蒸し暑く、太陽はその威力を2ヶ月ほど早めに発揮している日。
お昼を過ぎたこの時間帯は、1日の中で最も暑くなる時間。
ただ立ってるだけでも暑いくらいだ。これじゃコートの中はもっと暑いだろう。

そんな中行われる、都大会準々決勝。





、オーダー表」

「ハイハイ、ちょっと待って」

オーダー表に記入をしていた私は、景吾の催促にさらにペンを加速させた。

「えーっと……D2が小川・近林ペア……D1が海田・樫和ペア……で」

「S3が宍戸、S2が樺地」

「はーい……で、S1が景吾さんね」

「当たり前」

記入し終えて、景吾に渡す。
景吾はそれを受け取ると同時に、私の手を掴んだ。

「?景吾?」

「お前も一緒に来い。ついでに、青学戦を見にいく」

「………………うん、わかった」

青学戦。
この間、取れなかったデータも含めて、もう1度見ておかなければ。
それに……もしも、原作どおり行ったのなら、聖ルドルフとも当たるかもしれないし。聖ルドルフの試合も見ておいた方がいいだろう。

「……おい、暇な奴らは、ついでについて来い。青学の試合を見とくのもいい経験になるだろう」

景吾が後ろを振り返りつつ、そう言った。
樺地くんはもちろんのこと、その声で他の平部員の子も一緒についてくる。

先に受付でオーダー表を提出。
その足で、青学対ルドルフ戦を見にいく。

「わぁぁ、不二先輩!」

ものすごい歓声がコートを取り囲んでいる。

試合をしているのは、不二くんと……『んふっ』の人、観月。……おぉぉ、汗かいてるのに、髪の毛うねうねしてるよ……ッ。

私たちは大群で歩いてるから、足音がものすごい。
その音に気付いたらしい青学1年の子が振り返って、ギョッとしていた。

「うわわぁ―――っ、来たぁ!大会ナンバーワンシード、氷帝学園!」

あれは……カチローだ!髪の毛ががっくん並に切りそろえられてる……!

「あっ、さんだ!」

声をかけてきたのは、堀尾くん。この前、偵察に行った時のことを、覚えててくれたのだろう。

「こんにちは」

「こ、こんにちはっ!」

かしこまって挨拶をされてしまった。
周りの子も、ペコペコと頭を下げてくれたので、私も頭を下げ返す。……みんな礼儀正しいなぁ。手塚くんの指導かな?

、こっち来い」

景吾に呼ばれたので、そちらへ移動。今までいたところより、もうちょっと見やすいところだった。

「……不二くん、すごいみたいだね」

コートを見つめたら……不二くんが……こう言っちゃなんだけど、遊んでいた。
手のひらに乗せたボールを、コロコロと転がすかのような、そんな試合。

「さすがだ、不二周助。相変わらず隙がねぇ」

「……うん」

景吾が言うとおり、観月はどこに打っても、ことごとくボールを返されていた。しかも、リターンは小柄な体に見合わないほどのスピードボール。

「あいつは去年もレギュラーだったが……また成長したな」

『天才』と呼ばれる、不二くん。
やっぱり、その動きは、他の人とは群を抜いて違っていた。
体はあまり大きくないけれど、正確にコースを突いてくるコントロール、ゲームメイクの上手さ。そして、技の豊富さ……強いわけだ、これは。

「よく見とけ、樺地」

「ウス」

コピーテニスが得意な樺地くんには、強い人をたくさん見せておいたほうがいい。それが、樺地くんの技を増やすことになるから。

結局その後―――不二くんは、観月に1ポイントを与えることもなく勝利。
……1ゲームじゃないんだよ?1ポイントも取らせないなんて、ほとんど神業に近い。自分が1回もミスをしないってことなんだから。

