授業が終わってすぐ、私は、高速で学校を出て駅へと向かった。
太郎ちゃんにも、今日の部活に出ないことは言ってある。

いざ、青学へ!

まだ夕方じゃないから、電車に乗っている人は少ない。
この前みたいな、不届きモノはいないから、安心安心♪

5つ目の青春台で降りて、バスに乗った。バスはすぐにわかったよ、『青春学園前行き』って出てたからね…………。

まぁ、とにかくなんとか青学につきまして。

手塚くんに昨日連絡しておいたから、コートへの詳しい行き方も教えてくれたし、迷うことなくスムーズに行けた。

おぉぉ……テニスコートが5面もある……あぁ、2つは女子が使ってるのか……でも、設備いいなぁ。
テニスコートに近づくたびに、ザワザワとした雰囲気が伝わってくる。
……なんだか、うちの学校と状況が似てる……ここでも男テニは人気なんだぁ。

フェンスまで近づき、コートを覗く。

お、もうみんなコートにいるじゃん。まぁ、ここまで来た時間を思えば、当たり前か。
………………ホントに青学だぁ……英二に不二に……あはは、ホントに海堂ってばバンダナしてる……うわ、乾の逆光って本物なんだぁ…………桃ちゃんの髪、やっぱ逆立って……

って違う!そんなことを観察しに来たんじゃない!

今日の私の仕事は、乾ばりにデータを取ることよ!(無理)

持っていた鞄の中からメモを取り出した。

一応、頭の中にデータ(原作知識)は入ってるけど、この目でしっかり確認しておきたいしね。

「……?」

一瞬その声に反応できなかった。
普段は名前で呼ばれることのほうが多いというのもあるし―――それ以前に、呼ばれるとは思ってなかったから。

「えっ……あっ、と……あー、手塚くん」

声をかけてきたのは手塚くんだ。
挨拶しようとは思ってたけど、まさか先にコート内から声を掛けられるとは思ってなかった。

「……思ったより早かったんだな」

「うん、乗換えが上手く行って。……このたびは偵察を許可をしてくれてありがとう」

「ねぇねぇ、手塚〜、その子誰ぇ〜?」

うわっ、英二だよ、生英二!
バンソーコー貼ってあるし!髪の毛跳ねてるし!

、氷帝学園中等部3年。生徒会副会長で男子テニス部マネージャー。部員数200を誇るテニス部唯一のマネージャーで、有能なマネージャーとして重宝されている」

「げっ……なんでそんなことを」

私のデータをペラペラ言ったのはもちろんデータ男、乾貞治。

『しゃべるな、関わるな、絶対にだ』

頭の中で、景吾の声が響いた。
…………おぉぉ、洗脳されてるよ、私ってば。
あぁぁ、これはあまり騒がれないうちに、早々に……。

「氷帝のマネージャー?……へぇ、はじめまして。僕、不二周助、よろしく」

「俺、桃城武、2年ッス、よろしく!」

おぉう!自己紹介されちゃったよ!
これは、自己紹介しないと失礼だよな……。

『しゃべるな、関わるな、絶対にだ』

…………景吾さん、そんな頭の中で叫ばないで……(シクシク)
だけど、ここで自己紹介しなかったら、明らかに変じゃん……。

「氷帝学園男子テニス部マネージャーの、です。どうぞよろしくおねがいします」

「氷帝にはマネージャーさんがいるのか……恵まれてるね」

おぉっ!ムーンヘッド大石!
ほんとに前髪生えてる!触りたい!
…………ってダメダメダメ、かかわるなって景吾に言われたじゃん!
それに、今日の私の仕事は偵察!仲良く話してる場合じゃないのよ!

「じゃあ、私、練習見させてもらうね」

「あぁ」

話を打ち切って、なんとかみんなが離れて行ってくれたからホッとする。
…………景吾……約束、かろうじてまだ守ってるよね!?

レギュラーのラリーが始まった。
……ふむふむ、やっぱり海堂くんはカウンターパンチャー……あれ、可愛い子ちゃん代表、越前リョーマの姿が見えない……図書委員か???

……まぁ、とりあえずは他のレギュラーの子を観察しよう。

桃ちゃんのダンクスマッシュはやっぱり気をつけるべきだね……ロブはあげないようにさせなきゃ。

…………ん?
桃ちゃん……足、かばってる?

