「えーっと……亮が、休みかぁ……」

私は、出欠ノートに『宍戸』の文字を書き込んだ。
……初めてだなぁ、亮が休むの。

基本的に、部員は部活を休むということはないけど……まぁ、家の用事とかでやむを得なく休む場合だってある。
だけど、亮は今まで1度も休んだことが無かった。

いつもより1人少ないレギュラーの練習。
私は、はぁ、とため息をついた。






来週行われるコンソレーション、それに勝ち残らなければ、私たちは関東大会へ行く事が出来ない。
つまり、そこで大会を終えることになるんだけど……。

―――!ジローのヤツがまた寝てやがる!」

ドーンッとがっくんが私の腰に飛びついてきた。
思わず部活ノートがどっかに吹っ飛びそうになったよ……!でも、可愛いから許す!(え)

「岳人!せやからって、ちゃんに抱きつく必要はないやろ!」

侑士が近寄ってきて、ベリッと引き剥がした。
ぽーいっと違う方向へ投げ出すと、ホコリを払うかのように手をはたいた。

「……岳人ばっか、ズルいんや……!」

何かを小さく呟いて、くるりと振り返ってやってくる侑士。

ちゃん……痛かったやろなぁ……」

侑士がえぇ子えぇ子、と言いながら頭を撫でてきた。
…………あのー?

「役得役得……」

「忍足……今すぐその手を離せ」

……瞬間移動ですか、景吾さん。
そう突っ込みたくなるほど、景吾が光速でどこからか現れた。

ぐわしっと侑士を掴んで、ズルズルと引きずっていく。

……そのどうしようもない頭をなんとかするために、グラウンド50周してくるか、あーん?

ちゃんが一緒にグラウンド来てくれるんなら、考えてやってもえぇで

テメェ1人でずっと走ってろ!……、行くぞ!」

話を終えた景吾が、ツカツカとやってきて私の腕を引っ張る。

…………とまぁ、こんな感じに、おかしいくらいいつもの調子で。
チョタだけ、少し元気が無い程度で……みんな、いつもと変わらない。
――――――変わらないように、見せてるだけかもしれないけれど。

「跡部部長、監督がお呼びです」

平部員の子が呼びに来た。
景吾はそれを聞くと、ちっと舌打ちをして私の手をゆっくり離す。

「……ちっ、仕方ねぇな……来週のオーダーのことだろうしな」

「いってらっしゃい〜」

ぽん、と景吾が1回私の頭に手を乗っけて、観客席に向かって歩いていく。
私は観客席にいる太郎ちゃんに目を向けた。

視線がかち合うと、少し笑みを浮かべて、手を上げてくれる太郎ちゃん。
相変わらずダンディーだよ……!今日もその柄シャツが良く似合って……!
ペコリ、と頭を下げた……ら、太郎ちゃんが手を小刻みに揺らした。
…………………………えーっと、これは手を振り返したほうが良いのでしょうか。
……振り返したほうがいいんだよね、まだ振ってるし。

私も、小さく手を振り返す。太郎ちゃんが満足そうに笑って、ビシッと『行ってよし』のポーズをしてくれた。

もう1度ペコリと頭を下げて、私はその場から去る。

…………太郎ちゃん、なんか色々と可愛いんだけど……!

もやもやと変なことを考えていたら、ベンチに座って汗を拭いているチョタが目に入ってきた。
はぁ、とため息をついている。

…………亮絡みだろうな、チョタは亮大好きだし。

「チョタ」

「あ、さん」

私はチョタの隣に腰掛けた。

「チョタ、亮のことなんだけどさ」

「…………はい」

「……亮は、諦めてないからさ……レギュラー。……だから」

さん」

私の言葉をさえぎるチョタ。
タオルを置きながら、にこ、と笑った。

「俺が出来ることなら、協力するつもりです。……俺、練習の後、宍戸さんとテニスコートで待ち合わせしてるんですよ。……俺は、宍戸さんの練習態度を、すごく尊敬しています。出来るなら、もう1度レギュラーに戻って欲しい」

