Act.3  こうして日は、幕を閉じる




あれから、お茶を飲みながらこれからのことを少し話した。(学校の手続きのコトとか、お金のコトとか)
学校はやっぱり氷帝学園。2月なんて中途半端な時期だけど、編入させてもらうことになった。
学費も何もかも出してくれるらしい。……すごく心苦しいのだけど、景吾はケロッとした顔で『それくらいなんともない』と言い切った。
宮田さんを呼んで、手続きの確認をする。
私はただ、渡された書類に目を通しただけで済んだ。
編入だから、試験とかはないの?と聞いたら、『気にするな』と一蹴。……もしかして、裏金入学とか……?そんな、まさか跡部でも……。

ありえるかも……(今日の経験)

怖いのでそれ以上考えるのを止めることにした。

書類に目を通し終わった後、宮田さんが何かを持ってきた。

様、これを」

ポン、と出されたのは通帳。

「なんですか、これ?」

「旦那様と奥様からお渡しするよう、言付かりました」

「当面の生活資金だろ?小遣いみたいなもんだ。もらっとけ」

ぺらっと通帳を捲ったら。


1,000,000。


ドーンとその文字が1番てっぺんに印刷されていた。

「な、なななな!?」

思わず、桁数を数えてしまった。
ひゃ、ひゃくまんえん!?

「こ、こここ、こんな大金いただけません〜!!!」

「なんだ、100万ぐれぇ、もらっとけよ。これから、色々買うものだってあるだろ?もちろん、ほとんどは俺から出すが、お前も手持ちがないとな」

「100万も手持ちにする中学生はいません(泣)!というか、100万も使い道がわかりません!」

「いいから、もらっとけ」

有無を言わさぬ雰囲気。……あうぅ、とりあえず、通帳を預かるだけ預かって、使わないようにしよう……。必要なときは最低限だけ使って……高校生になったらバイトでもしようっと……。

「それから、奥様から、毎月100万円ずつ振り込む、と」

「はぁ!?ほ、ホントにいりませんってば!理由もなく、そんな頂くわけには……!」

「じゃあ。氷帝のマネージャーをやる報酬だと思えばいい」

「け、けけけ、景吾!マネージャーってのは中学生の青春で、無償労働でしょ!?」

「いいから。……お前はそれを受け取らなきゃならないんだよ」

「な、なんでMust(強制)なんですか?」

「…………お前から、世界、両親を奪っちまったことへの償いだな。ま、金でなんとかなるとは思ってはいないが」

「そ、そんなこと気にしなくていいのに!私は、景吾と会えただけで嬉しいんだから!」

テニプリ世界に来られただけで、満足なんだ!
景吾はポカンとコッチを見ると、大きな声で笑い出す。

「ははっ……殺し文句だな、?誘ってるのか、あーん?」

「ぎゃー!!!意味が違いますー!」

「はははっ、おもしれーヤツ」

いつの間にか、宮田さんがいなくなってた。
2人っきりの部屋で、私たちの会話といえば、色気もへったくれもない。

「お願いだから景吾。氷帝内では、私は他人のように扱ってね?」

「あーん?……無理だ(キッパリ)」

「無理とかじゃなくって!景吾と仲良くしてたら、私氷帝内の全女子生徒を敵に回したと言っても過言じゃないから!」

「あきらめろ。全女子生徒が敵でも、俺様が味方だ」

ぐっ、と私はそこで詰まった。
…………くそう、景吾の方が殺し文句じゃないかぁぁぁ!

「ただでさえ、男テニマネージャーなんて、危険地位に就こうとしてるのに……!」

「危険地位とは言ってくれるな?」

「ってか、氷帝でマネージャーがいないなんて、おかしくない!?200人規模でしょ!?」

「いたことはいたが、誰一人として仕事が出来るヤツなんていなかったんだよ。氷帝の女子生徒は、自分では茶も入れたことのないお嬢様か、特待生ばかりだ。特待生はスポーツ特待生でもない限り部活動なんぞやってるヤツはいねぇし、マネージャーなんてもってのほか。お嬢様には他人のドリンクなんて作れるヤツは1人もいなかった。『他人のために尽くす』なんて馬鹿げたことだと思ってる奴らばかりだ。結果として、すぐに辞めてったな。それが入れ替わり立ち代りだ。……だが、今度はその心配もなさそうだ。もう他にマネージャーはいらねぇな」

