「さ、たくさん食べてくださいね。この近くで取れた、新鮮なお魚はとてもおいしいですから!」 テーブルいっぱいに用意された、ものすごい数の料理。 「お風呂の準備も整っております。露天と室内、どちらになさいますか?」 別荘の管理人さんに連絡が行ったのはついさっきだろうに、まるで1週間も前から来ることがわかっていたかのような完璧な歓迎振りだった。 …………さすが跡部家。 相変わらずね……っていうか。 露天風呂って!!! Act.2 安心する場所、複雑な心境 「………………やっぱりな」 俺は、広いベッドの上で幸せそうな顔をして寝ているを見て、小さくため息をついた。 「…………すー…………」 うつ伏せのうえ、片腕だけ伸ばしているという、明らかに不自然な体勢。 ……やはり、風呂を先に入らせたのは、間違いだったか。 露天風呂、ということにいたく感動していたから、いつもは俺が先に入るところを譲ったんだが……。 俺のため息なんぞ知らないは、すーすーと静かな寝息を立てている。 「…………ったく」 あまりに幸せそうなその寝顔に……先ほどとは違うため息をついた。―――少しだけ、口元が緩むのを自覚しながら。 が寝ているすぐそばに腰かけ、その寝顔をじっくりと見る。 連日、炎天下の中にいたの肌は日焼けしていた。 日焼け止めを塗っていても限界はある。毎日汗だくになりながら走り回っていたのなら、なおさらだ。 日焼けした頬に、そっと触れた。 手を触れても一向に変わらない、穏やかな表情に、体の力が抜けた。 いつまでもその寝顔を見ていたいと思ったが―――こんな不自然な体勢で寝てたら、体のどこかがおかしくなりそうだ。 ゆっくりと体勢を変えてやり、投げ出されていた腕を下ろしてやる。 サッと足首に目を走らせ、湿布のみしか貼られていないのを見て、包帯を手に取った。 くるくると巻いていくと、ところどころ小さな反応はするものの、は目覚めない。 「……ったく……安心しきった顔しやがって……」 嬉しいんだか悲しいんだかわからねぇ。 複雑な想いを抱えて、俺は再度ため息をついた。 ふっ、と目が覚めて目に入った極上の寝顔にビックリした。 思わず叫びそうになったのを、すんでのところでとどめる。 まだ短髪景吾に見慣れない上に、この至近距離。……ホント、毎朝叫ぶのを堪えるのに必死だ。 ゆっくりと離れて周りを見渡し、カーテンを抜けて日の光が溢れてることに、やっちゃったー……と頭をかいた。 ……お風呂上がってそのまま寝ちゃったんだろうな……。 おなかいっぱいのうえ、露天風呂でかーなりはしゃいでしまったから。 巻いた覚えのない包帯が足首に巻かれているのは……隣で眠る、この人のおかげだろう。……というか、絶対景吾だ。このぐるぐる巻き度は。 壁に掛かっている時計を見て時間を確認。 8時。確か、朝ご飯は8時半ごろに、って昨日話していたから、そろそろ起きなければ。 モゾモゾと動いて、ベッドから出る。 着替えてから景吾を起こそう。持ってきたカバンの中から着替えと洗面用具を出して、洗面所へ。 顔を洗って、ぼーっとしながら着替えをする。 「…………しまった」 中に着るTシャツを忘れて、パーカーだけしか持ってこなかった。 あー……ぼんやりしすぎだなー。 仕方ないので、下だけ履き替えて洗面所を出る。 景吾はまだ寝ているみたいなので、足音を立てずにそっとバッグへ近づいて、Tシャツを取り出した。 ……もう1度洗面所に行くのも面倒くさいし。 景吾寝てるし。 …………いっか。 手早くシャツを脱いで、新しいものに着替える。 やっぱりTシャツだけじゃ少し肌寒いので、パーカーを着こんでから、よし、と気合いを入れた。そろそろ景吾を起こさなきゃ。 そう思って、振り返った。 