…………また最近、ちょっとした『いじめ』もどきが再発してきております。

理由は多分―――球技大会で景吾や侑士が、もう『カッコイイ』としか言いようのないほどの活躍をしてくれちゃったからだと思う。
それで、愛情が復活しちゃった子たちが……以前ほどの酷さじゃないけど、ささやかに(?)いじめもどきを、やってきてる。
…………ま、気にしなければ、いいレベルだ。特に、私自身に危害を加えるようなことは―――。

ひょいっ、ガッ、ゴンッ!

………………廊下で転ばせられるなんて、まだまだ軽いもんよ……!(強がり)

盛大にぶつけた膝を撫でつつ、私は前を見つめた。





下駄箱には、ラブレターではないお手紙たち。
景吾と侑士がいない隙を狙って、そっとそれを開いて見た。……いや、ちゃんと宛名書いてあったからさ、万が一他の用事だったら、無視しちゃダメじゃん?

『忍足君を独り占めしないで!』

『跡部様はみんなのものよ!』

前は景吾ファンだけだったけど、今回は侑士ファンも便乗しているらしい。
……まぁ、前より控えめになってるだけ、よしとしてやろうじゃないか。
それらのレターを、ミックスペーパーに投入。……いや、エコロジーは大事だしね?

立ったついでに、トイレにでも行こうと廊下に出たら、

バゴンッ。

「〜〜〜!」

後頭部に、衝撃。コロン、と転がったのは、ぷよぷよした軟式テニスのボール。
思わず頭を押さえてうずくまった。

い、痛い……!これは痛い……!軟式テニスボールだし、まだ威力がそれほどでもなかったからいいけど、衝撃は確実に脳内をガッシャガシャにしたよ……!あぁぁ、ただでさえ出来がいいとは言えない頭が、さらに回転不足になったらどうしてくれるのか……!

痛みで生理的にじわりと浮かんだ涙を、ぐいっと拭き取りながら、トイレへ向かう。
個室に入ってホッとしていると、頭上から降り注いでくる、濡れた雑巾たち。
間一髪でそれらを避けた。やーめーてー!トイレの雑巾は、シャレにならない〜〜!!

犯人を捕まえようと、バンッと扉を開けても、もう逃げていく女子生徒の背中しか見ることはできなかった。
仕方ナシに、雑巾を指先でつまみ上げて、掃除用具室の中にあるバケツの中に放り込む。なんで私が後始末までしなくちゃならんのか……!

……地味ぃな嫌がらせも、結構クるなぁ……もう、この際誰がやってるか1人ずつ暴き出して、直接交渉しちゃおうかしら……?(悪)景吾や侑士に知られると、また厄介なことになるだろうから、内密にコトは済ませたい。

はぁ、とため息をつくと……思い出した。
そういえば、2年生に今日の放課後練習は、コート整備のためにお休みだって伝えてなかった。

トイレから出て、階段を降りて2年の階へ向かう。
ちょうど移動教室だったのだろう、樺地くんが上に上がってくるのが見えた。

「あ、樺地く―――」

ドンッと背中を押される感覚。
足が床から離れて、一時無重力人間へ。
……だけど、所詮地球には重力が働いていて。
つまり何が言いたいのかというと。

お、落ちるッ!(泣)

落ちそうになっているというのに、なぜかスローモーションに感じる。なので、頭の中で色々と考えた。

よくドラマでやってる、クルッと回って、シタッと着地するあれ……は無理!
手すりに掴まって、なんとか体勢立て直す……って、手すりに届かないよッ!
えーっと……後は、後は!

「か、樺地くん、プリーズヘルプミー!」

自分がダメなら、他人を頼れ!(オイ)

ちょうど落ちる地点にいる樺地くんに、声を上げながら私は落ちて行った。
ガガガガッと足が階段に触れつつも、最後は樺地くんがなんとか抱きとめてくれて、セーフ。

「た、助かった……!あ、ありがと、樺地くん……!」

「……ウス、大丈夫、ですか」

「大丈夫です、なんとか。……はぁ、ビックリした〜」

樺地くんに抱きついたままだったので、慌てて離れた。
重いものを受け止めさせて、ごめんよ樺地くん……!

