Act.5  敗する方が、難しい



部室棟のすぐ横にある水場で、景吾と侑士のボトルを洗う。
水が冷たい……けど、仕方ない。

洗い終わったあと、水と粉を少なめ(粉と同じく、棚に入っていたスプーン2杯)入れて、蓋を閉め、振り混ぜる。
そして気づいた。

「味見……どうやってするんだよ……」

今までは、同性同士のドリンクしか作ったことがなかったし、自分も飲むものだったから、口つけて飲んで味見してたけど。

景吾と侑士のだったら、そうは行かない…………!(ドーン)
イヤ、私はどんと来いバッチ来いむしろ来てください!(コラ)だけど、やっぱりこう……変態さんの真似はダメだと思う、んだ……!
なけなしの理性が、私をそうやって全力で羽交い絞めにしている。

「しょっぱなから、躓きましたよ……!」

仕方ないから、ちょろっと手にこぼして飲んでみました。もったいないけど、口つけるよりマシだという結論に至る。

「んー……こんなもんかな」

景吾のはまぁ、一応これで持っていこう。薄いポカリって言っても色々あるから、私が好きな薄さなんだけどさ。ちょっと薄いかな、ってくらいが、練習中はちょうどいいと思う。汗かいてるときに、市販のポカリ飲むと、ビックリするくらい甘いしね。

侑士は、アクエリの薄めがお好みだとか。
当然のように、アクエリの粉もあったので、それも持ってきてある。
同じように、スプーン2杯ほど。で、アクエリはちょっと薄すぎる気がしたので、心持ち足してみた。

「ん。……よし」

すでに2人は着替え終わって、コートに出ている。
準備体操をしているので、ベンチの方へ行き、ベンチの上にドリンクを置いておいた。
あたりを見回したら、タオルがないので、部室へ戻り、タオルを漁って持ってくる。

帰ってきたときには、2人で打ち合いをしていた。

「ほぉ〜……」

キレイにポーンポーンと飛んでいく球を見て感心する。
もう特にすることも見つからないので、ベンチに座って観戦することにした。

はぁ〜、と手に息を吹きかけながら、2人のラリーを見ていた。

冬のコートって……風が吹き抜けて寒いなぁ……明日からマネージャーやるんだったら、ちゃんと着込まなきゃ……今日、服買いにいくとか言ってたしなぁ……もらった通帳を使うのははばかられるけど、それでも何枚か防寒用に買わなきゃなぁ……。

「はっ……くしゅ……」

ずび、と鼻をすする。
うぅ、それにしても寒い……くしゃみが親父臭くならなくてよかった……。

「ほれ」

パス、と何か肩に掛けられた。
目の前に、白い息を吐いている侑士。
肩に掛けられてるのは……レギュラージャージ!?

「へっ?」

「寒いやろ?俺はもう体あったまってきたから、それ着といてえーで」

爽やかに笑うけど、そう言う侑士は半袖。
真冬なのに半袖。

「いやー!ちょっと、侑士!は、はは、半袖!見てるこっちが寒いわー!着て!ほら、着て!」

肩にかかったジャージを無理やり侑士に着せる。

「ええって!俺、汗かいてきとるし」

「あほー!汗かいてるならなおさら着てなさい!ただでさえ風が吹き抜けてるんだから、立ってるだけで汗が冷える!風邪引く!はい、着て!私は大丈夫!なんだったら、ランニングでもしてくるから!」

「ランニングて……」

「いいから、侑士はそれ着て!はい、いってらっしゃい!」

ぐいぐい、と侑士の腰を押してコートへ追いやる。
はぁ……選手が自分の体よりマネージャーの体を心配してどうするんだよ……。

またラリーが始まる。
にしても……テニスがこんなに綺麗なものだと思わなかった。
…………今まで見てきたテニスが悪かったのか……?イヤイヤ、そんなことはあるまい……。
だけど、私が今まで見てきた『テニス』というものとは、なにか違う気がする。今まで見てきたのが、『テニス』に似てる別物みたいな気がしてきた。

