珍しく、ふっ、と自然に目を覚ました。 それはまるで、待ちきれなくて目を覚ましてしまった、小さな子供のよう。 ―――ま、実際はまさしくそのとおりなんだけども。 あえてここは、心地よい緊張による目覚め、と思っておくことにしよう。 目の前に見える極上の寝顔を見ながら、そう自分に言い聞かせた。 今日は、運動会、当日。 Act.28 血潮が震える、当日の朝 「!ハイ、お弁当!」 「ありがとー、ハンス!」 「、そろそろ行くぞ!」 「はいはい、景吾、ちょっと待ってー!後1分!」 バタバタと慌しい朝の情景に、拍車がかかっている。 こーゆー時は、屋敷の広さが仇となる。部屋と部屋の距離が長すぎる!! 必要な荷物とそうでない荷物、もうあまり区別できなくて、結局『必要そうな』という分類の大量の荷物を抱え込み、私は玄関へと走った。 すでに玄関で待っている景吾の姿はいつもどおりの荷物に格好。 ……きっと、跡部景吾様がお持ちになる道具なんて何もないんだろう。その他の方々が用意しているだろうから。 「……すごい荷物だな」 「色々と、ね……忘れ物はないハズ!よし、おっけー!」 車に乗り込むと、即座に車が動き出す。 朝からバタバタしていた私とは違って、なんら変わらないいつもの朝を迎えていた景吾さんは……今日、一体何をするんだろうか。 結局景吾は今日までに手の内を見せることは一切なく(悔しいことに、いつもあの笑顔で誤魔化されてしまった……!)、赤組の動向も、風の噂で聞くことくらいしかなかった。 とりあえず…………赤い薔薇を大量注文したって噂は、本当なのか、今日ぜひとも確かめたい。 「」 「うん?」 色々な意味で気分が高揚している中で、景吾が落ち着いた声音で話しかけてきた。 「お前、今日は何に出るんだ?」 「出るって……競技?」 「競技以外に何かあるのか?」 ドッキィィイ!と心臓が高く飛び跳ねたけど(応援団のことがあったから)、それを顔には出さないように、私にしては一世一代の演技で軽くスルーする。 「ううん、ないよ。って、私が言うと思ってるの?」 「どーせもう本番だ。言ってもどうなるもんでもねぇだろ?」 「じゃ、景吾さん、何に出るか教えてくれます?」 「…………そりゃ、秘密だ」 ニヤ、と笑う景吾は、どこまでも……卑怯だ!!(絶叫) 「いいから何に出るか教えろ。個人競技だったら、組とか関係なしに、お前の活躍を見てやる」 「活躍するかどーかは別として……っても、私、自分が何の競技出るか、全部把握しきれてないんだよね〜」 「は?」 亮から『出れるもんは片っ端から出ろ!』といわれたまま、ズルズル本番まで何に出るのか聞くのを忘れていた。応援団などの関係もあって、断片的に知らされているものはあるけど……それ以外はサッパリ(オイ) ポリポリ、と頬を書きながら、私はコトの経緯を話す。 それを聞くと、景吾は呆れた表情でため息をついた。 「……ったく、自分の出場競技すらわからねぇなんて、何に気をとられてたんだ?」 「(ギクッ)ま、まぁ色々とね!運動部の女子少なかったから、色々仕事あってね!」 まかり間違っても、応援団のことはバレないようにしようと心に誓う。 ここまで来たら、後は本番さえ乗り切れば……大丈夫! そんなことを考え、話しているうちに、あっという間に学校へ。 今日は心持ち運転手さんも車を飛ばしてくれたみたいだ。 早い生徒はすでに登校している。 いつもの学校とは違った、異様なムード。なんだか、もうこの時点で組分けされてる感じ。 私は大荷物を持って、いざ、と構えた。 白組の控え室は、いつも使ってるLL教室。赤組は特別棟の大教室だったはずだ。 すでにここから、行く目的地が違う。 次に会うときは、きっとグラウンド。 「……じゃ、また後でね」 「あぁ。…………無茶はするなよ」 「しませんよ〜、だ。……じゃ、またね」 「あぁ。……Good Luck.」 すれ違いざま、景吾は一言そう呟き、後ろ手にヒラヒラと手を振った。 あまりにも絵になりすぎる後姿を見て、私も気合を入れる。 ……………負けるもんか!!! いつもより大またで、LL教室へ向かった。 すでに亮を始めとして、白組の中心となってるスポーツ部の面々のうち、大半が登校していた。 打ち合わせをしたり、応援用のポンポンなどの道具をギリギリまで作り上げるためだ。 「おう、来たか!」 「おはよーさん、ちゃん」 「おはよー!2人とも早いねぇ」 「ゆっくり来よ思てたのに、宍戸のヤツに起こされてな……」 けだるげな侑士は、ちらりと亮を睨む。 「ー!ちょっとこっち来て、手伝ってくれ!」 「はいは〜い。じゃ、またね!」 侑士に別れを告げて、呼ばれた方向へ。 やることはまだたくさんあった。 それでもやってるうちに時間はすぐに経ち、開会式の時間となる。 校長先生の話や運動活動委員長の話なんかを聞く、形式的な開会式。 みんな、お祭りの前の高揚感でいっぱいで、話を聞く人なんてほとんどいない。 ジリジリと時間が過ぎていくのを待ち、ようやく最後の『開会宣言』を迎えるころには、若干いらだちすら湧いていた。 「……これを持って、開会の宣言とします!」 代表の子が言い終わった後、耐え切れないようにみんなは走って散りだした。 それと同時に、ぶわっと私の中の血も騒ぐ。 いよいよ始まった。 「ー!お前、女子400メートルリレー出場だからなー!!集合場所急げよー!」 …………さっそく、亮から声がかかった。 よしっ。 「ー、がんばれよー」 「、ここで一発頼むぞ!」 チームの応援を受けて。 「……行ってきまーす!」 私は、走り出した。 NEXT |