1日は24時間。 俺はその大半をアイツと過ごしているはずなのに、 なぜだろう 飽きるということがない。 アイツの傍は心地いいから。 いつの間にか、 アイツの傍にいるのが、当たり前になっていた。 Act.11 大事な時間と、愛しい瞬間 学校から帰った後、正装に着替えた景吾が私の部屋に来て言った。 「、これから出かけてくる。悪いが、夕飯は一人で食べてくれ」 景吾の言葉に、私は思わずぷっと噴出してしまった。 なんだよ、と景吾が眉をひそめる。 「だって、今の言葉、旦那さんが奥さんに向かって言う言葉みたいだったんだもん。…………わかった」 なんだー……景吾いないのかぁ…………。 明日は部活も休みだから、少し夜更かしして話そうと思ってたのになぁ…………。 「……そんな顔するな、なるべく早く帰ってくるから」 景吾の言葉に思わずぎょっとしてしまった。 「そ、そんな顔って、私、今変な顔してた!?」 「あぁ、すっげー変な顔。『景吾様、行かないで〜』っていう感じのな」 「んなっ!行ってしまえ!行ってしまうがいいさ、景吾なんて!」 「てめっ……ドイツ語見てやらねぇぞ!?」 「あぁぁぁぁ…………いってらっしゃいませ、景吾様vv」 「最初っからそーいえばいいんだよ」 シクシクシク……私、本当は4歳も年上なのに…………。 ポンポン、と景吾は私の頭を叩いて、部屋を出て行く。 はぁ……つまんないな。 「ったく…………おい、宮田!車を出せ!」 の部屋を出て、階段を降りるなり宮田を呼ぶ。 玄関前に到着した車に乗り込むが、気分は最悪。 クソ……ッ……なんでこんな日にパーティーなんてやるんだよ、あの狸親父め……! 今日は、親父と馴染みの深い、とある会社社長のパーティー。 本来なら、親父が出席すればいいことなのだが、海外に行っている親父は帰ってこない。 仕事の都合上、関係を壊すわけにはいかない相手だ。仕方なしに、俺が代理出席しなければならなかった。 「…………明日は休みだから、少しぐれぇ夜更かししてと話そうと思ってたのによ……ッ」 それが、この所為でメチャクチャだ。 しかも、このパーティーの主旨が『娘の誕生日パーティー』だというから、なおさら胸クソ悪い。 誰かも知らねぇ誕生日パーティー……そんなことで、この跡部景吾様を呼ぶな! 「景吾様、到着しました」 「ん?……あぁ」 会場に着いた。 ホテルの大広間を貸しきってやるパーティーだ。 当然客も多く、親父と親交の深い人間もいる。 「やぁ、景吾くん。父上の代わりに出席かね?」 「これは……野口さん。お久しぶりです。……えぇ、父は海外出張中なもので、失礼ながら僕が代わりに」 「はっはっは、跡部財閥の跡取りにお目にかかれるとは、今日来たかいがあったよ」 「ありがとうございます。……父にもよく伝えておきますので」 「あぁ、くれぐれも頼むよ」 ちっ……この欲に目がくらんだキツネジジイが。 立っていると、必ずどこからか声がかかる。 大抵は、父親の知り合いだったり、もしくは祖父の代の知り合いだ。 みな、『跡部財閥の子息』としての俺に挨拶しに来る。下心が丸見えだ。 一刻も早く、この会場から出たい。 俺は、キョロキョロとあたりを見回して、本日の主催者である遠藤洋平を探す。 遠藤洋平、大手デパートの重役だ。 今日のパーティーは、遠藤洋平の娘、時子の誕生パーティー。 祝辞の1つや2つ、さっさと挙げて帰らせてもらう。 人が集まっている場所を目指して、歩みを進めた。 俺が歩いていくと、自然に道が出来る。……みな、自分の立場はわきまえているようだな。 道の先に、目当ての人物が待っていた。 「これは……景吾くん!今日はわざわざ娘のために、ありがとう」 「いえ。……時子さん、本日はおめでとうございます」 「いやー……景吾くんに祝ってもらえたら、これ以上のお祝いはないな。な?時子」 タヌキ親父の隣に立ってるのは、明らかに遺伝子を継いでいるとわかる、タヌキ娘。 無駄に濃い化粧が、さらに見栄えを悪くしている。 