。戻ったか」

部屋に戻ったら、すでに部屋の主のように景吾さんが待っていました。



Act.8   告の意味を、考える


開けたドアを、自分に出来る最大限の速さで閉める。
優雅に座っていらっしゃる景吾さんの姿が、誰かに覗かれないようにね……!

「景吾、来てたんだね……」

「あぁ。……飲み物買いにいってたのか」

右手に握っている烏龍茶を見て、景吾がそう言う。

「うん。なくなっちゃってさ」

「…………腹も減ったのか?」

「……それについては聞かないで」

景吾は私の左手に握られているコーンスープの缶を見て、そう言ったのだろう。
でもその一言で景吾は察したらしい。……私の本意でなく、これを手にしていることを。

「まぁいい。……ほら、こっちこいよ」

ぽんぽん、と景吾がベッドを叩く。
……あれ、私のベッドのはずなのに、どうして景吾さんが来ると、あっという間に景吾さんゾーンに早変わりするんだろう。なにこれ、跡部ゾーンはこういう効果なのか?

その場を「跡部ゾーン」に変えてしまう景吾さんの能力に疑問を覚えながらも、私はおとなしく示された場所へ腰を下ろした。

「……ずいぶん機嫌がいいな?」

「え、そうかな?」

「あぁ。……頬緩んでるぞ」

ちょい、と景吾の長い指がほっぺたに触れる。
それだけでドキリと心臓が跳ねた。
……この人は、やることがいちいちセクシーで洗練されているからさ……!
ホント、一緒にいるだけで心臓に悪いお人だよ……!

「と、徳川さんにね!会ったんだよ!」

恥ずかしさを誤魔化すように、少し大声を出す。

「……あぁん?」

「自販機の前で、バッタリ。この烏龍茶、もらった」

「…………は?」

おもいっきり不思議そうな顔をした景吾に、慌ててまくしたてた。

「まぁ、それについても色々あったんだけど……そうそう、アドバイスを頂戴したんですよ」

「あーん?……なんて言われたんだ?」

「『自分が特異な存在であることを自覚しろ』って言われた」

「ほう……的を射ているな」

「私だけじゃなくてプレイヤーにも。……高校生は血の気の多いのもいるから、気をつけろって」

「それはお互い様だろう。俺たちの中にもケンカっぱやいのはいくらでもいる。……お前も含めてな」

コン、と拳で景吾にこづかれた。

「景吾こそ」

お返しに、トンと肩で触れる。
景吾がこちらを見たので、へへへっ、と笑みを浮かべた。

「…………ったく……」

すい、と景吾の長い指が、私の髪の毛を梳く。
ヤバイ、と思って逃げる前に、景吾のニヤリという笑みがごく至近距離で見えた。

「……そんなに無防備だと、悪いヤツに襲われるぜ?」

「そ、それは今、目の前にいらっしゃる人のような方でしょうか……?」

「バーカ。俺様なんか足元にも及ばねぇような奴らだ」

ちゅ、と軽いリップ音。……の後に、深く潜り込んでくる、熱い舌。

「……っ…………んっ……ふっ……」

呼吸を満足にさせてもらえない。
景吾がふと離れる拍子に、なんとか酸素を吸おうとするのに、それもすぐに阻まれる。
ようやく解放されたとき、私の身体は全力で酸素を欲していた。

「…………っ……悪い人、だ……!」

「あーん?そんなこと言うやつには、もう一度お仕置きだ」

ぎゃあぁぁぁぁああぁぁ!!!(絶叫)
再度唇を捉えられて、私は再び呼吸困難に。

解放された時は、酸素不足で大きく息をついていた。
すでに何か言う元気はない。

「……徳川か……見る限り、あいつが今いるメンバーの中ではトップクラスだろう」

「うん……そうだろうね……」

同じ時間酸素を吸っていなかったはずなのに、飄々と景吾さんはそんなことを言う。
私はぐったりしながらそれに答えた。

「あいつがお前にそう忠告するってことは……トップクラスのアイツでも抑え切れないような人間たちがここに存在している、ってことだ」

景吾の言葉に、ハッと私も気づく。
……そっか。遠征組が不在の今、実質は種ヶ島さんと徳川さんがトップであるはず。……相当な実力者の彼でも、抑えることができない人がいるから……彼は私に「忠告」した。

「……まぁ、ここに集まっている人たちって、一癖も二癖もある人たちだよね」

「それがお前に飛び火しねぇかが心配だな。徳川の言うとおり、お前は目立つ。変な野郎どもが俺たちに絡むならまだいいが……」

「待って待って、むしろ景吾たちと衝突する方がダメでしょ……!」

「バカ、そういう奴らはテニスでどちらが上か示せばいいんだよ。それに、いざとなりゃ、俺たちだって男だ……それなりに戦える」

何で戦うつもりよ!(絶叫)
ダメよ、暴力沙汰とか!!!

「だが、どうあってもお前と高校生じゃ、お前の分が悪すぎる。……だから、今回は何があってもお前が盾になる必要はねぇからな」

「盾って……」

「どこかの誰かは平気で人の盾になるからな。……自覚がねぇところがまた怖い」

「えー…………」

「えー、じゃねぇよ。……とにかく」

ぐい、と景吾の腕が首に絡みつく。
まるで内緒話をするかのように顔を寄せられた私は、真剣な話をしていると言うのに、心臓が高鳴った。顔が赤くなるのだけは必死に抑えたけれど。

「……徳川の言うとおり、用心しろ。アイツがお前にそう言うってことは、それなりにアイツもお前のことを気遣っているはずだ。……それが違う方向に行かなきゃいいが……」

「え?ごめん、最後のとこ聞こえなかった」

「いや、大したことじゃねぇ。……徳川がお前を気遣ってるのなら、それを利用するのも手だ」

「あ、うん。……何かあったら相談しろ、って言ってくれた。……へへ、なんか、トレーナー候補生として期待してくれてるみたい」

「なかなか見る目あるじゃねぇか、そこは評価してやる」

景吾が至近距離でニッと笑う。
今度こそ顔に熱が集まるのがわかった。

「とにかく……用心しろよ」

「……イエッサー……」

赤くなった顔を隠すかのようにうつむいたら、頬に景吾の唇が触れた。





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