大分落ち着いたと思ったんだけど。
まーた、煩い方たちが出ていらっしゃった。

なぜだか知らないけど、首謀者だった冷泉院さんは、あれ以来学校に来てないらしいし。

他の勢力……ってことですかね?



Act.25  でわかって、もらいましょうか



今日は、裏庭ではなく、女子トイレ。
私、別にあなたがたとクサイ仲になるつもりは毛頭ないんですが。

!あなた、いい加減テニス部辞めなさいよ!」

「いや、そんなこと言われても……」

「どうしてあなた1人がマネージャーやってるのよ!あなたがいるせいで、他の子がマネージャーになることが出来なかったじゃないの!」

出来なかった……?あのー……マネージャーって交代制だったんですか?
……………………………。
アホかあぁぁぁ
部員の健康管理とかするんだったら、交代制でやってたらキリがないだろうが、馬鹿かコイツらは!無駄なところで頭がいい癖して、どうしてそういうことは考えられないんだよ!

「生憎だけど、マネージャーの仕事もわかってない子に、そんなこと言われる筋合いはないと思うよ。じゃ」

トイレは正しく使いましょうね、と言って、私はスタスタ去っていく。
……ふっ……強くなったね、私も……!

「ちょっと……待ちなさいよ!」

追いかけてきたらしい女の子に、手をつかまれた。
はぁ……もう面倒くさいなぁ……。
仕方ナシに振り返り、またさっきと同じ言葉を聞かされた。ボキャブラリーに乏しいよ、君たち……。

?」

聞きなれた声が突然背後から聞こえた。

「景吾」

その瞬間に、私の腕を掴んでいた女の子が、バッと手を離す。
……なんてわかりやすい。

「何やってんだ?」

「あー……ちょっとね」

「あーん?なんだお前ら、に何か用か?」

景吾にじっと見られて、真っ赤になる女の子たち。
それでもおずおずと、1人が口を開いた。

「跡部様……わ、私もマネージャーにならせてください!」

「却下。1人で十分だ」

即答かよ!ちょっと可哀相だよ、この子達が!
なんて酷い男だ、跡部景吾……!

「な、なんでですか!?わ、私たちだって、マネージャー出来ます!」

「あーん?……出来る?マネージャーを?」

「は、はいっ!」

「……あのなぁ、マネージャーっつーのは……」

「えーやん、跡部。やらしてみたら?」

エロボイスが、響いてきた。
いつの間にか出来ていた、人の輪。それを分け入って中に入ってきたのは、侑士だった。

「1日体験マネージャーってことで、やらしてみたらええんとちゃう?そしたら、マネージャーがどーいうもんか、わかるやろ?」

そう言った後で、侑士は景吾の耳元に何事かを囁く。

(そうしたら、ちゃんの大変さがわかって、敵も少しは少なくなるやろ)

私にはよく聞こえなかったけど、景吾がそれを聞いて、仕方ねぇな、と呟いた。

「じゃあ、今日の放課後だけマネージャーだ。それで、もしもぐらい頑張れるようだったら、正式な入部を考えてやってもいい」

ぱあっ、と女の子の顔が明るくなった。

「はいっ!頑張ります!」

こうして、1日体験マネージャーが2人、来ることになった。






放課後、私はいつものようにレギュラー用の部室の、トレーニングルームで着替える。
もちろん、あの子達も一緒。あの子達は、学校のジャージだけどね。

「じゃ、まず最初の仕事は、ドリンク作りからね」

左手にレギュラーのボトルが入ったカゴを持ち、右手に部活ノートを持つ。
途中で平部員の部室に寄り、タンクも持っていく。
この子達(綾小路さんと、日本橋さん。すごい名前だ)に、軽い方のノートやボトルを渡し、タンクとコップを抱えて水場へ。

「えーっとね、じゃ、まずボトルを水洗いしてくれる?」

「……、さん……水が、すごく冷たいんだけど、お湯は出ないのかしら?」

「外の水道にお湯なんてついてるわけないじゃん。水だよ水。……私はタンク洗うから、ボトルよろしくね」

確かに水は冷たいけど、仕方ない。
タンクの中に水を入れて、手で大きくかき混ぜる。
2人が冷たそう、と呟いた。
ふっ……これくらいの冷たさなんて慣れたもんよ……!

ザバーっと1回水を流して、今度はポカリの粉をタンクに入れる。

いつもどおりタンクの水を作って、2人が洗い終わったボトルに、次々と粉を投入。

「水は口のところまでいっぱい入れて……そうそう、で、蓋閉めてシェイクして」

さん、どうして粉の量が違うの?」

「え?あぁ、好みだよ。がっくんとか激甘ポカリが好きだし、侑士は薄いアクエリだし。……そ、ありがと。じゃ、それ持ってくれる?私、タンク持つから」

「……1人でそのタンク、持てるの?」

「うん、練習中に水がなくなると、これ持って走ってるから。マネージャーやると、痩せるよ〜」

事実、大分足とか締まってきた気がするしね!
ふふっ……マネージャーって、結構肉体労働なのよ……!

