Act.5   習初日の、手応えは



トントン、というノックの音で、顔を上げる。

「はーい。どうぞー?」

壁を背にベッドに体育座りをしていた私は、そのまま声を上げた。
一拍置いたのち、ガチャリとドアが開く。
ドアから覗いた顔は、

「あ、やっぱり景吾だ〜」

私の部屋にやってくるなんて、景吾くらいしかいないとは思っていた。後は氷帝メンバーの誰か。
まだ他のみんなとは会って間がないから……それくらいしか思い当たる人はいない。

「……お前、すぐ招き入れるな。せめて入れる前に、名前くらい確認しろ」

「え、なんでさ。景吾くらいしか訪ねて来る人いないのに」

呆れた顔でそう言う景吾の意図するところがわからなくて、おもいっきり素でそう返す。

「……俺以外だったらどうするつもりだ」

「???まぁ……どうぞ、って言う」

「……………とにかく、誰かくらいは確認しろ」

「う、うん、わかった」

これ以上何か言うと、きっと怖いことが待っている気がしたので、素直に頷いておくことにした。
うん、私確実に学んでる!!(拳グッ)

「…………何かやってたのか?」

近づいてきた景吾は私の手元にあるノートを見てそう言った。

「ん?あぁ、一応部活ノートみたいなの作っておこうと思ってさ。トレーナーさんたちがコンピューターで管理してるみたいだから、必要ないかもしれないけど……やっぱ、自分の手でまとめたほうが頭に入るし、数値化できないデータもあるかなー、って」

「……マメなヤツだな」

「そんなことないよ〜。自分が気づいたことだから大したこと書いてないし」

「……にしちゃ、記入欄が多いが?」

「あぁ、そこはトレーナーさんが教えてくれたこととか、練習中に他の人が言ってたことで気になることを書いておこうと思って」

景吾さんとかさ、頭の良い人は一度言われたらそのまま覚えてられるかもしれないけど。
私頭良くないから、書いてないと忘れちゃうんだよね……残念ながら!

「ずいぶんと気合い入ってるな」

「んー、まぁねぇ。せっかく貴重な体験させてもらってるし!……勉強はダメだけど、こーゆーことなら頑張れるって不思議だよね……!」

幾何のノートとかは開くのも嫌なのに、こーゆーノートなら嬉々として開けるんだもん。人間って不思議……!

「……ま、頑張りすぎるなよ」

「空回りしないように気をつけます!……あ、そういえば。何か用だった?」

私の話ばっかりで、景吾が訪ねてきた理由を聞いていなかった。
パタン、とノートを閉じて、傍に置く。

「ベッド、座っていいからね」

あぁ、と言って景吾はベッドに腰かけて、足を組む。……あれ、さっきまで普通のベッドだったのに、なんか優雅に見えてきた……オカシイナ(片言)。

「なんかあったの?」

再度そう聞いた私に、景吾は何やら無表情。

「……別に用はない。ただ、 と話がしたくなったから来ただけだ」

「…………おぉぉ?」

「久しぶりに、お前と離れた部屋での生活だからな。なかなかふたりきりの時間が作れねぇし」

「……う、うん……そ、そうだね……」

率直な景吾の言葉に……ちょっと照れる。
確かに、毎日ほとんどの時間を一緒に過ごしてきた私たち。この合宿に来て一緒にいる時間は減る。
まぁ、練習とかトレーニングとか、同じ場所にいてお互いが見えるところにはいるんだけど……こうして2人で話す機会、それも練習に関することとか、トレーニングに関すること以外の何気ない会話って、今日はなかった。

「へへ……」

照れるけど―――こういうふうに景吾が時間を作ってくれたことが、とても嬉しく思えた。

「…………どう?もう同部屋の人とは、仲良くやってる?」

「南が地味すぎて、たまに見失う」

「…………あー……それは……本人にはどうにもならないから、言わないほうがいいよ……」

「それに、ベッドが狭ぇ」

「あぁ……ま、跡部家の家具と比べたらなんでも、ね……」

「どうせ狭いなら、この部屋で と寝てぇぜ」

「な、何をおっしゃいますか……!」

あながち冗談じゃないのが、この人の怖いところですよ……!
まぁ……ずっと一緒に寝ていたから、今1人で寝ているという状況が酷く新鮮に思えているのは私も同じ。……慣れって怖い(ブルブル)

「えっと……練習終わって、何してたの?」

これ以上この会話が続くと危険なので、強引に話題転換。
景吾は思い当たる何かがあったのか、レスポンスが早かった。

「あぁ、サウナに行った。家ほどじゃねぇが、なかなかよかったぜ」

話題が変わったので、よし!(ガッツポーズ)

