今日からいよいよU-17日本代表選抜の合宿所。

私は前日緊張からか、よく眠れていなかったので、少しばかりバスの中で睡眠を取っていた。

ら。

「……置いてかれた……!?」

目が覚めたら、誰もいませんでした(ボーン)



Act.1   抜合宿、夢の楽園



慌てて荷物を探し……

ない!!(絶叫)

隣の席に置いていたはずのボストンバッグはいずこ!?
もしかして、置き場所を間違えたかと慌てて周りを見回すけど、やっぱりない!!!

「う、うううう運転手さん、私の荷物、知りませんか!?」

「それでしたら、景吾様のご指示で樺地様が持って降りられました。あ、それから景吾様からの伝言で『ぐっすり眠っているようなので、先に行く』と。集合時間前にお起こしするように仰せつかっておりましたので、今からでしたらゆっくり行っても十分間に合うと思いますよ」

氷帝学園のバスを使っていたけれど、運転手さんは跡部家の顔見知りの方。私の狼狽えっぷりにもにこやかに完璧に応対してくれた。
でも……答えが完璧でも、理解できないよ……!

「どーゆーこと……!わぁぁぁ、すみません!ありがとうございました!」

出来る限りの最大速度でバスを飛び降り、道を真っ直ぐ突き進む。
あぁぁぁ、なんてこと……!みんなちゃんと起こしてくれればいいのに……!

がむしゃらに走ってなんとかコートのある付近までたどり着くと、

「お前らが呼ばれて、キングの俺が呼ばれないわけねぇだろ、アーン?」

という景吾の声が聞こえてきた。

……ぎゃー!なんかもうみんな集まってるー!!
息を切らしながら近づいていくと、景吾がこちらを向いた。

。起きたのか」

「起きたのか、じゃないよー!起こしてくれればよかったのに……!」

っていうか、むしろ起こしてください、お願いします!
懇願の目で景吾を見ると、今度は侑士がひらひらと手を振りながら、

「あんまり気持ちよさそーに寝とるんやもん、起こしたら可哀想やんか」

なんて言う。

「置いてけぼりにされるほうが、私は切ないよ……!」

「シシシ、、寝癖ついてるC〜」

「えっ、うそっ」

「しょーもねー嘘つくな、ジロー。チョイダサだぜ。……大丈夫だ、寝癖なんざついてねーよ」

「あー、よかった……って違うよ!あーもう……みんなの優しさのベクトルがよくわからない……!」

嘆いていたら、景吾がクッと笑った。そして……気づく。
周りにいる人間の視線を、一心に集めていることに。

………………あー…………。
……気付きたく、なかったかも……!(涙)

「……うあ……第一印象、すでに失敗……せめてそこは頑張ろうと思ってたのに……」

「そんなの頑張らなくても、さんはいつもどおりが1番ですよ」

「うぅ、チョタ……いい子すぎてお姉さん涙出る……!でもどうして起こしてくれなかった……!」

「間に合ってるからいいんじゃないですか、先輩」

「若……ホントにそれでいいのかな……」

「どうせ、お前が来る前の出来事は見ても大したことねぇよ。なぁ樺地?」

「ウス。大丈夫、です……」

樺地くんの言葉に、私はもう……何も言わないことにした。
……うん、そうだね。ちゃんと間に合ったからいいよ、ね……。なんだかもうよくわかんなくなってきちゃったなぁ、お姉さん……(遠い目)
久々に思うよ、世の中流されることも大事……!

あー、とにかく……これで他校の子たちが、私に対して変な印象を持ってしまったことは間違いないだろうな……私、ちゃんと、マネージャーできるかな……!初対面(私は一方的に知っているけど)の人も多いし……ちゃんと打ち解けられるのか……!?

ちょっと落ち込んでると、ぽん、と肩を叩かれた。

「やぁ、ちゃん」

先輩、チィーッス!」

「不二くん!桃ちゃん!」

振り返ると、そんなことも気にせず話しかけてくれたありがたい青学メンバー。青学の人たちとは練習試合ぶりだ。

「フフ、久しぶりだね」

「幸村くん!久しぶり!!」

「あー!ねーちゃんやー!ねーちゃんねーちゃん!!

「金ちゃん!」

幸村くんが微笑んでくれて、ブンブンと遠くで手を振っているのは、四天宝寺の金ちゃん。ココは全力で振り返す!!!腕がちぎれてもいい!!
ここはこの世の楽園か……!さすがテニプリ選抜チーム、美形揃いでどこを向いても外れがない……!
今、この場にいられることを、心の底から感謝する!神様、ありがとう!!!

「あ、ホントにちゃんだ〜!ちゃんがいるなんて……超ラッキー!」

「キヨ!うわー、久しぶり!」

知っている人たちに声をかけられて、本当に嬉しい。
目の保養、というだけでなく、自分の学校以外にも顔見知りの人がいると、やっぱり安心するし心強い……!
実は私、一方的に知っている王子様たちに加え、ちらほら見える高校生の怖さ(いやもう、いろんな意味でプレッシャーかけてきてるよね……!)に早くもビビっていた。だって、高校生だけど高校生に見えない人がたくさんいるんだもの……!あ。中学生だけど中学生に見えない人たちもたくさんいるけど。

それでも、本来私が順調に年を取っていたら、ここにいる人みーんな私よりも年下だ。そう、みんな年下!
……そう思って、自分自身に気合いを入れてないと、やっていけない気がする……!