「…………先輩、今のは」

「あー……えーっと、景吾たちに言わないでね?余計な心配かけちゃうから」

「……でも、それだと、先輩が」

「んー……ほとぼりが冷めるまで、もうちょっと頑張ってみるよ。一時的なものだと思うから、もう少ししたら治まるでしょ」

「………………」

「大丈夫だよ。本当にヤバくなったら、ちゃんと言うから。……あー……でも、もしかしたら、時々樺地くんにグチこぼすかもしれない。その時は聞いてやってくれる?」

「…………ウス」

「ありがとう。……あ、そうだ。私、今日の放課後の練習について言いに来たんだよ―――」





で。



「……ふっ……アザなんて、名誉の負傷よ……!」

結局樺地くんに、『大丈夫』なんて言ったワリには、全然大丈夫じゃないことを痛感してました。
痛いなーと思ってたら、腕や足にあるのはもちろん、なぜだかしらないけど、腰や肩にもアザが出来てた。……こ、これだと景吾さんたちにバレるのも、時間の問題……!

暑いけど、ジャージは上下着用、制服だってセーターを着ている。あ、暑いけど……!

汗を一筋垂らして、パタパタと下敷きで仰ぎながら、授業を受ける。

……お前、暑いんだったら、セーター脱げよ」

先生が板書をしている間に、景吾が振り返ってきた。
下敷きがなんとも言えない音を出して、本来の用途ではない使用方法をされているから気になったのだろう。

「や、暑いんだけど、セーター脱いだら寒いって言うか……ま、そんな微妙な感じでさ。あはは。ごめん、音、気になるね」

「別に音はいい。…………だが、お前、部活でもジャージ着っぱなしだろう?風邪でも引いたのか?」

「風邪やて?大丈夫か、ちゃん。熱は?」

侑士まで会話に参加してきた。

「だ、大丈夫だよ!風邪なんてひいてないって!」

ともすれば、おでこに手を当ててきそうな勢いの景吾と侑士に、慌てて両手を振る。
教室でそんなことをされた日には、アザが更に増える確率、100%だからね……!

「ほならえぇんやけど……無理したらあかんで?」

「お前は無茶ばかりだからな……」

「無理なんてしてないよ、大丈夫!ノープロブレム!」

「よし、ノープロブレムの。黒板に出て、問4を答えてみろ」

……………………あちゃー………………。

私は、ところどころ痛む体にムチを打って、仕方ナシに立ち上がった。
もう、最近ついてなさすぎる気がする……!

はぁ、とため息が出るのも、許してほしいというものです。






そんなこんなで、数日後の昼休み。

景吾がいない時に、樺地くんを発見したので、廊下だというのに思わず早口で愚痴をまくし立ててしまった。

だって、いい加減アザも増えて痛いし、イライラだって溜まるしさ―――!

「この間もさ、下駄箱開けたらギッシリデスレター詰まってるんだよ!?もう、靴取り出すの大変だし、紙の無駄遣いだし……!あぁ、もう何考えてるんか―――!」

色々まくし立てた後、スッキリしてはぁはぁ、と荒い息を吐く。
黙ってただ『ウス』と言っていてくれた樺地くんが、そっと何かを差し出してきた。

「?」

差し出してきたものは、絆創膏と湿布。
……心配してくれてるみたいだ。

「ありがとう!これでもうちょっと乗り切るよ!」

「……ウス」

樺地くんが、ペコリと頭を下げて去っていく。
それをしばらく見た後、教室へ戻ろうと歩き出したその時。

さん」

聞きなれない、女子生徒の声。
――――――ついに来たか。

私はくるり、と振り返って相手を確認した。
テニス部によく見学に来ていて、観客席から黄色い声援を投げかける人たちだ。見たことはある。

「…………ちょっと中庭まで、来てくれるかしら」

どこまでも中庭好きな景吾&侑士のファンたち。
私は、きゅっと唇を噛み締めた。

……頑張れ私!
戦闘なら、少しはこっちに分があるぞ!

そう言い聞かせて、1つ頷いた。




NEXT