普段は結構流されやすい方だと思う。 雰囲気に飲まれることも今までにたくさんあった。 でも。 そんな私にも、譲れないものがある。 私よりも、私を信じてくれる人の為に、 譲りたくないものは。 Act.18 私よりも、私を信じてくれる人の為に あの出来事の翌日。 私は、景吾の言葉を胸に、私は私に出来るだけのことをして頑張ろうと、練習に参加していた。 そんな中。 「たかがマネージャーがでかい顔してコートうろちょろするんじゃねぇよ」 練習も終盤になって、そろそろ片付けを始めようとしていた時のことだった。 小さく聞こえた声に、ピクリと動きを止めてしまった。 すぐに我に返って、何事もなかったかのように再び作業に戻ったけれど、見ぬかれていたようで。 ニヤニヤと笑いながら、近づいてくる影。 「よぉ、アンタも懲りねぇみたいだな。今から帰ってもいいんだぜ?俺からコーチに言っておいてやろうか。『私、できませ〜ん』って」 ギャハハハと聞こえる、下品な笑い声。 当然、大声だったのでコートに響く。みんなの動きが止まって、一気に視線がこちらへ向いた。 「おい、テメェ!先輩に何言ってやがる!」 一番近くにいた赤也が真っ先に反応した。 睨みながらつっかかろうとするのを、制止する。 「先輩!」 「いいよ、赤也くん。ありがとう」 「でもっ……!」 なおも何か言いたげな赤也に、少し微笑む。 そして……振り返って。 私自身で、相手を見つめた。 「……なんだよ、その目は!全然反省してねぇみてぇだな!」 食ってかかろうとする相手の目を、まっすぐと見る。 まっすぐ見ることが出来るのは……昨日言われた、景吾の言葉があったから。 あの言葉があるから、私は私自身を信じることが出来る。 「申し訳ないですけど、私……やっぱり、自分自身の発言を、信じようと思います。……あなたが下した評価よりも、私の評価のほうが、正しいって」 「……!テメェ、テニスもできねぇくせに偉そうなことを……!」 「なら」 私は、持っていたスコアブックとペンを、赤也に預けた。 その答えは……想定していた。だから、不思議なほど冷静に、言葉を紡ぐことができる。 「…………私とテニスで勝負してください。私が、きちんと評価できるほどの力を持っているか、その目で確かめるために」 私を信じてくれる人がいるなら。 そのために、戦ってみせる。抗ってみせる。 譲れない。私は彼を……彼らを、今、1番身近で見ているのだから。 私の言葉に、相手が息を飲んだ後―――大声で笑い出した。 「……ハッ……いいぜ、いいぜぇ?勝負しようじゃねーか!たかがマネージャー、U-17選抜に呼ばれる俺と勝負するなんて、いい度胸じゃねえか!」 グッ、とその勢いに押されそうになるが、私は足を踏みしめることでこらえた。 ……大丈夫。負けない。 合宿中ずっと見てきた。 氷帝の誰よりもこの高校生は『弱い』。勝てる確率は100%ではないけれど、0%でもない。なら、その希望にかけることもできる。 事態を理解した周りの人たちが、ざわつき始めた。 言ってしまった言葉は取り消せない。取り消さない。……取り消したくない。 ―――私が見てきた努力を、踏みにじる言動は、許せない。許さない。許したくない。 だから。 対峙する覚悟を決めた。 私自身を信じるために。 1歩踏み出そうとした時、 「……そういうことは、事前に俺様に言っておけ」 よく通る美声が―――思いの外、近くで聞こえた。 ざわめきの中、観覧席にいた景吾が、ふわりと柵を飛び越えてコートに降りてくる。 私にぽいっとラケット(私のだ)を放ると、自分自身が持っていたラケットを相手に突きつけた。 「……貴様、ダブルスプレイヤーだったな?ならば、ダブルスゲームにしようぜ?俺がと組む」 頭から爪先まで、じっくりと景吾を見た高校生は、 「……こっちは構わないぜ。そいつが意地になってこだわったお前の実力、見極めるにもちょうどいいしな」 片方だけ口角を上げて、そう言い放った。 その一言で、頭のいい景吾はすべて理解したのだろう。 私がなぜ、この高校生とトラブルになったのか。その理由を。 「…………そういうことか、」 ちらりとこちらを向いた綺麗な顔から視線を外した。 ……私の自分勝手な行動で、トラブルになったのが、急に恥ずかしく思えた。 「お前が盾になる必要はないと言っただろ?」 「……だって、馬鹿にされたくない。景吾のすごさは、私が1番知ってる。……私が1番でありたい。他人が下した評価より、私は、私の評価を信じる」 私はほとんど言い訳のように呟いた。 一瞬の静寂の後―――景吾の大きな笑い声が聞こえた。 