。……これから世話になる」

「あ、手塚くん。……こちらこそ、お世話になります。よろしく!」

ペコリ、と手塚くんに挨拶をしていたら、おい、とかかる声。

、コート入れってよ」

「あ……はーい」

景吾に言われて、私はみんなへの挨拶もそこそこに、コートの中に入った。初対面の人とか、ちゃんと挨拶したかったんだけどな……!
高校生、中学生入り交じって待っていると……あれ、なんか、高いところに人影が……。あー……あれ、黒部コーチだ……!

「今回、韓国遠征で1軍20名が不在の間、2軍248名の合宿に中学生選抜を50名加える事となりました。高校生の諸君にとって不服かもしれませんが、近年中学テニスもレベルを上げてきていると聞いています―――諸君!互いが切磋琢磨し、U-17日本代表の底上げを目指しましょう!」

これから始まる合宿を思ってか、みんながゴクリと唾を飲む。
……遠くから、飛行機が飛んでくる音がしてきた。

「ただし監督から伝言があります―――」

黒部コーチがそう言って上を見る。私達もつられて上を見上げた。
……飛行機が近づいてくる。

「『ボールを250個落とす。取れなかった46名は速やかに帰れ』―――と」

ドドドドド……と大きな音を立ててやってきた飛行機は、機体に太陽の光を反射させながら―――テニスボールを落としていった。

「わぁぁっ!?」

当たったら痛い、当たったら絶対痛い!!!
せめて頭は守らなきゃ。これ以上アホになったら、氷帝の授業についていけない!!
何か遮るもの―――って、荷物は樺地くんが持っててくれたんだったー!!!!

「チッ……!」

グイッと手を引かれたかと思うと、景吾に頭を抱え込まれた。
トトトトトト、と音を立てて周りにボールが落ち、跳ねる。

とりあえず当たらなかったことに安堵し、そろり、と上を見たら、景吾がラケットを操って、ボールをラケットの上に高く積み上げていた。……どんなテクニックよ、それ。

「当たってねぇな?」

「う、うん、ありがと!……おっと」

話している最中、ボール同士が当たって軌道が変わり、こちらに向かって跳ねてきたボールをパシリとキャッチする。
それを見た景吾が、クッと喉を鳴らして笑った。

「お前もプレイヤーとして合宿に参加する権利があるようだな」

「えっ、そーゆーつもりで取ったわけじゃないんだけど……!」

血眼になって他にボールがないか探している高校生を見たら……あー、ごめんなさい。私、持ってたらダメだよね……!

そうっと地面に置いてその場を離れた。
…………後で気づいたんだけど、どうやらその1個。
リョーマが獲得したんだって。





その後、説明があるため、中学生だけが集められた。
合宿の目的や施設の概要、スタッフさんの紹介などが行われるのを、みんなじっと聞いていた。

「さて」

ひと通りの説明が終わったのだろう。黒部コーチが話題転換の一言を言うと―――そのまま目線を私に向けた。
ヒッソリと一緒に説明を聞いていた私は、突然目線が向けられたことに、ビクッと反応する。

「すでに中学生の中でも顔見知りの者が多いようですが、改めて紹介しましょう。……くん、こちらへ」

よ、呼ばれた……!
たくさんの人の視線を浴びながら、私はそろそろ黒部コーチの近くへ行く。
あぁ集まる視線が痛い……!氷帝メンバーだけじゃなくて、えーじとか不二くんまで笑って見てるし……!笑ってないで助けてよ!(絶叫)

実際前に立つと、みんなの顔がこちらを向いていて(いや、当然なんだけど)、私の心臓は過剰過ぎる負荷に耐え切れず、早めの鼓動を刻む。

「名前と何か一言、お願いします」

「あ、はいっ」

ヒィィィィ……ッ!この中でしゃべれってか……!
注目度が半端ないことにたじろぎながら、それでもなんとか踏ん張った。

「……えーっと……氷帝学園中3年のです。みなさんと一緒に合宿に参加し、マネージャーとして色々とお手伝いをさせていただく予定です。たくさん勉強して……たくさん吸収して帰りたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします」

「こちらこそー」とか、「へぇ……あれが噂の」とかいう声が……って、どんな噂が広まってるんだ……!(叫)

「彼女がこれから君たち中学生の特別マネージャーとして、サポートを全面的に行います。もちろんプロのトレーナーもいますが、年齢も近く、十分にトレーナーの役割を担えると期待できる彼女を、中学生特別マネージャーとすることで、何か些細なことでも相談できる環境となるでしょう。君たちの中で何かあれば、彼女に言ってください。……あぁ、それと。君と同じ名字のスタッフがいるので、下の名前で呼ばせていただいて差し支えないですか?」

みんなに向けての説明だったが、最後の一言だけ、私に向かっての言葉だった。

「あ、はい!もちろんです!」

氷帝の時と同じ。氷帝テニス部も私と同じ名字の子がいたから、名前呼びになっていた。だから、逆に名前で呼んでもらえるほうがすぐに反応出来る。

「それでは、くん。これからよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします!」

こうして、私のU-17日本代表選抜合宿は、幕を開けた。



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