それなりに毎日は充実していた。

夏休み明けに正式に俺の代になったテニス部には、いい1年もいる。
テニス部部長として、今年こそ氷帝学園を全国制覇に導こうと思っていたし、勉強はもちろん、それ以外でも特に気に食わないことはなかった。

だが、それでも何か日常に変化が欲しいと思うのは、なぜなのだろうか。




Act.1  ての始まり。〜跡部Ver.〜



その日もいつもどおり、部活を終えて家へ帰った。
家へ帰ると、たくさんの使用人が待ち構えていた。今は、たった1人のこの屋敷の主を迎えるために、ほぼ全員が玄関に勢ぞろいしている。

「おかえりなさいませ、景吾様」

毎日聞いているので、とくになんとも思わないで聞き流す。
筆頭執事の宮田が、景吾様、と声をかけてきた。
使用人の1人に、上着を渡しながら振り返る。

「なんだ、宮田」

「奥様とご主人様から、お手紙でございます」

あぁ、と適当に返事をしてそれを受け取る。

両親は今、どこにいるのだろうか。
日本トップの証券会社の役員であると同時に、大正時代から続く跡部財閥の次期社長、社長夫人として世界中を飛び回る両親がこの屋敷に帰って来ることは、年にほんの数回。
だが、それでもたった1人の息子を愛する両親は、手紙を欠かさなかった。

部屋に戻って、その手紙を開ける。

「…………今は、スペインか……」

同封してあった絵葉書をみて、そう呟く。
ざっと手紙に目を走らせた。

『景吾へ

元気にしていますか。
宮田から、景吾が部活で頑張っていると聞いています。
楽しいからといって、くれぐれも体を壊さないように。

それから。

前にマネージャーが欲しいと言っていましたね。
同封してある、古い紙。
これは、先週、アラブへ滞在したときに、現地の占い師にもらった、おまじないの紙です。これを湿らせておけば、願い事をかなえてくれる紙らしいのです。
ぜひ、試してみてください。

では、また手紙を書きます。たまには、景吾からも連絡をください。


景吾を愛する両親より』


なるほど、絵葉書とともに、古い紙が同封してある。
わけのわからない文字で、魔法陣らしきものが書いてある。

そのときはただのまじないだと思っていた。
神頼み程度の、これをしておけば、マネージャー希望のヤツが出てくるんじゃないかって。

だから、まさか思わなかったんだ。

本当に、マネージャー希望のヤツが『現れる』なんて。






それを行ったのは、ただの気まぐれとしか言いようがない。
部屋においてあった水差しから、数滴しずくを落とし、紙を湿らせる。

その行為をして満足した俺は、その紙を机に放置したまま、夕食を取るため、部屋を後にしようと思った。
踵を返して、部屋を出ようとしたとたん。

「ぎゃっ!」

という、短い悲鳴とドスッと何かが落ちる音が聞こえた。
慌てて振り返れば、ちょうど机のあたりで尻餅をついている女。

いきなり現れた侵入者に、

「おまえっ……何者だっ!?」

と身構える。
幼少のころから、誘拐・脅迫等の目には一通りあってきた。今回もか―――?と思ったが。
相手はどうやら落ちたのが痛かったのか、目尻に涙を浮かべてこっちを見て、驚いていた。

そして俺は気づく。

その女の足元に、あの濡れた紙があることに。
こんなとき、あの両親から引き継いだ無駄に働く頭に嫌気が差す。
たったそれだけで、オレは全てを理解した。

「……ちっ、その濡れている紙は……あの暇人ども……!」

ついつい舌打ちをする。
…………忘れていた、あの両親が。
かなりの変人だということを。

きっとこれも、あの両親の仕業に違いない。
マネージャーが欲しい、とポロッと言ったことを覚えていたのだ。そこまではいい。
だが、あの両親は『マネージャー』をどこからか呼び寄せた。
思い出せば、やけにマネージャーの話には食いついてきた。

『スポーツ好きな子がいいわよね、やっぱり』

『そうだな』

『テーピングやドリンクの知識もいるな』

『そりゃ、一から覚えさせるより、最初からあった方が楽だな』

『料理も出来る子がいいわよねぇ』

『はっ!?それテニスに関係な……』

前に両親が帰ってきたときの会話が、フラッシュバックのように思い出される。
…………全てを兼ね備えたのが、コイツというわけか。

ちらっとそいつを見れば、足元にある、また違う新しい紙を拾い上げていた。
それを覗き込む。


名前:

年齢:14

学年:中学2年



「なんっだ、これぇぇぇぇ!!」

叫んでいるところを見ると、なにかマズイ点でもあったのか?

「……お前、というのか」

そういうと、はあわわわわ、と慌てやがった。
それに構わず、下のほうに目線を走らせる。
案の定、一番下に書いてある言葉。


備考:マネージャーの素質あり


はぁ、と俺はため息をついた。
……もう、ほとんどビンゴだ。
後で、両親に確認の電話を入れようと思いながら、ソファに座る。

……とりあえず、説明する。こっちへ座れ」

俺は、をソファに呼び寄せて、説明することにした。





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