ざわざわざわ………… 「これまた……今日は一段と……すごいね」 観覧席に、みっちりと詰め込む、偵察陣と取材陣。 明日が抽選会ということもあってか、今日はこれまた一段とものすごい数の人間が、観覧席にいた。 2、4、6……ざっと100人は超えてるかな……。 推薦枠という異例なこともあるだろうけど……それにしても多い。 でもまぁ……関東優勝校である青学と、控えの選手にまでもつれ込む試合を見せたのだから、当たり前……だよね!! ドリンクをガシャガシャと振りながら、休憩している侑士とがっくんのところへ。 「はい、お疲れ!」 「お、サンキュ、ちゃん……」 「……っぷっはぁ〜……あー、生き返る……あっぢー……」 ぐたーっとベンチにもたれかかるがっくん。 確かに暑いよね……お天気お姉さんが、今日の東京の最高気温は、34度とか言ってた……かな……(遠い目) 「、ちょっと来てくれ!」 「はいはーい!じゃ、もうすぐお昼休憩だから、それまで頑張れ!」 「おー」 「ちゃんも、あんま無理せんときー」 ヒラヒラ、と手を振る侑士とがっくんに手を振り返し、呼ばれたところへ走っていく。 「亮、どしたー?」 「ワリィ、ちょっと右足攣った……」 「えっ、ホント?そっちまで移動できる?肩貸そうか?」 「いや、そこまで酷くはねぇから大丈夫だ」 「OK。……あ、チョタ、練習戻ってて大丈夫だよ」 不安げに側で、事の成り行きを窺っているチョタ。 「でも……」 「気にすんなって長太郎。時間もねぇんだ。悪いが、サーブ練習でもしててくれ。すぐ行くからよ」 「……わかりました。さん、お願いします」 「はいはーい。……じゃ、ここに仰向けになって」 亮を仰向けにさせ、右足を持ってストレッチをする。 時折痛そうに顔をしかめるけど、我慢だよ、って言い聞かせて、ストレッチを続けた。 ひとしきりストレッチを終え、コールドスプレーを取りにいく。 コールドスプレーをザーっと右足に吹きかけると、『あー、つめてー。サイコー』と亮が呟いた。気持ちはよくわかる。暑いときのコールドスプレーって素敵だよね……物が高いから、そう贅沢に使えないのがネックだけど(やっぱり、節約は大事!) ちら、と時計を見て、時刻を確認。……11時50分。もう午前の部活を終了するだろう。 「亮、とりあえず午前はもう動かないで、少し休んでて。昼の間に、マッサージとかストレッチとかやって、様子見ながら午後の部活は参加ってことで」 「……わかった。ちっ……やっぱ、知らねぇうちに体力落ちてたんだな」 「まぁ、体力だけはね……暑さもあるし。でも、体力ならもう少し」 「わかった。サンキュな」 うん、と言ったところで、景吾が午前中の部活終了を告げる。 私は亮に、ここを離れる断りを入れてから、雑用に取り掛かった。 午後も部活をやるから、タンクはそのまま放置でいいけど、せめてボトルくらいは洗っておきたい。それから、みんなが脱いだTシャツ、ポロシャツ、さらには何枚ものタオルをかき集めて、洗濯機に放り込まなきゃならないし、昨日調べたデータなんかも、なるべく早く整理したい。そう、仕事はいくらでもあった。 たくさんある仕事が、すごく嬉しくて。 ……また、みんなで1つの目標を目指して戦える、っていうのがすごく嬉しくて。 「洗濯物、ある人は今のうちに出してねー!」 ついつい、声までいつもより大きくなってしまった。 「……、張り切ってんなー」 暑いというのに、縦横無尽に駆け回るを見て、岳人がなんだか妙に嬉しそうに呟いた。 「今までもよく動いてましたけど、今日は一段とまた動いてますね……」 「アイツ、すげー喜んでたもんな」 「ウス」 「俺、が元気で超うれCー!」 「でも、そのうち倒れちゃうんじゃないかって、ちょっと心配ですけど」 鳳の言葉に、確かに、と俺も頷く。 ……アイツの特技は『無茶』だからな。 少し見ていない間に、観覧席までは行っていた。 観覧席には、フォーム研究のためにビデオを設置してある。おそらく、それを回収に行ったのだろう。 走る必要はないのに、ビデオを手早く片付けるとはまた、走っていた。 ……ったく、はしゃぎすぎじゃねぇか?