化粧をする前に、その太った体をなんとかしたらどうだ? 「時子さんも、大変麗しく…………本日は出席できない父ですが、よろしく伝えるようにと」 「お父上は相変わらず忙しそうだな。…………どうだね、景吾くん。娘と一曲、踊ってはもらえないだろうか?」 面倒くさかったが、仕方がない。 これが仕事だ。 「…………もしよろしければ」 「時子、踊ってもらいなさい。景吾くんは、とてもダンスが上手だから」 「はい…………」 礼をして、タヌキ娘(名前を呼ぶ価値もねぇ)の手を取る。 何も自分でしたことがない、スベスベとした手。 の手とは大違いだ。 の手は、水仕事やらなにやらで、ここ数日間で荒れてきた。 もちろん、ハンドクリームを買ってやったが、あまりあの感触が好きじゃないらしく、俺が塗ってやらなければ、決して自分から塗らない。 …………アイツ、そういえば今日はまだ、ハンドクリーム塗ってねぇな。 他人行儀にダンスを踊る。 タヌキ娘は、別に、下手ではないが、上手くもない。 アイツは、ダンスなんて踊ったことねぇだろうな。 今度、教えてやるか。 目の前にタヌキ娘がいるが、頭の中はのことでいっぱいだ。 今頃アイツは、何をやってるんだろうか。 やっと長い一曲を踊り終える。 タヌキ娘が紅潮した顔で俺のことを見つめてくるが、視界に入れるのも勘弁して欲しい。 だが、それを悟られないようにして、礼をする。 そのまま、待っている父親の元へ送った。 何か言いかけた父親より先に、俺は言葉を発する。 「申し訳ありません。明日も部活動が控えておりまして…………恐縮ですが、本日はこの辺で」 丁寧にお辞儀すれば、『それは仕方ないな。景吾くん、活躍を期待しているよ』と言われる。 もう1度申し訳なさそうな顔をして、お辞儀をした。 そして、会場を出る。 「景吾さん!」 呼んでおいた車に乗り込もうとしたときに、声がかかった。 …………あのタヌキ娘だ。 「どうかなさいましたか、時子さん」 会場からここまではそんな距離はないのに……息を切らせているとは、明らかに運動不足だな。アイツなら、余裕でここまで走ってくる。 「あ、あの……もしよろしかったら、また、会っていただけませんか?今度は、2人で……」 「…………申し訳ありません。テニス部の練習が忙しいもので……」 「それでも、もしお時間が出来ましたら……!」 テニスの練習以外で余る時間など、すべてアイツのために割いてやる。 今の俺に、余る時間などない。 「生憎、色々と忙しいもので。……それでは失礼。お父上によろしくお伝えください」 返事を聞かずに、車へ乗り込んだ。 時刻はもう、十一時過ぎ。家に帰るのは、十二時近くになるだろう。 寝る前に、もう1度アイツの顔が見たかった。 景吾は出かけちゃったし……テレビは見るものないし。ゲームは一人でやってもつまらないし。 シャワーも浴びちゃったし。宿題だって終わっちゃった……なんでこういう日に限って、宿題が少ないんだろう。 「あーぁ…………」 ため息をついて、ゴロン、とベッドに転がった。 なんにもすることがない。 暇な時間は、いっつも景吾といたからなぁ……一人でどうやって暇を潰していたか、忘れてしまった。 時刻は9時。 まだ景吾は帰ってこないだろう。 「うーん…………」 ゴロゴロしていると、どうもシーツに手が引っかかる。 …………そういえば、今日はハンドクリーム塗ってないな。 手を天井に向けて伸ばした。 カサカサだ。冬場の水仕事は辛い。人数が多いから、ボトルを作る回数も多く、手袋などはめる暇がないから、いつも手は放置状態。荒れるに決まってるんだけど、どうにもハンドクリームのあのベタベタした感覚が好きじゃない。 景吾がくれたクリームはそれでもまださらさらなんだけど……自分ではつける気にならない。時々見かねた景吾が、イヤだって言うのに、勝手に塗ってくるけど。 「んー………………あ」 ガバッとベッドから起き上がる。 