「勘弁してよ!200人も世話する自信ないから!」

「平部員を使えばいい。今まで、マネージャーの仕事は、平部員がしてきたからな」

「うっ……だけど、そしたら平の子たちは練習時間が削られるんでしょ?」

「まぁ……多少はな」

「……………………………………………………………………頑張るよ。平の子だって、頑張ればレギュラーになれるかもしれないんだし」

よく言った、と景吾が目を細めてポン、と頭に手を乗っけてくる。
コンコン、とノックの音。

「宮田でございます」

「入れ」

……一応あてがっていただいた私の部屋なのに、景吾が許可を出す。……まぁ。別にいいけどさ。

さまの編入許可が取れました。ただし、制服の関係などもありまして、どんなに急いでも明後日からの入学になります」

「あぁ、わかった。時間が時間だしな、仕方ない。……、じゃあ明日は学校見学だ。連れて行ってやる」

「あ、うん……」

ちら、と景吾が時計に目をやった。
私もつられて目をやれば……おぉ、もう11時過ぎてる。

「そろそろ寝るか……明日は、7時には家を出る。朝練があるからな」

「りょ、了解です。えーっと……め、目覚ましは……」

「モーニングコールをさせていただきますよ、さま」

「み、宮田さん……すみません、お願いします」

ペコリと頭を下げる。
7時ってことは、何時に起きるんだろ……元の世界みたいに、朝起きてすぐ出かけるとかいう無謀なことはできないだろうから……5時半くらい?ヒィィ、朝早すぎ〜!

「そうだ、。部屋にシャワーはついてるが……風呂に入るか?入るなら入れさせるが」

「へっ?イヤ、シャワーで十分だよ!」

ってか、部屋にシャワーがついてるんだ……すごいな、跡部家。

「そうか。服は俺様ので我慢しろ。身長も同じくらいだし、なんとかなるだろ」

「け、景吾の服!?いいの?」

「別に構わん。宮田、この間買った新しいものがあっただろう、あれを何枚か持って来い。それから、タオルや洗面用具などもな」

「承知いたしました」

宮田さんがあっという間に服やタオルを持ってくる。
さすがに女物の下着などはないみたいだが(あったらあったで疑問だが)、なんとか1晩はこれで平気そうだ。

「服などは、明日、学校の帰りに買いに行く」

「うん、わかった」

「じゃあな。わからないことがあったら、聞きに来い。俺は隣の部屋だし、まだしばらくは起きている」

「了解、ありがとう」

宮田さんと景吾が出て行くのを見送り、一拍置いてから。
私はふぅ、と息を吐いた。
手に持ったタオルを見て、妙に現実感が湧く。

「………………とにかく、シャワー……」





シャワーの後、景吾から借りたパジャマに袖を通すのが、妙に恥ずかしかった(いや、別に新品だから問題はないんだけどさ!?)
パジャマは、景吾が着そうな真っ黒のシルク(多分)。
さぞかし景吾が来たら似合うんだろうなぁ。

さらさらの肌触りのパジャマ。
そのままベッドに倒れこんだ。

あぁ……シャワー室も無駄に広かった…………。
シャンプーやリンスが見たことない高級そうなやつで、メチャメチャいい匂いがした……。
極めつけはこのタオル……ふわふわで気持ちいい…………。
シーツもサラサラだし、ベッドのふかふか具合も素晴らしい…………。

色々あって、疲れた。
もう寝よう。

よじよじと這いずって、ベッド(これも無駄に広い)の中央で布団を被る。
だけど……周りが明るい。
やっぱり、節電するべきだよな、と小市民的な考えを浮かべて、スイッチを探す。

探す。

…………………見当たらない(泣)

えぇっ、ウソ、スイッチどこよ!?
普通は入り口付近とか、見つけやすい場所にあるはずなのに!

もちろん跡部家の電球が、紐でひっぱったら消えるヤツじゃないのは当たり前で。

しばらくウロウロ彷徨っていたんだけど、やっぱりどこにも見当たらない。

うわー……こんなことで景吾の部屋に行くの、すごい憚られるんだけど……。
……もう寝てるかな。大丈夫かな……明日にしようかな……。
だけど、やっぱり電気は大切にねって、デンコちゃんも言ってるし(どこまでも小市民)
この部屋広いから、電気代もきっと半端じゃないはずなんだ!

散々悩んだ末に、しくしく泣きながら、私はスリッパを履いて隣の部屋まで赴いた。
コンコンとノックをする。

案外早く、ガチャとドアが開く。出てきたのは、私と同じ黒いパジャマを着た景吾。

「ご、ごめん、寝てた?」

謝れば、いや、と緩やかに頭を振る姿が、妙に色気たっぷり。……最近の中学生は(お前も今は中学生)

「どうした?」

「………………電灯のスイッチが見当たらないぃ〜……」

あぁ、と景吾は苦笑して私の部屋へ来た。

「この屋敷、全部センサー式でな……」

景吾がおもむろに、パンッと手を叩いた。
それと同時にパッと電気が消える。
もう1度、パンッと手を叩くとパッと電気が復旧した。

「……というわけだ。わかったか?」

「…………わかりました、わざわざありがとうございます……」

深々と頭を下げた。……誠に申し訳ない、些細なことでお呼びだてして。
しかし…………。
ホント、どこまでお金を使えば気がすむんだ、跡部家!(泣)

ありがとう、と私は景吾を部屋まで送ろうとしたけど、止められる。

「ここでいい。……そんな格好でウロウロして風邪でも引かれたら困る」

「そんな格好って……景吾も同じ格好なんだけど」

2人とも真っ黒のシルクのパジャマ。
景吾は、確かに、といって笑った。

「おやすみ、景吾」

「あぁ、おやすみ、

こうして、波乱の1日は幕を閉じた。





NEXT