タンクを設置し、コップを並べておく。
ボトルが入ったカゴも、そこに置いて。

練習が始まっていたので、今度は選手の観察。
学年の取りまとめ役の子がやってきた。

先輩、服部と小久保、松下が休みです。それから、佐藤道雄が、今日は病院のために早退するそうです」

「わかった。ありがとう」

体調管理の部活ノートとは別の、出欠ノートにそれを書く。
レギュラーは……全員いるね。準レギュもおっけ、と。

ふと、隣の2人が寒そうにしてるのが目にはいった。

「寒い?大丈夫?」

「だ、大丈夫……思った以上に、コートの中って冷えるのね……」

「風除けがないからね……」

先輩、テーピングお願いできますか?」

「ハイハイ、手首でいいの?」

「はい!」

やってきた1年生の子に、ちゃっちゃと手首のテーピングを施す。
どうやら私が来るのを待っていたらしく、次々と色んな子がテーピングを持ってやってきた。
さすがに、今日来たばかりの2人にテーピングをやれというのは、無理な話だろう。

「はい、終わり。ちょっと腫れてるからね、無理しちゃダメだよ」

「ありがとうございました!」

ちゃん、高石が倒れた!」

「ハイハイ!」

今度は走って、グラウンドまで走る。
基礎練の途中、走り込みで過呼吸になったらしい。

「綾小路さん!救急箱に紙袋入ってるから、持ってきて!」

私は高石くんを担ぐと、とりあえずトラックからフィールドへ移動させる。
綾小路さんが持ってきた紙袋を、高石くんの口元に当てた。

「大丈夫、落ち着いて。はい、吸えるー……大丈夫、大丈夫……呼吸できるからね、ちゃんと。落ち着いて……」

ひゅー、ひゅーっと鳴っていた、高石くんの喉が、段々と落ち着きを取り戻していく。

「うん、ほら、大丈夫。ね?……しばらく休んで、戻れそうになったら戻ればいいから」

「あ、あぁ……ありがとう、

「いえいえ、頑張れ!」

先輩、木下が気持ち悪いって!」

「はーい!……忙しくなってきたね……日本橋さん、高石くんについててくれる?」

「う、うん……」

「じゃ、任せた!」

今度はコートへ逆戻り。
コートサイドの排水溝のところにうずくまっている子を発見。

「木下くん、大丈夫?……吐きたかったら、吐いた方がスッキリするからね」

背中をさすると、途端に木下くんは吐き始めた。

「綾小路さん、タオル持ってきて、タオル」

「う、うん……」

しばらく吐いたら、胃の中がカラッポになったらしい。
ぜぇぜぇ、と荒い息を吐いている木下くんに、タオルを渡す。

「はい、口拭って。吐いた方がスッキリするから、多分もう大丈夫。もう少し休んで、それから復帰するといいよ。ポカリ、持ってきとくから」

「ありがとう、ございます……」

タンクのところまで走り、コップに注いで木下くんのところへ置いておく。

「あ、そろそろレギュラーのラリーが終わるね……」

ボトルが置いてあるかごのところまで走り、カゴを抱えてベンチへ。
ちょうど終わったがっくんと侑士にボトルを渡す。
綾小路さんは、タオルを渡してもらった。

「ありがとさん」

「サンキュー!」

「がっくん、まーた飛ばしすぎてたでしょ。途中から、動きが悪くなった」

「げ。……見てた?」

「ばっちり」

「……気をつけるぜ」

先輩〜!」

また声がかかった。
はいはい、今度はなんでしょう?

綾小路さんに、ボトルのカゴを渡す。

「ごめん、景吾たちが終わったら渡してくれるかな。ボトルの色と名前は、メモが入ってるから」

叫びながら、走っていく。
あぁ、もう!忙しいなぁ……!





