樺地が、眠るを抱えた。 不本意だが―――樺地の方が、安定はするだろう。起きる心配はない。 すぐに、呼び出した車に乗り込み、屋敷へ向かう。 始終、無言だった。 いつもは騒がしい岳人でさえも、一言も声を発しない。 屋敷につけば、いつものように宮田が出迎える。 眉1つ動かすことなく、レギュラーに出迎えの言葉を言う宮田。 だが、一番最後に、樺地がを抱えて出てきたときだけ、表情を曇らせた。 「……跡部、ちゃんはどないするん?」 「あぁ……俺様の部屋でいい。来い、樺地」 「ウス」 「……跡部の部屋……って、オイオイ!」 なんだか後ろでゴチャゴチャと煩い奴らがいるが……こんな状態のを、1人で部屋に寝かせる気にはならなかった。 が目を覚ましたときには……俺が、側にいたい。それだけだ。 部屋に入り、入り口の近くにあるテーブルセットとソファにレギュラーのヤツを座らせ、樺地を誘導して、1番奥にあるベッドにを寝かせる。 「……行け、樺地」 「ウス」 樺地が離れていったのを見てから、ベッドの上に置いてあるブランケットを手に取った。 がいつも使っているブランケット。それを掛けてやり、1つキスを落とした後、静かに離れた。……ここはテーブルセットのところからは死角になっていて見えないから、忍足の野郎も騒がないだろう。 レギュラー達は、会話をすることもなく、ただ黙って座っている。 俺も、椅子の1つに腰を下ろした。 「……さて、何から話せばいいんだ?」 「最初から全部だよ、全部!」 岳人の声に、少し上を見上げて―――記憶を掘り起こす。 全ての始まりは、忘れもしない、2月2日。 「―――これから言うことに、嘘や虚実は含まれてはいない。…………信じる、信じねぇはお前らの勝手だがな」 「前置きはいいから、とっとと話せよ」 「焦るなよ、宍戸。…………それほど、今から話すことは、現実離れしている。信じられなくても、仕方はねぇ。だが、1つ言いたいのは―――」 レギュラー全員の目を、じっと見る。 誰一人として、逸らすことはない。 「誰にも、この事は話すな。信じる信じない、に関わらず……この事を、他人に漏らすな。……誓えるか?」 非現実的なことで、他人に漏らしても、頭を疑われるようなことだが―――それでも、以前、遠藤に揺さぶられた経験がある。2度とあんな事態を引き起こさないためにも―――この誓約がなければ、話すことは出来ない。 言葉もなく、即座に、全員が頷く。 それを見て、1つ息を吐いた。 ……まぁ、愚問だということは、最初からわかっていたが。 「……アイツが氷帝に来た日のこと、覚えてるか?」 「もちろん。忘れるわけないやろ、ちゃんと初めて会った日のことは。2月3日、やったっけ?」 「そうだ。……その前日、つまり2月2日―――アイツと俺は、出会った」 レギュラーの表情が、固まる。 「え……ちょっと待てよ……でも、は跡部の遠い親戚で―――あれ?」 「……お前ら、俺の両親がどんなのかは、知ってるだろ?」 これにも、全員がすぐさま頷く。 「……俺の両親が、『理想の氷帝マネージャー』を探して……それに該当するが、2月2日の夜―――この世界に、現れた」 「……この、世界……?」 鳳の声に、疑問が混じる。 ゆっくりと、言い含めるように、言葉を紡いだ。 「……元々、アイツはこの世界に存在しない。違う世界で暮らす、18歳の『』という人間だった―――」 両親からの手紙。 まじないの紙。 が現れた経緯。 かいつまんでだが、偽りなく、話す。 ……全員が、ただの1度も口を開くことなく、俺の言葉に耳を傾けていた。 「……アイツは、俺の親戚ではない。長野にいたというのも嘘だ。の両親なんて、この世界には存在しない。…………それが、俺たちがお前らに隠していたことだ」 全てを言い終えて……目を閉じて、ゆっくり、息を吐き出した。 静寂が、部屋を支配する。 しばらくして、忍足がポツリと呟いた。 「…………ホンマに、現実離れした話や。信じられへん」 「まぁ、それが普通だろうな。……最初に言っただろ。信じる信じないは、お前らの勝手だ。俺がどうこう言う問題じゃねぇ」 「違うねん!