今日は、初めて榊太郎(43)が部活にやってきます。 …………うわー、緊張ー……………。 Act.12 マネージャーは、大忙し 榊太郎(43)はとても多忙で、滅多に部活に現れない。 事実、私がテニス部に入部してから明日で1週間だけど、その間、1度も榊太郎(43)は部活に来ていなかった。つまり、入部届けを出しにいったときと、音楽の授業でしか会っていないわけなんですが。 どうやら今日は時間が出来たらしく、少し寄るそうで。 私、なんだかものすごい緊張しています。 今も、がっくんの柔軟を手伝いながら、ソワソワソワソワ。 あぁ、どうしようっ……マネージャーにもレギュラー落ちとかあるのかな!?(レギュラーも何もない) まだ平部員の子の名前とか、全然覚えてないし……! 『をマネージャーから外せ。行ってよし!』 とか言われたら、立ち直れない……ッ! 「?」 途中で手を止めてしまった私を、がっくんが振り返る。 「あ、ごめん、がっくん。次、開脚ね」 「おーう」 柔軟の続きを再開。 その後、練習はいつもどおり始まったけど、榊太郎(43)が現れる気配はない。 ……もしかして、なにか用事が出来て来れなくなったとか……?うん、なんだかありえそうだ!(勝手) 自分の思い込みに、少しだけ心が軽くなった気がする。 「先輩〜……なんだか、手首が痛むんですけど……」 「ん?…………あー……ちょっと腫れてるね……なにかぐりっとやったとかは?」 「さっき、転んだときに変な風に手をついたかも……」 「あー、それ原因かもね……テーピングしとこうか」 ポケットの中に入れているテーピング。 手首のテーピングは割合簡単なので、すぐに出来る。 「テーピングはあくまで補助だから。決して痛みがなくなるってことじゃないからね。どうしようもなくなったら、すぐに止めること」 「はいっ、ありがとうございました!」 1年生を見送ると、コートを満遍なく見る。 なるべく多くのものがいっぺんに見れるように。 ん? 平部員の……なんて言ったっけ、あの子。 松田くん?……違う、松尾……じゃなくて……松……松…………松下……そうだ、松下! 「松下くん!」 呼びかけると、松下くんはこっちを向いて駆け寄ってくる。 あぁ、違う! 彼に走ってもらうのではなく、私が走って彼のところへ。 「走らなくていいから!…………ひざ、どうかした?」 「あ…………」 「さっきから何回も屈伸してるよね?痛むの?」 「…………少し、キィンって感じに」 「そう……まだ我慢できるレベル?」 「は、はいっ……まだ、大丈夫です」 「一応、コールドスプレーやっとこうね。あと、我慢できなくなったら、言ってね。テーピング準備しとくから」 「はいっ」 ぺこっと頭を下げて去っていく松下くん。……松下くん、よし、覚えた。 「先輩、タンクの水がないんですけど……」 「ハイハイ、ちょっと待ってて」 コートの入り口のところにおいてあるタンクのところまで走っていき、それを抱えて水場までダッシュ。 ポカリの粉をザーッと入れて、水を入れる。 タンクをシェイクは出来ないので、冷たいけど右手をよく洗って手で大きくかき混ぜる。 重くなったタンクを抱えて、もう1回ダッシュ。 これ、下手な基礎トレより足にくると思うんだけど。 タンクを元の場所に設置したら、また『ちゃん』と声がかかった。 「ハイハイ、どうした〜?」 「広瀬のヤツが、気持ち悪いって……」 友達に支えられて立っている子。 顔色が悪い。 「あー……顔色悪いね。コートサイドにタオル引くから、ちょっと寝てて。歩ける?」 「だ、いじょうぶです…………」 「じゃ、ゆっくりでいいからあそこまで行って」 コートサイドのボールが当たらないエリアを指差し、私は部室へ大きいタオルと毛布を取りに戻る。 バスタオルを2枚、コートサイドに敷いて、ふらふらとやってきた広瀬くんを寝かせる。 その上に毛布をかぶせて、タンクから汲んできたポカリを傍に置いておいた。 「はい、ポカリ飲んで。少し寝てればよくなると思うから」 「すみません……」 「いいからいいから。……おっと、侑士と岳人が終わりそうだから、ちょっと行ってくるからね」 侑士と岳人のボトルとタオルを持って、2つ先のコートへ猛ダッシュ。 ベンチに座った2人にボトルとタオルを差し出した。 「おー、ありがとさん、ちゃん」 「、俺、前よりスタミナ持つようになった気がする!」 「がっくん、スタミナ強化メニューやってるもんね。