Act.4 氷帝学園、こんにちは 寝入りばな、「眠れるのかな」と思ってたわりには、しっかり熟睡していた私は、翌日、5時半きっかりにモーニングコールで起こされた。 見慣れない天井とモーニングコールに、『どこかに泊まりに来てたっけ?』と間抜けなことを考えて―――ハッと昨日の出来事を思い出す。 慌てて電話を取り、宮田さんにお礼を言って、まだぼんやりと霞がかかったような頭のまま、シャワー室へ向かう。久しぶりにこんな時間に起きたものだから、熱いシャワーでも浴びないと目が覚めそうにない。 たっぷりシャワーを浴びてなんとか目を覚まし、昨日宮田さんが持って来てくれた着替え(景吾の服)を着た。 っていっても、下は私が来たときに穿いていたGパンだけど。上は、柔らかいシャツにセーター。 ドライヤーで手早く髪を乾かす。少し生乾きだけど、まぁいいか。 ブラシで梳かしていると、コンコン、というノックの音。 「はーい?」 パタパタと出れば、すでにバッチリ用意が出来ている景吾様。改めてみると、氷帝の制服って……ホストチックだよね。 思わずマジマジと見てしまう。 「おはよう、景吾」 「あぁ。…………用意は出来たか?」 髪の毛梳かしてたけど……別に梳かさなくちゃ絡まる〜とかでもないし、いいか。 「うん、大丈夫だよ」 「飯食いに行くぞ。……食堂はこっちだ」 歩き出した景吾。慌ててドアを閉めて、それにくっついて行った。 昨日は歩いた距離が自分の部屋から景吾の部屋までだったから、実際の広さがわからなかったけど。 でかいよ、この屋敷。 なんだか、ホテルかお金持ち学校の校舎みたいだ。廊下は広いし、部屋はたくさんあるし。 マジ、景吾の案内なかったら迷うよ、これ…………。 連れてこられた食堂は、映画やドラマで見る、例の長いテーブルが置かれていた。 本物を見るのは初めてだったから、思わず端から端までじっくり見てしまったよ。 「こっちに座れ」 示された場所に、座る。 向かい側に景吾。 座るときは、執事さんが椅子を引いてくれた。……なんだか、人にやらせて申し訳ない気分になるのは、やっぱり私が庶民だからでしょうか? 座ったとたんに、料理が出される。 景吾と私のちょうど真ん中あたりに、パンの入ったバスケット。 そして、お皿が出された。お皿の上には、スクランブルエッグとカリカリベーコン、ソーセージ、ケチャップ煮込み?の豆と、焼いたミニトマト。 とにかく、朝からこんなに!?と思うくらい豪華。1つ1つの量はそんなに多くはないんだけどさ、こんなにたくさん種類が出てくると思わなかった。 なんだっけ、これ……イングリッシュ・ブレックファスト……?あれ、アメリカン……?うぉー、わかんないっ!でも、多分、景吾が紅茶とか好きだし、恐らくイギリス!(え) 前に泊まったことのあるホテルでも、同じような朝食を出されたことがあるんだけど……なんだろう。違う。スクランブルエッグの輝き具合とか、ベーコンの色鮮やかさとか。 すでにパクパク食べ始めてる景吾は、中々食べ始めない私を見て、『食わねぇのか?』なんて聞いてきた。 慌てて、「頂きます」と手を合わせて、フォークを手に取る。 スクランブルエッグ……ヤバイ、とろける。美味すぎる。 「おいしい〜…………」 「そんな感動するほどか?」 呆れたように聞いてくるのは景吾。 彼にとっては毎日食べてるから、ありがたみがわからないだろうけど。 一般家庭で育った私には、朝からこんな素晴らしいものが食べれるなんて、ありえないですよッ! 「感動するほど、おいしいよ!……朝からこんな贅沢できるなんて……あぁ、ベーコンさんもカリカリだし……ッ!」 あんまり朝は食べられないんだけど、この食事だったら別。 パクパク食べれますよ。 「クッ……、パンは?自由に取れよ?」 景吾が可笑しそうに笑って、バスケットを指し示す。 …………きっと、何の変哲もない食事に感動してる、変なヤツとでも思ってるんだろうな。 「…………いただきます」 と言って、バスケットに手を伸ばす。 パンはあったかくて、バターのいい香りがした。 ロールパンは、売っているのものより小さめだったけど、中身がぎゅっと詰まっていた。 もう、これが半端なく美味しい。バターやジャムとかも置いてあったけど、つける必要がないくらい。 「おいしいっ!」 「そりゃよかったな」 景吾がまだ可笑しそうに笑いながら、同じようにパンをちぎって口に放り込む。 結局、結構な量があったんだけど、ぺろりと平らげて、ご馳走さま、と手を合わせた。 「よし、じゃあ行くぞ。……宮田、車は」 「用意できております。いってらっしゃいませ」 「、こっちだ」 背中を向けた景吾。 私は、誰に『ご馳走様』を言っていいかわからなかったので、宮田さんに「ご馳走様でした、おいしかったです。