Act.15   握している、君の行動



試合が終わって宿舎へ帰り、まず汗を流した。
に「足、あっためないでね」と念を押されたので、早めに風呂から上がり、そのままの部屋を尋ねることにする。

、来たぞ」

も風呂から上がったところだったのだろう、半乾きの髪でゴソゴソと準備をしていた。

「うん。準備するから、ちょっとベッド座って待ってて〜」

言われたとおり、ベッドに腰掛ける。
……ふわり、との香りがして、安心した。

久しぶりの感覚に、しばらく目を閉じる。
……屋敷にいるときは普通だったことが、今はこんなにも特別のことのように思える。

ふと気配を感じて目をあけると、準備が終わったが俺の様子を見ていた。

「……痛い?」

じっと目を瞑っていたことが、そう見えたのだろうか。
心配そうにこちらを見る姿が、どうしようもなく愛しく思えた。

「いや、大丈夫だ」

頭を撫でると、安心したように微笑む。
……俺の理性を試す気か。

「お風呂入ったから、湿布にしようか。寝てる間にテーピングしてると良くないし」

頷くと、湿布を取り出したは、俺の足に貼りつけた。
ひやりとした感覚に思わず身体が反応したら。
ぽんぽん、とがあやすように俺の身体を軽く叩く。その仕草が、なんだか幼い子供に向かって行う動作に見えて、

「お前……時々、俺のことを年下扱いするよな」

小さくつぶやいた。
ほんの少し目を見開いて、が目線を上げて俺を見る。

「え、そ、そうかな……?そんなつもりないんだけど」

「……コートで処置した時もそうだし、今のとかもそうだろ」

「えー?……今のは、景吾さんの真似をしてみただけなんですが」

「なんか違う」

そっかなー、などと言いながら、は俺の足に湿布をとめるためのテープを貼る。

包帯を器用に巻いていくを見て、俺は先ほどまで抱えていたもやもやとして気持ちが落ち着いていくのを感じていた。

クソ。
この空気に、なんとなく安心してしまうのは、コイツの持つ「年上」の雰囲気も含まれているからだろうか。

「……

「んー?」

包帯を巻きながら返事をした。先ほどとは違って目線をあげないから、こちらから見えているのは、小刻みに揺れる頭だけ。
の髪の毛に手をやり、くしゃくしゃとかき回してみた。

「わっ、ちょ、景吾!」

慌てながらも、包帯を巻く手を止めないところは、らしい。
俺はクックッ……と喉の奥で笑いながら、の髪の毛を弄んだ。

「……もう……イタズラしない!」

まるで子どもに言い聞かせるかのように。
俺にそう言うが……すげー可愛い。

俺は子どものように、の言葉を無視して髪の毛を弄び続ける。
最初は文句を言っていたも、しばらくして諦めたのか、なすがままにされながら処置を続けた。
それでも、包帯を巻き終わった途端に、もう!と怒って、逆に俺の髪の毛をぐしゃぐしゃにする。
……のだが、の顔が、むーっとふくれっ面になった。

「なんだ?」

「…………くしゃくしゃにしたはずなのに、景吾の髪の毛がサラサラすぎて、すぐに元に戻ってることに嫉妬した」

至極まじめにそう言うに、思わず噴出す。

「ハッ……なにかと思えば……そんなことかよ」

「そんなことって……なんか、女子として負けて……いや、もう人間として完敗だから仕方ないか……」

「バーカ。…………それに、ベッドの中でお前に髪をくしゃくしゃにされたときは、そうすぐには戻らな「そういうことをさらりと言わないー!!!

顔を真っ赤にして慌てるを見て、俺は再び笑った。
そんな俺を見て、は少し呆れたように、それでもこらえきれなかったのか―――同じように笑った。

「まったくもう……心配したんだからね」

「俺様がこれくらいの怪我でどうにかなるわけないだろ」

「はいはい。それくらいのハンデで景吾さんがどうにかなるとは思ってないけど。景吾さんは我慢強いから心配なんだよ。我慢し過ぎて疲労骨折とかしないでね」

「そうなる前に、お前が気づいてくれる予定」

「………………全力で監視を続けたいと思います」

ポンポンとかわされる会話。
……心が、じんわりと満たされていく。

「一応、今日私が出来る処置はこれだけだけど、これからどっか移動するんなら、保健室で借りてきたサポーターつけてるといいよ。寝るときは外してね」

はい、と差し出されたバンド状のサポーター。
わざわざ保健室まで借りに行ったのか……つくづく、よくできるヤツだ。
それを微塵も出さずに、なんてことない表情で俺を見つめる

……そのを少しでも独り占めしたくて、また少し意地悪を思いつく。

「ここから動かなきゃいいんだろ?……今日はここで寝るか」

「コラー!」

「怪我人だぜ?」

「っっ……!」

真っ赤になって、照れと困った顔が同居している。
……しまった。想像以上だ。

「……そんな顔見せられると、ジョークがジョークじゃなくなる」

「ちょっ……」

何かいいかけたの唇に、チュッ、と軽いキスをして、言葉を封じ込める。
が黙るのと同時に、俺は立ち上がった。

「大した怪我じゃねぇからな、今日は勘弁してやる」

「……今日『は』って……!」

忘れているかもしれねぇが。
……俺も、一応、健全な男だ。
好きな女が近くにいて、なおかつ―――触れたくても触れられない状況にある、というのは、それなりに、色々辛い。

「……帰ってからの、お楽しみだ」

「……バカ……!」

「そんなこと俺様に言えるのは、お前くらいのもん……っ」

突如塞がれた唇。
……目の前に真っ赤な顔だが、やや得意げな顔をした

「…………今日『は』大丈夫だもんね」

「……お、まえ……っ……」

「私だって、たまにはやるのさ……!……じゃ、景吾。また今度!」

「…………クソッ、前言撤回したいぜ……」

「ふふー、景吾はそんなことしないもんね……」

どこまでも俺を把握している
してやられた感に、悔し紛れに噛み付くようなキスをして。

「……戻る。これ以上いたら、前言撤回せずにはいられなくなる」

「ん。……送ってこうか?」

「バーカ、俺様がそんなことさせるわけねぇだろ。それに、お前が俺の部屋に来たら、妙な奴らに捕まる」

「?……わかった。……じゃ、お大事にね」

「あぁ。……おやすみ、

「おやすみ、景吾」

ニコリと笑った
どうしようもなく攫いたい衝動を、足の痛みでごまかした。
……普通は衝動と痛み、逆じゃねーのか。








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