「クソックソッ侑士!心を閉ざしやがって!」

「堪忍なぁ、岳人……残念やったな。俺は負けられへんねん。野獣共の中にちゃん残して、合宿から去るなんて考えられへん……!」

「……原動力はそれかよ」

ペアマッチ、開始。



Act.3   ち組負け組、頑張り組



桃ちゃんが鬼さんに負けた入れ替え戦を経て、まずはウォームアップがてら中高合同で基礎練習。
その後に斎藤コーチから出された課題は、組んだ相手とのシングルス戦だった。
原作通りの組み合わせになった2人1組は、順調にゲームをこなし、勝者と敗者に別れていく。

「……やっぱり新旧部長対決なのね……」

そしてやってきた、景吾と若、同時並行で手塚くんと海堂くんの試合。
パチーンと指を鳴らした景吾は、バッサー!!!と豪快にジャージを脱ぎ捨てた。ヒラヒラ飛んでいるジャージを、樺地くんがいつものように回収。

……あれ、いいのか?」

「…………うん、好きなようにやらせてあげて」

ブンちゃんの声に、私は頭を抱えながらもそう答えた。……もう誰も止められまい、跡部景吾は。

始まったゲームは、対照的だった。
手塚くんは海堂くんに、ある意味で「手塚くん」という壁を乗り越えられないものとしている意識を塗り替えさせようとしていた。

そして景吾は、若の苦手な持久戦に持ち込んでいた。
ポイントを調整し、ラリーを長く続け、執拗にゲームを長引かせる。
驚いたのは……若の持久力の変化、そしてメンタルの変化だった。

「……成長しとんなぁ」

いつの間にか隣にいた侑士の呟きに、私も頷いた。
後輩たちの成長が、嬉しくないわけがない。

「来年、期待出来るね」

そう言うと、侑士はほんのすこし口角を上げて微笑んだ。
……くっ……侑士も相変わらずの美形ね……!ちょっと射ぬかれそうだったよ……!

「せやな。……俺らも負けんようにせんとな。……おっと。ようやく動くみたいやで」

侑士がひょい、とコートを指さしたので、美形っぷりを堪能していた私はコートの中に目を戻す。

「これが氷帝学園のテニス。そして―――俺様の美技に酔いな!」

絶対に普通の人なら言わないセリフ。
そのセリフを言ってしまえる凄さ。
そしてそれを見ている人たちに、思わず納得させてしまえるほどの、圧倒的な力。

遠くから―――氷帝コールが聞こえる気がした。

私がこの世界に来てから、景吾の試合の時にはずっと耳にしてきた氷帝コール。
景吾のテニスは、常にこのコールと共にあった。

「これが、景吾のテニスだよね……」

「ホンマ、最初から最後までド派手なヤツや」

ドンッ……!!

侑士の言葉が終わると同時に、景吾の破滅への輪舞曲が地面に叩きこまれた。





一応展開を知っているとは言え。
みんなの心中を考えると、ペアマッチはあまり見ていて楽しいものではなかった。
もちろん、全員が納得して練習に参加しているし、試合後は結構あっさりしたものだったけど。
……それはみんな表面だけで、実際の心の中は複雑だろう。

「本当は、アイツにこそU-17で経験させてやりてぇんだがな……」

去っていくバスを見て景吾がぽつりと言ったのを、聞き逃さなかった。
見送る手塚くんも、ちょっと泣きそうな顔でいるえーじも、複雑そうな表情のキヨも。

みんな、勝ったことに対して、心から喜んでいるわけではない。

かける言葉も見つからず、これからの展開を言うことも出来なかった私は、ただ微妙な笑みを浮かべて、景吾の肩をぽん、と叩くことしか出来なかった。

それに気づいて私の方を見た景吾は、何も言わずにじっとこちらに視線を向け、お返しのようにポンポン、と頭を撫でてくる。

「…………これからの経験は、すべて持ち帰るぞ」

「そうだね」

肩に背負ったみんなの気持ちを、確認した。





「中学生勝者、25名は速やかに16面中央コートに集合。午後の部の練習サーキットに入ります!」

見送りが終わってすぐに放送が入って、練習が再開となった。
コートに行くと、すでにそこには巻物みたいな紙にずらりと書かれたトレーニング表があった。
……ヒィ、こんなの、明らかに中学生がやるレベルじゃないよ……!