……現実離れした話やけど……せやけど、それなら、今まで不思議に思てたことが、全部、納得できんことが……信じられへん」 「確かに、忍足さんの言うとおり……今の話を聞いて、あまりにも非現実的なことに驚きはしましたが……逆に、そうでもないと、説明がつかないことのほうが、多かった……」 「お、俺よ……細かいことは、よくわかんねぇけど……でも、が俺たちに家族のこととか話さなかったワケ、それなら、よくわかる……だから、俺は……信じるぜ」 「お、俺も!岳人とおんなじこと考えてたCー!」 真剣な目で『信じる』ということを訴えてくるコイツら。 こんな話、信じるほうがどうかしているというのに。 ……少し呆れた視線を向けた。 「……テメェらは、本当にバカだな…………こんな話、信じねぇってのが普通なのによ」 「……せやけど、『本当』なんやろ?」 「…………あぁ」 「なら、答えは決まっとるやん。俺らは、お前と―――ちゃんを、信じる」 忍足と同時に、頷く奴ら。 ……本当に、バカな奴らだ。 「………………どこまでも、バカな奴らだな」 「なんとでも言い。……あぁ、スッキリした。―――今思えば、『あぁ、せやからあの時』ってことがぎょーさん出てくるわ」 「……辛かっただろうね……嘘をつき続けるなんて」 ジローの言葉に、全員が沈黙した。 嘘をつくことは、誰でも辛い。のような、真っ直ぐな人間だったら、なおさらだ。 ―――俺は、本当に過酷なことをにやらせてきたんだな。 「で、でもよ……こんな大事な話、がいないところでしてていいのか?」 岳人の言葉に、意識が浮上する。 あぁ、と呟いて、ベッドの方へ視線を向けた。 ……ここからベッドは見えないが、なんとなく視線を向けずにはいられなかった。 「……少し、アイツを休ませてやりたくてな……アイツは、辛いことは、誰にも相談しないで、1人で思いつめるからな」 あぁ〜、と全員が頷いた。 普段のの行動を見ていれば、簡単に想像がつくからだろう。 「……ん……?」 ちょうどその時に、小さな声が聞こえてきた。 そして、ゴソゴソと動くような音。 頭で理解するより早く、体が動く。 気付いたときには、椅子から立ち上がって足が動き出していた。 ついてこようとしたレギュラー達に『待ってろ』と目線で告げる。 歩幅を大きくして、なるべく早く、ベッドに近づいた。 が上半身を起こして、ぼんやりとこちらを見ていた。 「……け、ご……?あれ、ここ……」 「あぁ、俺様の部屋だ」 「な、んで……?あれ、私、学校に……え?もしかして……寝ちゃった……?」 「お前は、泣きながら寝るのが得意だな」 「……う、ぇっ!?うわわ、ご、ごめん……っ」 「別にいい。…………それより、大事な話がある」 「え?う、うん……」 の手を引き、抱き起こす。 少し乱れている制服を整えてやり、レギュラー達の所へ。 「あれ?みんな、来てたんだー?」 まだ先ほどの余韻は残っているはずで、気持ち的には落ち着いていないだろうに、はまた、微かに微笑を浮かべる。 どこまでも、辛いときに笑う。 そんなに、レギュラーが表情を崩した。 「……〜〜〜!」 ガバッとジローがまず抱きついて、その次に岳人も抱きついた。 いきなり抱きつかれたは、驚きの声を上げながらも、なんとかあいつらを抱きとめて、その場に踏みとどまった。 「ど、どしたの、ジローちゃん、がっくん!?」 「ー!大変だったねぇ〜……」 「辛かっただろ!?もう、そんな思いさせねぇからなー!」 「えっ?えっ!?ちょ、2人ともどうしたの〜!?」 困ったように、他の奴らに視線を向ける。 忍足が、ゆっくりとに近づいて、頭に手を乗せた。 「……俺ら、全部聞いたんや」 「?……聞いた?」 「さんが……この世界の人ではなかったということとか……さんが、隠してきたことを、跡部さんから、聞きました」 ふっ、との顔から表情が消えた。 恐る恐る俺を見る、。 「……景吾……?ホント……?」 「……コイツらに、社会科室での会話を聞かれた。……そろそろ限界だとは思ってたし……誤魔化しようもなかったからな。ありのまま、お前がここに来たことから、全部を話した」 「俺らよ、薄々、には何か大きな秘密あるだろ、と思ってた。……今回、お前と跡部の会話聞いて……居てもたってもいられなくてよ……跡部に問い詰めて、聞いちまったんだ」 「ぜ、全部、聞いた…………?それ、で……」 「……あいつらは、信じた。お前が、異世界から来た人間だって事を」 コクリ、と全員が頷いた。 何かを思うように、少し俯く。 「…………?」 声をかけると、は俯いたまま、小さく小さく呟いた。 