なんてことない、土曜日。

テストも終わって、のーんびりと過ごせる土曜日。

、パーティーに行くぞ。支度しろ」

「えぇぇぇぇぇ!?」

突然の出来事に。
思わず意識がすっ飛びかけた。



Act.23  やっぱりこの、一体何者



今日は、どこかのテレビ局の開局記念パーティーらしい。
景吾はそれに招待されているらしく、お昼を食べ終わってから何か仕度をしていた。
私にはまったく関係ない世界のことなので、いつも通りぽかーんとテレビを見たり本を読んだりしていたんだけど。

夕方、メイドさんを5人ほど引き連れて、私の部屋に来た。

、パーティーに行くぞ。支度しろ」

呟いた一言にビックリ。

「えぇぇぇぇぇ!?」

ちょっ、どーゆーことぉぉぉぉぉ!?
そ、そんなっ。パーティー……なんて、私、部活お疲れ様パーティーとか、卒業記念パーティー(ごく内輪)ぐらいしか出たことないよッ!

「安心しろ、支度はメイドたちが手伝ってくれる。…………あぁ、ドレスはこの間買った薄紫のドレスにしろ」

「えっ、ちょっ……あのっ!!」

「じゃあな。…………支度出来たら、知らせに来い」

最後の言葉は、メイドさんたちに向けて言ったもの。
メイドさんは、ハイ、と返事をして私に向き直った。
ニッコリと全員が全員、素晴らしい笑顔を浮かべて。

「さぁ、様。覚悟なさいませ」

どんな覚悟ですかッ!?(泣)






1時間ほど格闘が続き――――――。
薄紫のドレス(膝丈くらいのヤツだ)に、2センチほどのヒールを履いた。
薄く薄〜くお化粧をしてもらい、仕上げに、髪に花を挿してもらう。
首には、景吾に買ってもらった、星のネックレス。

「………………誰、これ」

鏡の前には、私の知らない私がいた。

「私、こんなに可愛くなかった……!……化粧って、ホントに化けるから『化』って言う字が付くんだね……!」

「何をおっしゃいますか、様は元がよろしいんですのよ。……さ、景吾様をお呼びしてきますね」

「えっ、ちょ、まだ、心の準備が…………」

パタン。
無常にも扉は閉められた(泣)

えっ、どうしよう。ちょっと、この姿見られるのには、本当に心の準備が必要なんですけど!
いっそのこと、景吾が来る前に逃げ出すか!?イヤ、隣の部屋だから来るのは数秒だよ!逃げてる暇ない!
あっ、シャワールームに隠れて、その間に心の準備整えるか!

そうだ、そうしよう。

イソイソとシャワールームに移動しようと立ち上がったときに。

ガチャ。

、支度でき…………」

Oh〜〜〜〜〜!!!
移動しようとしてたのに、思いっきり景吾と目があっちゃいましたよ〜〜〜〜!!!
あっ、景吾が止まってる、固まってる!
あぁぁ、どんなに化粧をしても、景吾が見慣れてるセレブで麗しいお方には近づけないのは、わかってましたけど、そんなあからさまに止まらなくたっていいじゃないですか!(泣)

ちょっと泣きそうになったけど、ダメだ。泣いたら化粧が崩れる。
さらにボロボロの事態を見せることは出来ない。

景吾がゆっくり手を口元へ持っていった。

えっ、吐き気がするほどヤバイですか!?
そんなぁ〜〜〜!あ、吐き気がするんだったら、どうぞトイレへ!(シャワールームはトイレ付き)

「…………景吾、やっぱ私、パーティー行か「可愛い」

は?

ツカツカと景吾が寄ってくる。
高級そうなスーツに身を包み、仕立てのいいネクタイには、ダイヤと思わしきタイピンがついている。

対峙してすっと伸びてきた手を、ただただ見つめることしかできない。

、すっげぇ可愛いぜ、あーん?」

「えっ、あっ………………ホント?」

「俺様がお世辞言うかよ。…………可愛いぜ」

さっきとは打って変わって、私は恥ずかしさで泣きそうだった。
うわ、顔中に熱が集まっていくのがわかる……!

「そ、それは……身に余る光栄です…………」

「………………じゃ、行くか。腕、つかまれ」

景吾の腕が、掴まりやすいように曲げられる。
……エスコートってヤツですか?
私は、恐る恐るその腕に掴まった。

うわ、近い……体くっついてる……。

ヒールを履いて、少し背が高くなった分、いつもより景吾の顔が近い。
いつも近いけど、今は本当に顔のパーツが同じくらいの高さかも。

部屋を出て、階段を降りると、宮田さんが笑顔で迎えてくれた。

「景吾様も様も……よくお似合いですよ」

なぜカメラマンがいて写真を撮っているのかわからないけど、玄関で数枚写真を撮られ、車の中へ。
車の中でも、景吾はじぃっと私を見ていた。

は、恥ずかしい〜〜〜……お願いだから、そんな見ないでください……ッ!
穴が空くほど見るっていうけど……ホントに心臓に穴が空くから!(え)

