「……というわけで、ここは3の公式を利用します。そのままこれを解き―――」

カッカッと響く、チョークの音。

「う?……あぁ……え?……ん〜……?」

「…………ちゃん、大丈夫か?どっかわからん?」

「……途中まで合ってるのに、なぜ先生と答えが違うんでしょう……?」

黒板に書いてある解とどうしても違う。やり方はあってるはずなのに。
そういうと、ひょいっと侑士がノートを覗き込んできた。

「……あぁ、これは「ここの計算が違うから、代入したときにおかしなことになってるんだ」

最初は侑士が答えてくれたけど、途中からくるりと景吾が振り返って、トントン、と問題の箇所を指差しながら教えてくれた。

「あぁっ!ありがと!」

なるほど、確かに単純な計算ミスだ。
ガシガシと消しゴムで消して、正しい答えを計算する。

「…………跡部、俺が教えてあげよー思てたのに……!」

「フン」

睨みあってる2人をよそに、私は必死になってノートに宇宙語(としか思えない)を書き込んだ。






キーンコーンカーンコーン。
6時間目終了のチャイムが鳴り響く。
ようやく終わった地獄の時間(数学)を乗り越え、私は盛大にため息をついた。

…………相変わらず、数学がわからなさすぎて涙がホロリ……!

問題を解く時間なんて、前(景吾)と隣(侑士)の鉛筆の音が異様に早くて、ものすごい焦るし!問題配られてすぐに『カリカリカリ……』って音が聞こえるのよ!どうしてそんなにすぐに解けるの!(泣)

本当なら問題を解くことを放棄して、夢の世界へ旅立ちたかったんだけど、7月に期末テストあるし……それに、今週の土曜日に抽選会だから、まだ対戦相手はわかってないけど、とりあえず7月13日から大会が始まることだけは確定事項。部活と両立させるには……ちゃんと日ごろ頑張らなくちゃ……!跡部家に学費をお世話になってるわけだし、まがりなりとも副会長だから、生半可な学生生活は送れない……!

ぐったりしながら数学の教科書やらを片付けていたら、景吾がくるりと振り返ってきた。

、今日の放課後……って、お前……」

「ん〜……?」

私の疲労たっぷりの顔に、何かを話しかけた景吾が、少し肩をすくめた。
その後に、ホンのちょっとだけ口の端を上げて笑い、ぽん、と頭に手を乗せてきた。

「……そんなに数学辛かったか?」

「……相変わらず、意味不明ですから……景吾と侑士に教えてもらってなかったら、とっくのとうに赤点で、間違いなく落第街道まっしぐらだよ……」

「そないなこと言うたって、ちゃん、ちゃーんと平均点以上キープしとるやん。たった数ヶ月でここまでついてきただけでも偉いで。ちゃん、よう頑張っとるって〜」

「うぅぅ……ありがとう、ありがとう、侑士……!」

私にとっては神様(この学校で数学が得意なんて、神としか思えない)の侑士に頑張ってると言われて、ホント感激で目の前が滲みそうだ(大げさ)私がかろうじて平均点以上なのも、いっつもわからないところは即座にこの2人に教えてもらえてるからだよ……!持つべきものは、頭のいい周囲ね!

1人、神様(天の上にいる本物の方ね)に感謝していると、なぜだか唐突に景吾が、侑士をパコンと殴った。
当然、突然殴られた侑士は驚いて、頭を押さえつつ景吾を睨む。

「なにすんねん、跡部」

「気にするな。ただ貴様の顔を見ていたら腹が立っただけだ」

ものすごい失礼なこと(美形侑士の顔を見て腹が立つだなんて!)を景吾さんが言い放った。

「うっわ、なんやねんそれ!俺かて、跡部の顔見てたら腹立つわ!」

「俺様の美しい顔を見て腹が立つとは、相当目が悪いんじゃねぇか?そろそろその伊達眼鏡、ホンモノに変えたほうがいいぜ、あーん?」

「今日こそしばいたろか、跡部……!ちゃんを賭けて勝負や!」

を賭ける?ふざけんな……と言いたいところだが、いい加減俺様の寛大な心も限界だぜ。望むところだ……勝って今日こそ、は俺様のモノだってわからせてやるぜ、あぁん!?」

「ギャー!何を言ってるですかー!2人とも、発言に気をつけてー!!!」

ケンカは良くないよ、ケンカは!
しかも、意味不明なことに発展してるし……っていうか。

私の名前出して、クラスの注目集めないで!←本音

わ、私、ヒッソリコッソリしてたいの……!男テニマネなんて、ただでさえ目立つような職業?についてるんだから、こーゆーところであんまり目立ちたくないの!
なのに、この人たちは、人の名前をポンポン出してくださりやがって!!目立っちゃうじゃないのよ、目立っちゃうじゃないのよ―――!
あなたたちはいいのよ!?美形は目立ってしかるべきものだし、むしろ、みんなの目の保養のために、どんどん目立っちゃってくださって構わないんですけど!

