テレビ局の開局記念パーティー。
別に行かなくても差し支えはないものなんだが、
ふとを連れて行こうと思った。
個人のパーティーに連れて行くのは、もっと慣れてからのほうがいい。
大きなパーティーで少し場慣らししとかねぇとな。

、パーティーに行くぞ。支度しろ」

えぇぇぇぇぇ、というの叫び声は無視しておいた。




Act.23  やっぱりこの、一体何者 〜跡部Ver.〜



メイドを5人呼んで、の部屋にいく。
あいつは、ぼーっと本を読んでいた(テーピングの本だな、あれは)

、パーティーに行くぞ。支度しろ」

そういうと、目をまん丸に見開いて、えぇぇぇぇ、と大絶叫。

「安心しろ、支度はメイドたちが手伝ってくれる。…………あぁ、ドレスはこの間買った薄紫のドレスにしろ」

「えっ、ちょっ……あのっ!!」

「じゃあな。…………支度出来たら、知らせに来い」

の言葉をさえぎって、俺はメイドにそういい残すと、自分の部屋へ戻る。
もちろん、自分の支度をするためだ。

スーツを着込み、フランス製のタイにダイヤのタイピンを挿す。
これで俺の支度は終わりだが……はもう少し時間がかかるだろう。

それまでは、本でも読んでいればいい。
ランボーの詩集を本棚から出して、読み始める。

何分経ったのかわからないが、コンコン、というノックで本を閉じた。

「景吾様、様のお支度が整いました」

「そうか。今行く」

ジャケットを羽織り、コートをメイドに渡した。
コートを渡した際に、メイドがにっこりと笑ったのが、妙に気になる。

支度が終わったというのだ、もう着替えてはいまい。

ノックもなしに俺はドアを開けた。

、支度でき…………」

『支度できたか』という言葉を、最後まで言うことが出来なかった。
薄紫のドレスに身を包み、立ち上がりかけたと、目があったからだ。

―――時を止めてしまいたかった。

薄く、の元の顔を引き立てるようにされた化粧は、十分にその効果を発揮していて。
胸元には、俺がこの間買った、星型のネックレス。光り輝く青い宝石も、かすんでしまう。
マネージャー業と、俺たちと一緒にやっているテニスで、引き締まった腕や足が伸びていた。

思わずにやけそうになる口元へ手をやった。

「…………景吾、やっぱ私、パーティー行か「可愛い」

の言葉をさえぎって、言う。
本当に、可愛い。

俺以外の誰かに見せるのが、もったいないくらいだ。
近寄っていって、再度言う。

、すっげぇ可愛いぜ、あーん?」

「えっ、あっ………………ホント?」

少し潤んだ目が、俺を見つめる。
思わず抱きしめそうになるのを、かろうじて理性が止めた。

「俺様がお世辞言うかよ。…………可愛いぜ」

「そ、それは……身に余る光栄です…………」

「………………じゃ、行くか。腕、つかまれ」

掴まりやすいように、少し肘を曲げる。
恐る恐るといった感じで、が腕を絡めてきた。
ヒールを履いているからか、いつもよりも近い顔。
思わず唇にキスしたくなったが、口紅が落ちてしまうので止めておいた。

部屋を出て、階段を降りると宮田が、満面の笑み、といった感じで迎える。

「景吾様も様も……よくお似合いですよ」

いつの間にか、カメラマンが来ていて、写真を撮っていた。きっと海外にいる両親にでも送るのだろう。
車に乗り込んでも、俺の視線はに向きっぱなしだった。
…………本当に、誰かに見せるのが惜しくなってきた。





会場について、車を降り、をさっきのようにエスコートする。
確か……大広間だったな。

大広間へ入ると、途端に向く視線。
ヒソヒソ話し声が耳に入ってきた。

『跡部財閥の…………隣にいる、可愛い子は誰だ?』

そんな声が聞こえてくる。その言葉に俺は満足して、かすかに笑みが漏れてしまった。
テレビ局のパーティーということもあって、今日は有名人もたくさん来ているようだ。
中には人気歌手や女優の姿も多く見える。…………だが、の方が可愛い。身内贔屓とでもなんとでも言え。誰がなんと言おうと、の方が可愛い(キッパリ)