これが、天才たる所以。プレッシャーを微塵も感じない、強い精神力。

ゴクリ、と私は唾を飲み込んだ。
――――――強い。こんな人がいる学校と対戦するのか。

そして、恐ろしいのは不二くんが1番じゃないってこと。まだ、手塚くんっていう、最強のプレイヤーが青学には残っている。

改めて、青学の力を思い知った。
こんな学校と対戦するのか――――――。

コートをじっと見つめていると、くしゃり、と頭を撫でる感触。

「何ビビってやがる。……不二、あいつは確かに強い。だが、お前の隣に立つ男の方が強ぇに決まってんだろ」

隣から手を伸ばして、私の頭を撫でる景吾。
……そうだった。

青学に手塚くんがいるように、うちには景吾がいる。
不二くんが天才なら、うちにも侑士って言う天才がいる。

「…………だよね」

「あぁ。……おい、お前ら。各自アップに入れ。この試合で青学対ルドルフは終わりだろ?俺らの試合だ」

景吾の声に、みんながバッグを置いて、各自ストレッチに入る。
私は、ドリンクを作りに行こうとボトル籠を抱えた。

「ドリンク、作ってくるね」

景吾に言い残して、水場を探しに走り出す。
時間もないことだし……早く行って帰ってこなきゃ。

「…………あ」

走ってると、前方に黒い集団を発見。
ぞろぞろと歩いてくる。

「……不動峰……」

「ん?……あぁ、氷帝のマネージャーか?」

私の小さな声を聞き取ったらしく、橘さんが立ち止まった。
うわ、おでこのホクロが本当にある……!押したい……!
あ―――!しかも、隣にはボヤッキー伊武深司と、リズム鬼太郎!
後ろには樺地くんと同じくらい大きい人……石田くんもいる!うわー、手ぬぐい、本気で巻いてる!その下はどうなってるのか、ぜひとも見たい……!あれですか、やっぱり髪の毛は生えてないんですか……!?(暴走)

「こ、こんにちは……今日はよろしくお願いします」

「あぁ、よろしく。部長の橘だ」

「あ、マネージャーのです」

差し出された手。ボトル籠を一旦置いて、握手を交わす。

……なんだよ、氷帝にはマネージャーがいるのかよ……ずるいよなぁ、俺たちなんてマネージャーどころか、部員だって少ないっていうのに……

「深司、ぼやくなよ。……俺は神尾アキラ。こいつは伊武深司」

「……よろしく。……なんだよ神尾、勝手に紹介してさ……俺だって自分の口で紹介くらい出来るよ……自分ばっか印象付けようと思ってさ……

「うるせぇぞ、深司。……さん、背ェ高いッスね。俺よりデカい」

「あはは、170あるからね……でも、まだまだ成長途中でしょ?すぐ抜かされちゃうよ、きっと」

……しかも、なんかすごいいい子っぽいしさぁ……ホント、イヤんなるよなぁ、俺たちが勝ったら、完璧印象悪くなるじゃん…………

「深司!……悪いな」

伊武くんのぼやきに、橘さんが一喝を入れる。
『すんまそん』と伊武くんがぱくぱくと謝っていた。

あはは、と軽く笑う。生ぼやき……このぐらいならまだ可愛いレベル……だよね?

「……氷帝って跡部んトコッスよね?マネージャーももっと高飛車なお嬢様かと思ったら、全然違うッスね」

リズム神尾の言葉に、少し苦笑する。
……そっか、前に景吾がストリートテニス場に行った時に、会ってたっけ。私も行きたかったんだけど(杏ちゃんに会うために!)、その日はたまたま学校のマネージャー会議(各部活のマネージャーが、使用場所や時間とかについて話し合う会議)が入ってたのよ……!だから行けなくってさぁ……あぁぁ、悔しい。……ま、景吾が杏ちゃんにデートデート連呼してるとこなんて、見たくないといえば見たくないけど……(後で聞いた話だと、どうやらコレ、なかったらしい……あれ?原作と違う)

「……迷惑かけてたら、ごめんね?」

「いやっ、そんなっ」

ブンブン、と神尾くんが頭を振る。……おぉ、右目が見えた(オイ)

「とにかく、今日は全力で戦わせてもらうよ」

「えぇ。よろしく、お願いします」

橘さんは、さすがに体もしっかりと出来ていて、大きい。
九州二強の1人と言われるだけあって、試合慣れもしてるんだろう。落ち着いている。

じゃあ、と言って不動峰が去っていった。
…………ホントに、あの人たちと対戦するのか。

ドリンク作ったら、不動峰戦の注意言わなきゃ。
特に、橘さんのことは亮に注意して……そうだ、リズム&ボヤッキー(やな略しかた)あの2人はダブルスで出てくるんだよね……D1の子にも言っておこう。

「わっ、やば……時間ないし」

ボトル籠を持って走り出した。
また水場が遠いんだよ、ここも!さっきから何往復もダッシュしてるんだけど、絶対キロ単位のジョギングになってるって!