って作った人にお願いします」と言って、景吾の後を追いかけた。 景吾は、私を見て『変なヤツ』と笑いながら呟いた。 …………失礼な。 車はリムジンで、メチャクチャ快適だった。 座席は毛皮。毛皮よ毛皮!ふかふかしてるんだってば。 色々なことに感動しながら乗っていると、氷帝学園に着くのはあっという間だった。 思ったとおり……というかなんというか。 目の前にすると、ここまで学校に金を使うか……と言いたくなるくらい、でっかかったよ、氷帝学園は。 テニスコートに着くまで、時間がかかったもん。 まだ朝早いから、生徒の姿は見当たらない。 生徒がいてもこまるけどね。だって、私、完璧私服姿だし。しかも、きっと氷帝の皆様ははかないであろう、安物のGパンですから。 「部室棟はそっちだが、テニス部だけはこっちに隣接してある建物だ」 でっかい建物の横に、少し小さめだが、それでも『部室』にしては大きい建物。 「レギュラー用の部室はココだからな。覚えておけよ」 レギュラー用の部室って、一体何個部室持ってるんですか、テニス部! 部室ってさぁ、プレハブ小屋みたいなのにズラッと並んでたりするんじゃないの?もしくは、校舎内の小さい部屋だったり。 景吾が鍵を出して、ガチャガチャとやれば、ギィと開くドア。 外を見てビックリしたら、中を見てもビックリだ。 ……………………………………なんだ、ココ。プロのロッカールームか? 1人1人に縦長の広い綺麗なロッカー。 なぜか大量のパソコンやプロジェクターがあったりする。トレーニングルームは大目に見るとしても……なんだ毛皮のソファーって。 景吾がパチン、と暖房のスイッチを入れる。 「正式な入学は明日……2月4日だから……マネージャーとしても明日からだが」 「えっ!?明日からマネージャーなの!?(ってか、今日って2月3日だったんだ!?知らなかった)」 「当然。入部届は持ってるから、家に帰ったら書かせるからな」 なにぃぃぃ。入学早々、私は危険地位につかなきゃいけないわけ!? おぉぉ……快適な氷帝生活は送れないものと見た……! 「出来るなら今日から仕事を覚えろ」 「…………あいあいさー…………」 「まずはドリンク。レギュラーは個人のボトルがある。準レギュと平部員は、ボトルをたくさん作ってカゴの中に入れておけばいい。勝手にあいつらが取って飲むからな」 「……なんか、すごい待遇の差だね」 「あーん?仕方ねぇだろ」 「あー……タンクとかないの?」 「タンク?」 「大きい、ほら、コックを捻ったら中に入れた水が出てくるヤツ」 身振り手振りで話したら、わかってくれたみたいだ。 「あぁ……確か、平部員の部室の奥にあったはずだが……」 「(部室まで違うのか……)平部員の部室ってドコ……?」 「ついてこい」 景吾が部室を出て、案内してくれた。 平部員の部室は、なんだか見慣れた『運動部』って感じの部室で、ちょっと安心。 「あぁ?なんだこれは。汚なすぎる」 まぁ、確かにそうだけどさ……。これ、掃除した方がいいよね……。マネージャーになったら、まずここを掃除しよう。 ものが山積みになっている奥に入っていって、ゴソゴソ探し出す。 私も一緒になって、ゴソゴソやると、どでかいタンクと小さ目のタンクが2個、出てきた。 …………あるなら使おうよ…………。 「これ、使っていいよね?コップもあるみたいだし」 「あぁ」 だけど、だいぶ使ってないみたいだなー……とりあえず今日は洗って干さなきゃ。 天日干し天日干し!! 「ドリンクは何を作るの?」 「そこの棚に粉が入ってる。好みとボトルの色は後で紙にでも書いて伝える」 「了解」 「後、洗濯は、部室棟の入り口にある。さっき見えただろ?それには乾燥機も付いてるから」 「はーい。……けど、乾燥機使うと、布が傷むんじゃないかな?」 「物干し場は外にある。適当に使え」 「………………了解」 でも、200人分のタオルを洗うのか……?ヒィ、勘弁してくれよ! (後で聞いたんだけど、タオルを使うのは、レギュラーと準レギュだけみたい。平は家から持ってくるんだって。…………待遇の差が激しいよ) 平部員の部室を出て、またレギュラー用部室(と呼んでいいのか?)に戻る。 「スコア付けとかは、練習中に教えてやる。まずは、ドリンクと洗濯だな。他の雑用……コート準備とかは、1年がやるから気にしなくていい」 「はーい」 「出欠の取りまとめもやってくれ」 「うっ……が、頑張る」 「それから、お前テニスやったことあるか?」 「…………ちょっとは」 「なら話は早い。簡単な球出しくらいは出来るようになれよ?」 「………………………………………鋭意努力いたします」 マネージャーやる自信……なくなってきた…………(泣) どんよりしているうちに、イキナリ景吾がネクタイを緩め始めた。 