「景吾くん?……あぁ、やはり……」

話しかけてきたのは……映画監督の坂口実。

「あぁ、坂口さん。お久しぶりです。…………、この方は有名な映画監督さんだ」

「あ、は、はじめまして……」

おどおどと、が挨拶をする。
こういった場で、少しずつを紹介していくか…………。

「はじめまして。…………景吾くんに、こんな可愛い彼女がいるとは知らなかったよ。
……どうだい?2人そろって僕の映画に出てみないか?」

「お誘いは大変嬉しいんですが、僕も彼女も学校が忙しいもので」

「そうかい?……まぁ、いつでもその気になったら連絡してくれよ」

「はい、ありがとうございます」

監督の言葉を、適当に受け流す。あの監督は、どうしても俺を使いたいらしく、会うたびに話を持ちかけてくる。

が呆然と監督が消えたほうを見ていた。

?……立食式のパーティーだから、適当にとって食えばいいんだが…………俺の傍から離れるなよ、あーん?」

俺の傍にいれば、に声をかけようなんていう男もいないだろうが、離れたらどうなるか知れたものではない。

「あ、う、うん…………」

会場の雰囲気に飲まれているのか、いつもより大人しいを連れて、料理コーナーのところへ。
料理コーナーへ行けば、とたんにはいつものに戻った。
ニコニコと食べ始める。
その姿が可愛くて、別のところにあったキャビアの料理も取ってやった。

しかし…………。
立っているだけで色々と話しかけられる。
正直言えば、面倒くさい。
適当に会話を終わらせて、を連れて歩く。
…………少しでも、と俺が一緒にいるところを見せられるように。

「景吾さん!」

女の声に、またか、とうんざりする。
声の主を探せば…………あのときの、タヌキ娘。

「…………時子さん」

「この間は、私のパーティーに来てくださってありがとうございました。…………本日は、お見えになっていると聞いて、探していましたの」

「それはわざわざ…………僕に何か御用ですか?」

用があるなら、さっさと言ってもらいたい。
そして、さっさと用件を済ませて立ち去りたい。

当たり障りのない用件を言っているタヌキ娘。
それを聞き流しながら、相槌を打つ。

ふ、との方に視線をやった。

「…………!?」

いない。
が、いない。

話し中にも関わらず、俺はキョロキョロッとあたりを見回した。

「景吾さん?」

「……ッ……失礼、連れがいなくなったもので……」

「景吾さんっ」

静止する声を無視して、の姿を探す。
…………ったく、あれほど離れるなって言ったのに……!

しばらく会場内を探し回ったが、の姿は見つからない。

ハッ、と思い当たった。
のことだから、きっと何か食べ物のところへ行っているに違いない。

食べ物のコーナーを片っ端から探す。メインのコーナーにはいなかった。
デザートコーナーまでたどり着いたとき。

が知らない男からグラスを受け取ろうとしているのが見えた。

「……ッ……なにしてやがる!」

俺の声に、会場の視線が集まる。
そんなことに構ってられない。

「景吾?」

がこっちを見た。
顔が赤い。何か飲まされた。
カッとなって、俺はの肩を掴んで、自分の後ろに隠す。

「お前……ッ、に何飲ませたッ!?」

睨みつけると、相手の男は俺を上から下まで嘗め回すように見る。
…………この男、俺が何者だかわかってねぇようだな。

「君が彼女の連れかい?……ダメだなぁ、女の子1人にしちゃ」

「ふざけるなっ!テメェが持ってるそのグラス、アルコール度数40のもんだろうが!未成年になに飲ませてやがる!」

そう、そいつがに渡そうとしていたものは、カクテルのB&B。アルコール度数40とカクテルでも高めに部類する、酒だ。

「えっ、ウソ……気づかなかった……」

……お前何飲んだ?」

「えっと、オレンジジュースみたいなのと、甘いチェリージュースみたいなの……」

それを聞いて、俺は思わず舌打ちをした。
……この会場で回っているカクテルの中でそれと似たようなのは、Orange BlossomとCherry Blossom。どちらも決してアルコール度数は低くない。
この男が、何をしようとしていたか、一目瞭然だ。

