「…………ポカリの粉がない」

部室にポカリの粉を取りにいった私は、ポカリの粉が入った棚を開けて、ボソリと呟いた。
…………あぁぁ、昨日、がっくんがカパカパ飲んでたからなぁ……ドラッグストア行く暇なかったし……。

ポカリの粉がなくなってしまうことは、今まで結構あった。
人数が多い分、消費量がとにかく半端じゃない。
しかも、段々と暖かくなってきてるこの季節、汗をかく量も増えたので、みんなの水分補給量もぐんと増した。
まだ練習は始まったばかり。

…………はぁ、借りるしか……ないか。

とてつもなく、嫌だけど。





グラウンドまで走って行き、サッカー部の部長さんを探す。
今日のグラウンド使用団体は、サッカー部。
……アイツに会うのはシャクだけど、背に腹は代えられない。
話さなければ、それでOK。

ボールを蹴っている人たちを眺めている部長さんを発見。
全速力で近づいた。

「あの、部長さん」

「ん?……あぁ、テニス部のマネか」

「ポカリの粉、予備あります?なくなっちゃって」

「あぁ、うちは昨日買ったばかりだから、部室にあるはずだ。持ってっていいぞ」

「ありがとうございます、買ったら返しておきますんで」

ペコリとお辞儀をして、グラウンドをぐるりと回って部室棟に―――。

「あー、ちゃんだ」

……幻聴。

空耳。

よって無視。

「おーい!ちゃ〜ん!ちゃんちゃんちゃんちゃん……」

「〜〜〜連呼するな!」

「あ、気づいた。やっほー」

ブンブン手を振ってるのは、ブラックリストランキング、最上位に位置するサッカー部田代。
ヤツへの扱いが酷いって?

私がアイツの所為で受けたことを思えば、こんなのまだ甘いッ!

「ポカリ借りに来たの?ねぇねぇ、ついでに俺のポカリも作ってよ」

「な・ん・で、私が君のポカリを作らなきゃならないんですか!サッカー部のマネさんに頼めばいいでしょうが!」

「うちのマネ、一週間前に辞めちゃったvv」

「そんなの知りませんッ!新しいマネージャー募集してください!私はテニス部のマネージャー!テニス部のためにポカリを作るんです!そういうわけで、さようならっ!」

「…………うちの部活から、ポカリ借りてくのに?」

ギク、と足が止まった。

「うちの部活のポカリ借りてくの、何度目かなぁ〜?俺たちサッカー部は優しいからさ、お礼とかせがまないけど。別に、ポカリ作って欲しいとか、あわよくば部室を掃除して欲しいとか、言わないけど」

………………言ってるじゃないか、思いっきり。
思いっきり、『お礼しろよ』って言ってるじゃんか!

「別にいーんだけどねー」

「〜〜〜〜〜〜わかった!1回だけポカリ作ってあげる!部室の掃除だってしてやるさッ!今までのポカリのお礼にね!」

「ぃよっしゃぁ〜!部長〜!ちゃんが、ポカリのお礼に部室の掃除してくれるって!!」

田代が部長に向かって叫んだ。
部長が『すまないな〜』と返事を返してきた。……よっぽど部室の掃除をしてほしかったのだろうか。あっさりお願いしてきたし!

「あ、これ俺のボトルね!薄めがいいなぁ」

「わかりましたよっ!……でも、テニス部優先してくるからねッ!部員たちが喉乾かして待ってるんだからッ!」

「うん、待ってる〜」

ガッとボトルをひったくって、グラウンドを突っ切って部室棟へ。
サッカー部の部室に入って(汚い)、ポカリがある棚へ。
何度も来てるから、どこにあるかはわかってる。
ポカリの粉を持って、テニスコートに走った。

タンクとボトルを持って、水場へ行き、手早くポカリを作る。
ついでに、憎き田代のボトルも作ってやった。

腹立ちまぎれに、やや荒々しくタンクの蓋を閉めて、またグラウンドへ。

ベンチに座ってる景吾に近づいた。

「景吾……サッカー部の部室掃除してくるから、ちょっといなくなる」

「……あーん?なんでお前がサッカー部の部室掃除するんだよ」

「…………ポカリの粉を借りたお礼。……お礼しないと、田代がうるさい」

ピク、と景吾の眉があがった。
景吾の中でも、田代はブラックリストランキング上位者らしい。

「……行く必要ねェ。サッカー部のマネにやらせればいいじゃねぇか」

「そう言ったら、マネさん1週間前に辞めたって。…………まぁ、田代のことを抜きにすれば、サッカー部には非常にお世話になってるから…………とりあえず、やってくる。すぐ戻ってくるから」

「おい、ッ!」

「大丈夫、ぱぱっと終わらせて帰ってくる!」

ダッシュでまずはグラウンドに行き、その辺にいた1年生部員に田代のボトルを渡した(もう話もしたくない)
その後、部室棟へ行き、サッカー部の部室へ。
さっきも思ったけど。

汚い。

「なんでユニフォームが床に落ちてんのさ、ちゃんとしまってよ、もう〜……」

床に落ちたユニフォームやら、プリントやら、雑巾(ボロ布としか呼べないかも)を拾い上げる。
ホコリも溜まりっぱなし。
ゴミ箱は溢れかえってる。

ジャージの袖を捲り上げて、まずは徹底的に物を拾い上げる。
全部まとめてゴミに出したかったけれど、何が必要なもので不必要なものかわからないから、明らかにゴミというもの以外は、1つの場所へ。
ユニフォームは落ちてた籠の中に放り込んだ。後で洗濯させよう。

