いつものように、リリリリリ、と音を立てて、ベッドサイドのテーブルに置いてある電話が鳴る。

ベッドの中から手だけを出して、受話器を取った。

『おはようございます、景吾様、様』

「…………あぁ……」

『……本日は、お天気がよろしくないようですが』

「………………あぁ」

それだけ言って、ガチャン、と電話を切る。
とりあえず、体だけ起こした。そのまましばし、ぼんやりと過ごす。

ようやく物事考えられるようになり、サイドテーブルの時計で時刻を確認する。……6時半。土曜日の部活は8時に集合だから、そろそろ起きなければならない時間だ。
はまだ隣で、すー、と小さな寝息を立てて寝ている。

最近は、ずっとと共に寝ている。
毎晩抱いているわけじゃない。ただ、共に寝てるというだけでも、心が満たされる。夜、寝る間際まで見てるのがの顔で、朝、目覚めて1番に見るのがの顔。そうありたいだけだ。

頭を1つ撫でて、ゆっくり起き上がり、カーテンを細く開けて外を覗き込んだ。

宮田の言っていたとおり、外は、雨。
……部活は中止だな。

梅雨時だから仕方がないとは言え、これだけ雨が続くとまともな練習も組めない。
7月には関東大会も控えている。それまでこんな調子だと、ボールに対する勘も鈍る。
……監督に相談してみるか……さすがに、ボールに触らない期間が長すぎる。

だが、今そんなことを考えていても仕方がない。
カーテンを元に戻し、もう1度ベッドにもぐりこむ。

部活が中止なら、今日は1日オフだ。とゆっくり過ごせばいい。
ベッドの外に出て少し体が冷えたので、温かいを抱きしめた。

「……ん……?景吾……?」

寝起き特有の、少し掠れた甘い声。
ゆるゆるとの目が開いた。

「……起こしたか?悪い……」

「ん、平気……部活は……?」

「……雨だから中止だ。もう少し寝てていいぞ」

「…ん……」

半分寝ぼけていたのだろう。は、俺の話を最後まで聞かずに、また目を閉じた。
その寝顔を見ていたら、眠気が襲ってきた。
俺ももう一眠りするか、と目を閉じかけたところで。