「……そか……やっぱり、気持ち悪いって思う、かな……私、みんなとは一緒にいたいんだけど……でも、仕方ないか……異世界人だなんて、ね……」 それは微かな声で、近くにいた俺ですら聞き取るのがやっとだった。忍足たちには聞こえていないだろう。 だが、に抱きついて、1番近くにいたジローと岳人は、きちんと聞き取ったらしい。 その言葉を聞いて、更にに抱きついた。 「んなこと思うわけねぇじゃん!はだろ!?」 「そーだよー?俺、が地球侵略の為に火星から来たって言われても、ずっとずっと大好きだから!」 「…………がっくん、ジローちゃん……」 「……なんや、ちゃん。そんなこと心配してたんか?あかんで〜?俺らの愛を疑ったら」 岳人とジローの言葉で、が言った言葉を推測したらしい。 忍足たちも、に近づいた。 「俺たちの態度は、前と変わりませんよ。……というか、今日のその話を聞いて、さんが少しわかった気がして……嬉しいです」 「先輩は、何でも1人で抱えすぎなんですよ。……少しは、周りの人間にぶちまけてください」 「お前な……俺らがそんなんで変わると思ってたんなら、激ダサだぜ?」 「ウス」 一人一人の言葉に、の目に、また涙が浮かんできた。 忍足の手を払いのけて、その頭に手を乗せて、撫でる。 「泣くな、バカ。……ここでこそ、笑うところだろうが」 俺の言葉に、ゴシゴシとが目元を擦って、涙を拭った。 「……うん!みんな……大好きだー!」 最高の笑顔。 今まで見せていた、どこか無理やりな笑顔とは違う。 見ているこちらも、思わず笑いたくなるような、笑顔。 ……ものすごく可愛くて、思わず、抱きしめてベッドに押し倒したくなったんだが…………それを見ていたのは、俺だけではなく。 例によって、レギュラーが騒ぎ出す。 「……っ……ちゃん、このままお持ち帰りしてええっ……!?」 「へっ!?」 「マジマジ、、その顔かわEー!俺も大好きー!」 壊れた馬鹿眼鏡と、覚醒したジローが騒ぎ出す。 他の奴らは、それぞれ顔を赤くして俯いたり、あらぬ方向を見ていたりする。 ……ちっ、こんな笑顔……見せるんじゃなかった……! 「おい、コラ。に触んじゃねぇよ、とっとと離れろ」 抱きついたままのジローと岳人を引き剥がして、ついでにに触れそうだった忍足の野郎からを守るように前に立つ。 「……というわけだ。もうお前らに話すことはない。そろそろ帰れ」 「なっ……これから色んな話しよ思てたのにー!」 「また後日、俺様のいるところで話せばいい。……オラ、さっさと帰れ。樺地」 「ウス」 「あっ、ま、またこのパターンかよ!樺地、放せ、放せぇ〜!じゃねぇと、がどうなることか……!」 「樺地、追い出せ」 「ウス」 「あ、ちょ、あぁぁ、〜〜〜!!!」 「ちゃ〜ん!逃げるんや、逃げろ―――!」 「あぁぁ、〜……っ」 「じゃあな」 あいつらを部屋の外へ押し出して、パタンと扉を閉めた。 なんとかことを終えて、一応の安堵。 ふぅ、と息を吐いたら、背中に温かいものがぶつかった。 ―――その正体は、抱きついてきただ。珍しいその行動に、少し口元が緩む。 ぎゅっ、と腕に力が込められて、背中全体が柔らかいの感触でいっぱいになる。 「――――――ありがとう……」 耳元で聞こえてきた、声。 目の前にある手を、握り締めた。 「……、少し力緩めろ」 「あ、ごめ……痛かった?」 「いや……」 腕の力が緩んだので、体を反転させて、今度は俺がを抱きしめた。 「……こうしたかっただけだ」 「……景吾」 ドアに背中を預けて、の体を包む。 答えるように背中に回された腕が、とても愛しい。 「ホント、ありがとう……みんなに嘘言わなくてもいいってだけで、すごく心が軽くなった」 「……そうか」 「景吾、大好きだー……」 「……ありがとよ」 そのまま、の唇に、キスを落とす。 照れて、小さく笑うの顔は、吹っ切れたような笑顔。 ……この笑顔が、見たかったんだ。 ぎゅっ、ともう1度強く抱きしめる。 「……今日は、ここで寝ろよ。俺様が傍にいてやる」 「うんー……」 前髪をさらりとかき分けて、額にキスをする。 驚いたように瞑られた瞳に、1つ2つとキスを落として。 「…………今日は、俺様がお持ち帰りだ」 「……え?何か言った?」 「いや……なんでもない」 心の中で、忍足の野郎が悔しがるのが見えた気がした。 NEXT |