今日は、を連れてパーティー。 ざわめく会場内で、の声だけが、俺の耳にはクリアに届く。 「景吾、これ美味しいよ〜。景吾も食べる?」 楽しそうに笑いながら、がローストビーフを持ってきた。 今日のは、マリンブルーのドレス。南国の海を思わせる鮮やかな青が、の爽やかな雰囲気を更に引き立てている。 その可愛さに、思わず目を細めて、歩み寄った。 「……食べる」 俺は、に顔を近づけて、口を開ける。 「……もしかして」 「ん」 「……やっぱりぃ〜」 が困り果てた顔をした後……それでも、恐る恐るフォークに刺したローストビーフを口に入れてきた。 もくもくと咀嚼する。確かに、美味い。ソースがうちのシェフが作るものとは大分違うな……これはもっとサッパリしていて、オニオンの甘さも出ている……。それに、が食わせてくれる分、乗算で美味いものになる。 「美味いな。……お前、飲み物何か飲むか?」 「えーっとね……じゃ、ジンジャーエール」 「わかった。……おい、ボーイ。ジンジャーエールを2つ」 「かしこまりました」 「ありがと、景吾」 にこりと笑うの頭を撫でようとして―――綺麗にセットされた髪型を崩すのは勿体無いと思い直す。 微妙に宙に浮いた手を、誤魔化すようにの頬を少し撫でた。 「……ゴミ、ついてる」 「あ、ありがと……」 前回、あんなことがあったので、最初は多少ビクビクしていただが、大分慣れてきたらしい。ようやくいつものような笑顔が見れるようになってきた。 ボーイがジンジャーエールを持ってやってきた。 の食べ終わった皿を渡し、グラスを受け取る。琥珀色の液体は、小さな泡が踊っていた。 に1つグラスを渡し、俺もジンジャーエールを一口飲んで、口の中の渇きを潤す。 喉にはじける炭酸が、心地いい。 を見れば、も一口ジンジャーエールを飲んだところだった。喉がコクリと小さく動く。……なぜだか、それが異様に艶かしく見えた。 グラスがの口から離れたのを見て、俺はグラスを左手に持ち替え、右手での腰を引き寄せようとした、そのとき。 「……景吾くん?」 背後からかかった声。 動きかけた右手がピクリと止まる。 ……どうしてこういう場面では、いつも邪魔が入るのだろうか。 「……はい?」 少し声が不機嫌になってしまったかもしれない。 ゆっくり振り返ると、そこには親父の友人である、貿易会社社長がいた。 舌打ちをしたい気分だったが、そうもいかない。気を取り直して、軽く頭を下げた。 「……こんばんは、小津野さん。お久しぶりです」 「本当に……中学入学以来かな?最近は景司とも中々会えないしな……いやぁ、景吾くんが来ているとは知らなかったよ。……そちらのお嬢さんは……景吾くんのお連れさんかな?」 「えぇ。……、親父の友人で貿易会社社長の、小津野さんだ」 「ぼ、貿易会社の社長さん……!は、はじめまして。です」 「はじめまして。いや、可愛い子だなぁ……さすが景吾くん、女性の選び方まで心得てると来たか」 「コイツは特別ですよ」 が褒められて、悪い気がするはずがない。 照れているの腰を、今度こそ引き寄せた。 「そうだ、景吾くん。沖浜さんには会ったかい?あの人も今日は来ているんだ」 「……沖浜さんがですか?……パーティー嫌いで有名な方が、珍しいですね」 「なんでも、今日の主催の1人が友人らしく、断れなかったそうだよ。1度挨拶に行ってみてはどうだい?」 「…………そうですね、ありがとうございます」 ペコリと頭を下げて、小津野さんと別れる。 腰を引き寄せたために、密着する形になった俺たち。間近で見えるの顔は、少し紅潮している。 「……これくらいで照れるなよ」 「て、照れるよ!け、景吾の顔が近い……!」 「いつも見てる顔だろうが。いい加減慣れろ」 「慣れないよ!景吾の顔ってば、綺麗すぎるんだもん、慣れないってばー!」 「…………お前の方が、綺麗だがな」 「ありえないっ!そんなことありえないから!景吾の方が綺麗だよ……!ホント月とスッポン、いや、もう満月と小石くらいの差だってばー!」 慌てるの腰を、更に引き寄せた。 驚いたように、の目が大きく見開かれ、少しだけ開いた唇は、自然なピンク色。……真面目に、このままホテルの一室に連れ込んでやろうかと思うほど、綺麗だ。 自分じゃわかってねぇみたいだが(というか、否定して取り付く島もないんだが)、は可愛いし、身長もあるから目立つ。