現れ方も変だったら、 そいつの性格も変だった。 Act.3 こうして初日は、幕を閉じる〜跡部Ver.〜 の部屋を出て隣の自室に戻り、すぐにシャワーを浴びた。 シャワーを浴びて、いつものようにパジャマを着る。 そういえば、ゲーテの詩集が読みかけだったな、と思ってベッド脇に置いてあった本を開いたが、文字は頭の中に入ってこない。 代わりに、頭の中に浮かぶのは、先ほど出会ったばかりの女の姿。 思わず口元に笑みが浮かんだ。 面白いヤツだ。 たった数時間前に会ったばかりなのに、もう何年も前からの知り合いのように思える。 それは、向こうの態度によるものが大きい。 ―――は、俺を『わかっている』。 彼女が言った『あなたたちが、マンガの人物として描かれていた』と言う言葉。 あれは、嘘ではないのだろう。 一瞬耳を疑ったが、それなら納得できる。 氷帝学園のテニス部の規模まで知っていた。平部員、準レギュのことも。 それだけならまだしも、テニス部の連中の細かいことまで知ってやがる。表面ではわからない、深い部分も。何気なく言っているその言葉の端々に、彼女が持つ知識が見え隠れしている。 そう、彼女は、俺の性格を熟知している。そして、俺の家が資産家だと言うことも。 彼女が、あまり『否』の言葉を発しなかったのも、俺が言い出したら聞かない人間だということを、『わかっている』から。 だからこそ受け入れた、何もかも。 案外大物かも知れない。 いきなり異世界に飛ばされてきて、あれだけ理知的に物事を考えることが出来るのだから。 少し話した限りでは、頭の回転はいいほうだと思う。 こちらの質問にパッと答えてくるし、俺が求めている答えを言ってくれる。 元々は18だからだろうか、同学年の女には見ることのできない、少し年上の余裕めいたものも感じるし。 …………確かに、こんな人間は、氷帝学園内にいない。 「…………少しだけ、あの暇人どもに感謝だな……」 変わらない日常に、変化を与えてくれたことに。 欲しいといっていた人材を与えてくれたことに。 そして…………。 …………本当は気づいてる。 一目見たときに、なにか運命めいたものを感じたことに。 ただ、俺の高すぎるプライドが『一目ぼれ』なんてことを認めようとはしなかった。 でも、確実に心の中に刻み込まれた、あの人間。 新鮮だった。俺の周りにはいないタイプ。 今まで俺の周りにいた女は、跡部家を狙って媚を売ってくる女か、もしくは俺の顔に惹かれて寄ってくる女ばかりだった。 それが、アイツはどうだ。 跡部家で生活することを最初は拒否した。 しかも、その理由が『一マンガのキャラで人気がある俺と暮すなんて、ファンに申し訳ない』という、なんとも変な理由。 ククッと笑いが漏れてしまった。 本当に面白いヤツだ。 ふと、隣の壁に目をやった。 そろそろ寝ただろうか。明日も早いことだし、俺もそろそろ寝なければ。 先ほどから、1ページも進んでいない詩集を閉じて、ベッドへ移動しようとしていたときだった。 コンコン、という控えめなノック。 思わずにやけそうになる口元を抑えた。 早足で、ドアまで向かう。 少し呼吸を整えてドアを開ければ、上下共に黒い寝衣姿の女。 「ご、ごめん、寝てた?」 すまなそうに、体を縮こまらせて聞いてくる。 ……本当は年上のはずなんだが、こんなところは、同年代みたいだ。 いや、と首を振って、どうした?とたずねれば、本当に申し訳なさそうな顔で、 「………………電灯のスイッチが見当たらないぃ〜……」 と言う。 あぁ……説明し忘れていたな。 苦笑して、隣の部屋まで足を運ぶ。 別に、口頭で教えてもよかったのだが、それだけではなんとなく物足りなかった。 「この屋敷、全部センサー式でな……」 パン、と手を叩くと、電気が消える。 もう1度パン、と手を叩けば、今度は電気がついた。 「……というわけだ。わかったか?」 「…………わかりました、わざわざありがとうございます……」 深々と頭を下げるアイツ。 全身から『申し訳ない』というオーラが出てるようだ。 どうやら、俺の部屋までついてきそうな雰囲気だったので、『ここでいい』と断る。 アイツは寝衣姿だ。いつまでもその格好でいたら、風邪をひく。いくら、屋敷内が完全暖房だといっても、今は2月だ。 「……そんな格好でウロウロして風邪でも引かれたら困る」 そういうと、キョトンとして、は笑った。 「そんな格好って……景吾も同じ格好なんだけど」 そういえば……俺も着替えていたな。 二人そろって真っ黒の寝衣姿。なんだか、新婚夫婦みたいだ。 ふと浮かんだ考えに苦笑して、確かに、とだけ呟いた。 「それじゃ……おやすみ、景吾」 「あぁ、おやすみ、」 本当は、キスの1つや2つしたかったけど。 我慢してやった。 NEXT |