「女子の100mで、うちの組がかなり取ってるらしいぜ!」

400mリレーの集合場所にいると、興奮した様子の亮が伝えてくれた。
亮も男子の方で出場予定だ。

「ホント!?よっし、出だし好調だね!」

「おう!次の女子の400mも頼んだぜ!」

靴紐をしっかり結びなおして、私はコクリと頷いた。



Act.29 外戦は、控え目に



「何番目走るか、決めよっか」

軽くバトン渡しの練習をしてから(バトン渡しが苦手だとか得意とか見て)走る順番を決めることにした。
なにせ私たちは、集合場所で初顔合わせ。自分が出る競技を知らなかったのはどうやら私だけじゃないらしい。

とりあえず、即座に手をあげる。

「2番手か3番手!スタートとラストは、足早い子でお願いしたい……!」

「わかった、そしたらアンカーね!」

人の話を聞けぃ!

ニッコリ笑った顔なじみの女バス部員の子は、ほい、とアンカーのたすきを回してきた。
ぎゃああぁぁぁ!アンカーなんて、アンカーなんてできるわけないでしょ!!!

「2番手とアンカーは移動してくださーい!」

委員の子がメガホンを持って叫んでいる。
私は2番手の子に促されて立ち上がった。

「ちょっ、無理だって!順番交代しよ!?」

「大丈夫大丈夫。スタートが頑張って差つけてくれるはずだから!」

「それが1番プレッシャー!!!(泣)」

前の子たちが頑張って繋げてきたバトンを、アンカーが台無しにする……よくある話じゃないの!!(絶叫)

「あ、はじまるみたいだね。私、コース入るから、あとはよろしく!」

「えぇぇぇぇええ!!」

サクッと言い切ってトラック内に入る子。声をかけようとしたら、すぐにバーン!とスタートのピストル音が聞こえた。

「え、ちょ!?」

私の混乱しきった声は、歓声にかき消された……。

まがりなりとも、400mリレー。各組の選抜選手(学年ごと)が出場し、なおかつ100m走のように単純な個人競技ではないから、チームの応援も盛り上がりをみせる。

そうこうしているうちに、スタートの子たちが一斉にコースに入ってきた。
うわっ、なんだかんだでうちの組、1番じゃん!!!

バトンは2番手に。スタートの子が息を切らしながら、私の方へ駆け寄ってきた。

「あとは任せたよ!」

頑張ったスタートの子に、出来ないなんて言えるはずもない。
ぐっと拳を握り締めた。

「お、お疲れ!わかった、がんばるね」

そろそろとコースに入る。
トップだから一番インコース。今、3番手にバトンが渡ったところだけれど、相変わらず1番をキープしているみたいだ。
うわー……本気でプレッシャー……(涙)

ちゃん!」

トラックに入ったら、向こう側に侑士が見えた。

「侑士!」

侑士も何か1つ競技に出てたのか、軽く息を弾ませている。
それでもわざわざここまで来て、手を振ってくれた。

「がんばりや〜」

「う、うん!ありがと!」

1つ頷いて、後ろを見る。もう3番手の子が迫っていた。
2位とは3m……4mくらいの差だろうか。

右手を出して、バトンコースに入る。
前を見ながら軽く走っていると、手のひらにパシリと硬い感触。
それを奪い取るようにぐっと掴むと同時に、持てる限りの力で走りだした。

2位の黒のアンカーをやっているのは、足が速いと評判の女バレ部員。
まともに走ったら、絶対勝てっこない。
いつも以上の力がほしい。
いつも以上に、走れる力……ハッ!(ひらめき)

……不謹慎かもしれないけれど。



後ろに最恐笑顔を浮かべた、景吾と幸村部長がいると思えば!!!(ギラリ)



……言い知れない恐怖を感じ、速度が増した気がした。

おかげで、なんとか追いつかれることなく1位でゴールテープを切る。
誰も触れていないゴールテープを切るのは、やっぱり気持ちいいね!!