かすかにだけど、体重のかかり具合が左右で違う。
あぁ、そういえば桃ちゃんって、1番最初は捻挫してたんだっけ……それかな。
でも、時間は経ってるはずだけど……。

じっと見ていたら、やっぱり気になる。

痛むのかな?……いや、違う。気にしてるだけだ。もう1度同じところを怪我するのではないか、という不安だ。
怪我に対する不安。それは体を思うように動かそうとする意識の、大きな障害となる。
だから、私はいつも怪我をした子には、テーピングを施して安心させたりするんだけど―――。

『しゃべるな、関わるな、絶対にだ』

景吾の声が、頭の中で響く。
…………だよね、一応敵チームの子に、わざわざ―――。

あっ、またかばってるし…………。
だから、その1歩が不安で踏み出せないから、思い切りよく飛べないんだよ〜。

ちょこっとサポート程度のテーピングすれば、気持ち的にも安心して、プレイできるのに。
捻挫のテーピングは、すぐ出来るんだよな〜。

『しゃべるな、関わるな、絶対にだ』

わかってる、わかってるよ景吾……。

あぁ、また大事な1歩、きちんと踏めてない…………。

〜〜〜〜〜〜〜!

「桃城、海堂、上がれ!」

ちょうど手塚くんの声が聞こえた。
ダメだ、耐え切れない!

「桃城くん、ちょっとちょっと」

「は?なんスか?」

コートの外まで桃ちゃんを呼び出す。

「足、意識してるでしょ?もう1度怪我するんじゃないかって」

「え。なんで……」

「意識してるから、最後の最後で大事な1歩が踏み込めてない。…………簡単でいいなら、テーピングするけど?」

「……テーピング、ッスか?」

「予防と補助の意味でね。テーピングすることで、精神負担は少し和らぐと思うよ?」

「………………先輩、やってくれるんスか?」

「……ついつい気になっちゃって。お節介だとは思うんだけど」

「いえっ、ぜひやって欲しいッス!」

「じゃ、テープ持ってきてくれる?」

はいっ、と返事をして、桃ちゃんがテープを取りに走る。
……うん、走るときは問題なさそうだ。やっぱり最後の意識が彼の動きを抑制してるんだろう。

「先輩、持って来たッス!」

「…………こんなには、いらないんだけど」

桃ちゃんが持ってきたのは、指用の細いのから、太いのまで様々。
……サイズを言わなかった私も悪いけどさ(苦笑)

「じゃ、そこ座ってくれる?ついでに、自分で覚えれば、なにかあったときの応急処置にもなるから」

「ういっす」

フェンスの外で座らせて、靴下を脱がせる。

「まずは、アンダーラップ。これをくるくる巻きつける」

「なんスか、それ?ふにょふにょしてて、固定されてないっスけど……」

「これはねー、皮膚を保護するためのものなの。テープを直接皮膚に貼り付けると、剥がすときに皮膚の組織まで剥がれて、ヒリヒリするし。かぶれちゃうこともあるから。……それに、毛が抜けるからね。その防止」

「…………毛が……それは嫌ッスね……」

「でしょ?……で、まぁ、これは皮膚を軽く覆うくらい巻きつけるだけでOK。で、テーピングの仕方だけど―――」

とまぁ、こんな感じで捻挫のテーピングを桃ちゃんにレクチャー。
最後にエンドテープを巻きつけて終了。

「どう?多分固定されて、左右に足首回んないと思うけど」

「おっ……おぉっ、すっげー!確かにッ!」

「ただ、やっぱりテープだからね。激しく動きまわると切れるから。……それに、固定されるとやっぱり足首の柔らかい動きは出来なくなるし。段々とテープの本数を減らしていくと、またテーピングしないで普通にプレイできると思うよ」

「ホントッスか!ありがとうございます!……あ、そうそう。先輩、俺のことは桃ちゃんでいいッスからね」

ホントは心の中で、ずっと桃ちゃんって呼んでたんだけど……。
苦笑しながら、『わかった、よろしくね、桃ちゃん』って言った。

…………景吾、まぁこれくらいなら許してくれるだろう…………。

コートに戻っていく桃ちゃんに手を振り、偵察再開。
……ふむふむ、タカさんはやっぱりパワーがすごい。力対力の勝負じゃ勝ち目は薄いから、左右に振り分けて、少しでも体勢を崩して―――。

「なぁ、ドリンクってどうやって作るんだ?」

「適当に粉入れて、水いれりゃいいんじゃん?…………って、うすっ!味しねぇっ!粉もっと入れて……うわー!入れすぎたー!」

………………………あぁ、もうっ!