「……どや?マネージャー業は」

忍足の言葉に、綾小路がうつむく。

「お前さんたちが思ってる以上に、大変やろ?……俺たちは、この部活の中で1番大変なのが、ちゃんやと思ってる」

「そーだぞー、がいるから、俺たち選手は、ただテニスしてればいいんだからな」

「…………本当に、さんがすごいと思いました」

「やろ?……あ、もう跡部たちも終わるで、行ってやり」

ペコリと頭を下げて、綾小路は跡部たちの所へ走る。
持ってみてわかったが、このボトルの入ったカゴは、重い。

それを持ちながら、軽々と走っていくの筋力を、改めて感じさせられた。

「っはぁっ……跡部様は……金色……で、芥川くんは、オレンジ……」

書いてあるメモで色を確認して、ベンチにやってきた人にボトルを渡す。

「あぁ」

「ありがとー」

「…………どうだ、マネージャーの仕事は」

大好きな跡部が目の前にいるのに、綾小路はうつむくばかりだった。

「……さきほど、忍足くんにも同じことを聞かれました」

「はっ……アイツも考えることは同じか……」

「こんなに大変だと思っていませんでした。前にマネージャーをやった子たちからは、ただドリンクを作って、タオルを渡して、声援するだけだって言ってましたから」

「全然そんなことはなかった……ってか?」

「……ドリンクは、好みの濃度にしてるし……正直、テーピングをやってるときは、この人の頭の中には、一体何種類のテーピングの知識が入ってるんだろう、と思いました。呼吸が出来ない子に、適切な処置をして……気分が悪くて戻してしまった子の介抱をする……どれも、私たちには、出来ません……」

コート、グラウンドを走り回って。
何か声がかかれば、素早く反応して。

「……それでも、笑顔で仕事をこなすさんは、すごかった……」

「あいつは、どんなときでも笑ってる。たとえどんなに辛い仕事をしててもだ。それだけで、俺たちは安心して、テニスに打ち込むことが出来る。…………マネージャー最大の仕事だ」

「…………自分が恥ずかしい」

「それがわかっただけで、今日の成果になっただろ、あーん?」

「はいっ……これからは、さんの応援をしようと思います!」

ニヤ、と跡部が笑った。

「景吾―――!!監督が呼んでる―――!!!」

の声が、観覧席から響いてきた。
いつの間に移動したのだろうか。観覧席には、滅多に現れないという榊監督と、がいた。

「あぁ、今行く」

そう答えた跡部の顔は。
柔らかい笑顔だった。

絶対の信頼と、深い愛情。

笑顔がそれを物語っていた。





太郎ちゃんが突然やってきたかと思うと、観覧席から私を手招きした。
ダッシュで観覧席まで行くと。

、練習試合の話は聞いてるか?」

「あ、はい……銀華中とですよね?」

「あぁ。…………跡部も休憩中だな。跡部も一緒の方がいいだろう」

「わかりました。…………景吾―――!!監督が呼んでる―――!!!」

あぁ、今いく、と景吾がボトルを置いて観覧席へやってくる。

「なんでしょう、監督」

「今週の土曜日だ」

「はい?」

「前々から言っていた、銀華中の練習試合が、今週の土曜日になった」

こ、今週―――!?
うっわ、心の準備が出来てないよ!

「わかりました。部員には俺から伝えておきます」

「あぁ。……では今日はこれで失礼する」

「お疲れ様でした」

頭を下げて、太郎ちゃんがカッコよく去っていくのを見送……
ってる場合じゃないよ!

「景吾、ホントに今週!?」

「そう言ってたろ、監督が」

Oh〜……………。

「景吾……スコアの書き方、教えてね……1日で覚えてやる……!」

「あぁ、家に帰ったら猛特訓な」

ぽん、と景吾が頭の上に手を乗っける。

「っていうか景吾、休憩中なら、ジャージ着てなよ。体冷えるよ」

「あぁ…………」

先輩〜〜〜!!!」

「はいはーい!じゃ、また!」

ばびゅんっ、と呼ばれた方向へ。
まったく……人数が多いから……!

コートを駆け巡り、今日の練習はやっと終了。
ぐったりしながら、タンクやボトルを洗いに行く。

さん」

「ん?」

「…………今日マネージャーをやってみて、あなたがすごいことが、とてもわかった」

「え……いやー、そんな改まって言われると……」

「いえ、本当に尊敬するわ。毎日毎日、こんな仕事をしてるなんて」

「あ、ありがとう……て、照れるね……どう?よかったら……」

この子達、悪い子じゃない。ちゃんと、人のことを考えられる子だ。
この子達とマネージャーをやるのは、嫌じゃない。
仕事は覚えてもらえば―――

とんでもない、と2人は首を振った。

「私たちには、とても無理だわ、こんな仕事。…………応援するわ、さん。頑張って!」

………………Oh〜………………。
逃がしてしまったよ、有望なマネージャー候補を…………。

「私たち、これからはあなたのことも応援するわ。他の子にも言っておく」

「え……あ、ありがとう……じゃあ、これからも、友達として、よろしくね?」

「えぇ、よろしく」

ガッチリと固い握手。
おぉぉっ……これで、女の子の友達が出来た……!
少しは風当たりも、弱くなるかな?


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