走った勢いのまま、壁にぶつかった景吾。
景吾が倒れこんだ後、
少しして、ポトン、と入江さんの後ろにボールが落ちた。



Act.14   らえない、言葉の力


引き分けを告げる声なんか聞いてる場合じゃない。
すぐに観覧席から飛び降りて、倒れこんだ景吾の様子を確認に行く。

「景吾!?……景吾、聞こえる!?」

荒い息を吐きながら、景吾が一つ頷く。
意識はある、疲労で動けないだけだ。
とにかく、こんな状態でここに倒れたままなんていけない。せめて、ベンチの上に寝かせなきゃ。
なんとか景吾の腕を肩に回して立たせようとしたら、

先輩、手伝うッス!!」

赤也がぴょんっ、と観覧席から降りてきて、反対側を支えてくれた。
ありがと、と言ってから、景吾を支えるために足に力を込める。と、スッと私の肩に回した景吾の腕の重みがなくなった。
見上げると、白石くんが景吾の腕を取って、自分の肩に回していた。

「替わるで。……跡部クン、ちゃんやなくて悪いんやけど、ちょお我慢してな」

「チッ……の、方がいいぜ……」

小さく聞こえた景吾の声に、私はホッと胸をなでおろした。……会話が出来るなら、一応安心だ。

「赤也くん、白石くん、ありがと!」

そのまま肩を借りて景吾は観覧席まで歩く。
ベンチについたとたん、まさしく倒れこむようにそのまま横になった。私は彼らが景吾を支えて運んでくれる間に、置いておいたジャージを取りに行き、横になった景吾にかけた。

「ごめん、ちょっと準備してくる。何かあったら大声で呼んで」

その場にいる人たちにそう伝えると、そのままバケツに水を入れに行く。
走って戻ると、景吾はすでにむくりと起き上がって座った状態だった。……うん、あまり酷いものではなかったらしい。

私が持ってきたバケツを見て、景吾の眉がひそめられる。

「……軽くひねっただけだから、平気だ」

「ダメだって。アイシングするよ」

悔しかったからかもしれない。
景吾は硬い表情をして、私の言うことを聞かずに、立ち上がって歩こうとした。……始まろうとする鬼さんの試合を見るために。

「ちょ、景吾!」

「処置はこの試合が終わってからだ」

観覧席の1番前に行こうとする景吾。
……あぁ、もう!

「〜〜〜いいから言うこと聞くの!」

ぐいっ、と景吾の手を引っ張った。
私の勢いに、景吾が驚いたように足を止めた。その間に、景吾の肩を押して座らせ、パパパッと靴を脱がせる。そのとき、ピクリと表情を歪めたのを見逃さなかった。……ほら、やっぱ痛みあるんじゃん!

バケツの中に用意しておいた水に、景吾の足をつける。

「しばらくそのままにしてるんだよ。……赤也くん!景吾が動かないように見ててね」

「おい」「りょーかいッス!!」

景吾の制止は聞こえないフリ!
今度はバケツじゃなくて、氷のうの中に氷水を入れた。

おとなしく水に足をつけていた景吾のところに戻り、まずは落としていたジャージを肩にかけ直した。
赤也にお礼を言ってから景吾の前に膝をついて、足の状態を確認。

「……よかった、そんなに腫れてないね」

「……だから平気だって言っただろう」

「ダメ。……後でテーピングしようね」

景吾は、無言で小さく息を吐いた。
表情は……いつものものに戻っている。

「……任せた」

その言葉。その仕草に、私はようやくいつもの景吾に戻ったことに安堵した。

「うん。……じゃ、膝の処置もしちゃうからね」

頷いた景吾に、私は処置を再開した。





「〜〜〜いいから言うこと聞くの!」

めったに聞かないようなの声音に、俺はコートへ向けて歩き始めた足を、思わず止めた。
すると、待っていたかのように、が俺の肩を押した。その勢いで俺は、今しがたまで座っていたベンチに再度腰を下ろすこととなる。
俺が座るやいなや、がテニスシューズに手を掛ける。紐を緩められる瞬間、足首に鈍い痛みが走って思わず顔をしかめた。
が俺の顔を見て同様に表情を変えた。……今のでバレただろうか。

ドン、と目の前に置かれたバケツに、問答無用で足をつけさせられる。

「しばらくそのままにしてるんだよ。……赤也くん!景吾が動かないように見ててね」

「おい」「りょーかいッス!!」

俺の制止を振りきって、は走りだす。

俺は、何も言わずにの味方になった切原を睨む。
切原がこちらを見て、軽く嘆息した。

「潔く、あきらめたらどうスか?」

「あぁん?」

俺の声に怯むことなく、むしろ逆にニヤと笑って、

「どーせ、アンタ、先輩には逆らえないんデショ?」

切原は、そう言いやがった。

「……!」

生意気さに、思わず立ち上がりそうになる。
が……それ以上の動きは出来なかった。の言葉が俺の動きを止めていた。

「……………」

そんな俺を見て、切原がまたニヤニヤと笑う。
……そのとおりすぎて、言い返せねぇ。

無言のままでいるうちに、が戻ってきて、パッと落ちていたジャージを肩にかけ直す。

「赤也くん、ありがと」

「どういたしましてッス!」

そんなやり取りを耳にしながら、俺はなんとなく憮然とした面持ちでの動きを見ていた。

「……よかった、そんなに腫れてないね」

「……だから平気だって言っただろう」

「ダメ。……後でテーピングしようね」

キッパリと言い切ったに、俺は再び、切原の言葉を痛感した。

……………逆らえるわけが、ねぇ。

きっと、俺以上に俺のことを心配してくれる、コイツの言葉に。
だから俺も。

「……任せた」

信頼する、その一言を言い切る。
俺の言葉に、の顔に笑みが広がる。

「うん。……じゃ、膝の処置もしちゃうからね」

一瞬見惚れそうになったことを誤魔化すように、少し遅れて頷いた。






処置を終えるのと、あの番人が勝利を収めるのは、ほとんど同時だった。
シャッフルマッチは、5番コートの勝利。

そして。

それを待っていたかのように負け組たちが、帰還した。

の顔に広がる笑顔を見て。

俺も、自分の口元に笑みが浮かぶのを自覚した。





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