ら。 …………じぃ…………。 視線、が…………(滝汗) 「…………け、景吾…………お、起きて……たんだ……」 ベッドに横になったまま、こちらを見ている景吾さん。 ぱっちり大きなお目目が開いています。 ……なぜ無言。どうして無言。 沈黙に耐え切れず、私のほうから言葉を発する。 「…………お、起こそうかとも思ってたんだけどね……ほら、ぐっすりだったしね?……今、起きたんだ?」 『今』。 希望を込めてそう言ったんだけど。 ニヤ、と口角が意地悪く上がる。 「…………なかなかいい眺めだったぜ」 「……っ……!ギャー!!」 希望は希望のままで終わった!!!(叫) 「見てた!?もしかしなくても、見てた!?」 「まぁな。……ったく、今更だろ。着替えくらいで騒ぐなよ」 「そーゆー問題じゃなーいっ!不意打ち禁止!おばかー!!」 「なんだよ。……じゃあ、俺様のも見せてやるから、それで許せ」 「ギャー!!!もっと困るっつーのー!!!」 言葉の通り、本当に脱ぎかけた景吾を、無理やり抑え込む。 朝っぱらからそんなん見せられたら、今日1日持ちませんよ! あぁぁああぁ…………(混乱) 「……クッ……クックックッ…………」 低い笑い声が響く。 朝だから、少し掠れたその声が……もうR指定かけたいほどエロい。 景吾を抑えていた右手は、いつの間にか景吾の背中にまわり、密着状態。 ふっと顔が近付いて―――触れあった。 「………………おはよう、」 「…………っ……おはよう、ございます……っ」 あぁ……。 今日も朝から、騒がしい。 これまた豪華な朝ごはんを食べて、ゆっくりと食後の休憩をして。 10時近くになり、さぁ、そろそろ海へ行く準備をしようかと、部屋に戻りかけたとき。 「景吾様……あの……」 管理人さんが、おずおずとやってきた。 「あーん?なんだ?」 「…………お客様が、いらっしゃってるんですけれども……」 管理人さんの言葉に、景吾の眉間に皺が寄るのが見えた。 ……ヤバイ、ご機嫌斜めモードに突入しちゃう感じだ……。 「客?……いったい誰だ」 「俺や!!!」 ………………………………………………ん? 玄関の方から聞こえた、聞き覚えのある声に…………。 「…………(ぶちっ)…………」 景吾さんの眉間の皺が、余計に2本増えた。 「……、お前はここで待ってろ」 「え、や……えーっと、景吾さん、今の声は「ここで待ってろ!!いいな!?」 叫ぶとすぐに玄関に早足で行く景吾さん。 …………おっとー???もしかして……もしかして、そーゆー展開なんですかー? 「なんでテメェがここにいんだよ!?」 「ちゃんとメールしとったら、いきなり『海行く』っちゅーから、来たんじゃボケ!」 「逆ギレしてんじゃねぇよ!つーか、なんでテメェそれで来るんだ!」 「はっはっは……ちゃんの水着、1人占めになんてさせてたまるかっちゅーねん!」 「ふざけんな!今すぐ帰れ、さっさと帰れ、この近くのビーチは、ほとんどが跡部家のプライベートビーチだ、部外者はいれねぇ!」 「部外者ぁ〜?跡部くんってば、同じ部活の仲間捕まえて、そーゆーこと言うんかぁ〜。俺、ガッカリやわ〜」 「テメェにがっかりされようがなんだろうが、どーでもいいんだよ!大体、テメェらなんて誰が捕まえるか!」 ……微かに聞こえてくる声はなんか激しい。……展開がものすごく気になる。 そろっと玄関の方を覗きに行くと。 「あ。ちゃーん!!!」 「ー、おはよー!」 「おーっす、ー!」 「……朝っぱらからすまねぇな」 見慣れた顔が勢ぞろい。 「俺らも一緒に海行くでー!跡部に了解ももらったしなー」 「許可なんて出してねぇ!!」 「……あは、あはははは…………」 やっぱり、そういう展開でした。 NEXT |