それくらい、景吾や侑士のテニスは綺麗。
フィギュアスケートとか見て、綺麗だな〜とかは思うけど、あれとは違う。

ポーンポーンと規則的に鳴っていたボールの音が止む。
どうやらラリーを止めて少し休憩にするみたいだ。

私は、持ってきたタオルとボトルを渡す。
ドサッとベンチに座った景吾は無言でそれを受け取って、侑士は『ありがとさん』と笑って受け取った。
ドリンクを飲み始める2人。

「あー……ドリンク、私好みの薄さなんだけど、なにかあったら言ってください、改良します」

恐る恐るそう言った。
まったくもって自信ないし。

ボトルから口を離した2人。
ドキドキしながらコメントを待った。

「………………………………美味い」

景吾がポソリと呟いた。
それを聞いて、バクバク言っていた心臓が少し大人しくなる。

「ほんまや……作る人が違うだけで、こないに味って変わるもんなんやな…………」

「…………待って、今までどんなドリンク飲んでたの?」

コメントがおかしいぞ、なんか。
味が変わる?そんな、粉入れて水入れて、シェイクするだけのものなんですが!?

「俺、昔……苦いアクエリ飲んだことあるわ……」

「はっ!?苦いアクエリ!?どうやったら苦くなるの!?」

「俺かて知らんわ、そんなん。とにかく苦かった」

苦いアクエリを作る方が至難の業だと思うんだけど……普通にドリンク作るより。

「うぃーっす…………っと、誰だ、お前」

コートに入ってきたのは、キューティクルバッチリ☆な宍戸亮さん。
まだまだ髪は長いままです!
触っていいですか!?(ダメです)

「あ、は、はじめまして!」

「あ?はじめまして……」

不可思議そうな顔をする宍戸さん。えぇっと、と口を開こうとしたときに、ポン、と頭を叩かれる感触。
気がつけば隣に景吾さん。

「コイツ、俺の遠い親戚で、明日から氷帝に編入して、うちのマネージャーになる中学2年」

「えっ!?断定!?えーっと、です……マネージャー予定……です?」

「なんで疑問系なんだよ。お前はマネージャーだっつってんだろうが、あーん?」

「…………マネージャーやらせていただくと思います…………シクシク……」

景吾さんには逆らえません…………。

「おぉ、宍戸。おはようさん。ちょお飲んでみ、このドリンク。美味いから!」

ベンチに座ったまま、侑士が宍戸さんを手招き。
宍戸さんが移動していって、そのドリンクを一口飲む。

「…………まともだ。ドリンクがまともなんて、久しぶりじゃねぇか!?」

だから、一体どんなマネージャーだったんだよ、今まで!?
ドリンク作るのに失敗するなんて、目玉焼き作るのに失敗する以上に難しいって!

「あー……宍戸、さん……のも作りましょうか?」

「マジ?じゃあ頼むわ。俺のボトル、紫のヤツだから」

「わかりました。好みは?」

「は?」

「……えーっと、アクエリとかポカリとか……濃いとか薄いとか……」

「…………おい、忍足……好み聞いてきたぜ……?今度のマネージャー、かなり使えるぞ……!」

「せやろせやろ?ようやくテニス部にも春が来たってな。ちゃんが来るために、今までいいマネージャーが付かんかったんや、きっと」

だから、なんでそんなに喜ぶの!?
どんなマネージャーだったんだよ、一体!

ぐるぐる頭の中で、色々なマネージャー像を浮かべていると、『おい、』と呼ばれた。

「俺、ポカリで……濃さは普通……ってもわかんねぇか、今の忍足のより、もうちょっと濃い目がいいんだが……」

「わかりました。じゃ、行ってきます。……宍戸さん、私のことは名前で構いませんよ?同じ学年ですし」

そう言うと、苦笑して宍戸さんは突っ込んでくる。

「そうだな。だったら、お前も敬語はいらねぇし、俺のこと名前で構わねぇな?」

「あ、はい……じゃなくて、うん!」

「おっはよー!っと、誰だ?」

ガシャコーン!とフェンスを飛び越えてやってきたのは、

!!!!!!!!がっくーん!!!!!

