「よいしょ……っと……」

肩から下げていたショルダーバッグをかけ直し、エレベーターから一歩外へ。
洞窟の中、岩と岩の隙間に設置されたエレベーター。
秘密の地下通路(コーチに連れてきてもらった)から負け組が練習している場所へ、一気に辿りつけるスグレモノだ。っていうか、それがなきゃ崖登りしか道がない。

「……相変わらず、突っ込みどころが多すぎてどこから突っ込めばいいのかわからない……!」

岩に染み入る、心の声。



Act.10   上コートの、秘密特訓


午後の練習時、私は勝ち組練習を少し抜け出した。

勝ち組、負け組に分かれてから数日。
毎日、トレーナーの人たちから、現在の負け組の子たちの状況は聞いていた。トレーナーの人たちはかなり詳しい情報を得ているらしく、穴掘りやスポーツマン狩りがすでに行われたことも把握している。
まぁ、崖の上のコートは、この合宿所の中でも、最もお金がかかっている(らしい)。きっと様々なところに監視カメラ的なものが仕掛けられているのだろう。……プライバシーはどこへ行った、とかそういうのはナンセンスだろう、ね……。

っていうか、そうでもしないと、こんな危ないところで練習なんてさせられないよね……と無理やり自分を納得させる。
デコボココートでの練習や、スポーツマン狩り、それに洞窟でのミッションなど、着実に力をつけている彼らは、同時に着実に怪我を負っているはず。
ということで、様子を見に行くことにした。

洞窟から出た私はあたりを伺った。少し離れたところでなにやら叫び声が聞こえる。
……うん、あそこだろう。目星をつけて、近づいていく。
叫び声の主たちは、もちろん崖の上のコートで特訓をしている彼らだった。物陰からそっと様子を観察。

「ふざけんな、なんだよこれー!」

彼らはぎゃあぎゃあと騒ぎながら、テニスの練習とは到底思えない『何か』をやっていた。
久しぶりに見るがっくんや亮の元気な姿に、ほっと安心したのはいいけれど。

……うん、近づけない。というか、あれは近づかずにそっと見ているだけでいいかも。
彼らは騒ぎながらも、自分たちでこの練習の意味を見出している。
自分たちでケアできそうなら、救急セットを置いていくだけの方がいいかもしれない。……器用な医者の卵、ムーンヘッド大石もいることだし。

ゴソゴソとかばんの中身を確認し、必要そうなものをまとめて―――。

「あっれー!ねえちゃんやー!」

……たら見つかりました(ボーン)
な ぜ 見 つ か っ た … !

「なんやねーちゃんの気配する思たら、ホンモンやー!!」

気配ですか!
……金ちゃんの野生児っぷりを甘くみてたよ……!

とにかく、勢い良くドーン!と飛びついてきた金ちゃんを受け止める。
……よしっ!見つかってしまったけど、金ちゃんが飛びついてきたからよしっ!!

「え、!?」

「うわっ、マジかよ!」

「おい、ガキ。先輩から離れろ」

「……ウス」

金ちゃんの声を聞きつけ、ガサガサ、と草をかき分けながら、まずがっくんと亮、若に樺地くんという氷帝メンバーがやってきた(そして樺地くんはぽいっと金ちゃんを私からはがしてしまった)。
その後に続いて、リョーマや桃ちゃんなんかもやってくる。ついにほとんどのメンバーが集まってきてしまった。
いやぁぁぁ、なんかオオゴトになっちゃったァァ……!

