『ただいま電話に出ることが出来ません。ピーッという発信音の後に―――』

ぷつっ……。

流れてきた機械的なアナウンスを最後まで聞かずに、通話終了ボタンをやや乱暴に押す。

「……どこ行っとんねん、ちゃんと跡部は……!」

通じない2つの電話。
おそらくその持ち主の居場所は、同じ。

―――どちらか片方で、ことは足りるのに。






監督から電話があったのは、2時過ぎのことやった。
宍戸に『俺しかいねーから、部活来い!』と言うメールに、けったいやな……と思いながら、返信を打っている最中、携帯が着信を始めた。
見慣れぬ番号に戸惑いつつも、2コールで取ったら―――いきなりの『私だ』という声。そないな電話のかけ方をするのは、『超』がつく俺様の跡部か―――そんな次元では話にならん、監督しかおらん。……そのときは、後者やった。せやけど、名前くらい名乗れや!……まぁ、名乗らんでも、その声でわかるけども。

「跡部に連絡がつかないので、お前に連絡をした。実は―――」

監督から淡々と語られるその言葉に、思わず携帯を落っことしそうになった。
『すぐにレギュラーを集めて、学校に来い』という言葉に従い、俺は1人1人に電話をかけた。こない重要なこと、メールじゃあかん。
宍戸は休憩中だったらしく、すぐに連絡がついた。

「マジかよ!?おいっ、若!長太郎!樺地!」

俺の電話を切る前に、その場にいた2年レギュラーを呼びつける。
宍戸の言葉を聞いて、疑心暗鬼な2年レギュラーに、「本当なんですか!?忍足さん!」と聞かれたから、俺はもう1度同じ説明を繰り返すこととなった。

「すぐ、監督んトコ行ってくる!だから早く部活来いっつったんだよ!……お前も早く来いよ!」

むちゃくちゃなことを叫ぶと、乱暴に通話が切れた。……なんやねん。

次にかけたのは岳人。
岳人は疑う、というよりも喜びのほうが強かったらしく、『マジか!俺、すぐ学校行くわ!』と、わずか1分ほどの通話時間で終わった。……もうちょい、疑うことを知った方がえぇんとちゃうか?

ジローは寝とるらしく、携帯に出んかった。
しゃーないから家にかけたら、『あぁ、忍足くん!いつもお世話になってますー。ちょっと待っててね』と言った後、ちょお待たされて……眠そうなジローが『もしもし……』と電話に出た。やっぱり寝てたんやな……。っていうか、ジローのおかん強いな……アイツ、寝始めたらテコでも起きんっちゅーのに。
とにかく、眠そうなジローにも、簡潔に事情を説明する。最初は『うん……うん……』と頷くだけで、またコイツ寝てんのとちゃうか、と思とったが。

「…………マージでー!!!じゃ、俺!今からガッコ行く!」

…………急に覚醒して、バタバタと音がして電話が切れた。
切れた電話を見つめて、ため息をついた。

そして―――。

連絡がつかないのが、約2名。
1人は、監督が言ってたとおり、跡部のヤツ。携帯にもかけたし、家にもかけた。家にかけたら、『ジムに行っている』と言われたから、ジムの番号を聞いてこれまたかけたが―――外に出ておられるようです、とこれまた通じん。

そしてもう1人が―――ちゃんやった。
ちゃんも跡部と同じく、ジムに行っとるみたいやったが……こっちの携帯にも通じん。

どないするねん……と思っとる間に、宍戸から催促のメールが届く。
……学校行ってから、もう1度連絡するか……。

そうやって無理やり自分を納得させ。

俺は制服に袖を通して、学校へ向かった。






夏休みやと言うのに、学校には意外と生徒が来とった。部活ももちろんあんねんけど、まだ夏期講座が続いとる学年もあるんやろう。
とにかく、向かったのは音楽室。途中、何人か知り合いに会うて挨拶を交わしながらも、最大限持ちえるスピードで音楽室へ向かった。

どでかいピアノ(確か何千万する名器や)がドーン、と置いてある、うちの学校でも特別なその教室には、跡部、ジロー、ちゃん以外のメンバーが揃とった。

「……まだ来ていないものがいるようだが、先に言っておく」

そして、監督の口から出てきた紛れもないその言葉に、全員が息を呑み―――そして、喜んだ。
関東大会での『後悔』はたくさんあった。

なしてあの時、あれをやらなかったんやろ。
なしてあの時、あないなミスしたんやろ。
なしてあの時―――数えたら、キリがない。

それを、払拭する機会が与えられたことが、単純に嬉しかった。

そして。

………………それを聞いて、喜ぶ子の顔を見ることができるのも、嬉しかった。

そのうちに、バタバタと騒々しい音が聞こえて、ジローのヤツが音楽室に滑り込んできよった。
監督はもう1度同じ話をする。……再度、俺たちのテンションが上がった。
それと共に、やはり、この場にいない人間のことが、気にかかる。