「へぇ〜……そっか。女子の方にもあるといいんだけどなぁ」

「なかったら、時間決めてこっちに入りゃいい。なんなら俺様が一緒に入って見張っててやるよ」

「…………それだと、サウナの温度を超えるくらい私の体温が急上昇するから、遠慮しようかな」

そしてもれなく倒れる自信がある。
そう言うと、景吾は喉の奥で笑った。

「あぁ、サウナといえば……一緒に入っていた他校の奴らがお前のことを褒めていた」

「へっ!?」

「切原に始まって、不二……それに、木手や千歳なんかも話に加わっていたな」

「え?私、木手くんや千歳くんなんて、まだそんな話してないんだけど」

「見てねぇようで、見られてるぜ。……特に千歳は、お前が俺らよりも年齢が上のココロを持ってる、なんて言ってやがった」

「…………うぁぁ、千歳千里、恐るべし……!」

まぁね、身体は中3だけど、中身は一応それよりも上だからね!
……脳みそは中3以下かもしれないけど。

「どうしよう、気ぃ抜けない……!変な所でボロが出そう……!」

「何言ってやがる、いつも通りのお前で十分だ。……つくづく自慢しがいのある女だぜ」

「自慢できるのは腕っぷしだけですよ……!あとは運!」

この世界に来て、この状況にいられるという運は、きっと自慢できる!
そう意気込んで言ったら、景吾さんがバカ、と小突いてきた。

「あはは……まぁ、他の人に迷惑にならないようにだけ気をつけて頑張る!」

「程々にな。……ミーティングはどうだったんだ?」

「あ、うん、勉強になったよ〜。やっぱり専門的だったから、用語とかついていけないとこもあったけどね。……トレーナーの人に教わってさっき見てきたんだけど、ここの図書館にスポーツ系の本がたくさん入ってたからさ、この際、いっぱい借りて勉強しようかなって思ってるんだ」

力を込めてそう言うと、景吾は、そうか、とだけ言った。でもその目が若干細められてやさしく笑ってくれたから、その一言だけでも十分だった。

「……あ、そうそう、洋書も結構入ってたよ」

「ほう……それは良い事聞いたぜ」

景吾は読書好きだから、きっと時間があれば図書館にも行くだろう。
合宿の練習がきつくなければ、の話だと思うけど。

「……景吾はどう?初日終わって、練習の手応えは」

「悪くねぇな。……久々に、基礎からみっちりやるのもいい」

「確かに……素振りもしてたもんねぇ。フォーム指導とか、久しぶりだったんじゃない?」

「まぁな」

「合宿だとやっぱり集中的にいろんなことできていいよね〜。ここのメニューとか学んで、中等部や高等部でも取り入れられたらいいね」

「いいところは盗んでかねぇとな」

「後で滝くんにメール送っておくから、滝くんから後輩たちに教えてもらえるように言っておくね」

「あぁ、頼む」

そう言った景吾と、視線が不意にかち合った。
会話が止まる。小さな、沈黙。

今まで、ポンポンと会話が弾んでいたから、この小さな沈黙は空気を変えた。

何か会話を、と思う間もなく、景吾に引き寄せられる。

「……ん……っ」

ツイ、と顎を引き上げられ、景吾の唇がかぶさってくる。
深いものではなくて、軽いのをしきりに―――まるで感触を楽しむように、景吾は唇を重ねてくる。

「……景、吾……鍵、閉めてないから……んっ……寮だと……誰がイキナリ来るかわかんない……っ……」

「あぁん?……なかなかスリルがあるじゃねーの……」

そう言って、もう1度キス。

「……っ……だ、断じてそういう意味で言ったわけじゃないよ……!」

私の抵抗も、景吾の唇の中に吸い込まれる。
…………ヒィィィイ……ッ、ここで今、誰かがバターン!とドアを開けたら、私、合宿から強制帰還させられちゃうんじゃなかろうか……!

「景吾……ッ……合宿中は、程々、に……!」

私の言葉に、目を閉じていた景吾は、軽く目を開いて嘆息した。

「……合宿の最中、耐えきれるか……それだけが今の俺様の不安だな」

「ぜひ!耐え切っていただきたいです!」

「…………酷なこと言うぜ」

言葉ではそう発言しているのに、まったく自制していないと思われる景吾さんは、それから数分キスの攻撃をやめませんでした。
……今日は誰も来なかったからよかったけど、今後はちゃんと気をつけなきゃ……!






NEXT