水場で漫才やってる1年生コンビに近づく。
タンクやボトルを持って、あたふたしてる2人に、ズイッと手を出した。

「貸して!」

「は?」

「ドリンク、作るから!貸して!」

「はいっ!」

2人が差し出してきたボトルを受け取り、ポカリの粉を入れる。

「……いい?水入れて、粉入れるってのは合ってるけど、その後にシェイクしてないからダメなの。普通の濃さだったら……大体これくらいの粉いれて、ボトルの先まで水を入れて、シェイクする!」

一気にそこまで言うと、私は水を入れたボトルをガシャガシャとシェイクした。

「……すると、普通の濃さのドリンクが出来上がり」

コクリ、と1年生が飲んで『うっめー!』と叫んでくれた。
……味は普通のポカリなんだけど、そこまで喜んでくれると嬉しいよ……。

「その黄色のボトルは薄め、青のボトルは濃い目のポカリがいいとデータにある」

「薄めるんだったら、最初は少ないかな?ってくらいの粉。濃い目は標準にちょこっとプラスでいいからね。汗かくと、甘味を強く感じるから、標準くらいでも甘く感じる―――ん?」

背後から聞こえてきた声に、思わず反応してポカリを作ってたけど―――この声の主は?
くるりと振り返れば。

「やぁ」

「ギャ―――!!!!」

やっぱりシチュエーションは『逆光』を愛する乾!

……ふむ、データ通りだな」

「なんのデータですか!」

「気にしなくていい。……続けてくれて、構わないよ?」

「何を続けるん……」

『ですか』と続けようと思ったら、その場にいた1年コンビが、おずおずと挙手をしていた。

「なにかな?」

「…………タンクのドリンクは、どうやって作るんですか?」

「あぁ……タンクはね、水の量が多いから―――大体、このボトルが1リットル。このタンクだと―――7リットルタンクだから、7倍の粉を入れればOK。ただ、タンクは振れないから、1番最初に粉を入れて……勢いよく水を入れるでしょ?その後、軽く手でかき混ぜればいいから」

「あ、ありがとうございますっ!」

「ふむ、予測どおり」

乾の言葉に、ハッとなる私。
『続けて構わない』って、ドリンクレクチャーのことだったのか……っ。

「……っ……今まではちょっとしたお節介からの行動ですけど、もうこんなことしませんから。私は青学の偵察に―――」

がタンクを持つ確率は、94%」

「は?」

「……このタンク、ボトル持ってたら持てねぇよ」

「ボトルの数も多いし……誰も手伝ってくれないから、ここに置いていくしか―――」

ちらっ、と1年生の片割れと目が合う。
うるうる、と涙ぐんでる気がする。

なんだこれはっ!どこぞのチワワCMの人間バージョンか!

うっ……ダメだ……タンクを持ってあげたくなってる自分がいる……ッ。
私は乾を見た。

「…………データ男の言うとおりになるのはシャクだ〜……」

「外れる確率は、限りなく低い」

「……わかったっ!わかったよ〜!……1年生、タンク貸して!」

「え?」

地面に置かれていたタンクをガッと持ち上げる。
……ふっ、私はいつもこれより重いのを持って、駆けずり回ってるのよ、これくらいどうってことないわ……ッ!

の筋力……これはデータになかったな、追加しておこう」

「追加しなくていいからっ!」

後ろにピッタリついてくる、背後霊乾。
なんだこの男は〜!
データ取る前に、タンク持つの手伝えっ!

コート入り口で私はピタッと止まって振り返った。

「乾くん!」

「なんだい?」

「……私、ローファーだからコート入れない。よってこのタンクは君に託す」

ドス、とそのタンクを乾に渡し、私はパンパン、と手を払った。

「…………計算外だったな……だが、俺のデータによると、君は今日、テニスシューズを持っているはずなんだが?」

「なっ……なんでそれを……ッ」

「俺のデータにぬかりはないよ。明日は水曜日、氷帝はテニス部がオフの日だ。……君が居候している先の人間―――跡部と一緒に、近くのストリートテニス場へ行くことも、調査済みだ」

「なっ……なななな……ッ……」

なんで景吾と一緒に住んでることまで知ってるわけ!?
未だに氷帝レギュラー以外は知りえないこの事実を!

学校まで送ってくれる車を追跡してるとしか思えない……っ。

コイツ……ストーカーかっ!?

「ちなみに……手塚が君をコート内に呼ぶ確率は、87%だ。今のうちに、ローファーからテニスシューズに履きなおしておいたほうがいいよ。じゃ」

……………………………。
…………恐るべし、データ男……君を見誤っていた……。





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