極限の恥ずかしさに耐えながら、会場についたので車を降りる。
超有名なホテル……!どうやら、そこの大広間でパーティーは行われているらしい。景吾のエスコートを受けながら、会場に入る。
しばらく歩くうちに、ヒソヒソと話し声が聞こえる。
…………何言ってるかはわからないけど、きっと『跡部様よ……隣にいるあの女、誰!?』的な言葉を発してるんだろうな……(被害妄想)

しかし…………。

芸能人が多いね!みんな綺麗だね!
うわっ、某超有名司会者が……、あっちには今話題の長身俳優だよ〜!
すっご〜い!…………でも、うちの景吾さんの方がカッコイイ(身内贔屓)

「景吾くん?……あぁ、やはり……」

「あぁ、坂口さん。お久しぶりです。…………、この方は有名な映画監督さんだ」

「あ、は、はじめまして……」

映画監督……なぜそんな人とつながりがあるんだ、跡部景吾。

「はじめまして。…………景吾くんに、こんな可愛い彼女がいるとは知らなかったよ。
……どうだい?2人そろって僕の映画に出てみないか?」

「お誘いは大変嬉しいんですが、僕も彼女も学校が忙しいもので」

「そうかい?……まぁ、いつでもその気になったら連絡してくれよ」

「はい、ありがとうございます」

………………な、なんだ今の会話…………。
映画?出る?………………ありえない。
それをサラッと受け流してしまえる景吾もすごい…………。

?……立食式のパーティーだから、適当にとって食えばいいんだが…………俺の傍から離れるなよ、あーん?」

「あ、う、うん…………」

離れたら離れたで、この会場の雰囲気に飲まれてしまいそうだよ…………。
そのまま景吾にくっつきつつ、色々と食べ物を食べる。
おいしいんだよ、またこれが…………。
いや、家で食べるのもおいしいんだけどね!?なんていうのかな、味の種類が違うっていうか……同じ『おいしい』んだけど、『おいしい』の種類が違う。

「おいしいっ」

「こっちにもあるぞ。……ほら」

景吾が新しい料理を取ってくれる。……おぉぉ、キャビア乗ってるよ、キャビア!
私が食べている間にも、景吾は色々な人に話しかけられている。
音楽プロデューサーや芸能人(私も知ってる人)、スポーツ選手、テレビ局の人……ありとあらゆる種類の人に話しかけられていた。景吾は誰にも話しかけてないのにね。

「景吾さん!」

また景吾に声がかかった。
女の人の声だ。

「…………時子さん」

「この間は、私のパーティーに来てくださってありがとうございました。…………本日は、お見えになっていると聞いて、探していましたの」

「それはわざわざ…………僕に何か御用ですか?」

お知り合いみたいだ。
あぁ……そういえば、景吾が誰かの誕生日パーティーに行ったときがあったなぁ。そのときの人かな。

チクッ……チクチクッ。

うっ……この慣れた感じは。

案の定、そのトキコさんは私のほうをチラチラと見ていた。
どうやら彼女は景吾がお目当てなようで…………。
目が『なんなのよ、あなた。ちょっとどっかに行ってなさいよ』と語っている。
目で語るとは……恐るべし、トキコ。

その視線に耐え切れず、私はソロソロと景吾の傍を離れていった。
まぁ、少しなら平気だよね……頑張れ、私。
そうだ、デザートコーナーに行ってみよう。

人の波を縫うように歩いて、デザートコーナーにいく。
あるある、目を見張るほどのケーキやゼリー、ムースなどが盛りだくさん!

喜び勇んでそれを取る。

あぁ〜、おいしい〜!!化学的な甘さじゃなくて、ほどよい甘さが堪りません……!
パクパクとそれを食べていると。

「やぁ、こんにちは」

一瞬、声を掛けられたことがわからなかったけれど、声をかけたらしい人が、私のほうを見ていたので、やっと私に掛けられた声だと気づいた。

「こ、こんにちは」

「さっきから見てたんだけど、1人かな?……あ、俺、斉藤秀樹って言うんだけど」

「えーっと、雑誌やテレビで見たことある……」

「そう、見てくれたんだ。ありがとう」

斉藤秀樹。……確か、亮が持ってた雑誌に、今売り出し中の俳優さんで出てた。

「君は……モデルさん?」

「そ、そんな滅相もないッ、ただの一般庶民です!今日は、付き添いで来ただけで……!」

「へぇ……それにしちゃ、可愛いけどね」

なっなっなっ…………ナンパ?いや、そんなまさか……売出し中の俳優さんが、こんなところでナンパなんかするはずがない……ッ!