「……早く、跡部とに知らせねぇと!」

「侑士、連絡取れねぇのかよ!?電話、ずっとかけてるか!?いつものしつこさでかけろよ!」

「言われんでも、ここにつくまでに何十回もかけとるわ!っていうか、いつものしつこさって失敬やな!……せやけど、携帯に出ぇへんねん」

「……ったく、この大事なときに、どこほっつき歩いてんだ、あいつらは!いや、きっと跡部が引っ張りまわしてるに、違いねぇ……!どっちか片方でも連絡つきゃいいのによ……!」

「とにかく、手分けして探しましょう!」

「俺、学校の近くであいつらがいそうなとこ、手当たりしだい回ってみる!」

音楽室を飛び出て、渡り廊下まで出てから靴を履き替え、四方八方に散った。
俺はテニスコート脇を通って、裏門の方から探すことになった。

効率悪いことこの上ないが……はよ伝えんと。全国大会までの日数は残り少ない。1分1秒も無駄にしてられん。

テニスコート脇を通り抜けようとしたら―――聞こえてくる、音。

先のこともあって、臨時で部活が中止になったテニスコートには、誰もおらんはず。

誰や?と思て、コートに入ったら。

「はぁぁぁああああ!」

ドシュ……ッ……!

今まさに探している張本人である跡部が、サーブの練習をしとった。
コートを駆けるボールは……バウンドせずに、そのまま壁にぶち当たる。

……なんや、あのサーブは……!

「あ、あれは、越前が関東決勝で……たしか、最後にみせた……」

俺らが見に行った決勝では、越前がシングルス1で登録されとって……そうや、そのとき、あの真田相手に勝ったときに使った技……COOLドライブって言うたか。あの、サーブ版とも言うべき技を、跡部が何度も練習していた。
跳ねないイレギュラーバウンドを、故意に起こさせるなんて不可能……それも、もともとの球の威力がない状態から打つサーブでなんて……この男も、底が見えへんわ……。

「あ、侑士ー」

のんびりと聞こえた声に、俺はあたりを見回した。
ちょうど俺の真下、観客席とコートとを隔てる壁に、体を預けるようにして、ちゃんが座っとるのを見つける。

ちゃん!ここおったんか!」

「え?なになに、なんか探されてた?」

「探しとった!何回も電話かけたんやで?」

「電話……?………………あっ…………携帯の存在、忘れてた……」

「……携帯は、ちゃんと携帯せなあかんで……!」

「ごめん〜!!……で?何の用事〜?っていうか、なんか今日、部活終わるの早くない?」

「実はな……「おっ、いたいたっ!」

説明しよ思た時に、ちょうどやってきた岳人たち。
俺らの声を聞きつけてきたんやろう。

「おい、跡部、っ!」

「開催地枠だけどよ!俺らも全国行けるぜ!」

ちゃんが、目を真ん丸に見開いて、俺を見上げた。俺は、言おう思てた言葉を岳人に奪われたことに、ちょお腹立ちながらも、ちゃんに答えるために1つ頷いた。
対照的に、跡部は何事もなかったかのように、1本、サーブを打つ。

「……俺ら、どーしても行きてぇんだよ!」

「俺たちはどんな形だろうと、全国に行って、奴らにカリを返したい!」

「部長!お願いします!」

―――跡部の動きが、ようやく止まる。
ちゃんが立ち上がって、跡部に近づいた。

「景吾……」

ちゃんが、跡部に触れたそのときに。

「……氷帝っ、氷帝っ、氷帝っ……!」

耳に馴染んだ、コール。
あの試合以来、聞くことはなかった、コール。
それが風に乗って、段々と大きくなって、聞こえてきた。

―――校舎の方を見ると、生徒が溢れんばかりに顔を覗かせていた。

まるで、俺らが出場するのが、最初からわかっていたかのように、用意されていた、幕。

「……バカヤロウ……」

跡部が一言呟いて、ちゃんの頭を1つ撫でた。

「どいつもこいつも浮かれやがって……!」

くるり、と振り返り、ちゃんを撫でていたその手を、高々と振り上げる。
嫌味なほど優雅に動かすその指は、

おそらく何百回と繰り返されているであろう動作を、


―――今までで1番の美しさで表現した。



パチン……ッ……!



―――大して大きくはない音や。
それでもこの音は、いつも俺らに何かを感じさせる。

辺りがピタリ、と静まるのは、その『何か』を待ちかねる為。

「……俺様と共に、全国についてきな!」

跡部の声に、その静寂は消え、たちまち起こる歓声。

ちゃんが、最高級の笑顔を浮かべた。




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