……先ほどから、チラチラと会場内の男の視線も、向いていた。 「けっ、景吾さんっ!お、お放しください〜〜〜!」 「……他の奴らに、少し見せつけておかねぇとな」 「なんの為にですか!(泣)」 もう半泣きに近いの顔。 楽しくて可愛くて、更になにか悪戯でもしてやろうかと思ったら、の背後に男の姿。パチリ、と視線がかち合った。 先ほどの話題の人物、沖浜だった。 今度は堪えきれず、ちっ、と小さく舌打ちをする。……目が合ったからには、挨拶をしないわけにはいかない。 の腰から手を外し、そっと肩を俺の背後の方へ押す。 「?景吾?」 「……例のパーティー嫌いの人間がいた。少し挨拶してくる」 「あ、う、うん。わかった」 「……お前はここで待ってろ。絶対ここから動くなよ」 と離れたくないのは山々だったが―――あの男は、パーティー嫌いで有名なのと同じくらい……女好きでも有名だ。何人もの若い愛人をマンションに住まわせていると、もっぱらの評判だった。 その分、仕事で功績を挙げている、とも言われているが。 「……こんばんは、沖浜さん。……跡部景吾です」 「あぁ、君が跡部財閥の―――噂は良く聞いているよ。とても優秀だそうだね」 パーティー嫌いと言うワリには、愛想がよく、口元に笑みを浮かべている。一見紳士風だが―――目だけは、品定めをするように俺を見ていた。 「ありがとうございます。……沖浜さんこそ、今の日本経済界を支える人間として、父からお話をよく聞いています」 「……ははっ、上手いね。……君は、中々の大物になりそうだ。敵には回したくない相手だな。遠藤のようにされたら、敵わん」 遠藤のことを知っているのか―――。 あの件は、ごく少数の人間しか詳細を知らないはずだ。外面的には、遠藤自身の不祥事で自滅、ということになっている。跡部財閥が圧力をかけたことを知っていても―――実際、俺が動いていたことさえ、知らない人間のほうが多い。 「…………そこまで評価していただけるとは、光栄ですね」 「まぁ、この世界だ。仲良くやっていこう。…………ところで、君と一緒にいた女の子は―――」 「僕の連れです。……一応言っておきますが、中学生ですよ」 「……雰囲気は、もっと大人びていたがね、そうか……中学生か」 「えぇ」 「……残念。……さて、では、そろそろ行くとするか……お父上やお爺さまにもよろしく言っておいてくれ」 去って行く沖浜に一礼をして、さっさと振り返っての方へ向かう。 一瞬、の姿を見つけられずに戸惑った。……またあいつ、どこかフラフラ歩いてんのか? キョロ、と視線を動かしたら、先ほどがいた場所に、人垣が出来ていた。 輪の中心に居るのは―――だ。 なんだ、人で見えなかったのか―――そう思って、その輪に近づこうとしたら。 の表情に、ほんの少し、違和感を感じた。 その変化は、俺にしかわからない程度かもしれない。それでも少しだけ、微笑むは、なぜだか酷く儚げで……そう、あれだ。 冷泉院の事件のときに、無理して笑っていた顔。まさしく、その時の表情と同じ。 は―――泣きだしたいのを、堪えている? 駆け足で人をかき分けて、の傍へ。 「……?どうした」 がハッとして俺を見た。 周りの人間に目をやると、バツが悪そうにそそくさと散って行く。 また2人に戻った俺は、まず、の目元に手をやった。 涙は零れ落ちていない。 頭では理解していたが、なぜだか手が涙を拭うときのように動いていた。 「……なにがあった?なにか言われたのか?」 俺の質問に、がまたあの笑みを浮かべて、ゆっくり首を振る。 「……ううん、平気だよ。なんでもないよ」 確かに、笑顔は笑顔だ。 それでも、いつものあの、思わず俺も一緒に笑いたくなるような笑みとは違う。 ……見てるこっちが、切なくなる、笑顔。 「……?」 「なんでもないよ。……ちょっと、お話してただけ」 そこで言葉を切ると、1度は大きく息を吸って―――何かを堪えるように、ゆっくりと吐息を漏らす。 「……景吾、もう10時になっちゃうよ。そろそろ帰ろう?」 また、微かに笑うと、珍しくが、自分から腕を絡めてくる。 ……何があったのかはわからない。 それでも、確実に何かがあったのは確かだ。 ――――――だが、この様子じゃ、今聞いても絶対に言わねぇだろうな。 そう思考して、後日、また改めて話を聞くことにした。 …………その後、俺は、あの時ちゃんと聞いておけば良かったと、悔いることになる。 NEXT |