負け組が戻ってきて数日。

まだまだ問題は山積みです。




Act.16   ついついれて、気持ちのままに



一度は脱落したはずの中学生たちが、いきなり2番コートの高校生と入れ替わったこともあって、それまでもともとあった高校生と中学生の間の溝が、さらに深まっていた。
もちろん、一部には友好的な人たちもいる。でも大半の高校生にとっては……中学生の出現によって、合宿に残ることが出来るか危うくなったし、それ以前に、いまだになぜ中学生がこの合宿に参加しているかわからない、という態度の人もいる。
中学生がコートに入って練習していると、野次が飛んでくるのは日常茶飯事。
選手も気にしないようにしていたし、私が相手にしても仕方ないことだから、聞こえないふりをしていたんだけど。

「坊ちゃんのデータにあるスタミナレベル、間違ってんじゃねぇの!?ヒャハハ、坊ちゃんはお家帰っておとなしく寝てな!メイドさんにでも慰めてもらってよ!」

景吾に関するあまりにも酷い野次に、カチーンときた。
黙っていても、景吾は勝つだろうけど……正当な評価がされないのは、いただけない。
いや、駄目だ。
ガマンガマン。当の本人である景吾は涼しい顔でスルーしてるし。

そんなことより、選手の状態のチェックだ。
景吾の足も順調に回復してきてるし、もう問題ないはず。
だけど、観察しておくに越したことはない。

私はグッとペンを握る手にだけ力を込めた。

……うん、大丈夫。平常心平常心。

「対入江戦も、まぐれまぐれ!そんな弱っちいテニスでよく恥ずかしくねぇな!持久戦に持ち込まれちゃっていいのかよ、坊ちゃん!」

その言葉に、

「彼に持久戦勝負を持ち込んだこと自体が無謀です。見ていればわかりますけど」

徳川さんや景吾の忠告も忘れて、思わず言ってしまった。

……さようなら、平常心。






結局、持久戦を挑んだ末に敗れた景吾の相手を見て、野次を言っていた高校生は何も言わずただ見ていた。
相手は地面に膝をついて立つことすらできないみたいだけれど、対する景吾は、多少息を弾ませている程度。まだまだ疲れてはいない。

「彼のスタミナが、どこからくるものか、知っていますか?……スタミナは、一朝一夕、才能でどうにかなるものではないことくらい、先輩方もご存知のはずです」

立ち尽くす高校生に向かって、言葉を紡ぐ。
ギラリ、と睨まれたけれど、私も視線を逸らさずに真っ直ぐ相手を睨みつけた。

「なん、だと……?」

「彼のスタミナは、青学の海堂くんにも引けをとらない。……それだけの努力を、彼はしています。もしあなたが彼のデータを持っているのなら、すべての数値がデータよりも1ランク上だと見積もったほうがいい。景吾の性格で、スマートなところしか見せていないので、すべての能力がデータに反映されていないだけです」

頭のどこかに、冷たい風が吹いているような感覚だった。
淡々と、息継ぎもろくにせず言い切る。

「テメェ……何様のつもりだ……?」

聞こえた声の低さに、私はハッと我に返る。
急速に、平常心さんが戻ってきた。

……やばい、景吾が馬鹿にされたから、調子にのって言い過ぎた……!

「えっと……その!つまりはご覧になったとおりです!……相手の方に、身体冷やさないようにお伝えください!それでは!」

ペコリ、と頭を下げて、それだけまくし立てる。
何か言われる前に、私はその場を立ち去った。






合宿所に戻って。
さっきのは自分でも生意気だったなー、って反省してたら。

呼び出された、高校生に(ボーン)

まぁ……当然、かな……頭に血が昇ってつい、言い過ぎちゃったしな……。
……あー、女子生徒の呼び出しでケンカはあったけど、男子、しかも高校生に呼び出されてシバかれた経験なんて、さすがにない。元の世界も含めて。

どうやって対処するかな……こんなこと誰にも相談できないし。
……無論、景吾にだって言えない。何度も釘を刺されているのに、抑えきれなかったのは私。っていうかなによりアホらしい……!私のバカ!

……自分への戒めの意味も込めて、私は一人、合宿所の外へと向かった。
殴られそうになったら、一目散に逃げよう……!生意気だったことに関するお叱りの言葉は甘んじて受け入れよう……!
指定の場所には、昼間に見た高校生がすでに待っていた。私に気がつくとものすごい目で睨んでくる。

「……一人で来るとは、大した根性じゃねーか。それだけは認めてやる」

「…………御用は、なんですか」

さっきまではちょっと弱気だったのに、その迫力になんとも言えない嫌な予感を覚える。
負けないように、睨み返すくらいの気持ちで、相手の顔を見た。

「……んだよ、その目は!生意気なんだよ!たかがマネージャーのくせに!テメェにテニスの何がわかるんだ!」

「…………生意気であったのは、認めます。すみませんでした。でも……」

「でもも何もねぇよ!テニスプレイヤーでもないくせに、偉そうなことを言うな!」

―――その何気ない言葉が、私の心に思いの外深く突き刺さった。

軽率だった。
そのとおりだった。

私はマネージャーだけど、テニス未経験者ではない。氷帝レギュラーという私に色々教えてくれる優秀なコーチのおかげで、今では自分のテニスがうまくなっていることも自覚している。
……でも、まがりなりとも日本代表合宿に選抜されるようなこの高校生よりも、技術を持っていないことは確かだ。そこを言われたら、私は確かにテニスを語る資格は、この人たちよりないのかもしれない。

「………………」

おとなしくなった私を見て、高校生がチッと舌打ちをする。

「マネージャーがごちゃごちゃ言うと邪魔なんだよ。プレイしねぇやつは傍で黙って見てな。それか、さっさと帰れ。これだけスタッフが揃ってるんだ、テメーなんざいらねぇよ」

それだけ言って、去っていった。
悔しいけど。
―――何も言い返せなかった。






そんな状況を、

「…………ふぅ。これは、跡部に報告しなくちゃいけないかな」

見ていた天才が、一人。




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