昨日も夜遅くまでデータ整理してたし……注意して見てねぇと……。 「……跡部。あれ、どこの学校やったっけ?」 忍足がふと、視線をからずらし、好き勝手に昼食をとり始めている偵察組に目を向けた。 偵察なんて滅多に気にしない忍足が、わざわざ学校名まで聞くなんて珍しいこともあるもんだ。 俺は、忍足が示す場所を、目を凝らして見た。 「…………あーん?……あぁ、ありゃ、六里ヶ丘中だ。有名な取材班だな。それがどうかしたか?」 ふい、ともう1度忍足を振り返ると、忍足は気分悪そうに顔をしかめていた。 「……なんや、さっきからちゃんばっかし見とるねん。気になってしゃーな―――あっ!!!」 忍足が大きな声を出したのに驚き、岳人が飲んでいたポカリをぐっ、と詰まらす。 今度は俺が顔をしかめる番だった。 「おい、忍足。みっともねぇ声出してんじゃねぇよ」 「あ、あああああいつら、ちゃんに話しかけとるー!」 「……は?」 ばっ、と俺だけでなく、近くにいた岳人やジローたちの視線も観覧席へと戻る。 観覧席には、この短い時間でどれだけ走ったのか、ずいぶんと距離を移動している。そして、軽く肩で息をしているに、なれなれしく話しかけている連中が5人ほど。 困惑しているを他所に、なにやらベラベラとまくし立てている。 「……樺地」 「ウス」 パチン、と指を鳴らすと、樺地が即座に動き出し、観覧席へと移動した。 そのままのところまで行くと、有無を言わさずにそいつらからを引き離し、こちらへ連れてくる。 「よくやった、樺地」 「ウス」 「……あー、助かった。あの人たちしつこくってさー……」 苦笑しながら、が頭をかいた。 「、気をつけろよ!アイツら、タチ悪ぃってんで有名なんだからな!」 「偵察方法も、いいやり方とは聞きませんからね……」 「あぁ……今度何かやったら、俺、追い出しますよ(ニッコリ)」 鳳の笑顔に、ピシリと空気が凍った。 「お……落ち着け、長太郎?」 「ははは、イヤですね、宍戸さん。俺は常に冷静ですよ」 笑顔を絶やさずにキッパリと言い切った鳳に、や岳人が若干引きつったような笑いを漏らした。 がふぅ、とため息をつく。 「でもみんな相当必死なんだねー……ウチに偵察に来ながら、他校との情報交換とかして、ビシバシ対決してるよ……もう、大会が始まってる感じ」 「テニスは、個人の能力以外にも、色んな条件で勝敗が変わることがあるからな……」 プロになると、コートの違いで勝敗がひっくり返ることもある。オムニが得意な選手、クレイが得意な選手。ちょっとした体調の違い。そんな風に、時には、微妙な差が命取りになることだってある。中学の試合といえど、全国レベルになると、その数%の情報で勝敗が変わることだってある。どうしたら、勝利へより近づけるか。その可能性を少しでも高めるために、偵察を行ってるんだ。 「……うーん……じゃ、私もやっぱり情報集めに行こうかなー……何校かマネージャーも偵察に来てるみたいだし」 ポツリ、とが呟いた一言に、俺たちは目を剥いた。 「情報は歓迎だが、お前はアイツらに近づくな!」 「そやで!ちゃんがアイツらの側におるなんて思ったら、気ぃ散ってしゃーないわ!」 「何考えてんですか、先輩!」 「情報収集だったら、その辺の平部員行かせて、ビデオでも撮らせたらどうだ?そんで俺らが分析すりゃ、すぐだろ」 「宍戸さんの言うとおりです!さんがわざわざ行く必要なんてありませんよ!」 「とにかく、はここにいろー!」 「マジマジ、絶対いて―――!!!」 「ウ、ウス!」 「………………そんな反対しなくても………………」 少し拗ねたような表情を見せたは可愛かったが、これだけは許可出来ねぇ。 それに第一、今だってがやってる仕事量が半端じゃねぇんだ、これ以上仕事増やしてたまるか!仕事を増やせば増やすだけ、やろうとしやがるんだからな、コイツは……! 「いいから、俺様に任せておけ」 「……わかった」 渋々、といった感じで納得したの頭を、ぽん、と撫でた。 「ぎゃー!頭、汗かいてんのにー!」 騒ぐに、今までの雰囲気を一掃するような笑いが巻き起こった。 全国まで、残り7日。 NEXT |