ブブブブブ、とベッドサイドにおいてある携帯が音を立てた。

が起きてしまわないように、素早く携帯を手に取り、相手の名前すら見ずに通話ボタンを押した。

「……もしもし……」

『跡部、今日の部活は、中止でえぇんよな?』

…………忍足か。
なんとなく、幸せな時間を邪魔された気分で、憮然としてしまう。
しかも、忍足というところが気に食わねぇ。

が起きていないことを確認して、小さな声で返した。

「あぁ。……用件はそれだけか?ならもう切るぞ」

『あ、ちょい待ち、跡部。ちゃんに替わってくれんか?昨日痛めた足、親父に診てもらってん。その報告』

「…………はまだ寝てる。起きたら折り返し、かけさせる」

『…………寝てるって……今見てるようなしゃべり方……はっ、もしかして跡部……!』

「……今、俺様の隣で寝てるぜ?……というわけだ、俺様も『と』もう一眠りするから、じゃあな」

『あ、跡部!ちょっ……』

ブチッとそのまま通話を切り、面倒くさいので電源も切っておく。
布団をかけなおし、眠っているを抱きしめた。

ゆっくり寝れることの幸せと、を抱きしめてることの幸せ。

2重の幸せを噛み締めながら、俺は瞼を閉じた。





コンコン、という控えめなノックで、目を覚ました。
先ほどと同じく、サイドテーブルの時計を見て時間を確認。

…………7時45分……結局、あの後1時間以上も寝ていたのか。

カーディガンを羽織り、音を立てずにドアへ向かった。

「……なんだ?」

薄くドアを開ければ、そこには宮田が。

「おはようございます、景吾様。お客様がお見えになっております」

「…………あーん?誰だ、こんな朝早く」

「テニス部の方々です。玄関でお待ちいただいてるのですが」

「………………………忍足の野郎か」

ちっ、と舌打ちをする。
あの野郎……雨だというのに、わざわざ家までやってきやがった。

「……わかった。応接間ででも待たせておけ」

「かしこまりました」

パタン、とドアを閉めて、俺はまだ寝ているに近づいた。
いつものように、ゆっくりと肩を揺さぶる。

「……、おい、起きろ」

掠めるだけのキスをして、2、3回揺さぶると、ゆっくりとの目が開かれる。

「ん……?もう、ちょっと……お休み、でしょ……?」

きゅ、と俺のパジャマを掴んで、はもう1度目を閉じる。
その可愛さに、いっそのこと忍足たちを無視して、このままとまた眠ろうかと思ったが……ダメだ、そうしたら忍足は部屋にまで乗り込んでくるだろう。…………の寝顔なんて、見せてやるものか。

「寝かせてやりたいんだが……忍足たちが来てる」

ぽんぽん、と頭を撫でながら、起きるように促した。
俺の言った言葉が、どうにも寝ぼけた頭では理解出来ていないらしい。
は目だけ開いて、ぼーっと少し俺の顔を見つめる。

ぎゅっ、と抱きしめて、の体を起こした。

「…………起きねぇと、このまま服脱がせて、着替えさせるぞ?お前のこんな姿なんて、あいつらに見せたくねぇからな」

「……………………………えっ……?」

ようやくの頭が働き始めたらしい。
俺から離れようと、腕を突っ張り始めたが……寝起きで力が入らないらしく、たいした力も感じない。

「バーカ。やっと目ェ覚めたか?」

「う、え!?……えーっと……と、とりあえず、おはよう、景吾」

「あぁ、おはよう、

もう1度ぎゅっと抱きしめて、改めて軽いキスをする。

「……えーっと、侑士たちが、来てる……って……?」

「あぁ。応接間で待たせてる」

「えぇぇぇっ!?こ、こんな朝早くにどうしたの……!?」

「…………あいつらも、部活がなくなって暇なんだろ。……とりあえず、シャワー浴びろ。お前、まだ声が掠れてる」

の肩にカーディガンをかけてやる。
が、わたわたと立ち上がった。

「う、うん!じゃ、部屋戻る……!また後で!」

「あぁ、走らなくていいからな」

俺の声を聞かずに、は走って俺の部屋から出て行く。
1人きりになったので、やたらとベッドが広く感じた。

……ったく、あいつら、何度邪魔すれば気がすむんだ……!

心の中で悪態をつきながら、俺もシャワーを浴びるために立ち上がった。






シャワーを浴びた後、を迎えに、隣の部屋まで行く。

「…………?用意出来たか?」

「あ、う、うん!今行く!」

慌てた声が聞こえて、パタパタという走る音。
すぐにドアが開いてが出てきた。
を見て、俺は少し眉をひそめる。

「…………やり直しだ」

俺はそのままを部屋に押し戻す。

「えっ!?な、なにが!?」

「……髪の毛、湿ってる。色っぽいからやり直し」

「はっ!?」

急いでいたので、十分に乾かさなかったのだろう。の髪は湿っていて、なんだかやけに色っぽい。こんな姿を見せたら、あのバカどもはどんな行動を起こすかわからない。……特に、伊達眼鏡のあのバカは。

椅子に座らせて、ドライヤーを手にした。

「いつもちゃんと乾かせっつってんだろうが」

「で、でででも、侑士たちが待ってるんでしょ?」

「いいんだよ。あんな奴らは待たせておけば」

ドライヤーの風圧で、の髪の毛が宙に踊る。
手でそれを梳けば、まるで感触がないように指の間を通り抜けていった。

スルスルと指を通るその感触に、満足感を覚えつつ、の髪を乾かして行く。

きちんと全部乾いたことを確認して、ドライヤーのスイッチを切った。

「……終わったぞ」

「あ、ありがと……」

風圧で少し乱れたの髪の毛を、手で直してやり、俺たちは揃って部屋を出る。

階段を降りて応接間へ行けば、忍足を初めとするレギュラー(ただし、日吉と樺地はいない)が揃っていた。
……元々、今日は部活がある予定だったから、こいつらも予定が空いたのだろう。

