景吾の読み通り、そして原作通り。
鬼さんがチームシャッフルを宣言した。

そして3番コートと5番コートのチームシャッフル戦当日。

すでに3番対4番のチームシャッフルを間近で見ていたから、一応要領はわかっていたし……そもそも、どっちのオーダーの知識も流れも知っていたけれど。

結局、知っているとかそんなの関係ない。
緊張するものは緊張する。

―――始まったのは、中学生vs高校生の真剣勝負。



Act.11   入れ替え戦が、もたらすもの



最初の試合はシングルス3。クラウザーvs中河内。
序盤はクラウザーくんが押していたけれど、やっぱり高校生の本気はすごかった。あっという間に盛り返し、クラウザーくんを追い詰めた。

結局、試合は両者引き分け。
コートに倒れこんだクラウザーくん。
助けに行こうと、私を含めて何人かが動きかけたが、それを制して、クラウザーくんの腕を肩にかけて運びだしたのは―――他の誰でもない対戦相手の中河内くんだった。
おぶるようにしてコートの外へ連れ出すと、ぜぇぜぇと荒い息を吐くクラウザーくんを丁寧にベンチの上に横たわらせる。

「……マネージャーさんよ、後は頼んだぜ」

そう一言、私に向かって言った。
圧倒されていた私がなんとか頷いて承知の意志を示すのを見てから、中河内くんはひょこひょこと足を引きずりながら去ろうとした。
その姿を見て、ハッと我に返り、思わず中河内くんにも声をかける。

「足の捻挫だけでも、治療させてください」

そう言った私に、中河内くんは振り返り、ふっと口元だけで笑みを浮かべた。

「気遣い感謝する。だが、今日は中学生だけを見てやれ。……気は進まんが、俺はいかついトレーナーに見てもらうわい」

そう言うと片手をあげて、ひょこ、と再度足を引きずり去っていった。
その後ろ姿にペコリ、と頭を下げて、私はクラウザーくんに向き直った。

「クラウザーくん、ドリンク、飲める?」

「Yes. ……Thank you,

「どういたしまして。……ドリンクを飲んだ後、傷の手当てをさせてもらうね」

日本語が上手だけれど、少し聞き取りに不安があるというクラウザーくんに向かって、ややゆっくりはっきり告げる。
ちゃんと理解したらしく、クラウザーくんはコクン、と頷いた。
彼は意外と素直に、私の言うことを聞いてくれる。

先輩、次俺らッス!」

「見ててーな、ちゃん」

「はーい!もちろん!」

笑顔でコートに降りていく赤白ペア。
クラウザーくん用の処置道具を準備しながら、二人に向かって、私はヒラヒラと手を振った。






そして数十分後。
私は目の前に広がる光景に、度肝を抜かれていた。
この世界に来てから何度目になるかわからないけれど、毎回毎回テニスの試合は衝撃的だ。

「…………天使がいる……」

鼻歌すらも交えながら、キラキラとした笑顔でプレイをする赤也。

……うぉぉ、可愛すぎるだろ……!なんだ、あのエンジェル……!
生意気赤也もいいけど、エンジェル赤也、ラブリー!!!

私が萌え萌えしている間に、天使赤也はエンジェルパワーを発揮。
白石さんの毒手も発動。

結果、高校生をサクッとやっつけてしまった。

「天使のくせに、相手を地獄へ誘いやがったな」

隣で景吾がなんかうまいことをつぶやいたけれど、

私は天国へ誘われました……!

心の中で私は邪念たっぷりの言葉を返して、盛大にガッツポーズ。エンジェルパワー、ありがとう!

もちろん、そんなダメな姿は見せられない。
必死にニヤケ顔を押し殺し、緩みそうになる表情筋に真田弦一郎並の活を入れて、まともな表情を作り出す。

「おつかれ!」

そうして作りだした表情で、戻ってきた2人にはタオルとドリンクを渡した。

先輩、勝ったッスよ!」

「さすが期待のエース!」

満面の笑みで受け取った赤也とはハイタッチを交わし、

ちゃん、悪いんやけど、後で包帯巻き直してーな」

白石くんは、魅惑的なウインクを送ってくれた。
クッ……気合いをいれたはずの表情筋が早くも限界を宣言しそう……!

「も、もちろん!」

「あ、試合の後でえーよ。俺もちゃんと見ときたいし。……特に、この試合は」

白石くんが、意味深な目をコートに向けた。

徐々に広がる、異様な雰囲気。
今だけは、他の人も一旦手を止め、試合を行うコートの付近に集まってきている。
それだけ、次の試合に対する注目度は高い。

「……手塚クン、相変わらず読めへん顔やな」

いつもどおりコートに降り立った手塚くんは、ちょっとだけこちらを見て、すぐにコート中央へ歩き出す。

―――これが、手塚くんの分岐点。
すなわち、しばらくこの試合を境に、手塚くんのプレイを見ることができなくなる。

ちらり、と景吾のことを見た。

「あーん?……どうした、

「う、ううん」

私の視線に気付いた景吾に、慌てて首を振る。
……景吾にとって、手塚くんは特別。
同じ過去を背負い、共に歩んできた氷帝メンバーの絆とはまた別に……手塚くんとの対戦は、確実に景吾の心の中の一部を支配している。

「なんだ。……何を気にしている」

「いや、えっと……次、手塚くんの試合だな……って」

あぁ―――、そう呟いて、景吾は少し目を細めた。

「鬼のヤツ、わざと当てたのか……どうやら、因縁の対決らしいしな」

「元、青学の部長さんだよね。……なんだかイケメンさんになってるけど」

「以前の大和祐大も知っているのか?」

「……うん、まぁ」

「なるほどな……」

景吾は何事か納得した風で頷き―――ぽんぽん、と頭を撫でてきた。

「……見届けようぜ。アイツのテニスを」

景吾は知らない。手塚くんの行く末を。
だけど、きっと何が起こっても、すべてを受け入れるんだろう。

「……うん」

そこには、私には入れない確かな信頼があった。






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