手で顔を叩く。 気合いを注入した亮の顔は、イキイキと輝いていた。 「援団頑張りゃ、優勝に近づく。わかりやすくっていーぜ!」 「そうだね。ここが勝負所。……がんばろ!」 パチン、パチン、と3人でハイタッチを交わす。 「さてと……俺らそろそろ着替えてくるつもりやけど……ちゃんは?」 「あ、私はこの後の借り物競走出てから着替えるよ〜」 「……次も出るんかいな。ほな着替えられへんやんけ、応援せな」 苦笑した侑士は、校舎に向かいかけた足を止めた。 「ありがと〜。終わったらすぐ着替える」 「学ランどこに置いとるん?」 「グラウンドに持ってきてはいるけど……ここじゃ着替えられないから、一度更衣室行くよ。時間前にパッと着て、応援団終わったら、またすぐ着替えるつもり。午後も最初の競技から出場だしね」 「跡部に見つかったら、またうるさそうだしな……ま、配置は後ろの方にしてあるし、他の奴らにもバレることはまずないと思うけどな」 「うん。まぁ、ルール上は女子が出ても問題はないし……あとは、景吾にさえ見つからなければ、他の誰に見つかってもいい……!」 景吾に見つからずに穏便に過ぎれば……! ま、他の女子生徒や先生に何か言われるくらい……それに比べたら全然問題ないし、ね……(遠い目) 「亮、配置とかいろいろ考えてくれてありがとね」 「いーってことよ。……ほら、。そろそろ集合じゃねぇか?借り物競走」 「あ、そうだねぇ〜。んじゃ、行ってくる」 「おう、頑張ってこいよ!」 亮の激励に笑顔で返して、私は集合場所へ走って行った。 「……以上で、借り物競走のルール説明を終了します。出場する生徒の方は移動してください」 集合場所へ行ったら、すでに説明が終わり、移動が始まっていた。 慌てて移動中の人の中に紛れ込んだ。 先に並んでいた子が、「あ、来た来た」と入れてくれる。 「ごめん、私この後ちょっと用事あるから、一番先にやらせてもらっていいかな」 応援団のことを考えると、なるべく早くに競技を終わらせて、着替えや準備をしたい。 1番前の子にそう言うと、快く順番を入れ替えてくれた。 すぐに準備開始の合図がかかり、私はコース内へ。 ざわめくグラウンド内の中で、神経を研ぎ澄ませて音を聞く。 「位置について……よーい」 バンッ! とピストル音が鳴ると同時にスタートダッシュ。 借り物競走は、実際の足の速さはあまり関係ないので、文系の一般生徒も多く参加している。 その中で私は一番足が速かったらしく、誰よりも先に「借り物」が書いてある紙のところへたどり着いた。 紙の上にある重石(風に飛ばされないための細工)をどけて、一瞬目を通した。 借り物競走で大事なのは瞬発力。紙を素早く見て、目的のものを素早く借りることができれば勝てる。 だから私はパッと一瞬だけ目を通して――― 『大切な人と一緒にゴール』 紙を握り締め、目当ての物を借りようと素早くあたりに眼を走らせた。 ……………………………………。 …………………ん? あたりを見回してから、今、脳裏にある、一瞬映った映像を思い起こす。 続々と他の子が紙を手に取っていた。 ヤバイ追いつかれた―――と感じたけれど、それよりも。 「……………………!?」 慌てて握り締めた紙を再度見た。 瞬発力とかそんなことグダグダ言っている場合じゃない。 再度紙を開いて、じっくり文面を見れば、 『大切な人と一緒にゴール』 間違いなく、そんな一文が私の持っている紙には書かれていた。 「さて、借り物競走では出場者全員が戸惑っている模様です」 報道委員が行う実況中継が聞こえてきた。 「例年では、紙に書かれたアイテムを誰かに借りる、ということでしたが、今年からルールが少し変わりました。紙に書かれているのは、アイテムだけではありません」 委員の説明に少しざわめきが起きる。 そのざわめきの中で、私は1人ダラダラと汗を流していた。 ちょ、れ、例年通りで頼むよ……!心からそう思うよ!! 『大切な人』 …………………大切な人ォォォォォ!? 大切な人……家族とか来てたらなんとかなったけど、もちろん誰も来ていない私にはどうにも逃げ場がない。加えて……相方の知名度のおかげで、ほぼ全生徒が知っているだろう、私の状況。 ……でも、知られているとは言っても、ここで私が景吾さんを連れて行ったら、まず間違いなく運動会中に殺られる。 いやだ……!これから団体競技も控えてるんだもの、騎馬戦の最中に不慮の事故という名目の殺人事件とか絶対ヤダ……! というか、そもそも、どちらにしろ、景吾さんがいまどちらにいらっしゃるかすら、まったくもってわからない……! 「おい!どうしたんだよ!」 応援してくれていた亮が、トラックの外から声を掛けてくる。 