「日が暮れる前に終わらなかったヤツは合宿から消えろ!」

そう威圧的に怒鳴るのは、ムキムキマッチョの柘植コーチ。
サーキットトレーニングの有効性はきっと、ここにいる人達が科学的に出しているのだろう。やれば間違いなく……色々な面で向上する。
でも、成長途中の中学生がやるにはちょっと過酷すぎないかなぁ……。

「開始!」

悩んでいる間に、トレーニングはさっそく始まってしまった。
高校生たちはすでに慣れているらしく、すぐに位置につく。中学生も見よう見まねでそれに倣った。

…………勝ち組のメンバーには、わりと身長が伸びている子たちが多い、っていうのは救いかもしれない。
過度な筋トレは成長を止めてしまうから。
ってことは、ちっちゃいながらも参加しているジローちゃんとかの身長は、もしかしてこれで止まっちゃうんじゃあ……それはそれでおいしいけど……ちょっと複雑な心境になった。

次々にメニューが変わるトレーニングを行うメンバーたちを見ながら、私は最初、どんなサポートが出来るかわからなかった。
何をすればいいのか指示もあまりなかったので、なんとか自分のできることを見つけようと、とりあえず氷帝でやっているようにドリンク系の準備とタオルを持ち、昨日準備しておいた応急処置用のショルダーバッグを肩からかける。

そのうち、なんとなく要領がつかめてきた。素早く切り替えながら様々な種類のトレーニングをこなしていくメンバーたちを追いかけつつ、私も必死にタオルや水を配り、空き時間にノートをとる。

……ッ……み、ず……」

「はいはーいっ、ジローちゃん!ファイト!」

水を求めてきたジローちゃんに、即座にボトルを渡す。
ゴクゴクっとそれを飲んだジローちゃんは、ありがとー!とにっこりスマイルと共にボトルを突き出し(そのスマイルで私に元気を与えつつ)、また走って元の位置へ戻っていった。

―――サーキットトレーニングは、本当に「過酷」としか言い様がないものだった。
何度もこのトレーニングを行なっている高校生たちでさえ、時折倒れこむこともある。
初めてこのトレーニングに参加した中学生たちは、ふらふらになりながら―――それでも食らいついていく、そんな言葉がぴったりだった。

少しでもみんながトレーニングをこなせるように、私は水分補給を促したり、倒れこんだ子を少し休ませたり、せめて道具くらいは私が片付けたり。
器具を使うものに関してはトレーニングルームに行かなくてはならないから、中学生たちを追いかけて移動することも結構ある。
段々とやることがわかってきた。っていうか。

……やることが多い……!(ピシャーン)

片付けるためのダンベルを持ちながら、私は空を仰いだ。
これはきっと……サーキットトレーニングやってない私も、明日は筋肉痛。っていうか、すでにダンベル持っている腕がプルプル痛い。
でもこうなったら。

「……とことんやってやろうじゃないの……!」

グッ、とダンベルを抱え、ベンチへと走る。
さぁ、こっからが合宿本番!





トレーニングが終わった時、みんな息も絶え絶えだった。
あの景吾でさえ膝に手をついてなんとか立っている程度。ジローちゃんや神尾くん、赤也なんかは地面に突っ伏していた。

「みんな……おつかれ……」

かくいう私も、息も絶え絶えですけどね……!
みんなの方がよっぽど辛いトレーニングをしているのはわかっているんだけど……自分も頑張った!少しだけ自分も褒めたい!

「……俺、明日、筋肉痛になる自信あるさー……」

「うん……僕も同感」

「体中がギシギシ言っとるばい……」

「あかん……膝が笑っとる……」

各々がぐったりとしている中で、

「各自、ストレッチはしっかりするように」

「柔軟サボったら承知しねぇぞ、アーン?」

「身体が冷える前にやるんだよ」

……手塚くんと景吾、それに幸村くんは、次の行動に移っていた。その3人も疲労は隠せてなかったけれど、さすがだ。
そのしっかり具合と頼もしさに安堵を覚えつつ、

「よし、手伝うよ。少しはマッサージできるから!」

何かしたくて、私はジャージの腕をまくったら、慌てて近くにいた侑士が顔を上げる。

「あ、あかんて、ちゃん!そないなこと言うたら……」

!」「ちゃん」「さん」「先輩」

「「「「「「「頼む」」」」」」」」

ずらりとこちらを向くイケメンズ。
………………夕飯までに、全員終わるかしら。






ちなみに、練習後にそっと斎藤コーチに呼び出された私は、「負け組」の今後を聞かされた。

「他のみんなには内緒ですよ。あなたにだけ、特別です。……負け組のコたちもさりげなくサポートしてあげてください。……あなたにはそれが出来ると思ってますから」

その言葉に私は頷いた。
きっと怪我をたくさんするであろう負け組のコたちを予想して、応急処置の方法や救急箱セットを作っておいた。
それはいつでも使えるように、手持ちの荷物に入れておくことになる。

「あ、でも、負け組がいるコートまで行けない……!」

アハハ、と笑った斎藤コーチは衝撃的な発言をした。

……まさか、あの崖の中にエレベーターがついてて、簡単に行き来出来るとは思ってなかったよ……。





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