「お疲れ!やった、トップだよ!」

ぜはー、ぜはーと肩で息をしながら、ゴール付近で待ち構えていた他のメンバーにもみくちゃにされる。
笑顔で健闘を称え合っている中、割って入ってきたのが、

「よくやった、!」

次に行われる男子リレーの控えに入っていた我らが白組リーダー、宍戸亮さんでした。

「なんとか、取らせていただきました……!」

バチンッ、と手が痛くなるくらいのハイタッチを交わす。

「次、亮も頼むよ……!」

「おう、任せとけ!続いてやっからよ!」

さわやか過ぎる笑顔を浮かべる亮に、私はクラクラと眩暈を感じた。決して走りすぎて疲れただけの眩暈ではない。
でも、息も絶え絶えの私に、亮はその笑顔のまま、無茶な要求を口走る。

「そんじゃ、次1つ休憩入って、お前すぐに障害物競走だからな!」

「えぇぇ、また走るの、私!?」

「おう!障害物競走の賞品は、アミューズメントパークチケットらしいぜ!」

張り切って行かさせていただきます!!(興奮)

またもや豪華賞品につられて燃え上がる勝負魂。
扱いやすい奴と呼んでいただいて結構です!

じゃあな、と控えの定位置に戻った亮に手を振って、一度自分の組のスペースに戻る。

ちゃん、お疲れさん」

侑士もちょうどやってきて、パチンとハイタッチを交わした。こちらは力がちゃんと加減されていて、優しかった。

「よぉ頑張ったなぁ。最後、抜かれるか思てヒヤヒヤしたわ」

「ホントだよ……ッ……怖かった……」

ん?と笑顔で返してきた侑士に、イヤイヤと首を振る。

「侑士の方はどうだったの?」

「俺はとりあえず100mで1個取ってきたんやけど……男子の100mは分が悪いな。黒で岳人と日吉が出とるし、赤は他の運動部に結構持っていかれとる。あいつら、体力ないくせに足だけは速いからな」

さすが短期決戦型の方たち……まぁ、がっくんが短距離に出場してくるってのは予想してたけど。
うちの組は運動部があまり多くないから、精鋭を投入しての大量得点を一つの競技でもぎ取るってことが出来ない。となると、分散してあまり他の組が力を入れていない競技で地道に得点を重ねていくしかないんだ。

「まぁ、100mは想像してたしね。……っと、400mリレー始まるみたいだね」

男子の400mリレーが始まりそうだ。
パァン!とピストルが鳴り、まず飛び出したのがうちのクラス……亮だ。
さすがテレポートダッシュを称するだけあって、スタートダッシュからして他の組から頭1つ飛びぬけていた。
そのままぶっちぎりで2番手へ。

「宍戸もなかなかやるやん」

侑士が呟くくらいだ。
よしっ、この調子だったら男子ももらえそう……!

3番手にバトンが渡った。

とたん。

「キャアァァァァァ!!!!」

耳をつんざくような大歓声。
ぎょっとしてトラックを見ると、アンカーの待ち受けるゾーンにひときわ目立つお方がいらっしゃった。

「け、景吾……!リレーに出てきた……!」

うちの組の読みでは、景吾は完璧な個人競技にしか出てこないと踏んでたんだけど……裏をかかれた!!!

トップはうちの白組。だけどスタートの時と比べて、大分距離を詰められていた。
うちのアンカーはサッカー部の子だ。うちの組の中でも結構足が速い方。がんばれば勝てる……と思うんだけど。

「キャアァァァアア!!!!」

バトンが渡ったらしいことが、歓声から判断できた。
観客の間から見えるランナー……白と赤はほとんど並行して走っていた。
だけど、最終コーナーに差し掛かったところで、景吾にいいコースを取られた。

「あぁぁ……ッ」

アンカーは私たちがいる場所の前を通る。
コーナー付近で固唾をのんで見守っていた私たちに、ちらっ、と景吾の視線がこちらを向いた。
目が合った。

今は敵だしこんな状況なのに―――ドキリ、と心臓が飛び跳ねる。
…………ダメなんだよっ……勝負してる時の景吾の目って、なんか色っぽくて人の心臓を壊す威力を持つんだよ……!