「君の名前は?」

「あ、です。

ちゃんか、名前も可愛いね。…………甘い物好きなの?……じゃあ……君、それをくれ」

斉藤さんが、歩いていたボーイさんを捉まえて、なにかを持ってきてくれた。

「?なんですか、これ」

「特製オレンジジュース。美味しいよ」

シャンパングラスに入ったオレンジ色の液体。
飲んでみなよ、と言われ、一口飲む。

「ん……なんか、普通のオレンジジュースじゃない……」

「特製だからね。……じゃあ、こっちはどうだい?」

指し示されたのは、赤い、アメリカンチェリー色の液体。

「チェリージュース。甘いけど、おいしいよ」

「あ……甘くておいしい」

「だろう?甘いんだけど、俺は好きなんだ」

コクコクと飲む。甘いんだけど、飲みやすくて美味しい。ふーん、チェリージュースってこういう味なんだ。初めて飲んだよ。

「ところでどうだい?ちょっと抜け出さないか?……顔が赤い、この雰囲気にのぼせたんじゃないか?」

「え?確かにちょっと顔熱いかも………でも私、連れが……」

「俺から連絡しておくから。…………そうだ、最後にコレ飲んで行こう」

綺麗に2層になっている、液体。
火照ったからか、喉がすごい渇いている。

受け取ろうとしたときに、

「……ッ……なにしてやがる!」

景吾の声が聞こえた。

「景吾?」

振り返れば、駆け寄ってくる景吾の姿。
景吾は私の肩をグッと掴んで、自分の背中に隠す。

「お前……ッ、に何飲ませたッ!?」

「君が彼女の連れかい?……ダメだなぁ、女の子1人にしちゃ」

「ふざけるなっ!テメェが持ってるそのグラス、アルコール度数40のもんだろうが!未成年になに飲ませてやがる!」

アルコール度数……40?
って、お酒〜〜〜!?

「えっ、ウソ……気づかなかった……」

……お前何飲んだ?」

「えっと、オレンジジュースみたいなのと、甘いチェリージュースみたいなの……」

チッと景吾が舌打ちをした。

「Orange Blossom と Cherry Blossom……甘いカクテルばっか飲ませやがって」

あ、あれもお酒だったの!?確かに、ジュースにしては変だな、とは思ったけど、こーゆー味のジュースだとばっかり思ってた……!(アホ)

「アルコール度数が低くないヤツばかりだ…………チッ」

パチン、と景吾がいつもの指鳴らしをした。
ザッと現れる、黒服の男の人たち。跡部家のSPさんだ。

「放り出せ」

景吾が一言そう呟くと、SPさんは斉藤さんを掴んで、ズルズルと引きずっていく。

「なっ、なにをするっ!離せ!」

段々とその声が小さくなって……姿も見えなくなった。
景吾は1つため息をつくと、振り返った。

「バカヤロウ、あれほど離れるなって言っただろうが!」

「ご、ごめんなさい……ッ」

「……真っ赤な顔しやがって……お前、俺が来なかったらこのホテルの一室に連れ込まれてたんだぞ!?」

な、ななななな………………。
………………ホントにあるのか、そんな展開……?

「ったく…………歩けるか?」

「う、うん…………」

1歩踏み出そうとしたら、ぐにゃ、と視界が回った。
あ、あら……?

カクン、と膝の力が抜けたのを、景吾が抱きとめてくれる。

「…………酔いが回ってきたな。…………オイ、そこのボーイ」

「はい、どうかなさいましたか、跡部様」

ボーイさんまで、景吾のこと知ってるんだ……すごいなー……。
景吾に支えられながら、私はそんな間抜けなことを考えていた。

「スイートルーム、頼む」

「かしこまりました」

ぼーっとその声が、遠くの出来事のように聞こえる。

……ほら」

景吾が肩を引き寄せてくれた。
1人では立ってるのも危ういので、これはかなり助かる。
そのままフラフラと歩いて会場を出る。

ボーイさんが景吾にキーを渡した。
そのまま景吾に促されて、エレベーターへ。
支えられていないと、立っていることすら出来ない。

「バカ」

もう1度景吾に言われて、ゴメンナサイ、と呟いた。

「お前が飲んだヤツはな、Orange BlossomとCherry Bloosomっていうれっきとしたカクテルだ。しかも、アルコールもかなり入ってる。お前、市販されてるビールのアルコール度数がどれだけだか知ってるか?」

「ううん」

「ビールは大体5%前後……お前が飲んだヤツはそれよりももっと高くて、Orange Blossomが14……Cherry Blossomは31だ」

「えっ…………」

高っ……そんなの私、カパカパ飲んでたのか……どおりで目が回る…………。

チーン、という音が鳴ってエレベーターがついた。
もう、ほとんど景吾に体を預けながらなんとか部屋までたどり着いて。
ベッドに倒れこんだ瞬間からの、記憶がない。



気がついたら、猛烈な頭痛と、景吾の寝顔が隣にあった。


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