「……うわ、ホントに先輩だ」

先輩、こんなとこで何やってんスか!」

「え、いや、えっと、その……!みんなの、様子見に派遣されて……」

しどろもどろ答える私をよそに、みんなはワラワラと近寄り、構わず話しかけてくれた。

「おいおい大丈夫かよ、どっか怪我してねーか?」

「いや、亮さん……それは私のセリフであって……」

「この辺、凶暴な鷲とかいるんで、気をつけた方がいいっスよ」

全力で気をつけます。ありがとう、海堂くん」

「っていうか、先輩、どーやってここに来たんスか?」

「へっ!?いや、えっと……あー……」

「そりゃ越前、ここ来るのは崖しかねーだろーよ」

みんなと会うつもりなかったから、言い訳がァァ……!
ぐるぐると色々な言い訳が頭を駆け巡る。まさか、崖を登ってこれるはずがない……!ましてや隠しエレベーターのことも言えないし!
そしてピーンと思い当たったもの。

「え、えっと……上、から?」

「はい?」

「……あっ、ある人の所有する飛行機で、ここまで送ってもらい、ました……」

現実離れした言い訳だけど。
崖登りよりは、信憑性がある……と信じたい!

「……あー、なるほど」

「あいつか……」

「あいつだな……」

「いや、あの人かもしれねぇ……」

「それを言うなら、この合宿の施設なんか考えると……」

なんかいろいろみんなが想像していらっしゃる。
……うん、適当にその辺でおまかせしたいと思います。

「そんなわけで。……あー、これまたみんな、いい具合に怪我してるねぇ」

気を取り直して(都合の悪いことは忘れる、とも言う)。
バッグを開けて、救急セットを準備。

「……よっしゃ、片っ端から手当てしていくよ!まずは真田くん!誰かに殴られたみたいな顔の治療から行こうか!」

「ム。殴られてなどおらん。……ちょっとボールが当たっただけだ」

「本当なら、すぐ病院に行くレベルだよ……大丈夫?目、見えてるよね」

「あぁ、無論だ」

擦れたような傷を、消毒液をつけたガーゼでちょんちょん、と拭きとる。
目のごく近くは怖いので、軽く。
その後はガーゼを挟んだ眼帯を渡す。

「しばらくは左目、使わないほうがいいと思う。私の素人判断じゃ怖いから、出来る限り早く、ちゃんとしたお医者さんに見せてね。それに胸のとこ、血が滲ん でる。とりあえず自分で消毒できる?後でガーゼと包帯巻くね。……あ、次、亮に田仁志くん、謙也くん!君たちの頬の擦り傷を見るよー!」

「……さすが特別マネージャーとして呼ばれるだけのことはあるさー」

「バーカ、こんなんで驚いてちゃ激ダサだぜ。の力はこんなもんじゃねぇっての」

「すげースピードっちゅー話や」

「ずりー!、俺も俺もー!」

ぴょこぴょこ跳ねるがっくんには、ホイッとウェットティッシュを渡しておく。

「がっくんは痛めた太もも付近の汚れを拭きとっておくこと!後でテーピングするから!あ、それから越前くんに桃ちゃんは、どうやったらそこに傷ができるかわかんないけど、鼻の上の消毒!乾くんは……と、とりあえず包帯を渡しておきます」

「助かる。……この包帯で俺の顔を覆うことができる確率……100%。……あぁ、後でバッグの中身もデータ取らせてもらえるかな」

「女の子のバッグは秘密兵器、シークレットです!……次……あぁぁぁ、仁王くんの顔の傷のこと忘れてた!」

「プピーナ」

慌てて仁王くんの近くに行き、処置を開始。
まったく……本当にみなさん、まんべんなく怪我をしてくれちゃって……!

それでも、みんなの充実した顔。
きっとこの状態じゃ、痛みなんてほとんど気になっていないのだろう。

愛すべきテニス馬鹿たちに向かって、私は肩をすくめた。





誰もがどこかしらに怪我をしていた。その場で自分に出来うる限りの処置をしたけれど、自分で判断できないものに関しては、合宿所に帰った後、コーチ陣やトレーナーたちに指示を仰ぐ事に。ま、このコートは四六時中監視されているから、みんなの怪我の状況くらい見極めているだろうけど。本当に危ない怪我なら、それこそすでにヘリが飛んでいるハズ。

「…………みんな、練習もいいけど、痛いときはちゃんと休んでね」

ひと通り処置が終わったところで、一応、みんなに向かってそう言っておくことにする。

「了解ッス」

「あとは……頑張り過ぎるほど頑張ってると思うから、無茶はしないでね」

「ういーっす」

「それじゃ「コラー!!!小僧ども!!何を遊んでいるか―――!!!