床に物がなくなったら、まずはロッカーの上から絞った雑巾で拭き掃除。
……汚い……ロッカーの上にホコリが雪のように積もってる……!
ホコリの厚さが半端じゃないので、乾いた雑巾でとりあえず地面に綿ボコリを落とす。
その後、濡れた雑巾で、徹底的にロッカーを拭き、地面に落としたホコリの塊を、今度はほうきで掃き掃除。
ちりとりいっぱいに溜まったホコリを、テニス部の部室から持ってきた大きなゴミ袋へ。それに、溢れてたゴミ箱のゴミと一緒に、流し込ん―――

ニョロリ。

カサコソ。

ゴミ箱の中で生息していた方々が。

抵抗とばかりに、一斉に現れ―――

「……ギャ―――――――!!!!」

思わずゴミ箱を離してしまったものだから、ガツン、とゴミ箱が地面に落ちて中身が散乱。
ついでにゴミ箱に生息していたヤツらも散乱。

ブーンッ。

地面に落ちた衝撃で、黒光りの生命力異常なヤツが飛行を始めた!
1匹で地面を這ってるならなんとか潰せるけど、飛行してる上に、大量発生なんて、怖すぎる!!
しかも、逃げようと思ったら、本当に100本あるのかと思うほど足が多いヤツが地面を這ってるし。

「イヤ――――――!!!!怖い怖い怖いッ!!!」

め、目の前をブーンッて通った!通ったぁぁぁぁ!(泣)
羽音が……羽音がッ!
しかも、なんで足が多いヤツは意味不明な動きをするの!?

「「「「「(ちゃん)!?」」」」」

バンッと扉が開いた。
半泣きでそっちを向いたら、レギュラーが。

「どうした!?」

「ご、ゴキとムカデ……あぁぁ、また飛んでるぅ〜〜!」

動いたらゴキに当たりそうでイヤだ!(泣)
動けずにいたら、まず、景吾がズカズカ入ってきて(怖くないのか!?)、足がすくんでる私を抱きしめつつ外へ引っ張り出す。
あぁぁ、助かった……!

ちゃん、大丈夫やで。今レギュラーが叩きのめしとるから。……で、跡部はいつまでちゃん抱きしめとるつもりや」

侑士が部室から出てきて、ベリッと私と景吾を引き剥がし、頭を撫でてくれた。
景吾はその手を払いつつ、もう1度後ろから抱きしめてくる。
次いで出てきた亮、チョタと若。

「なんなんですか、あの大量発生……あれじゃ、さんが怖がるわけですよ……」

「ねっ!?ありえないよね!?あんな大量なゴキ、初めて見たよ……!しかも、ムカデが住んでる部室って、どうなのさ……!」

ガチャ、と最後に出てきたのは、ジローちゃん、がっくん、樺地くん。
手に持ってるサッカー雑誌が武器だったらしい。

「一応全部潰したよ〜。、大丈夫だから、ね?」

「ウス」

ジローちゃんが、少しだけ背伸びをして頭を撫でてくれる。
このときばかりは、ジローちゃんが大きく見えた……!

「あのゴミ箱に大量に住んでたみてぇだな。死骸はあのデッカイゴミ袋に放り込んでおいたから」

がっくんも、少し背伸びをして、よしよしと撫でてくれた。
うぅ、みんなありがとう……!

「みんな、ありがとう……!」

「ビビったぜ、コートまでの悲鳴聞こえてきたからな。……それにしても、サッカー部の奴ら、激ダサだな……こんなになるまで、部室放っておくなんて」

亮がそう言ったところで、ようやくサッカー部の人が『なんだなんだ』とやってきた。
背後から私を抱きしめていた景吾が、手を離してサッカー部を睨みつけた。

「おい、サッカー部。なんなんだ、この部室は。虫の溜まり場になってんじゃねぇか」

「す、すまない……って、なんだこれ、すげーキレイになってる……」

そりゃそうだろうよ、虫が出てくるまで、私頑張ったもん!(泣)

「当たり前だろー、が掃除したんだからなっ!」

がっくんが部長を見上げながら偉そうに言う。……威張るところなのかよくわかんないけど、まぁいいか。

、すまなかったな」

部長がすまなそうに頭を下げてくる。

「いえ、あれは予定外だったけど……いつもお世話になってるから」

ブンブン、と手を振りつつ、部長の後ろにいる田代を睨みつける。
……ブラックリスト殿堂入りさせてやろうかしら、この男。

ちゃん、ありがとね〜。ポカリもおいしかったよvv」

殿堂入り、決定(キッパリ)

「……おい、田代。テメェ、いい加減にしねぇと……」

「跡部くんてば、そんなに睨まないでよ。…………でもいいね、ホントに。ちゃんがマネージャーだったら、部室も汚くならないし、ポカリはおいしいし」

「言っておきますけど、さんはあげませんからね?」

先輩は、テニス部のもんだからな」

田代の暴言を、チョタ&若の2年生コンビが一刀両断。
ナイスだよ、2人とも!

「とにかく!……さっさと新しいマネージャー見つけるこったな」

「あぁ。本当にすまなかったな」

「いえいえ。……今後ともどうぞよろしくお願いします」

大分虫ショックから解放されて、落ち着いた。
部長さんは悪くないし。

とりあえずそれでその場は解散。
大量のゴミはサッカー部が処理してくれることになった。

………………虫の死骸だらけのゴミを見る余裕は、今の私にはなかった。





NEXT