うっわわわわ、ほんとにおかっぱだよ!前髪がそろってるよ!!!!

「岳人が来たってことは、ぼちぼちみんな、集まってきたみたいやな。……ちゃん、みんなが集まってきてからの方が、ええんとちゃうか?いちいち自己紹介すんのもメンドイやろ?」

侑士の一言に、景吾も頷く。
なに?なに?とがっくんが侑士と景吾の顔を見比べる。
うぉー、可愛いなぁ!
私よりもはるかにちっちゃいし!頭くりくりしたい!

、こっち来い」

景吾に呼ばれたけど、私には宍戸さん……じゃなくて、亮のドリンクを作るという使命が。
私の視線に気づいたのか、亮が『後でいいから』と言ってくれた。

じゃあ、と渋々景吾の方へ。

「集合させるから、一応挨拶だけしとけ」

「挨拶っていっても、私、まだ入部どころか入学すらしてないんだけど……」

「どうせ明日なんだ。今日も明日もそんなに変わらねぇ」

「変わるよ!結構変わると思うんだけど!?」

「………………」

無視ですかー…………。

ざわざわ、とたくさんの部員がコートに入ってくる。
みんな、見慣れない私の姿を見て『誰だ?』とか『でっけーな……女か?』とか言ってる。
怪しいよね……Gパンでレギュラーと話してる、大きな女なんて…………。

「集合!」

ビリビリ、と体に響く声。
景吾の声で、話していた部員も口を閉じて、一斉にダッシュで景吾の周り……つまり、私の周りに集まる。
うあぁぁぁぁ、人数多い〜!いやあぁぁぁ、緊張する〜〜〜!!!

みんなの興味津々な目つきが、あぁ……チキンなハートに突き刺さるよ!!!

「正式な入学、入部は明日からだが、今度、テニス部のマネージャーになった、だ」

『なった』!?えぇ、もうなっちゃったの!?
景吾が目で、私に先を促す。

「あっ……えーっと、です。中学2年です。……えっと、テニスに関しては詳しくないですが、これから勉強していきたいと思います。スポーツ部だったので、テーピングとかは出来ると思うので……なにかあったら、言ってください。頑張りますので、よろしくお願いします!」

ペコッと頭を下げて、恐る恐る景吾を見る。
景吾は、口の端だけを上げて笑っていた。

「…………何か質問のあるヤツはいるか?」

!!!ちょぉっと待ってくださいよ、なんですか、それー!!!
質問に対する準備(この世界の設定とか、心の準備とか)、して来てないですから!

「はいはーい!ねぇ、なんて呼べばいいの!?」

勢いよく手を上げてきたのは、ジローちゃん。
あぁ、金色のふわふわの髪が可愛い……!(メロメロ)

「えーっと……下の名前でいいです。これだけ人数がいると、同じ名字の人もいるかもしれないし……名前だったら、間違えようもないと思うんで」

「わかった、だね!可愛い名前だCー!俺、芥川慈郎!ジローって呼んでEからね!」

「ジ、ジロー……?……えーっと、果てしなく『ちゃん』をつけたい衝動に駆られるんですが……」

「んー、まぁ、ジローって言ってくれるんなら、いいやvv」

満足げに笑うジローちゃん。あぁぁ、可愛いよ……!ここに黄金の子羊ちゃんが1匹……!

「なぁ、身長はいくつなんだ?」

「へ?……えーっと、多分170くらい…………」

「170!?うっへぇ、いいなぁ……俺もそれくらい欲しい……」

がっくんがうなだれる。まぁ、彼は小さいからね……でも、女の子で170あってもねぇ……。

それ以外に質問してくる人はいなかった。
……まぁ、景吾が隣にいるし、うかつには変なこと聞けないよな……それはそれでラッキー。『前の学校は?』とか聞かれたら、とっさになんて答えればいいかわかんないし。あぁ、なんで年齢だけで学校とかの設定はないのよ……!(八つ当たり)







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