最後の挨拶をしようと思ったところで、タイミングよく…まさかの入道コーチ。
みんなの肩が、ビクついた。

「うわわ、ごめん!みんな、練習戻って!」

「はいっ!先輩、ありがとうございました!」

「うっふーん、ちゃーん、ありがとぉ」

「コラー、小春!今度は女に浮気かー!その前に俺が奪うどー!」

「先輩、どさくさ紛れなんて、カッコ悪いっすわ!」

「ねえちゃん、またなー!」

「小春くん、一氏くんも、笑いに気をとられて怪我しないでね!金ちゃんはちゃんと前を見る!財前くん、金ちゃんよろしく!」

「いずれ、必ず俺はお前に再びまみえる。、また会おう」

「弦一郎、いちいちお前は堅すぎる。……、悪いが、赤也のことをよろしく頼む」

「なんじゃい、お前さん、ここに残らんのかい。……帰れないようにしてもえぇんじゃけんのぅ?」

「おい、仁王……やめとけ、本気で困ってるぞ。……、お前も苦労するだろうが……ま、お互いがんばろうぜ」

立海の面々、続いて青学に比嘉―――といろんなことを言いながら、みんながバラバラと戻っていく。
その中でも、やっぱり氷帝メンバーは最後だった。

「見てろよ、。……ぜってぇすぐに、コートに戻ってやっからな!」

「うん、がっくん。楽しみにしてる!」

いつものがっくんスマイルを振りまいて、ぴゅーっと駆けていく。
それを追いながら、振り返りつつ言うのは、少々心配顔の亮。

「跡部がいるからあまり心配しちゃいねぇが……お前も、あっちで色々気ぃつけろよ。後、頑張りすぎんなよ!」

「ありがと!亮もね!」

先輩……ありがとう、ございました」

「樺地くん、無理しないでね」

いつものようにウス、と樺地くんは頷く。

先輩。……いずれ、下克上の時に」

「はーい。……その時には、ぜひ新技でも」

フッと笑って走りだした若は、一回り大きく見えた。
その姿が消えるまで見届け。
私は、再び下のコートに戻るため、洞窟の中に入っていった。





エレベーターを降りて、そっと16面コートに戻る。
高校生がボールを探しにきた。ふと周りを見回して転がっていたボールを投げ返す。
そのままベンチ方向へ歩いていき、散らかっているタオルを片付ける。ついでに空になったボトルも回収。そうしているうちに、景吾がやってきた。

「どこ行ってたんだ?いない時間、あっただろ」

「え。……よく気付いたね」

「……コートにお前の姿を探す奴らの声が響いてたからな」

「ウソ、誰?怪我とかしたのかな」

「いや、そんなヤツはいなかった。だから俺が黙らせておいた」

「……えーっと」

景吾さんの発言に困惑していると、景吾ははぁ、とため息を付いた。
……人の顔見てため息なんて失敬な。

「…………お前の価値を知る人間が増えてきて困るぜ」

「……いやいや、それは私にとっては嬉しいことなんですが」

「コーチ陣やトレーナーの奴らも、お前に色々任せ始めたからな……ま、言えねぇことなら無理には聞かねぇが、お前は自分のペースも考えろよ」

「肝に銘じたいと思います」

「……よし。練習が終わったら、後でカフェにでも行こうぜ。ご褒美にアフタヌーンティーだ」

「!楽しみにしてます!」

「それから」

「うん?」

「…………そろそろ、動くぞ」

「え?」

「5番コート、6番コートが俺ら中学生で埋まった。……あの番人が、なにやら考えてるみてぇだし、明日はちょっとしたイベントがありそうだぜ」

私の言葉に笑顔を返してくれた景吾は、とても楽しそうで。
それを見た私もなんだか嬉しくなって。

「…………なるほど。それなら、私も色々準備しておくので。心置きなくみんなに戦ってもらいましょう!」

そう返した。







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