「Orange Blossom と Cherry Blossom……甘いカクテルばっか飲ませやがって」

飲みやすいから、は酒と気づかなかったのだろう。
だが、飲みやすくても、アルコール度数は、前者は14、後者は31にも及ぶ。

「アルコール度数が低くないヤツばかりだ…………チッ」

あまり使いたくなかったが、パチン、と指を鳴らした。
すぐにSPが現れる。

「放り出せ」

SPに一言告げると、すぐに男を引きずって会場から出した。
その姿が見えなくなったところで、ようやく俺は1つ息をつく。
後ろでオレのスーツの裾を握っているに、振り返った。

「バカヤロウ、あれほど離れるなって言っただろうが!」

「ご、ごめんなさい……ッ」

顔が赤くなって、目が潤んでいる。
…………その目が、男をそそるんだよ……ッ。

「……真っ赤な顔しやがって……お前、俺が来なかったらこのホテルの一室に連れ込まれてたんだぞ!?」

そういうと、はビックリして、その後にしゅんとうなだれた。
〜〜〜〜〜だから、そういうのが、男を寄せ付けるんだ……ッ!

「ったく…………歩けるか?」

「う、うん…………」

そう言っては1歩踏み出したが、膝に力が入らなかったのか、カクンと崩れ落ちそうになる。
慌ててその体を支えてやった。

「…………酔いが回ってきたな」

この状態じゃ、仕方ねぇ。
明日が日曜日でよかった。

「おい、そこのボーイ」

跡部財閥は、何度もこのホテルでパーティーを開いている。
ボーイでさえ、俺の顔は知っているはずだ。

「はい、どうかなさいましたか、跡部様」

「スイートルーム、頼む」

今夜は、ここに泊まっていくしかない。





の肩を引き寄せ、なんとか歩かせる。
途中、ボーイが持ってきたキーを受け取って、転ばないように、ゆっくり歩きながら、エレベーターへ向かった。

エレベーターへ乗り込む。もうは、自分で立っているのも辛いのか、俺の腕をしっかりと握っていた。

バカ、と呟けば、ゴメンナサイという小さな声。

「お前が飲んだヤツはな、Orange BlossomとCherry Bloosomっていうれっきとしたカクテルだ。しかも、アルコールもかなり入ってる。お前、市販されてるビールのアルコール度数がどれだけだか知ってるか?」

「ううん」

「ビールは大体5%前後……お前が飲んだヤツはそれよりももっと高くて、Orange Blossomが14……Cherry Blossomは31だ」

「えっ…………」

それを飲んだのだったら、それは酔いもするはずだ。
チーン、と音が鳴って、エレベーターがついた。
VIPたちだけが泊まることを許された階。
そのスイートルーム。鍵を開けて、中に入り、をベッドに寝かせる。

「ん……お水……」

酔うと喉が渇く。が呟いたのは、生理的にだろう。
俺は、備え付けの冷蔵庫から水を取り出して、口に含んだ。
以前、が風邪を引いたときにやってやったように、深く口付けて水を流し込む。

苦しいので、ネクタイを緩めながら。

1度唇を離すと、再度水を含んで、口付けた。

コクコク、との喉が液体を嚥下する。

はぁっ……との口から吐息が漏れた。

熱い吐息に、ドキリと心臓がはねる。

2人きりのスイートルーム。
相手は酔っている。
…………これは、据え膳というヤツだ。

ベッドのスプリングが、ギシ、と音を立てた。
今度は、水を含まず―――にキスをする。

甘い、甘い唇。
ふっくらとしたそれを、少し吸うと、ちゅ、という音が部屋に響いた。

「………ん…………景吾……?」

の声で、ハッと覚醒する。

「〜〜〜〜〜〜〜何をやってんだ、俺は……ッ」

これは確かに据え膳だが……が酔っ払っているのを襲うなんて、先ほどの男と同じではないか。
俺の美意識に反する。

ベッドから降りて、椅子に座った。

「はぁ………………」

眠る
きっと明日起きたら、何も覚えていないだろう。
そんな中で、と体だけ繋がったって、嬉しくもなんともない。

もう1度ため息をついて……頭を冷やすために、バスルームへ。
シャワーを浴びて、少し目が覚めた。

「仕方ねぇ…………今度は待ってやらねぇからな」

眠るの髪をサラリと掻き分けて、俺はその隣に身を倒す。
…………今度は、絶対に途中で止めねぇ。

今度こんなことがあったら、問答無用でお前は俺様のものだ。


NEXT