ちゃん?」

ドキドキ、と速い鼓動を繰り返す心臓を思わず押さえたら、隣にいた侑士が不思議そうにこちら見た。
なんでもない、と私は手を振る。

最後の直線コース、私たちの目の前で景吾の加速が増した。

そしてそのまま鮮やかに切られたゴールテープ。
グラウンドが歓声で揺れた……気がした。

「ちっ……赤に持ってかれたか……」

「うー……まさかの誤算だったねぇ。亮、悔しがってるだろうなぁ」

ゴール付近を見れば、やっぱり悔しがっている亮が。

「あいつ、400mは男女共に取る気満々やったしなぁ……」

「そだね……結構力入れてたのになぁ……残念!」

亮には後で声でもかけよう―――と。
なぜか、歓声がどんどん近付いてくる。

なぜ?と思ったけど、ポン、と侑士に肩を叩かれて、意識は侑士へ。

「まぁ、過ぎたことはしゃーない。次は俺らで―――「オイ

ズン、と現れて私たちの会話を中断させたのは、リレーのスター、景吾さん。

「け、景吾!?」

少し離れた位置に君臨している(まさしくこの表現がふさわしい)景吾様。

「よぉ、。なかなか頑張って走ってたな」

「見てたの!?」

「もちろんだ。お前が頑張ってる姿は、ちゃんと見とかねぇとな」

ふっ、と笑った景吾の顔に、腰が砕けそうになる。
赤くなりそうな顔をそむけようとしたら、私の前に立つ影。

「……なーに敵さんに話しかけとんのや?跡部」

侑士が立ちはだかっておりました。

「…………うるせぇぞ、伊達眼鏡。テメェ、なんでの隣にいやがる。走ってる最中にまでイラつかせるようなことすんじゃねぇよ」

「残念やなぁ。俺とちゃんは味方。ぎょうさん話すことあんねん、一緒にいて何が悪い」

「悪い。が迷惑だ。とっととテメェは競技に行け。そして2度と帰ってくるな」

「アホか」

バチバチバチッ…………。

………………鋭い、火花が散っています。

え、どういうこと、コレ。
勝負の火花は、ぜひとも競技中のみでお願いしたいんですが……!

「こんなとこでタラタラしてる余裕あったら、競技の1つ2つ、かっさらって来いよ」

「言われんでもそーするわ。跡部こそ、出場競技少ないで。隠居するには早いんとちゃうん?」

「あ〜ん?俺様の出番はこれからなんだよ。主役は後から登場って決まってんだろうが」

「後になりすぎて、取り返しのつかんことにならんとえぇなぁ」

「……大して得点取ってもいねぇくせに、随分とデカイ口叩くなァ?忍足」

「これから思う存分、ちゃんに得点捧げたるわ、ボケ」

…………。

場外での勝負はヒートアップしそうだ。
それは私にとって、あまりにも怖すぎるので。

「あ、えと、その!そんじゃ、私、次の競技ありますので、行ってくるね!」

戦線離脱を宣言することにした(これが1番安全!)

宣言すると、2人の視線がふっとこちらに向いて私は再度ドッキリ。
何かを言い出そうとする侑士を押しのけて(侑士が痛そうだよ……!)、ツカツカと景吾が近寄って来る。

「そうか……お前、障害物に出るのか」

景吾の問いに、もはやここまで来たら隠すこともないと思って素直に頷く。

「うん。ま、障害物なら純粋に足の勝負だけじゃないから頑張れるよ」

「ま、お前なら大丈夫だろうが……勝てよ?」

ニヤリ、と笑う景吾。先ほどの怖い面影は見えなかったので、私も笑顔で返す。

「いいのかな?敵にそんなこと言っちゃって」

だからいいんだよ、バーカ」

まったくもっていつも通り『俺様』街道をつっ走っている景吾。

「……うしっ、んじゃちょっくら頑張ってきまっす!私も、個人としては景吾の事応援してるからね!がんばれ!」

恥ずかしいので、早口でそれだけを言って、集合場所へ向かうために走り出す。
ちらり、と後ろを振り返ったら。

片手をポケットに突っ込んで、もう片手をヒラヒラ、と振ってくれる、景吾の姿が見えた。




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