「……ったく、混んでんな……」

後ろで愚痴を言うのはもちろん、景吾さん。

「普通に歩いてきたら、遅かったみたいだね……あー、でも食券買うのに並ぶのも、楽しいっ」

「……そうか?混んでるだけじゃねぇか」

、本日学食、初体験です。






球技大会の副賞、学食の券が本日配布されたので、早速使ってみることに。
4時間目の授業を終えて、すぐに私と景吾は2人して、食堂のある交友棟に来ていた。交友棟は、私達の教室がある本館から遠いので、授業後にすぐに移動しないとお昼ご飯を食べる時間が少なくなってしまう。

私達がついたときには、すでに食堂はたくさんの生徒でにぎわっていた。
…………授業が終わって、飛び出していく人たちって、このために走っていたんだね。

行列の最後尾に5分ほど並んで、ようやく券売機までたどり着いた。
景吾が振り返りつつ、聞いてくる。

、何にするんだ?」

数秒間メニューを見つめて……うん、決めた。
……というか、並んでる最中に決めてたんだけど、再確認ね。

「えーっとね……オムライスセット」

「……また、可愛いもんを頼むな……ま、らしいが」

「んなっ……オムライス、美味しいじゃん〜!そういう景吾は、何頼むの?」

「ローストビーフ定食」

「…………さよですか……」

それこそ景吾らしいね……。
っていうか、学食にローストビーフ定食があることだけで、ビックリだよ!
さすがお金持ち学校の氷帝……学食のランクまでも違いますか……!

景吾が券売機から券を買ってくれた。それをそのまま、カウンターに出す。
出来上がるのを待つために、カウンターの前にいたら、ぐい、と背中を押された。

「?景吾?」

「席、取ってろ」

「え?」

「先に席取って待ってろ。お前の分は俺様が持っていくから」

「あぁ〜……ありがと。じゃ、先取ってるね」

「あぁ」

景吾から離れて、キョロキョロとあたりを見回す。
カウンターから近い席は、もう埋まっている。氷帝の食堂は、長いテーブルに席につくんじゃなくて、カフェのように4人まで座れる、小さなテーブルに分けられている。
……だから、必然的に座れる人数というものは少なくなる。

ウロウロと歩き回って、結局誰も来ないような、一番はじっこの席にした。

……改めて気付いたら、景吾と一緒だしね。下手に目立つところに席取って、余計な恨み買うよりは、はじっこで細々と食べていた方がいいとふと思ったのよ……!(小心者)

テーブルに座って……ちょっと汚れていたので、置いてある布巾でテーブルの上を拭き、綺麗にしていると、景吾が両手にトレイを持ってやってきた。

「また、えらく端を選んだな……」

「いやー……ここなら、わりと目立たないかな、と思って」

「は?」

不思議そうな顔をしながら、景吾がオムライスの乗ったトレイを置いてくれた。
景吾の方は……うわ、本当にローストビーフが乗ってる……!ライスにスープにサラダ……ヒィ、なんなんだ、この学食!誰が作ってるのか、激しく気になるんですが……!シェフ!?シェフが作ってるんですかー!?(叫)

対する私のオムライスは、普通のオムライス。……あぁ、久しぶりにこういう普通の食事を見た気がして、嬉しいな……!ケチャップの赤が懐かしい……!

「いただきまーす」

スプーンを手にとって、一口サイズにしてから口の中へ。
……あぁ、とろとろのたまごが……!

学食のいいところだよね、あったかいものがあったかいうちに食べれるのは……!お弁当だと、どうしても冷たいもんね。

……イヤ、跡部家シェフ特製のお弁当は、冷めてもおいしいものばっかりだし、時々なんだか妙な装置(駅弁についてるようなやつ)のおかげで、あったかくなったりもするけども……!

「ん〜、おいしvv」

「……お前、食いモンは全部美味いって感じるようにできてんじゃねぇのか?」

少し笑って、景吾もローストビーフを器用に切り分けて、口の中へ入れる。
私は、口の中のものをもくもくと咀嚼して、口を開く。

「だって、誰かが私のために作ってくれてるってだけで、美味しさは3割増しだよ」

「……幸せな頭だな。……なら、これも食え」

景吾が、ローストビーフを刺したフォークを差し出してくる。
………………えーっと。

「け、いご……さん?」

「ほら、口開けろ」

「…………………ここでは、無理です……っ」

他の生徒達の目も、あることですし……ッ!
いや、そりゃ家とかではさ、景吾さんの目に負けて、その……あーん(小声)、とかすることもあるけど……こ、ここでは無理……ッ!
そんなことやったら、確実に私死ぬよ……!

「もう1度言うぞ。……口、開けろ」

………………ダメだ。これ、やらなかったらやらなかったで、景吾さんが怖すぎる……!
あたりをキョロキョロと見回して、周りの人の視線が少なくなったと同時に、瞬間的に口を開けて、ものすごい速さでフォークの先に刺さったローストビーフを口の中に入れた。

「…………美味いか?」

「……おいしい、です…………あぁ、もう……っ」

「そりゃ、よかったな」

満足げに笑って、景吾はまたローストビーフを食べ出す。
もう、この人は一体何がしたいんだろう……!(答え:周りの奴らに見せびらかしたいだけ)
私の顔、今、確実にオムライスの上にかかってるケチャップ以上の赤さ……!

恥ずかしさを紛らわせるように、オムライスを取り分けて、口に入れる。

「……お前、オムライス、似合うな」

「はっ!?……お、オムライス似合っても嬉しくないですけど……そ、それなら、景吾もローストビーフとお似合いだよ……!?」

「……ローストビーフと似合っても嬉しくねぇよ。いや、なんつーか……お前とオムライスって、なんだかすごいしっくりくる」

「…………それは、お子様と言いたいんですか……?」

オムライスが似合う女なんて……イヤー…………。
どうせなら、ワインが似合う女とか……ッ!

「違う。……ただ、オムライス食うが、可愛いと思っただけだ」

………………………………………………。

「??」

こ、この人は……ッ!(恥)
何度も何度も何度も思ったけど、今回もやっぱり同じことを思うよ……!

なんでこういうことをサラリと言うかな――――――!(絶叫)

さっき以上に赤くなった顔に、手を当てた。
あぁ、熱持ってる……!

「あ、ありがと……」

それだけ呟いて、私はまたもくもくとオムライスに集中した。
……もう、恥ずかしくて、ここから逃げ去りたい……ッ。


報告:初めての学食は、ほとんど味を覚えていませんでした。




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