ガチャガチャと籠を揺らしながらダッシュ。

…………はぁ、今日ムシ暑いなぁ。

おでこから汗が流れ落ちてくる。籠を持ってる手も、汗で滑りそうだ。
コートの中、30度越えるだろうし……ドリンク、これじゃすまないだろうな。とにかく、いっぱい作っておかなきゃ。

ようやく水場を発見したので、そこまで猛ダッシュ。急いでボトルを作り上げた。ボトルの数も、少し大目にしてあるから、時間がかかる。
籠の中に詰められるだけ詰めて、入りきらなかった分は腕に抱えた。

うっ、重い……ッ……誰かもう1人連れてくれば良かった……!だけど、もうすぐ始まっちゃうし。
筋力トレーニングだわ、これは……!

左手でボトルを抱えて、右手は重い籠をぶら下げる。

お、お願いだから籠壊れないでね……!

籠に祈りを込めて、私は走り出した。






汗をダラダラ垂らしながら、私は部員たちの所へ戻った。
うわー……なんでプレイヤーよりも私のほうが汗かいてるのよー……。

息を切らしながら、ボトルを配る。

先輩、大丈夫ッスか……?なんか、顔色悪いッスよ」

中2の子が、ボトルを受け取りながら言って来た。

「え?そうかな……日差しのせいでそう見えるんじゃない?……あ、近林くん、こっちにボトルある―――」

立ち上がって、近林くんの所へボトルを持っていこうとしたら。
ふっと視界が真っ白になった。

「――――――!」

珍しい景吾の慌てた声。

何をそんなに慌ててるんだろう、と思ったけど、目の前は真っ白。
少しして、ハッと意識が覚醒し、視界に氷帝ジャージが広がる。
ボトルが地面に落ちて、水溜りを作っていた。

「……あ、れ……?」

何が起こったかわからなくて、ぱちぱちと瞬きをした。
ほっ、と景吾の息が上から聞こえる。

「バカ、昨日あれだけ無理するなっつっただろ」

見上げれば、景吾が私を抱きかかえて支えていた。

「え?……あれ?」

「おい、違うボトル持って来い。タオルもだ」

「は、はいっ!」

景吾の声に、1年生の子が反応してタオルやボトルを持ってくる。
持ってこさせたタオルを、景吾は私の頭の上に乗せた。

「……お前、さっきから顔色悪いと思ってたが……倒れるまで無理すんじゃねぇよ」

「え?……倒れ……?」

ふっと視界が真っ白になったのが、それか……?
あぁ、だから景吾に支えられ―――

「って、ちょっ、景吾、もう大丈夫だから離して!」

あぁぁぁ、部員の子達がいるのに、恥ずかしすぎる―――!!
離れようとしたら、チカチカと何か目の前で点滅した。

「……貧血だな。体調悪い上に、炎天下の中で走り回るからだ」

う……3日目だし、昨日ほど痛みはなかったから、油断してた。
景吾に支えられて、日陰まで移動させられる。

1年生の子が、ボトルを傍に置いてくれた。

「しばらくそこで休んでろ。……雑用は1年にやらせるから」

「えっ、あっ……でも私、みんなに言いたいことが……ッ」

「心配すんなよ、すぐに終わらせっから。話なら、その後じっくり聞いてやるぜ」

亮が持っていた帽子を、ポス、と被せてくれた。

「ち、違……」

言いたいのは、今なんだってば―――!!!
不動峰のデータとか、橘さんのこととかッ!

立ち上がろうとしたら、クラクラとまた目の前が歪む。

「バカ、動くな。……挨拶したらすぐ戻ってくるから、そこで寝てろ」

景吾がぽん、と頭を叩いて、コートへ去って行ってしまった。
あぁぁ、私が必死にまとめた不動峰データを言わなきゃ……ッ!

「待っ…………」

グラグラッと揺れた視界。
また真っ白に染ま―――。

私の手は、届くことなく地面に落ちた。




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