海辺で転がっていた2人は、真っ黒焦げにはなっていなかったけれど、真っ白に燃え尽きているかのようだった。

慌てて近寄って―――手に持った焼きそばを見せる。

瞬間、2人の目に光が戻り、ものすごい勢いで跳ね起きて焼きそばを食べ始めた。

焼きそばなんて食べたことがないだろう景吾も、一緒に焼きそばを食べた。

みんなで色んな話をした。他愛もない話ばっかりだったけど、話題は尽きなかった。

きっとこんな日が、確かな思い出になる日。



Act.6 気ない1日の、大切さ



ガタン、ゴトトン……。

夕方、赤く色付いた日の光が差し込む電車の中に、俺たちはいた。

昼食を全員揃って砂浜で食べ(焼きそばは庶民的な味だが悪くなかった)、その後、パラソルの下で色々としゃべっていたらあっという間に時間は経っていった。
俺たちは元々1泊のつもりで来ていたし、図々しいこいつらも流石に泊まりの準備はしていなかった。
日が暮れる前にここを発つか、という話になったのが夕方よりも少し前。
荷物整理や着替えなどを終えて、どうせなら全員一緒に電車で帰ろうとが言い出した。
は立海との合同合宿でもそうだったが、どうにもこういった『遠足』みたいなことが好きらしい。意気揚々とコンビニや駅の売店で菓子を買い込んだはいいが―――。

「…………すー…………」

電車に乗って十数分、先に眠りについていたジローに続いて、はコテンと眠り込んだ。
……ったく、行動パターンはいつも一緒だな……。

苦笑しながら、窓のカーテンを下ろしてやることにする。
もちろん、なるべく音を立てないようにと、細心の注意を払いながら。

カタン……ッ……カタ……ッ……。

それでもチープなカーテンでは小さな音が鳴ってしまい、軽く舌打ちをしそうになった。そっとの表情を見ると、穏やかな寝顔は変わっていなかったので、ほっと息をつき―――に関して、やたらと細かくなっている自分に、思わず苦笑した。
カーテンを下ろしたおかげで、太陽の光はさえぎられ、の眠った顔が、また違って見える。
ほんの少し影を落とした横顔は……出会ったころより幾分大人びて―――綺麗になった。

「…………ちゃん、綺麗になったなぁ……」

同じくを見ていた忍足がボソリと呟いた。
その呟かれた一言も、俺が考えていたことと同じだったから、なんとなく癪に障る。

「……勝手にの顔見るな。見物料取るぞ」

「なんで自分に払わなあかんねん。ちゃんにやったら俺の体で払「途中下車させてやろうか、テメェ」

馬鹿すぎる言葉をみなまで言わせず、俺は忍足の足を蹴飛ばした。

は元々綺麗だし……そんなのは、改めて忍足に言われるまでもないことだ。

それでも。
俺たちが出会い、過ごしてきた数ヶ月は、確実に時を刻んでいて。

―――どうやらその間に『時』は、に美しさを過分に与えていたようだ。

先ほどまでは影が落ちていたと思っていたのに、こうして見ると、の顔がやけに眩しい気がして思わず目を細めた。

「…………もう、夏も終わりだな……」

なんとなく無言になったその中で、ただ1人、ぽつり、と岳人が呟いた。

レールの接合部分がもたらす、電車独特の揺れと音が、やたらもの寂しげに思える。

「こーなると、あっという間に中3終わっちまいそーだなー……」

「だな。……高校ってどうなんだろーな」

「変わんねぇだろ、今までと」

「…………かもな」

ようやく会話に発展したが、ぽつりぽつり、と言葉が断片的になっていく。
カーテンに遮られたわずかな夕日と、電車の音が感傷的な気分にさせてるみたいだ。

しばらく、会話が途切れ―――るかと思ったが。

突如、の肩がビクッと揺れた。

隣に座っていた俺は、もろにその衝撃を肩に受けて驚き、の顔を覗き込んだ。なんだなんだ、と他のヤツらもの方を向く。

ぱっと目を開けたは、きょろ、とあたりを見回し―――俺を含めた全員と目が合うと、ちょっと罰が悪いような笑みを見せた。

「どうした?」

「や、ちょっと変な夢見て……あ、ごめん、寝ちゃってた……っていうか、みんな……ちょっ……こっち見ないでよー!ビクッてなって起きたの、自分でも自覚あるから恥ずかしいじゃん!」