亮の練習に打ち込む態度は、すごいもんね……。

「…………うん、よろしくね、チョタ」

「まかせてください。……あ、でも、いくら宍戸さんと言えど、さんは譲れませんけどね

「……ん?なんか言った?」

「いえ……なんでもないです。……じゃ、さん。俺、ラリー打ってきますね」

「うん、頑張れ!」

………………心配は、無用だったみたいだ。
コートに向かって走っていくチョタの背中を見ながら、私は1つ息を吐いた。
―――大丈夫、亮はチョタと一緒に強くなる。

だから、なんとしてでも、コンソレーションを勝ちあがらなくては。

私は、ゴソゴソとジャージのポケットから小さいノートを取り出した。
偵察用ノート。青学のデータとか、不動峰のデータ(使われなかったけど)とかをまとめたやつね。
その中に『聖ルドルフ』と書き足す。

私は、ちらりと観客席にいる太郎ちゃんと景吾に目をやった。
なにやら話してるけどさ、絶対『レギュラーを出す』なんてことには至ってないんだろうなぁ。

でも、聖ルドルフだって実力あるし……やっぱり、データまとめておこう。

カリカリ、と持っていたシャーペンを走らせていると。

、準レギュ、走りこみ終わったぜ」

はっはっ、と息を弾ませながら、樫和くんがやってきた。後ろには準レギュの子達もいる。
一旦、データの書き出しを止めて、練習メニューを頭に浮かべる。

「準レギュは……この後、フットワーク!サイドキックや両足ジャンプとか、いつものメニューをグラウンドの直線、各5往復ね〜」

言い終わると、えぇぇ〜、と準レギュから大きなブーイング。

「試合前だぜ〜?もう基礎練はいいって〜!ボール打たせろ〜」

「甘〜い!試合前だからこその、基礎練だよ!1週間前に付け焼き刃の新ショットを身につけるより、自分の身体能力を高める方が断然試合の為になる!この間の試合、最初っから走らされて体力削られて、負けたんでしょ?だったら、少しでも走りこみで体力つける!1週間でも体力は向上するんだからね!」

「ちぇー……でも、が言うことは、当たってるんだよな……仕方ねぇ、フットワークだ」

「いってらっしゃ〜い!それが終わったら、コートでラリーだからね」

「……へいへい、それを糧に頑張りますって」

樫和くんが、準レギュを引き連れて、またグラウンドへ戻って行く。
それを見送って、私はまた、ルドルフのデータを書き出す。

もう、負けるわけにはいかない。
私がやれることは、全部やらなくては。

カリカリ、とシャーペンを走らせていると、 ぽん、と頭の上にいつもの感触。

「……景吾?監督と話、終わったの?」

目線をあげれば、やはり景吾が私の頭に手を乗せて立っていた。

「あぁ。……今度はジローのヤツを連れて行くことになった」

「ジローちゃんね……了解。後で、集合場所とか伝えておくよ」

景吾が頷いて……ぽんぽん、と頭を撫でてくる。
部員もいるし、頭を撫でられるのも恥ずかしいので、少し離れた。
……ら、やっぱり距離を詰めて、撫でてくる景吾。

「な、なに……?」

「…………お前は、よくやってるからな」

「え?」

「お前は、マネージャーとして、本当によくやっている。……だから、お前が気に病む必要はねぇ」

「…………景吾」

不動峰戦の後、大分落ち込んでたから……気にかけてくれたらしい。
くしゃくしゃ、と髪の毛をかき乱された。

「んな弱気な目、してんじゃねぇよ。……大丈夫だ、次は絶対勝つ」

ニヤ、と笑って、景吾の視線がまっすぐ私を捉える。

「だから、お前は俺たちの勝利だけを思い描いていればいい」

「…………うん」

なんとか少し微笑みを返すと、よし、とまた頭を撫でられた。
乱された髪の毛を直しつつ、私は、今度こそルドルフのデータをまとめなおした。

――――――勝つために。



NEXT