その笑い声に驚いて視線を景吾に戻したら、景吾はこちらを見て満足そうに笑っていた。 「よく言った。ならば俺はお前のその言葉を信じよう。…………さぁ、ショータイムの始まりだ!」 「あーぁ。怒らせちゃったみたいだね〜、あの高校生〜」 珍しく起きており、事態を見守っていたジローがふわわ、とあくびをしながら言う。 「さんは大人だから、めったに怒らないんですけどね……」 「えらい珍しいもん見させてくれるやないか、あの高校生。……俺、ちゃんが、誰かにテニス勝負挑むのを見るの、初めてや」 「確かに。ま、譲れなかったんじゃねーの、あれだけは」 忍足の言葉を、宍戸が受ける。 そういえば、と鳳が記憶を思いおこすように上を向きながら、 「譲れないものに関しては、頑固ですよね、さん。……俺たちの全国大会のときもそうでした」 と言った。 その言葉で、獅子楽中との一悶着を想起した面々は、懐かしそうな面持ちをしながら同意した。 「でも……大丈夫かな、ちゃん。選抜メンバー相手に、テニス勝負なんて……いくら跡部がいるからって、やったことないのにちょっと無謀じゃあ……」 「あれ?千石さんって、先輩のテニス、見たことないんでしたっけ?」 不安そうに口を開いた千石に、何も心配していない様子の桃城が朗らかに聞く。 え?と疑問符を飛ばす千石に対して、あぁ、と不二が頷く。 「そうか、この合宿では彼女、全部サポートに回ってくれていたからね。ラケットを握っているところを見ていないのも、仕方ない」 「あ、でも一昨日くらいか?氷帝メンバーで打ってたとき、も混じってただろぃ?俺、見たぜー」 「なんや、見てたんか、丸井」 「おう。今度混ぜてくれな。にボレーの極意、教えるって約束したし」 「……え。ちょお待てや。……ちゃんて、テニスできるん?」 のプレイを知らない白石も、千石同様疑問を投げかける。 質問の答えを知っている人間は、返事の代わりに、ニヤ、という笑みだけを返した。 「……気に食わないですね。ちゃんと言葉でいいなさいよ」 眉間にシワを寄せて言う木手に対して、幸村がフフ……と笑みを浮かべた。 「残念だけど……跡部が加わったことで、完全にあの高校生の勝機は消えたね」 「うむ、あいつらも馬鹿なことをしたものだ」 「だけでも勝つ確率は37%ほどあったが、跡部が加わった今……100%と言って差し支えないだろう」 幸村、真田、柳、という立海三強の証言に、驚きを隠せない人間もいた。 そんな中、氷帝メンバーは顔を見合わせて―――さらに笑った。 「をなめちゃだめだよ〜?」 「まだまだ、甘いぜ。激ダサ、だな」 「誰がちゃんにテニス教えとる思ってるん?」 「俺らの技術、余すとこなく教えてるっつーの」 「立海との合同合宿の時とは比べ物になりませんよ。今のさんは、その辺の男子じゃ相手になりません」 「……まぁ、あの高校生のプレイスタイルだったら、先輩だけでも7割くらいの確率で勝ったんじゃないですかね」 自信満々な態度。 勝利と、そしてを信じきっている、その言葉。 スパンッ……と綺麗な音で始まった試合に、この場にいる全員が吸い込まれるように見入った。 思うように身体が動く。 合宿に付き合ううちに、知らない間に筋力がアップしてたのかな。いつもよりも足が軽い。 みんなに教わった技術。 氷帝で培った目。 ……ずっと見てきた、景吾の動き方、好きなプレイ。 全部全部、私の力になっていた。 「ほぅら、。まーたいいロブが上がったぜ」 「景吾、頼んだ……!」 「あぁ、任せておけ。……はぁぁぁぁぁ!」 1球目でガシッ、と相手のラケットが落ち。 2球目が、地面を這うように滑っていく。 「失意への遁走曲……絶望の淵を彷徨いな」 カラン、カラン……と音を立てているラケット。 その音が収まるか収まらないか。 息を弾ませていた私は、一度大きく吸って―――フゥ、と肺に溜まった息を吐いた。 「……終わった」 ワァァァァア!!と歓声が聞こえる。 あぁ、嬉しいんだけど……なんか緊張感から解放されたことで、一気に腰が抜けそう……! 「さっすが先輩!」 「うん、当然だね」 桃ちゃん、幸村くんの声が聞こえた。 いいえ、すべては跡部景吾様のおかげです……!景吾さんがいたから当然になったんです……! 「……これでわかったか、アーン?」 後ろにいた景吾がやってきて、私の傍に立つ。 景吾と一緒に、相手側のコートにいる高校生を、見る。 「……生意気言ってすみません。でも、私は……私を信じてくれる人のためにも、自分に出来ることはしていくつもりです。……これからも、お願いします」 ペコリ、と頭を下げた。 ―――高校生は、もう何も言わなかった。 NEXT |