私はほぼ半泣きで目を向けた。 「書いてあるもん言ってみろ!俺が借りてきてやっからよ!」 ど こ か で 借 り ら れ た ら い い ん で す が ! ! ! ただし、その場合は命の危険がないという保証もぜひオプションでついてきていただきたい……!!! もはや泣き笑いを返すしかない。 亮が不思議そうな顔をした。 「ここで委員からの情報です。1コースは、『音楽の先生と一緒にゴール』、2コースは『数学科の三角定規』3コースは……おぉっと、しょっぱなから大当たり、『大切な人と一緒にゴール』のくじを引いた模様です!」 ちょっと黙れや、報道委員!!!(泣) ギッ、と報道委員のテントを睨みつけても、もちろん効果はなく―――。 睨んだすぐ後に、グラウンド内にどよめきが響いた。 アァァァァ、今、全生徒に私の手の中の物がバレた=ゴール不可能。 お、終わった……私の借り物競走が、今終わりを告げ………… 頭の中が真っ白になって、その場に立ち尽くした私の背後に、ふわりと吹いた風。 「……ったく」 ぐいっ、と手を引かれたその力に促され、私の体は走り出していた。 パッと腕を握っている人物を見上げる。 「何を迷ってんだ。間髪入れずに俺様を選び出しやがれ!」 …………。 「!!!け、けけけけ景吾さん!?」 「俺様以外であってたまるか!オラ、走れ!」 ぐいーっ!とそのまま手を引かれる。 キャアァァァァアア!!!と歓声とも悲鳴ともとれる声があちらこちらで聞こえた。 「えっ!?えぇぇぇえ!?」 景吾のスピードにやっとのことでついていってる私だけれども、頭の中は疑問だらけ。 「ど、どーして景吾が!?」 走りながらも思わず質問した私。 景吾がチラリとこちらを見て、少し息を吐く。 「……実況聞いたら、来ないわけにはいかねぇだろうが。……それとも、お前、俺様以外の奴とゴールする気だったのか?」 「いやいやいや……でも、よく私が走ってるって知って……」 「お前が出てるのを、俺が見逃すはずねぇだろ」 さようでございますか……!(平伏) 「……後少し、ぶっちぎりでゴールするぞ」 グンッと景吾のスピードが上がる。私はそれについていけるように、あわてて口元を引き締めた。 ほとんど景吾に引っ張られるような形で、最後の数メートルを駆け抜け、ゴールテープを切る。 「1位は3コース、白組!」 ワァァアアァァ!と盛大な歓声が聞こえた。 …………この中には絶対、悲鳴も混じっていることを断言する。 「あ、ありがと、景吾……おかげで1位だよ」 「当たり前だ。俺様がついてるんだからな」 フン、と笑って、景吾がくしゃりと髪の毛を撫でてくる。 ……またどこかで、悲鳴が上がった。 「…………でも私これで運動会中に狙われる可能性が大幅増加だよ……!」 「安心しろ、お前を狙うヤツがいたら、俺様が排除してやる」 「………………手荒なまねは、やめてくださいね」 今までの景吾さんの行いを思い出して、私は思わずつぶやいた。 それを聞いて、クッ、と景吾が笑った。 再度、くしゃくしゃ、と頭を撫でられる……というか、髪をかきまわされる。 「……さて、と。お前、この後、昼休みまでに競技には出るのか?昼は一緒に食うだろ?」 ドッキ―――――!!! マンガだったら、確実に心臓が形になって胸から飛び出ていたに間違いないであろうくらい、心臓が飛び跳ねた。 走ったためだけでない汗をダラダラと流しながら、私は普段あまり使用していない頭をこの時ばかりはフル回転させる。 「あ、うん。…………えーっとね、ちょっとこの後、白組の子と打ち合わせしなくちゃならなくて……ほら、欠席者の補欠とか!それ終わったら、戻ってくるから!景吾がいるところに、私が向かうよ!」 ちょっと不自然だったかな、とドキドキしたけれど、景吾は私が以前から打ち合わせしていたところを見ていたからか、意外にアッサリ納得してくれた。 「わかった。俺はテント横のスペースにいる。まぁ、来たらわかると思うが……万が一見つからなかった、大声で俺の名前を呼べ」 「…………はい?」 言われた言葉の意味がわからない。 大声で、名前を呼ぶ? 疑問符ばかりを浮かべた私の顔を見て、景吾はニヤリ、と意地悪そうに口角をあげる。 「……そしたら、迷子を迎えにいってやるよ」 ………………………。 「……自力で見つけてみせますとも!」 「そう願いたいもんだな」 喉の奥で笑った景吾に、からかわれるようにポンポン、と頭を叩かれた。 「ほら、打ち合わせなんだろ?さっさと行ってこい」 「………………行ってきまっす!」 心持ち大きな声を出して、私は再度景吾から離れた。 次は、運命の応援団。 NEXT |