「そ、そそそそそうだ、景吾!さっき何か言いかけてたでしょ!?何の話!?その話聞かせて!?」

強引だとわかりながらも、必死になって話題転換を持ち込む。
と、景吾がふっと鼻で笑って、侑士を見た。

「そうだな……と話すから、このバカに構ってる暇はねぇな」

「〜〜〜イチイチムカつく言い方やな、自分!ホンマ性格悪いで!」

「(無視)、HR終わったら、さっさと帰ろうぜ」

「あ―――!またそないずっこいことして、ちゃん独り占めに「う、うん!わかった!早く帰るのね!」

またケンカになる前に、侑士の言葉を遮って景吾に返答。
一刻も早く景吾と侑士を離さなくては!
その一心で、必死に会話を繋げる。
これで明日になったら、この2人はまた普通に戻ってるんだから、男の友情というヤツは不思議だ。

未だ睨みあってる2人に、無理やり会話を持ちかけながら過ごすこと数分。
ようやく先生がやってきてHRが始まり、2人の睨み合いは一応の終止符を迎えた。
先生が簡単な連絡事項を言って、解散となる。

言葉の通り、さっさと支度を済ませて帰る準備をした景吾は、私の手を引っ張ってきた。

「行くぞ、

「う、うん。じゃ、侑士、また明日〜」

「あぁ、ほなな、ちゃん。……気ィつけるんやで!?部屋に入ったら、ちゃんと鍵かけとくんやで!」

毎日同じようなことを言う侑士に、曖昧な笑みを返しながら(鍵掛けたって、景吾さん合鍵持ってるもの……!そして鍵を掛けると、ものすごく怒るからどうなることかわかったもんじゃない)、バイバイ、と手を振る。
侑士の隣を通る時に、景吾がふん、と鼻で笑った気がした。

校内で手を繋ぐなんて、恥ずかしすぎるので放してもらおうとしたけど―――やっぱり怖くて無理だったので、必死になってカバンで、繋がってる手を隠しておいた。






車に乗り込んで、ようやく安堵の息を吐く。
景吾と一緒に下校するのは、もう4ヶ月以上になるけど、相変わらず乗り込むときはビクビクドキドキ(女子生徒が周りにいるか確認しちゃうし)
こーゆー時、どこまでも私は小市民のノミの心臓なんだな、と思う。

ふぅ〜……と息を吐いて、柔らかいシートに身を委ねた。

、お前、疲れてるか?」

車が発進してすぐ、景吾が聞いてきた。

「え?……確かに数学は辛かったけど、別にどうってことないよ?」

「……じゃあ、行くか?」

どこに、とは聞かなかった。
部活がない水曜日は、時々顔を出している場所。
今日も、車の中に私のラケットが積んであるのを知ってる。

「……うん!行く!」

知らず知らずのうちに大声になってしまった私の答えに、満足そうに景吾が笑って一言運転手さんに告げた。

「ストリートテニス場だ」

「かしこまりました」

息抜きテニス、というとこだろうな。
ストリートテニス場は、まだ、放課後のラッシュ前で比較的すいてるだろうから、景吾と少し打ち合いが出来るかもしれない。

最近、ラリーが途切れなくなってきて、ものすごく楽しくなってきた(相手が上手いって言うこともあるけど)中でも、格別に景吾との打ち合いは楽しい。

うわ、着く前なのにわくわくしてきた……!

ニヤけそうになっていたら、景吾が私の方を見ていることに気付いて、慌てて表情を引き締めなおす。

「な、なに?」

「いや……(相変わらず可愛い笑顔だな……)……着くまでは体力回復、といくか」

「(?なんか沈黙が長かった気が……?)……さんせーい」

私達は2人、ゆっくりと目を閉じた。




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