何をしてるのかと思うけど、出されているジャージを見てようやくわかる。 「!?あっ、着替え……失礼しましたっ!」 バタンッとドアを閉める。 あぁ……心臓に悪い…………。 「…………何やってるんだ、あーん?」 「!?ぎゃー!景吾、なに半裸で出てきてるのさ!」 シャツの前がはだけてますってば―――!!! これは、じゅ う は ち き ん !! 「お前が出て行くからだろ。風邪引くぞ、中入れ」 そういえば今は2月……コート着てるけど、確かに寒い。 だけど! 「中入れって申されても、着替えるんでしょ!?外で待ってるから!」 「いいから」 「よくないぃぃぃ!」 強引に中に入らされる。 ヒィィ、どうしろとぉぉぉ!?私にどうしろというんですか、跡部景吾さん!(フルネーム) 「……どうしても気になるんだったら、トレーニングルーム入ってろ。外よりも幾分かマシだ」 「はいっ!トレーニングルームですね!かしこまりました!」 ダッシュでトレーニングルームへ駆け込む。 あぁ、もう!中2の男子がなんでこんなに色気たっぷりなんだよ! その色気を私に分けてくれ!(無理) 景吾が終わったというので、そろっとトレーニングルームから出る。 そこにいるのは、上下ジャージに身を包んだ景吾。 「で、景吾さん……私、どうすればいいのですか?Gパンですから、仕事、出来なくはないですけど?」 「そうだな……それなら、ドリンク頼む」 「了解。水場は外だね?好みは?」 「ポカリの薄いヤツ」 薄いっていってもどれくらいかわからないけど……まぁ、薄めに作っていって、後で調節しよう。 景吾から渡されたボトルは……光り輝く黄金色。……なんだか好みがよくわかるよ。帝王のボトルは黄金なのね。 平部員の部室から持ってきたポカリの粉と、今渡されたボトルを持って外へ向かう。景吾はラケットを出していた。 「あぁ、」 「?はい?」 顔だけくりっと振り返る。 「お前、サイズ……メンズだとLでいいな?」 「あ、うん……Lで平気だと思うけど……」 「わかった」 「……うん?じゃ、行って来るね」 と言って、ドアを開けようとしたら。 ドアノブが勝手に回って、ドアが勝手に開いてました。 自動ドア? …………なんて、もちろんそんなことがあるはずもなく。 開けられたドアの前にいる人物と、たっぷり3秒は見つめ合う。 「……俺、部室間違えた……なんてことは、あらへんよな。……自分、誰?」 ……お……おおおお、忍足だ……。 オシタリって読めたら、その人はテニプリ読んでるってわかるくらい、名字が読みにくい忍足だ! しかし、なんて言えばいいのか。名前か!?いやいやいや、彼が聞きたいのは、そんなことじゃないだろう! 「えーっと……(滝汗)」 ぽん、と肩が叩かれた。 ぱっと後ろを振り向くと、景吾がいつの間にか立っていた。 「、。俺の遠い親戚で、明日から氷帝に編入する。俺らと同じ中学2年。ちなみに、マネージャー予定。……わかったか、あーん?」 景吾ぉぉぉ! ナイスフォロー! 心の中で、景吾に盛大な拍手を送りながら、私もコクコク頷く。 「マネージャー……?ほんまか!?ほんまにマネージャーやってくれるんか!?」 「は、はい……一応、スポーツやってたんですが……はじめてなもので、なにかと迷惑かけるかもしれませんが、よろしく……」 忍足は、いやー、と手を握ってブンブン振ってきた。 大阪人っぽいよ、こんなところが! 「よろしゅー頼むわ。俺、忍足侑士。侑士でえーからな、ちゃん。それになんで敬語やねん。普通に話しとってくれて構わへんて」 「う、うん。よろしく、侑士」 「跡部、ようやくヘボいマネージャーの姿見んですむなぁ……」 そう言って、遠くを見つめる2人……そんなに今までのマネージャーが酷かったのだろうか。 「あ……えと、侑士も朝練するんでしょ?ドリンク、作ろうか?」 「頼むわー。俺のボトル、その緑のヤツやから」 ボトルが詰め込まれてるかごの中から、緑色のボトルを取り出す。 「了解。好みは?」 侑士は、その瞬間ぽけっとこちらを見つめる。 な、なんか変なこと聞いたか?ドリンクの好みは?って聞いただけなんだけど!?決して、好みのタイプは?っていう意味じゃないぞ?(聞きたいけど) 侑士は、おもむろに景吾に近づくと、肩をポン、と叩いた。 「聞いたか、跡部……!今まで、ドリンクの好みまで聞いて作ってくれるコ、おったか……!?あぁ、俺らにもようやくちゃんとしたマネが来よったで……!俺、今年は全国制覇イける気ぃしてきたわ……!」 何に感動してるんだ、侑士は! …………ってか、本当に今までマネージャーに恵まれなかったんだね……可哀相に。 NEXT |