「これから運動会の組み分けしまーす」

「順番にくじ引いてくださーい」

運動活動委員の子が、くじを入れた紙袋をがしゃがしゃと振りながらやってくる。
席が近くの私たち3人は、ほとんど同時にくじを開いた。

「「「…………あ」」」

そしてその結果に、綺麗に3人でハモった。



Act.12 備期間の、始まり始まり



氷帝学園中等部の総生徒数は1652人。
神奈川の立海には敵わないけれど、それでもかなりのマンモス校だ。

その大人数で運動会をやるとなると……学年関係なしのクラス対抗、というわけにはいかなくなる。クラスの数が多すぎて、リレーのゾーンも足りないしね!
それに、3年間クラス持ち上がりだから面白みも何もないし。

そんな理由から、運動会はクラス関係なしで、くじによる組分けになっていた。
赤・白・黒の3組。
1組当たり、550人くらい。大人数の競技もあるとはいえ、やっぱり人数の関係上、その中から少数の選抜メンバーでの争いになる。全員が必ず参加しなくてはならない競技は、最後のフォークダンスだけだし、文系の子はこれ幸いといわんばかりに観戦に回ることも多い。
運動会とかって、出場種目がないとサボっちゃう子が多いような気もするけど……うちの学校の運動会は、やたらと観戦要素が多いので、毎年異例の参加率を誇っているらしい。

まず、我がテニス部を始めとして、なぜかこの学校は美形が多い。
どっかの雑誌では、『カッコイイ男の子が多い学校』でうちの学校がダントツ1位だったらしいし。
運動部の男子なんかは特に人気だ。見目麗しい彼らが、きらめく汗を流しながら争う、というのは……何かしら乙女たちに与えるものがあるのだろう、うん。

「あー……ワクワクするねぇ〜!どんなんだろう〜」

「そうか、お前は初めてだな」

私の独り言のようなものを聞き取った景吾は、わざわざ振り返って私の言葉に律儀に返答してくれた。

「うん、だから、どんなのか、めちゃめちゃ楽しみ〜!全クラスごちゃまぜってことは、他のクラスのみんなとも一緒になれることもあるし!みんな一緒の組だといいねぇ」

「俺はちゃんと一緒で、なおかつ跡部がいないっちゅー最高のプランがえぇなぁ」

「ほぉ、忍足、珍しく意見があったな……俺も、と一緒でお前がいない組を希望するぜ」

「ちょっとちょっとちょっと!!2人とも!」

なんだかバチバチ火花を飛ばし始めた2人を慌てて遮る。
2人が何を言ってるかよくわからないけど……私はみんな平和に同じ組になること希望よ!
だって、敵にみんながいるとか……考えたくないもの!テニス部のみんなは、仲間ならものすごく心強いし頼れるけど……いざ敵に回すとなると、かなり手ごわい上にしんどい!絶対無理!特に某K5さんとか、U4さんとか!!

「ぜひとも、みんな一緒の方向でお願いしたいよね……!」

そう、この運動会組分け抽選会は、これから先の運命を握ってるとも言える。過言じゃないところが、また怖い。

運動会の本番は約1ヶ月後の10月半ばだけども、すでに準備は大分進められていた。
運動活動委員が夏休み前から組分けして動き出していたのは知ってたし(がっくんがそのせいでちょこちょこ部活遅れてた)。夏休みが明けて、いよいよ一般の生徒も、組分けや出場種目なんかを決めることになったのだろう。やっぱり、それなりに練習なんかもいるだろうし。

今日はその中の最初の準備、組分け抽選会。

クラス内で赤・白・黒を均等にわけるから、クラス内で約17人が同じ組になる。
その中で、3人が一緒になれる確率はかなり低い。

それでも、なんとか頑張って2人と……せめて、景吾さんか侑士さん、どちらかと同じ組に……!!

願いを込めて、くじの入った紙袋に手を突っ込んだ。
同じく、景吾や侑士も手を入れてくじを引く。

くじを見る前に、委員の子が私たちに引いたくじに苗字を書かせた。
これは不正がないようになんだって。去年、景吾と同じ組になりたいが為に、くじに不正を働いた子が続出したから出来たらしい……まったく…………恐るべし、跡部景吾。一体、どれだけ伝説を作ってるのか。

そして改めて私たちは、苗字が書かれたくじを手に取った。

ゴク、と息を呑んで、小さくたたまれた紙を開いていく。
ご丁寧にちゃんとそれぞれのカラーで書かれた色名は―――。

「「「…………あ」」」

景吾:赤
侑士:白
私:白

その結果に、私たちは動きを止めた(実際には、景吾の結果を気にしていたクラスメイトたちも動きを止めていた)