そういえば、部活のノートまだ終わってなかった。 ガサガサと鞄の中から、ノートを2冊取り出す。 1冊はレギュラー用のノート。 もう1冊は、平部員のノート。 健康状態などを書きとめておけるように、マネージャーになってすぐに作ったヤツ。 レギュラーは個人名で、細かくチェックできるようにしてある。 平部員は人数が多いので、日にちごとにわけてあるだけ。 人数が多いから、平部員は怪我や体調不良が自己申告制。だから、日ごとに書いてある名前がマチマチだ。 まず、レギュラー用のノートを開く。 「えーっと……今日の景吾は……特に問題なし」 2月6日(金) 跡部景吾 問題なし 「侑士は……ちょっと左ふくらはぎ痛めてたよな……」 どんどん気がついたことを書き留めていく。 明日からの参考にするためだ。もしも先生や景吾に言っておくべきことだったら、きちんと言える様に。 忍足侑士 左ふくらはぎ痛 向日岳人 水分補給のペースが早い 次回注意して見ること 宍戸亮 擦り傷(いつものことだけど、処置が必要) 芥川慈郎 問題なし 樺地宗弘 右手首に痛み(テーピング) 鳳長太郎 成長痛による膝の痛みを訴える。2〜3日過度な筋トレは控える→景吾へ 滝萩之介 問題なし レギュラー分を書き終えると、準レギュラー分も書き加える。 準レギュラーを書き終えて、ノートを閉じる。 その後、平部員のノートだ。 「あふ…………」 単調な作業をしていると、どうにも眠くなる。 だけど、書いておかなければ。ただでさえ、平部員は状態把握が甘い。気づいたときには手遅れじゃ、意味ないし。 阿部 右ひざ痛(テーピング) 佐藤(道) 軽い脳貧血 高尾 左足首捻挫(病院へ) 川口 軽い脳貧血 島田 右ひじ痛(病院へ) 松下 左ふくら 「すー………………」 意識が、途切れた。 案の定、家へ戻ったのは12時を回ってからだった。 はもう寝てるだろうか?灯りはついていたようだが…………。 急ぎ足で階段を上がり、着替えもせずにの部屋をノックする。 しばらく待ってみても返事がないので、そっと開けた。 灯りは付いている。 そして、テーブルの上に、ノートを広げて突っ伏して寝ているアイツの姿があった。 ゆっくり近づいてみる。 広げられているノートは、レギュラーや平部員の健康状態が書かれているものだった。 細かいところまで気がついて、記入されている。 「…………よく気がつくな」 樺地なんて、何にも言っていないだろうに。 コイツは少しの変化を見逃さない。 平部員の名前と症状まで書かれているのには驚いた。 そういえば、何人か倒れていたな。 松下 左ふくら で終わってる。……ここで恐らく意識が途切れたのだろう。 ふ、と笑ってしまった。 アイツが、眠気と格闘しながらこれを書いてる姿が、容易に想像できたからだ。 だが、ここで寝ては風邪を引く。 パジャマだから、シャワーを浴びた後だろう。いつからここにいるかわからないが……体も冷えている。 「…………、起きろ。そんなとこで寝てたら、風邪引くぞ」 ゆさゆさと肩を揺さぶる。 やがて、ゆっくりと目が開いた。 「んー……?……あれぇ、景吾……おかえり…………」 「あぁ。……ほら、寝るならベッドに入って寝ろ」 「んー…………でも、まだノートが途中…………」 「明日休みだから、明日やればいいだろ?……ほら、寝ろ」 「んー…………」 ふらふらとベッドへ入る。 布団を肩までかけてやると、すぐに寝息が聞こえた。 そのまま部屋へ戻ろうかと思ったが、ふと思い出して立ち止まる。 テーブルの上に出してあるハンドクリーム。 それを持って、もう1度ベッドサイドへ。 布団の中から、そっと手を出して、その手にハンドクリームを塗りこんでやった。 案の定、塗っていなかったらしく、乾燥している。 両手に塗りこんでやって、やっと俺は自分の部屋へ戻った。 ハンドクリームを塗りこんでやってる時間の方が、ダンスを踊っている時間よりも、何倍も愛しかった。 NEXT |