「確かに、すげー『ビクッ』ってなってたなー。なんだよ、そんな変な夢だったのかー?」

岳人が楽しそうに身を乗り出した。
先ほどまでは感傷的になっていた空間に、再び会話が生まれ―――暖かな雰囲気が生まれる。

「うん、まぁ……みんなも出てきたー」

「俺らも?なんやねん、ちゃん、教えてぇな」

「え……でもホンットーにくだらないよ?」

「そんなこと言われたら気になるだろ。ここまで来て言わねぇとか、お前激ダサ」

「なっ……」

、いーから教えろ」

最後に俺が言うと、がぽりぽり、と頭を書いて照れくさそうに口を開いた。

「夢の中でさー、すっごいダイエットしようと思って頑張ってるんだよ、私……でみんなも出てきてね。まず、がっくんは『跳んでみそ!』って言いながらぴょんぴょんしてるじゃん?『無理!』って言ってたら、次に亮が出てきて、『テレポートダッシュしてみろよ』って一言だけ言ってどっか行っちゃうの。でもさー、なんか夢の中では『テレポートしちゃったよ、本当に』とか理解してるんだよね」

そこまでだけでも、笑いが起きた。

「なんだよそれ!俺消えちまうのかよ!激ダサ!」

「まだあるんだよー……で、ジローちゃんがね『寝てればカロリーも摂取しないしいいんじゃないかなー……』って寝言で言って、侑士は侑士で『痩せへんでもえぇやん』って、たこ焼き持って誘惑してくるの」

「そらそうやって。ちゃん痩せる必要ないやん」

「侑士、夢の話になにマジで返してんだよー」

ゲラゲラ、と笑う岳人の目尻には、涙が浮かんでいる。
泣けるほど面白いらしい。

「で、景吾が最後に来て、『シェフの特製ダイエットコースだ』ってパチンっていつものようにやってさー……」

「やって?」

「出てきたのが……テニスボール型の巨大豆腐」

一同大爆笑。

「景吾が特選醤油をかけたところで、あまりの恐怖に目が覚めたよ……」

「…………ったく、どんな夢見てんだ、お前は」

「ハハハッ、すげーなー!わずか何分って間に、そんだけの夢見てんだな!」

笑いっぱなしの岳人は、痛そうに腹を抱えている。

「でも夢でよかったよ……あんな巨大豆腐、もう目にしたくない……」

「バカ」

コツン、との頭を小突くと、ははは、と照れた笑いを浮かべた。

「くだんない夢でしょー?でも、今ここにみんないるのに、夢の中にまで出張してきてくれてありがとう」

「なんだよそれ。……あー、おもしれ。なぁなぁ。ここ最近、他になんか面白い夢とかねーの?」

「そうだなぁ……あー、あるある!でもみんなはなんかないの?」

「俺、この間、夢に立海の真田が出てきたぞ」

「なにそれなにそれ!」

「わけわかんないままに、『たるんどる!』って怒られた」

「うわー、アイツ、夢の中でも怒ってんのかよ!」

「んー、なにー……?みんな、何騒いでんのー……?」

寝ているジローも、この騒ぎにようやく目を覚ました。
わいわいとうるさいくらいの会話。
仮にも公共の場である電車内では、大きすぎる話し声だが。

ひと夏の思い出に、少しだけ周りの大人には目を瞑ってもらうのも、いいだろう。




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