……っと、亮たちも終わりそうだね」 今度は亮とジローちゃんのボトルとタオルを持って、違うコートへ走る。 「はい、お疲れ様」 「あぁ、サンキュ」 「ちゃん、ありがとー!…………うーん、おいCーッ!」 「それは何よりです。……ジローちゃん、ボレー絶好調だね」 「うん、今日は一段と調子Eー!」 「まいったぜ……ライジングで早く攻めてるつもりなんだが、いつのまにかジローのヤツが前に出てる」 「亮も調子は悪くなさそうだけどね。……少し休むんだったら、ちゃんとジャージ羽織ってなよ?汗冷えちゃうから」 亮たちにジャージを渡して、隣のコートへ走り、がっくんと侑士が飲み終わったボトルの残りを確認。 侑士は半分以上残ってるけど……がっくん、また水分補給多いな。もう少ししか残ってない。 がっくんのボトルを持って、水場へダッシュ。 がっくんは激甘ポカリが好きなので、ポカリの粉を多めに、水を入れてシェイク。 それを持って戻ると、景吾が待っていた。 「」 「ん?どしたの景吾」 「監督が呼んでる」 「…………えっ?」 「観客席にいるから、行ってこい」 観客席の方へ目を向ければ……。 いらっしゃいましたよ、榊太郎(43)!!! コートに入ってくるものだとばっかり思ってたから、観客席なんて見てなかったよ……うわ、もしかして、今までの全部見られてた!? あわわわわ、とにかく行かなきゃ! 今日1番のダッシュで、観客席へ。 エレガントファッションで、お座りになられている榊太郎(43)。 少し息を整えて、近づく。 「あ、あの……監督、お呼びでしょうか?」 「あぁ。…………お前は、なにか医療の特別な講習でも受けていたのか?」 「い、いえ……」 「ではテーピングなどは全て独学か?」 「は、はい…………」 な、なんだろう……もしかして、なにか間違ったことしたかな……!? 手首のテーピング?……貧血の対応の仕方?……うぁー、どっか間違ってたか!? 「…………独学でそこまでやれるとは、素晴らしい」 一瞬の空白の後向けられた言葉に、ぽかんと馬鹿みたいに口をあけてしまった。 「今後も努力していくように」 「あ、は、はいっ!!ありがとうございますっ」 よ、よかった!怒られなかった!!!レギュラー落ちしなかった!! 「…………ところで、部員はみなお前のことを名前で呼んでいるが」 「あ、ハイ。同じ名字の子がいるので。名前だったら私1人なので、間違えようがないですし」 「そうか。……ならば、私もと呼ぶことにしよう」 「……え?」 「…………不服か?」 「いえっ、そんな!大歓迎です!」 って、違――――――!!!!! 大歓迎とか言っちゃってどうするよ、私! あわわ……でも言った言葉は取り消せない……! 「では、。私のことは、監督、もしくは太郎先生と呼ぶがいい」 ………………………………………………太郎先生? 「た、太郎先生ですか?」 「他の生徒がいないところでは、太郎ちゃんでも構わないが」 太郎ちゃん――――――!!! マジですか!?ホントに呼んでいいんですか!? 遠慮なく呼びますよ!?(鼻息) 「た、太郎ちゃん……?」 「なんだ、」 うわ――――――!なんですか、このシチュエーション! 私たち、一応生徒と教師なんですけど……いいんですかね!? いいんですよね!?いいということにしましょう!(強引) 「わ、わかりました。……じゃあ太郎ちゃん、失礼します」 「あぁ。……行ってよし!」 がっくん、チョタに引き続き、太郎ちゃんの呼び名ゲット! 今までで1番インパクトがある呼び名だよ!!!! 駆け足でコートへ戻る。 「、何話してたんだ?」 景吾が待っていたのか、コートに戻ってすぐに話しかけてくる。 「あー……ちょっとね(呼び名のことは言えない)。テーピングとかのこと」 「何か言われたのか?」 「ううん、今後も努力していくように、だって」 そういうと、景吾は少し微笑んで、ポン、と頭に手を乗っけた。 「お前は頑張ってるからな。監督も認めてくれたんだろ、あーん?」 「じゃ、もっと頑張らなくちゃね〜!……あ、そうだ、広瀬くんもう大丈夫かな……ちょっと行ってくる」 景吾に手を振って、コートサイドにいる広瀬くんのところへ。 大分顔色もよくなっていた。 「平気そう?部活戻れる?」 「もう大丈夫です、先輩、ありがとうございました」 「いえいえー。じゃ、頑張って」 広瀬くんが去った後で、タオルと毛布を回収。 今日もマネージャー業は忙しいです。 NEXT |