「おはようさん、ちゃん。朝早くに、ごめんな」

「全くだ」

の代わりに、忍足を睨みつけながら答える。
忍足の野郎からを遠ざけるために、岳人たちの方へを促す。
まだこいつらの方が、忍足よりマシだ。

、ゲームしようぜゲーム!俺、持ってきた!」

岳人がゲームを出して、に纏わりついている。
まだコイツら(岳人やジロー)はガキだからいい。

問題は…………。

忍足……貴様、いい加減にしろよ?8時前に人の家に来るな

跡部からちゃんを救うために、頑張って朝早く来たんやろうが

ふざけるな。俺との時間を邪魔しやがって……あいつの寝顔、可愛かったのによ

……跡部、自分いっぺん俺と生活取替えっこせんか?

んなことするわけねぇだろ。仮にしたとしても、は連れて行く。…………ったく、お前のせいで、、疲れてんのに、起こしちまったじゃねぇか

「…………ちゃん、ごめんなー!俺、お詫びになんでもしてやるでー」

突然の方へ歩き出した忍足の首根っこを、ガシッと掴む。

「……お詫びなら態度で示せよ、あーん?さっさと岳人たち連れて、帰りやがれ」

「いややな、お詫びっちゅーのは、俺のせいで寝れなかったちゃんを、ゆっくり俺の隣で寝かせてやるとか、お詫びの印に映画でも奢ってやるとか、そういうこっちゃ」

「んなもん、お詫びとは言わねぇよ。テメェの、私利私欲じゃねぇか。……ったく……、食堂行くぞ。腹減った」

「あ、う、うん」

岳人たちに纏わりつかれていたの手を引っ張る。

「お前らも、どーせ飯食ってねぇんだろ?忍足以外は食ってけ」

「…………なして俺だけ疎外やねん」

「当たり前だろ、バカヤロウ。テメェは1人で飢えてやがれ」

「……ちゃーん、景吾たんがいじめるー」

に泣きつくな!景吾たんってなんだ!?ケンカ売ってんのか、貴様!」

グイッ、と襟を掴んだら、が慌てて止めてきた。

「け、景吾……!」

ちゃん……えーよ、もう……俺、ちゃんから、ちょっとわけてもらうだけで、えぇ。それで俺は心も体も満腹や」

「忍足、3日は食わなくても平気なぐらい、食事を用意してやろう」

バッと忍足を突き放して、俺はの手を取って食堂へ歩き出す。

俺とは、いつもの場所。後は適当に席に着く。……ちゃっかり忍足の野郎が、の隣に座った。

席に着くと、すぐに出てきた朝食。

「いただきまーす」

が嬉しそうにパンを口にした。
今日のパンは、が好きなクロワッサン。
の幸せそうな顔に、俺も思わず笑みが漏れる。

「ホントに、お前はいつも幸せそうに食うな」

「おいしいもん。……ねぇ?」

の言葉に、メンバーが同意を示す。
岳人やジローは、口に物を入れてるので、文字通り頷くだけ。

ちゃんが幸せそーに食うとると、こっちまで幸せになってくるわ」

忍足がやたらと笑みを浮かべながら、と同じくクロワッサンを手にする。
俺も1つ、クロワッサンを手にした。
続々とクロワッサンに手が伸ばされる。

……効果か。

クロワッサンを飲み込んだ後、俺は主に忍足の顔を見て言った。

「……で、飯食ったら帰れよ、お前ら」

「なんでやねん。俺ら、部活なくなって暇やねん。一緒に遊ぼうや〜。岳人だって、ちゃんとゲームしたいよな?」

「おぅ!とゲームするぜ!プレステあるって聞いたから、ゲームも持ってきた!、ぷよぷよしようぜ、ぷよぷよ!」

「ぷよぷよ……懐かしいモノ持ってきたねぇ、がっくん。うん、一緒にやろ!」

忍足がニヤリと笑う。
…………岳人を巻き込んで、の拒否権を無くし、が乗り気になったら俺が止められないこともわかってるのだろう。こいつは無駄なところで頭が回る。

忍足を1つ睨んで、俺は無言でまたクロワッサンを齧った。




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