「………………ぃよっしゃ!!!」

珍しい侑士の感情を露にした声で、みんなが我に返る。

狂ったように喜んでるのは、景吾と同じ組になった子たち。
同じく騒いで喜んでるのは、侑士と同じ組になった子たち。
『今年は終わった……!』と嘆いている男子は、きっとそれ以外の組だったんだろう。

でも、このクラスの中で1番騒いでいるのは―――誰よりも隣の席の侑士だった。

「見たか跡部!ようやく神さんが俺を報いてくれた!神さんは俺を見捨ててはおらんかったで!」

侑士がここまで騒ぐのはホントーに珍しい。
私は思わず思考を停止して、侑士を見てしまった。

「あぁ、憎いことすんねんな、神さんは……!運動会で芽生える愛……えぇやないか、2人手に手を取って2人3脚で乗り越えていく数々の苦難……!えぇやないかえぇやないか!」

「………………死ね、伊達眼鏡。お前が死んで空いた一枠に俺が入る」

無言で英和辞書(分厚いヤツ)を机の中から取り出した景吾の目は……据わってる!!
ウワァァ、景吾さんがご乱心だァァァア……!

「け、景吾!?お、落ち着いてー!!」

おもむろに英和辞書を振り上げた景吾の腕を、慌てて止めた。
ふっ、と景吾の目がこちらを向き―――壮絶な笑みを浮かべた。氷の微笑み……!!(泣)

「俺様はいつも冷静だ。この状況で最善の対処方法を試そうと思っただけだ」

「最善って!英和辞書振り上げるのが最善なワケないでしょー!!!」

「……訂正する。この状況で最も確実な方法だ」

「確実でもな―――い!!!」

「離せ……この伊達眼鏡、いっぺん割ってやろうと思っていた。……ほら、伊達眼鏡割れば、この伊達眼鏡生物は再起不能になるかもしれねぇじゃねぇか。試してみようぜ」

伊達眼鏡生物って!試してみるってちょっと!!!
また変な景吾さん語録が増えていく―――!

どうしようかまごついている私の頭を、ぽんぽんとあやすように叩く人物。

「ゆ、侑士……?」

ピクリ、と肩を動かした景吾。侑士は悠然と立って景吾を見据える。

「ふっ……なんとでも言えや、跡部。とにかく、自分とちゃんは敵!俺とちゃんは仲間!これはすでに決定した事実や!」

やたらと意気込んで言う侑士に、ぐっ、と景吾の顔が歪む。

「ほーら、くじにちゃんと苗字も書いてあるやろ?今更事実を覆すことは出来んで!たとえ自分が元生徒会長の特権使てもな!」

どでかく『赤』と書かれた紙の裏には跡部の文字が、黒ふちどりの白抜き文字で『白』と書かれた紙の裏には、と忍足の文字が、すでに書き込まれている。
それ以前に、この騒ぎで教室内の誰もが、私たちの組分けをわかってるので、今更コッソリ交換とかそーゆーわけにもいかない。

「…………まぁ、景吾と敵なのは私もとてつもなくイヤだけど……こればっかりは仕方ない、ね……」

「そーやで。ほら、ちゃんもこー言うてることだし……諦めろや、跡部」

景吾が無言のまま、顔をあげる。
景吾と侑士の目が、合った。

「(ふふん)」

「(ぶちっ)」

…………2人の間で、一瞬何かが走った気がする。
景吾が固く閉ざしたままだった口を、やっと開いた。

「…………仕方ねぇ、決まったことは決まったことだ。俺様も、組を変えろだなんて騒ぐような、みっともねぇ真似はしねぇ」

「う、うん……そうだよね。残念だけど仕方ないしね……。でも、お互い頑張ろう?ね?」

「あぁ、たとえ違う組だろうと俺たちには関係ねぇ。違う組だからこそ、互いの健闘を称えあうってことも出来る」

「そうだね、また違う風に見えることもあるよね」

なんとか元に戻ったらしい景吾に、ほっと安心の息を吐いた。
……んだけれども。

直後、ゆらーりと立ち上がった景吾さんは、元に戻るどころか……凄さが増していた(汗)

「け……景吾……?」

「……だが、このバカだけは生かしておけねぇ。叩き潰す!」

「ふっ……それは運動会まで待っとけや!ちゃんと同じ組で迎え撃ったるで!」

「〜〜〜〜〜〜今この場で息の根止めてやるぜ……!」

再び英和辞書を振り上げた景吾の腕に、一生懸命しがみついて止めた。

運動会へのカウントダウンは、まだ始まったばかり。
本格的に動き出すのはもうちょっと先だろうけど。

これからの1ヶ月はまた、波乱に満ちそうだ……!(ピシャーン)



私は、大きく大きく息を吐き出した。





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